| 地球防衛軍 POINTER 完全版 〜 The way of POINTER II 〜 早川 薫 |
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1: DAICON 5 DAICON5(第25回日本SF大会)に向けて、突貫工事で製作してきた国産車ベースのPOINTER(PO7)は、晴れてナンバーを取り、公道を走り始めた。思えばこのとき既に今回のプロジェクトは始動していたのかもしれない。 3ヶ月もてばよい、と思って作ったPO7ではあったが、さまざまなドラマを生みながら現在も走っている。嬉しさ半分、恥ずかしさ半分である。PO7のおかげで多くの人と出会い、多くの人に迷惑をかけてきたことがいい思い出となっている。 と、ここで終わればPOIIは生まれていなかった。PO7で出会った人々のネットワークが、完全版POINTERへと繋がっていくのである。 2: それから5年 PO7は毎年改修工事を重ね、そろそろ手を加える箇所もなくなってきていた。ちょうどその頃、クラシックカーフェスティバルで、ひょんなことからS130セドリックのテールレンズ一組を入手した。これこそTVでPOINTERのテールレンズとして使用されていたものであり、これでPO7をグレードアップしようかなと考えていたときに・・・ |
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3: Great Present (Dream come True) 91年春。それは友人のお土産から始まった。海外旅行に行く友人に「面白い自動車雑誌を買ってきて」と頼んだのが間違いの始まりであった。 「’58クライスラー・インペリアル4drHT ultracar ASK」 以前からポインター研究家として調査を続けてきた私は、「なんだ〜これは?」から「ひょっとして」「あれだ!」と思わず叫んでしまった。ULTRA7のポインターは、’57〜’59のこの車であると確信していたので、もしかすると長年の夢が叶うと思ったのである。 4: Call (1) 3月。輸入代行業者に車の詳細を説明して、調査と確保を依頼。その後2ヶ月が経過して連絡がなく、半ば忘れかけていた。そして・・・。 5: Call(2) ゴールデンウィーク直前、勤務先で私宛に一通のFAXが届いた。「輸入手続完了!」「3日以内に入金のこと」そしてその代金を見て私は驚いた。当初考えていた価格よりもはるかに高額だったからである。「残念だけど、諦めるしかない」そう思った。 |
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| 6: Call(3) 雑誌を買ってきてくれた友人に相談すると、 「このチャンスを逃したら、一生出来ないかもしれませんよ。私が何とか手配します」と言ってくれた。持つべきものは友である。 「集めた資料とアイデアは出せるが、金は無いのでお任せします」 7: ミーティング 5月某日、最初の関係者ミーティング。関係者は10人ほどになっていた。一人や二人の力ではどうしようもないところまで来てしまっていたのであった。陸揚げ時期が予想よりも早くなってしまい、大幅に日程や資金集めに変更が生じてしまったため、詳細を打ち合わせるために集まったのである。レストア工場の手配も残っている。問題は山積であった。 8: レストア開始 6月。レストア工場の手配が何とかできた。当初、PO7と同様手作りでやろうかと考えていた。ひとえにコスト面の問題からである。しかし今度は多くの資金を使って車輌を輸入しているので、中途半端なものを造るわけには行かない。造形に関してはプロに任せることにした。実車の構造を忠実に再現するため、PO1ポインターの製作者を自動車雑誌から調べ、あわよくば図面の一枚でもお借りできないかと考えたのだが、実際にお話を聞いてみると、短期間の納期で図面も無く、現物合わせで製作していったとのこと。 9月。集められるだけの資料から1/32スケールのモデルをスタッフの一人が製作し、それを元にレストアが始まった。 そして年が明けて1992年。夢にまで見た究極の車がその姿を見せた・・・ |
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| 注)本文は、ポインター復元サークルが1992年開催のニューイヤーミーティングで出展した際に配布したパンフレットの記事から抜粋したものです。 | |