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覚書通掲歎異抄第12条・第10条の金言 通掲の趣旨および資料頁へ←クリックOK! 本願を信じ念佛をまうさば佛に成る、そのほか何の學問かは往生の要なるべきや。
****************************************************** (柴田私釈)往生には『本願を信じて念仏すれば仏になる』これ以外なんの学問が必要というのか。 《しかし、どうしてもこの理が納得できないという人は、大いに学問して本願の中味を味わい知るべき である。》 ただし第10条に“念仏には無義をもて義とす。不可称・不可説・不可思議の故に”(不可思議の仏の 願からもたらされているので自己の思慮を加えず、意味付けしないことが大切。)とも記されている。 ****************************************************************************************** 自選作品の選考覚書 逐次追加中
↑各ボタンクリックOK! 作品14 安心 ← 作品頁へ戻るにはこちらをクリックOK! あんじん:浄土宗で、阿弥陀仏の救いを信じて疑わず、浄土往生を願う心をいう。
@nifty辞書 国語辞典 より引用。 安心決定鈔(あんじんけつじょうしょう)部分引用。現代かな表記に変更。 「平等覚経」(定善義所引意)にのたまわく、「浄土の法門をとくをきゝて歓喜踊躍 し身の毛いよだつ」というは、そゞろによろこぶにあらず、出離の行をはげまんと すれば、道心もなく智恵もなし、智目行足かけたる身なれば、たゞ三悪の火坑に しづむべき身なるを、願も行も仏体より成じて、機法一体の正覚成じたまいける ことのうれしさよとおもうとき、歓喜のあまりおどりあがるほどにうれしきなり。 『大経』(礼讃所引)に「爾時聞一念」とも、「聞名歓喜讃」ともいうは、このこゝろ なり。よそにさしのけてはなくして、やがてわが往生すでに成じたる名号、わが往生 したる御すがたとみるを、名号をきくとも、形像をみるともいうなり。このことわりを こゝろうるを本願を信知すとはいうなり。 註釈 出離:迷界を離れて悟界に入ること。 道心:仏道に帰依する心。 智目行足:智慧の目、行の足、悟りの為の必要な条件。天台大師の法華玄義の語。 三悪の火坑:地獄・餓鬼・畜生の迷の火のあな。 爾時云云:この時、聞きて一念せん。 聞名云云:名を聞きて歓喜し讃ずれば。 出典。--真宗聖典編集同人編、永田文昌堂発行 「真宗聖典」昭和48年11月(第十版) 如何なる境涯にあっても、安心ならびに歓喜心は、私においては 「常時の法悦」というキーワードを軸として、表裏一体であるとの 認識を示す作品として自選に加えた。(柴田)
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