ポンポ、長崎へ行く (2)

 

国道2号、淀川を渡る。


4月5日  水曜日  高槻→(京都)→姫路


 運転手はポンポの中で目を覚ましました。朝5時です。

 ポンポは、しっとりと濡れています。外はまだ雨が降り続いていました。

 昨夜は、ワイパーが動かなくなったので、雨の中、先へ進むのをやめました。運転手は近くにあったファミレスの

駐車場までポンポを移動させて、そこで夜を明かしたのでした。

<よく寝られますなあ>

 茶色オオカミが眠たそうな目で運転手に言いました。

 昨日の夜もポンポで寝たからね、だいぶコツがつかめたよ。

 とはいえ、身長182cmの運転手にとって、ポンポはやはり小さなクルマです。寝ている間に体が固まってしまう

のはしかたありません。

 今日はまず、壊れたワイパーをなんとかしなければいけません。雨の日にワイパーを動かさずに走るのは、やはり

視界が狭まる感じがして危険です。

 じつは、運転手がポンポと旅に出る前に、京都に住んでいる、とあるクルマ屋さんからメールをいただいていました。

『何かあったら、電話ください』。

 すがれるものがあったら、ワラでもすがりたい運転手。まさか『何かある』とは思いませんでした。高槻から

京都まで30キロあまりの道のりをゆっくり戻り、電話させていただきました。

 頭にバンダナを巻いたその人は親切でした。バンダナさんはワイパーを簡単に外すと、

『あ、ネジがゆるんでるんやね』とひと言。

 そんな単純な原因さえわからなかった運転手です。スバル360に乗っていながら情けないことですが、またひとつ、

コトを覚えたと思えばいいでしょう。とりあえず前向きに考えよう。

 ネジを締め直すと、ワイパーは元通り動きました。バンダナさんは『これも何かの縁やし、ついでに見てあげるわ』

と言いながら、エンジンルームを開けたり、足回りを見たりと、他の仕事を中断して、ポンポを見ていただきました。

 運転手は思いました。こうして助けてもらえるのは、なんとありがたいことなのでしょう。運転手が旅をできるのは、

いろんな形でいろんな人に助けてもらっているからなのです。

<珍しく謙虚じゃないですか>

 茶色オオカミが驚いて言いました。見れば手に小さなコーヒーカップを手にしています。

 おいキミ、何を飲んでる? 

<エスプレッソです。バンダナさんの奥さんにいただきました。うまいですな>

 本当にありがとうございました! 助かりました。

 ポンポを見ているバンダナさん

 
           バンダナさんの玉虫七色スバルとポンポのツーショット!



                           東寺の前にポンポがいます。

 ワイパーが直ったポンポ。雨も小降りになりました。

 せっかくの京都なので、街の中で少し写真を撮ってから大阪に向かうことにしました。昨夜は国道1号を外れ、

大阪を通らずに神戸へ向かおうとしましたが、こうなったら渋滞覚悟で大阪まで行き、1号を完走することにしました。

大阪駅が国道1号の終点、そして国道2号の起点のようです。

 京都を出て順調に走れたのはわずかの距離で、あとはずっと断続的なノロノロ運転が続く京阪国道。途中で二回も

休憩を入れ、結局三時間かかって大阪駅に着きました。

<疲れましたな> 

 茶色オオカミがげんなりしています。そだね。

 京阪国道渋滞中。

 ショッピングセンタ—の駐車場で休憩中。

 大阪駅前に着いた! 東京駅から736キロ走った。


 ところで大阪駅前には大きなデパートがあります。大丸、阪急、阪神。で、運転手が行ったのは阪神。阪神の

地下一階食品売場のはしっこにスナックカウンターというところがあります。ここは、運転手が思うに、

東京のデパートではまずないだろうと思われる、立ち食い専門のフードコートなのです。

 ラーメン、うどん、お好み焼き、やきそば、カレーにオムライス、などなど、安い早い、(うまいかどうかは

その人の判断にお任せします。運転手にとってはうまい)で、いつ行っても老若男女でいっぱいです。

 運転手が行ったのは夕方六時前。帰宅途中のような若いOLも、おじさんおばさんに混じってスタンディングで

お好み焼きを食べている光景はエネルギーに満ちていて、大阪やなあ、と思わせます。運転手も『ねぎ豚焼き』を

食べました。291円。


 大阪を出ると、暗くなり始めた空の西がオレンジ色に明るくなっているのがわかりました。明日は晴れです。

 ポンポはエンジンも順調。今日の目的地である姫路へ向かって、国道2号を走り出しました。 ■



 淡路海峡大橋とポンポ。



 船坂峠、迫り来るトラック。

4月6日木曜日  姫路→福山



 今日は朝から晴れています。

 ポンポとの旅も五日目ともなると、運転手の体がだんだんポンポと同化してきているようにも感じます。

<クルマの匂いが服にしみついてるんじゃないですか>

 ポンポにもたれてコーヒーを飲んでいた茶色オオカミが言いました。

 いや、そういうことじゃなくて、『人馬一体』っていう言葉があるじゃないか。ああいう感じかなあ。

<『人車一体』ですか。そんなこというなら、トラックやタクシーのドライバーさん達はどうなんですかね。

レーシングドライバーはさしずめ競馬の騎手みたいなもんですか?>

 なんか違うような気がするけど、まあいいか。意のままに操る、というより、お互いに乗せつ乗せられつつ

走っているような気がする。

<クルマを擬人化してますね。機械ですよ>

 機械を動かすときだって、人間の感情は大きく作用するよ。走り続けた馬に水を与えるように、長い時間を走ると、

ポンポにそろそろ休憩させたほうがいいかな、って思う。

<あなたが休みたいんじゃないですか>

 ん、そういうときもあるかもね。

 でも、今思い出したけど、マンガの『機動警察パトレイバー』に出てくる主人公は、イングラムっていうロボットに

話しかけるようにして操縦するんだけど、それと似ているような気がする。

<あいかわらず引用が好きですな>


 さて、せっかく姫路にいるので、姫路城だけでも写真を撮ろうと思ってポンポを走らせます。

 姫路という街(加古川も)は、街全体で国道2号を上りと下りに分けています。姫路の街の入口で、国道2号は

上りの道と下りの道にそれぞれ別れ、また街の出口で合流します。運転手は片側2車線ずつの道だと思って転回したら、

歩道にいた親切な人に止められて、4車線一方通行の道だと教えられました。2号線を戻る場合は街の中を抜けて、

逆方向に流れる別の2号線の道まで行かなければいけないのです。渋滞防止なのでしょうが、初めて通る人は

絶対まごつくと思いますよ。


 運転手は姫路城をバックに写真を撮ると、さっさと岡山に向けて走り出します。日本で一番美しいと言われる

お城を見ようともしません。運転手は、典型的な観光地や名所というものに興味を示しません。誰も知らないような

古びた街並みを見ては感激する性質です。

<たんなるアマノジャクなだけですよ>

 茶色オオカミくん、ほっといてくれたまえ。





 ポンポは、兵庫と岡山を分けるところにある国道2号の船坂峠を登ります。ここはバイパス国道がないので、

片側一車線の道を大型トラックが行き交います。

 言うまでもなくポンポの最大の敵は、この大型トラック。今日もいじめられました。

 ポンポだって(必死に)時速60キロで走っているんですが、トラックはポンポの後ろ五メートルぐらいに

ぴったりくっついて、あおりたてます。対向車線にもトラックが走っていたり、カーブが続いていたりするので、

ポンポもなかなか道を譲れません。ようやく見通しのよい直線になったとたんに、トラックは轟音をたててポンポを

追い越して行きました。風圧で飛ばされそうになります。

 岡山の手前からバイパス国道が西へ伸び、トラックはそちらへと流れて行きますが、今度は地元のクルマが増えて

渋滞になりました。岡山中心部へ向かう道が国道2号なので、どうしても集中するのでしょう。

 岡山市街を走る。

 国道2号渋滞中。小泉さん、高速道路特定財源をこちらにください。

 しかし、渋滞は岡山を過ぎても続きました。時間の割にはちっとも距離が伸びません。かといってバイパス国道は

走りたくないので、あきらめるしかありません。次第にあたりが暗くなってきました。

<今日は広島まで行けますかね>

 いや、もう進みたくない!

 お疲れムードの運転手、福山の街を出ようとするところで転回しました。福山に泊まろうというのです。

 ちゃんとしたベッドに寝たいんだ。

<そんな軟弱なことでは、パリーダカール・ラリーには参加できませんよ>

 いや、しないって。 ■

 

 小学生「なんだこれ?」



 

尾道の町のたたずまいが好き。

4月7日  金曜日  福山→宇部


 運転手にはどうしても立ち寄りたい町があります。

 その付近を通るなら、無視して通り過ぎることはできず、その町で何時間か滞在できるスケジュールを組みます。 

<素通りされる他の街がかわいそうじゃないですか>

 茶色オオカミがバスルームから出てきました。ねえ、何やってんの? <朝シャンです>

 これは女の子の好みを聞かれるのと似ているかもしれません。ショートヘアがいいとか、丸顔のほうがいいとか、

そんなものです。

<差別じゃないですか>

 だから好みだってば。オレは常磐貴子より、広末涼子のほうが好みなんだよっ。

<ハナシがずれてきてますよ>

 はい、すみません。

 だから運転手が行きたい町は、尾道です。

 学生のときから何度行ったことでしょう。鉄道ファンで、全国をまわって写真を撮っていたときでさえ、電車が

尾道にさしかかるたびにそわそわしだすのです。『海が見えた、海が見える』という有名な一節と同じ気分なのです。

<なんです? それは> 林 芙美子の『放浪記』だよ。<誰も知らないと思いますよ>

 町の規模が大きすぎず小さすぎず、坂があって、海と港があって……。

<長崎と同じじゃないですか> 

 そうかも。あ、北海道の小樽もそうだ!


 運転手がクルマで尾道を訪れるのはもちろん初めてです。

 国道2号が海にせり出してきて、頭上にしまなみ海道の吊り橋が見えてくると、期待感のようなものが増して

くるのがわかります。

 狭くて古びたたたずまいの街に入ると、運転手は港を目指しました。本来、尾道はクルマには不向きな町です。

道幅が狭いうえに、階段と歩道が迷路のようになった町を楽しむには、歩くのが一番なのです。

 しかし、ポンポで来た運転手は尾道でやってみたいことがありました。

 尾道の町の前には、狭い海を隔てて向島という島があります。橋がある今でも、何本かの渡船が活躍しています。

それにポンポで乗ってみよう!

<地元の人からすれば、なんてことはないと思いますけどね>

 いいんだよ。こっちはビジターなんだから。

 渡船乗場はすぐに見つかりました。しかし、切符売場も何もありません。航送料金表だけがありました。

4m未満120円。どうやって乗ってよいのかわからないので、一本やりすごして観察していると、いとも簡単に

桟橋へクルマを乗り入れ、そのまま船の中へ入って行きます。船もクルマ三台くらいしか乗らないような小さな

ものです。


 対岸からもう一隻の船が入れ違いに着くと、ポンポもどきどきしながら、さっそく乗り込みました。

乗り込んだとたんに、ジリリ、とベルがなってそのまま出航。約五分間の船旅の始まりです。

 わずかな航海の間、運転手は嬉しくて写真を撮りまくります。

<ちょっと、地元の人が冷めた目で見てますよ>

 ぽんぽん、と茶色オオカミに背中を叩かれました。いいの、ほっといて。ポンポにとって初めての船旅なんだから。

 短いとはいえ、潮風を浴びながら船で揺られるのは、陸を走るのと違った趣きがあります。

 あっけなく向島について陸に上がれば、そこに料金を徴収するおばさんがいて、120円を払います。

ああ、楽しかった。

 いよいよ乗り込みます!
 緊張……、
 そろりそろりと……、
 入った! 航海中。
 上陸開始です。

 向島渡船乗場の前のポンポ。


 結局尾道で四時間近くを過ごしてしまいました。今日はできるだけ九州に近づこうと思っていたのに、

とんだ誤算です。<初めから分かってたくせに> と茶色オオカミ。

 尾道からまた国道2号を走ります。三原ー広島間で、また峠越えです。陽が早くも傾いてきました。黄金橋という

橋を渡ると、広島に到着。広島名物の市電と走るポンポです。

 広島市電とすれ違う。


 広島の町を走っていると、江波皿山というところに行き当たりました。地図で見ると標高五十メートルほどの

小高い丘ですが、そこをポンポで登って行くと、木が開けて夕暮れの広島の町並みが見渡せました。

 ポンポの窓を開けると、風に乗って街の音が聞こえてきます。

 こんなとき、はるばる来たなあ、と思えるのも、ポンポのおかげなのでしょう。

 もうすぐ九州。今夜はがんばって走ろう。 ■

 広島に着いた。



* * * >ポンポ、長崎へ行く(3) に続く