覚書通掲歎異抄12条・第10の金言  通掲の趣旨および資料頁へクリック

本願を信じ念佛をまうさば(ぶつ)に成る、そのほか何の(かく)(もん)かは往生の要なるべきや。

まことにこの(ことわり)に迷へべらん人はいかにも〜學問して本願の旨をしるべきなり。(第12条)

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(柴田私釈)往生には『本願を信じて念仏すれば仏になる』これ以外なんの学問が必要というのか。

《しかし、どうしてもこの理が納得できないという人は、大いに学問して本願の中味を味わい知るべき

である。》

ただし第10条に“念仏には無義をもて義とす。不可称・不可説・不可思議の故に”(不可思議の仏の

願からもたらされているので自己の思慮を加えず、意味付けしないことが大切。)とも記されている。

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かなめ 0 要】

大辞林 第二版より


(1)
物事の最も大切な点や事柄、また人物。要点。
「チームの―」「肝心―のところで失敗する」

(2)
扇の骨を留めるのに用いる釘。また、扇のその場所。

以上@nifty辞書より

 

扇子のカナメ部分が解けるとバラけて形が壊れ、風を起こす用も

なさない。この例を引いて、語意のように私における全存在の要点

がお念仏であることを表わしている。

 

このことをわが身と境涯の「無常」に結び付けて、下記の法文で

補足する。

 

  水流れ つるときなく

  盛(さか)る火も 久しく燃えず

  日は出(い)でて いつか入(い)りゆき

  月満ちて また(か)くるなり

     

身は(たか)く 富みさかゆとも

     常なきは これにぞ過ぎぬ

     さればこそ 仏を念(おも)い

     はげみてぞ まことささげよ  

 

 

「罪業応報経」の詩。「往生要集」1・源信 石田瑞麿訳 

平凡社東邦文庫(852頁参照。

 

 

 

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