|
|
覚書通掲歎異抄第12条・第10条の金言 通掲の趣旨および資料頁へ←クリックOK! 本願を信じ念佛をまうさば佛に成る、そのほか何の學問かは往生の要なるべきや。
****************************************************** (柴田私釈)往生には『本願を信じて念仏すれば仏になる』これ以外なんの学問が必要というのか。 《しかし、どうしてもこの理が納得できないという人は、大いに学問して本願の中味を味わい知るべき である。》 ただし第10条に“念仏には無義をもて義とす。不可称・不可説・不可思議の故に”(不可思議の仏の 願からもたらされているので自己の思慮を加えず、意味付けしないことが大切。)とも記されている。 ****************************************************************************************** 自選作品の選考覚書 逐次追加中
⇑ 各ボタンクリックOK! 作品433←作品頁へ戻るにはこちらをクリックOK! 第四首目 浄土の金橋、今の僕に無理だ 今日はお念仏の、橋を往く @ A B @〜B の順に記述します。 @ 浄土の金橋」について 作品上欄の元唄「酒造り唄」の“金の橋では雪駄がすべる云々”を“本歌取り” して、本作品第四首目の冒頭では「浄土の金橋」としている。 金・銀・宝石等のあふれるお浄土の有様は『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』10.06.22 ________________________________________ 一例として阿弥陀経に関し、下記に抜粋引用して説明させていただく。 <大原性実著、「阿弥陀経講讃」永田文昌堂昭和46年二刷69頁〜79頁>より 経文一部分 意訳 舎利弗よ、また極楽には七重の欄楯をめぐらし、七重の羅網に覆われた七重の行樹 が繁っている。 これらはみな金・銀・瑠璃・玻璨 の四宝でかざられている。なおまたその世界は これらの行樹によっていたるところがとりまかれている。それでこの世界を極楽と いうのである。 講讃 欄楯はテスリ、羅網は珠玉で飾られたアミのことである。行樹(カウじゅと読むのが 正しい)は宝珠の行列をなせるをいう。即ち並樹を意味するのであろう。さてこの 欄楯も羅網も行樹もいずれも単純な構造ではないのであって重り累り合っていて、 いかにも巧緻な荘厳であることを七重と申されたのである。斯様な尊い荘厳の材料は いずれも金・銀・瑠璃・玻璨の四宝である。 さてここでは行樹が四宝で出来ているというのであるが、次の宝池や宝樓等は金・ 銀・瑠璃・玻璨・硨磲・赤珠・瑪瑙の七宝で荘厳せられてあると述べられており、 更にまた『観無量寿経』によれば浄土の大地も七宝荘厳よりなるとある。 。このように浄土のものみなが、七宝荘厳であるということはいみじくも尊いこと であるが、さてそれは果して何を意味するのであろうか。 若しこの現実の娑婆世界の環境が金銀等の宝で出来ているとするとどうであろう か。 恐らく人々は自由にそれらをわが家へ持ち帰り、自分の財宝としてしまい込むで あろう。 そうするとあとに残るものは瓦礫土石のみである。現実の世界は正しく瓦礫土石 である。 これに反して浄土に住む人々は見仏聞法の楽によって魂を清め、増進仏道楽に よっていよいよ最高善を愛受していられる。そういう人々の集まりの世界である から、たとえば道端に金貨が落ちていても、或は木にダイヤが輝いてあっても、 それをとって自分のものにしようというような思いすら起こす人はない。 よって聖衆の集まりなる浄土はその環境が悉く七宝であるということになるの である。 聖衆という名にふさわしい生き方、生活をせられていることが窺われる次第である。 (前意訳の続き)意訳 舎利弗よ、また極楽には七宝の池がある。そのなかには八種の功徳をたたえた水 がみちみちて底には一面に金沙が布かれてある。池の四方には金、銀、瑠璃、玻璨 等の宝で組みたてられた階道がある。それを登ると楼閣があって、これ亦金、銀、 瑠璃、玻璨、硨磲、赤珠、瑪瑙の七宝で飾られてある。 講讃 階道とは、この宝池の四方の岸にあるきざはしのこと。このきざはしを上って ゆくと、七宝で厳飾せられた高楼がある。『観経』によるとその数五百億とあり、 楼閣中には無量の諸天があって優れた伎楽を試みているとあり、まことに長閑な 風情である。 (続いて、部分)和訳 又舎利弗、彼の仏国土には常に天楽を作す。黄金を地となす・・・(後略) 講讃 黄金為地(黄金を地となす)とあるのは浄土の大地が黄金で出来ていること を示されたものである。大地の質に就いては『大経』では七宝為地といい、 『観経』では瑠璃地或は七宝荘厳の宝池とあって、この経とは相違せる如く であるが、その実相違せるものではないので、ただここでは黄金の一種を 出して七宝を代表せしめられたと窺うべきである。 ________________________________________ A 「今の私に無理・・・」について(柴田) パソコンに取組んでいる私が今の境涯から一瞬に上記に象徴される阿弥陀仏 の極楽浄土へ転入することは、常識的に無理、という主旨である。 今、即時に可能なのは、御本願の“信”を頂戴して正定聚位を賜ることである。 「即得往生」といふは、「即」はすなはちといふ、ときをへず、日をもへだてぬなり。また「即」は つくといふ、その位に定まりつくといふことばなり。「得」はうべきことをえたりといふ。真実信心 をうれば、すなはち無碍光仏の御こころのうちに摂取して捨てたまはざるなり。摂はをさめたまふ、 取はむかへとると申すなり。をさめとりたまふとき、すなはち、とき・日をもへだてず、正定聚の位 につき定まるを「往生を得」とはのたまへるなり。 『一念多念証文(一念多念文意)』2 より 1. 意訳(現代語版 より) こともないという意味である。また、「即」は「つく」ということであり、その位に確かに定まると いう言葉である。「得」は得なければならないことをすでに得たということである。真実の信心 を得れば、ただちに無碍光仏はそのお心のうちにその人を摂取して決してお捨てにならない のである。「摂」はお摂めになるということであり、「取」は浄土へ迎え取るということである。 摂め取ってくださるとき、ただちに、時を経ることも日を置くこともなく、正定聚の位に確かに 定まることを「往生を得る」と仰せになっているのである。 **************************************************************************** 以下、親鸞聖人七百回大遠忌記念出版昭和48年11月1日第十版「真宗聖典」永田文昌堂発行634〜635頁より (ルビ省略・字体等表記一部現代化。柴田) 歎異抄抄出(第十五章) 煩悩具足の身をもって已に覚を開くといふこと、この条もてのほかの事に候。即身成仏は真言秘教の本意・三密行業の証果なり。六根清浄はまた法華一乗の所説・四安楽の行の感徳なり。これみな難行上根のつとめ・観念成就の覚なり。来生の開覚は他力浄土の宗旨・信心決定の道なるが故なり。これまた易行下根のつとめ・不簡善悪の法なり。 おほよそ今生に於ては煩悩悪障を断ぜん事極めてあり難きあひだ、真言・法華を行ずる 淨侶なほもって順次生の覚をいのる。いかに況んや戒行・慧解ともに無しといへど 弥陀の願船に乗じて生死の苦海を渡り、報土の岸につきぬるものならば煩悩の黒雲はやく霽れ法性の覚月すみやかに顕れて、尽十方の無碍の光明に一味にして一切の生を利益せんときにこそ覚にては候へ。 この身をもて覚を開くと候ふなる人は、釈尊の如く種々の応化の身をも現じ三十二相・八十随形好をも具足して説法利益さふらふにや。これをこそ今生 に覚を開く本とは申し候へ。 『和讃』に曰く、「金剛堅固の信心の・さだまるときをまちえてぞ・弥陀の心光 摂護して・永く生死をへだてける」と候ふは、信心の定まる時にひとたび摂取して 捨てたまはざれば六道に輪廻すべからず、然ればながく生死をば隔て候ふぞかし。 此の如く知るを「覚る」とは言ひ紛かすべきや、あはれに候ふをや。「浄土真宗 には今生に本願を信じて彼土にして覚をば 開くとならひ候ふぞ」とこそ故聖人の仰には候ひしか。 ******************************************** 註 即身成仏 現身のままで仏果を成ずること。 真言密教 真言秘密の教。 三密行業 身密・口密・意密のこと。手に印を結び、口に真言を称え、意に本尊を 念じて、大日如来の三業と衆生の三業を相応せしめようとする真言の行業。 六根清浄 法華経に示すもので、眼・耳・鼻・舌・身・意の六根、即ち精神及び身体を 清浄ならしめて自在のはたらきをすること。 法華一乗 法華経の教義。 四安楽の行 心身を安楽ならしめる行であって、身・口 ・意の善行と慈悲行とをいう。 観念 慮をやめ心をこらして真理をみきわめること。 来生の開覚 次の世において 覚を開くこと。 不簡善悪の法 弥陀の本願は善悪の人を差別しないこと。 淨侶 聖僧 戒行慧解 戒律の行と智慧の解。 法性の覚月 仏のさとりを月にたとえたもの。 応化の身 衆生の能力に応じて姿を現わされる仏身。 三十二相云云 仏身の相好のすぐれているさまを数えたもの。 説法利益 法を説いて衆生を救済する。 ________________________________________ B 今日はお念仏の橋を往く、について(柴田) 今は、としたいのが本意である。しかし前節で“今の”としたので、“今”を “今日”と、一期間に伸長したものである。今日とは、無数の“今”を包含している。 作品第一節はまさしくお浄土の風光である。煩悩具足の凡夫・私が現に住む世界 である娑婆世界から、悟りの世界であるお浄土へ到ることは、此岸から彼岸へ 渡ると表現され、到彼岸と称される。その渡ることをBでは“往く”と表現した。 前項、歎異抄抄出に引用した、 弥陀の願船に乗じて生死の苦海を渡り、報土の岸につきぬるものならば煩悩の 黒雲はやく霽れ法性の覚月すみやかに顕れて、尽十方の無碍の光明に一味 にして一切の生を利益せん ・・・ とあるように、船に乗って渡る形容が一般的であり、教行信証の総序にも 「難思の弘誓は難度海を度する大船」とあり(度は渡の意)、本願のお誓いこそ 渡り難い迷いの海を渡す船と示されている。 また歎異抄第七章の出だしに「念仏者は無碍の一道なり」とあるように、 念仏の“道”という捉え方も往くすべの一表現としてある。 道の比喩として「二河白道」が有名である。 以下、河野法雲・雲山龍珠 監修 「真宗辞典」法蔵館(2006年9月新装版6刷)585〜586頁参照。 (行変え・表記一部現代化。柴田) (前略)善導の散善義に観経の三信釈を終りて直ちに附された喩で、「又一切 の往生人等に白す」と標し、「今更に行者のために一の譬喩を説て信心を守護 して以て外邪異見の難を防がん」と其の目的を示し、 「譬へば人有りて西に向ひて百千の里を行んと欲するに忽然として中路に二河 有るを見る。 一には是れ火の河南に在り、二には是れ水の河北にあり、二河各々闊さ百歩各 深くして底無し 南北に邊なし、正く水火の中間に一の白道あり、闊さ四五寸計りなるべし、 此道東岸より西岸に至るまで亦長さ百歩、其水の波浪交過して道を濕し、其の火燄 亦来りて道を焼く。 水火相交へて常に休息することなし、此人既に空曠の逈かなる處に至る、更に 人物なし、多く群賊悪獣有り、此人の單獨なるを見て競て来り殺さんと欲す。 此人死を怖れて直に走り西に向ふ。忽然として此の大河を見、即ち自ら念ふて言く、 此河は南北に邊畔を見ず、中間に一の白道を見る、極めて是狭小なり、 二岸相去ること近しと雖も何に由りて行く可き、今日定めて死せんこと疑はず、 正しく到り廻らんと欲すれば群賊悪獣漸々に来り逼む、正く南北に避け走らんと 欲すれば悪獣毒蟲競ひ来りて我に向ふ、正しく西に向ひ道を尋ね去らんと欲すれば 復恐らく此の水火の二河に堕せん、當時の惶怖復言ふべからず」と現實の我等の 窮極的な全般相を如実に示し、次に之に對し、 「即ち自ら思念すらく我今廻るも亦死せん、住(止まること)するも亦死せん、 去くも亦死、一種として死を免れずば我寧ろ此道を尋ねて前に向て去かん、既に 此の道あり、必ずまさに度る可しと、」と其の人の決定せる態度を示し、次には 然しながら此の態度の決定は如来の在すによることを示し、 「此念をなすとき東岸に忽ち人の動声を聞く、仁者但だ決定して此の道を尋ねて いけ必ず死の難なからん、若し住すれば即ち死せんと、又西岸上に人ありて喚で言く、 汝一心正念にして直に来れ、我れ能く汝を護らん、衆これ火の難に堕せんことを畏れ ざれと、」と。 されど其所に又「東岸の群賊等喚で言く、仁者廻り来れ、此道嶮悪なり、過ること を得ずして必ず死せんこと疑はず我等すべて悪心をもて相向ふことなし」と示す、 されどこの人これに誘はれず西岸の喚聲をきいて西に至るに、永く苦難を離れ善友 相見て喜ぶと云ふ喩で、 この東岸は現實を西岸は極楽を意味し、群賊等は衆生の六根六識六塵、四大即ち 悪業煩悩を指し、無人空逈澤は悪友を云ひ、水火の二河は衆生の貪愛瞋憎を示す、 即ち我等が現實の全體で、「白道は衆生貪瞋煩悩中に清浄願往生心を生ずる」こと を意味するのであって、東岸の勸聲は釈尊の教法を、西岸の勸聲は弥陀の本願を 指し、群賊の言は別解別行の悪友を云ふ。 然して之に對する宗祖の解釋は之を愚禿鈔、教行信證、文類聚鈔等に見るが、 今教行信證のそれによると、四五寸の白道とは「白の言は黒に對する也、白は即ち 是選擇攝取の白業往相廻向の淨業なり、黒は即ち是無明煩悩の黒業二乗人天の雑善 なり、道の言は、路に對する也、道は則ち是れ本願一實の直道大槃涅槃無上の大道 也、路は則ち是れ二乗三乗萬善諸行の小路なり、四五寸とは衆生の四大五陰なり、 能生清浄願心と言うは金剛の眞心を獲得するなり、本願力廻向の大信心海なるが故に 破壊すべからず、之を喩へて金剛の心と云ふなり」等とある。 上の説明は旧字・旧仮名遣いで読解が困難であれば、現代文による「二河白道」 について所載の書籍文献や、解説サイトの検索を利用して併読をお勧めする。(柴田) <浄土真宗やっとかめ通信(東海教区仏教青年連盟ホームページ)より> *************************************************************************************************************** 本作品の表現では『橋を往く』としているが、往生の道程を通常「道」と比喩され 橋として説かれた法文には、私は浅学・寡聞にして接したことがありません。 (ご教示頂ければ幸甚です。) この理由で、この覚書では、法文に見える船と道との二つの表現のみ引用 にて説明させて頂いた次第であります。(柴田) ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 付録 ◎津本 陽 氏の著作に「弥陀の橋は」がある。 読売新聞に連載され、2002.03.17日号に書評がある。 「弥陀の橋は 親鸞聖人伝 (上・下)」 読売新聞東京本社出版局02.02.27発行。 「 ----- (同名)----- 」 文芸春秋社(文春文庫)04.01.09発行。 ◎津本 陽 熱心な浄土真宗門徒であり、『弥陀の橋は 親鸞聖人伝』にて 浄土真宗の教理に善く通じた内容で親鸞を描いている。 出典:フリー百科事典ウイキペディア(10.07.03) ◎念仏橋(ねんぶつばし)の由来 念仏橋 法然上人後自作の御木造(現誕生寺の御本尊を背負って、熊谷入道自らの弟子 数人を連れて、はるばる上人の御誕生地である、この地にたどり着き上人の かっての館を目前にして、到着の喜びとその感激に号泣してこの橋の上で、 天地も裂けんばかりに念仏を唱えつづけたと伝えられる橋で、それ以後、この橋 を熊谷入道の念仏橋という。久米南町教育委員会 久米南町文化財保護委員会 (Google検索・柴田:(現、の括弧のくくりと木造の表現、原文のまま)同名の橋は全国に数箇所あり、ここはその一。 ⇑ 各ボタンクリックOK! 作品433←作品頁へ戻るにはこちらをクリックOK! |
|