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覚書通掲歎異抄第12条・第10条の金言 通掲の趣旨および資料頁へ←クリック 本願を信じ念佛をまうさば佛に成る、そのほか何の學問かは往生の要なるべきや。
****************************************************** (柴田私釈)往生には『本願を信じて念仏すれば仏になる』これ以外なんの学問が必要というのか。 《しかし、どうしてもこの理が納得できないという人は、大いに学問して本願の中味を味わい知るべき である。》 ただし第10条に“念仏には無義をもて義とす。不可称・不可説・不可思議の故に”(不可思議の仏の 願からもたらされているので自己の思慮を加えず、意味付けしないことが大切。)とも記されている。 ****************************************************************************************** 自選作品の選考覚書 逐次追記中 前編一覧へ 続編一覧へINDEXへ ↑ 作品 3 要へ戻る ← にはこちらをクリックOK!(各)クリックOK! かなめ 0 【▽要】
大辞林 第二版より
以上@nifty辞書より 扇子のカナメ部分が解けるとバラけて形が壊れ、風を起こす用も なさない。この例を引いて、語意のように私における全存在の要点 がお念仏であることを表わしている。 このことをわが身と境涯の「無常」に結び付けて、下記の法文で 補足する。 水流れ 満つるときなく 盛(さか)る火も 久しく燃えず 日は出(い)でて いつか入(い)りゆき 月満ちて また虧(か)くるなり 身は貴(たか)く 富みさかゆとも 常なきは これにぞ過ぎぬ さればこそ 仏を念(おも)い はげみてぞ まことささげよ 「罪業応報経」の詩。「往生要集」1・源信 石田瑞麿訳 平凡社東邦文庫(8)52頁参照。 作品3 「要」へ戻る← にはこちらをクリックOK! (各クリックOK!)→ 続編一覧へ |
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