ポンポ、長崎へ行く (3)
このトンネルを抜ければ九州!
4月8日 土曜日 宇部→福岡
<それにしても、昨夜はよく走りましたな>
茶色オオカミが眠たそうな顔をして言いました。
国道2号、宇部市のはずれのコンビニエンスストアにたどり着いたのが、午前三時。それまで一時間に一度の
休憩を挟みながら、広島から走り続けたのでした。
<昼間もこれだけまじめに走れば、もっと早く長崎まで行けると思いますよ>
それは分かってるんだけどね、どうしても写真を撮りたくなっちゃうんだ。
<夜は危ないですよ。トラックだってここぞとばかりに走ってるんですから>
昼間と変わらないよ。交通量が少なくて、かえって安心じゃないか。
<そうですかね? 夜のドライブはできれば勘弁してもらわナイト>
それが言いたかったんだろ。
とはいえ、夜に走るのは、やはり緊張感があります。広島を出たのは午後八時過ぎ。岩国までは街の明かりも
多いので、なんとなく安心感もあるのですが、岩国を過ぎると、一気に山の中へと入って行きます。
岩国と周南(徳山)の間の峠越えです。途中までは国道バイパスがあるので、トラックの数は少なめですが、
一般車のペースは早く、右に左にカーブの多い道を時速60キロで走リ続けます。当然、気が抜けません。
峠の途中のドライブインでひと休みすることにしました。時刻は夜十一時過ぎ。レストランの明かりはとうに消え、
暗く静まりかえっています。ポンポのエンジンを切ると、とたんに静寂に包まれます。時折通るクルマの音と、
近くの沢から聞こえてくる水の音以外は、なにも聞こえません。
この時間の東京は、まだ雑踏の中です。電車がたくさんの通勤客を乗せて走り回り、駅には人があふれ、街には
さまざまな音が響いているはずです。
遠くに来たなあ、と運転手は思いました。ポンポで旅をするのが初めてということもあるのでしょうが、ふだんなら
なんのことはない距離がずいぶん遠く感じられます。飛行機ならわずか二時間なのに。
『はるばる来た』という気持ちを久しぶりに味わいました。
毎日少しずつ東京から遠ざかっているので、距離に対する感覚は、飛行機や新幹線で移動するのとは、まったく
違います。戻ろうと思ったら、また何日もポンポを走らせなければいけません。江戸時代に街道をてくてく歩いて
旅をした人も、きっとこんな気分を味わったことでしょう。
<江戸時代と比較するとはねえ……>
国道2号、大阪から500キロ。
関門橋が見えた! もうすぐ九州。
ポンポは国道2号をさらに走ります。下関まではもうすぐです。
天気はよいものの、風が強いようで、ときおりポンポが流されそうになります。下関の手前でいったん国道2号から
別れて下関市街へと向かうと、関門橋が見えてきました。海峡を行き交う船がさかんに汽笛を鳴らしているのは、
海の交通の難所だからでしょう。
関門トンネルを抜けると、ようやく九州に到着です。陽射しが心なしか強く感じられます。
門司港で写真を撮ってから、小倉にある母方の祖父のお墓参りに行くことにしました。
北九州の桜は今が満開。運転手は東京を出る前にあせって桜の写真を撮ったのに、一週間も遅れて満開だとは、
なんだか騙されたような気分です。
満開の桜並木。北九州市の安部山公園。
ここでひと休みしてから、今日は福岡まで行きます。福岡に住む旧友と会う約束をしています。
西鉄大牟田線大橋駅前に夜九時二十分に待ち合わせとのこと。さあ急がなければ。
国道3号は立派なバイパス国道でした。ポンポは時折時速70キロで走りますが、エンジンは順調です、これなら
高速道路も走れそう? でも一番落ち着いて運転できるのは時速40キロから50キロぐらいですね。
運転手は広域地図だけで目的地に迷わず到着。さすがです。
<自分で自分をほめてどうするんですか>
茶色オオカミがあきれて言いました。 ■
福岡へ向かって。
◆ ◆ ◆
祖父のお墓から見た景色です。
まったく個人的なことなのですが、この景色を見るととても落ち着きます。
昔と比べると開発が進んで、緑が少なくなりましたが、好きな景色です。
その景色の中にポンポがいることが、また嬉しかったりするのです。
長崎へ、ラストスパート!
4月9日 日曜日 福岡→長崎
旧友S氏は体重90キロに成長していました。昔は運転手と同じような細長い体型だったはずなのに。
おいしいモツ煮鍋をごちそうしてもらいながら言うのもなんですが、もう少しやせたほうがいいでしょう。
だってS氏がポンポの助手席に乗ると、あきらかに車体が左に沈むのですから。
そんなS氏に見送られ、ポンポは福岡を後にしました。今日の天気は曇り、明日は雨の予報が出ています
。長かったポンポの長崎への旅も今日が最後。国道3号線を南に向かい、佐賀県鳥栖(とす)から長崎方面に
向かう国道34号線に入ります。ポンポのエンジンは今日も順調です。
土手を走り、
田んぼのそばを走ると、
そこになぜかヤギがいた。
しかし、さっさと長崎まで行けばよいのに、途中で写真を撮るために寄り道するので、ちっとも先に進みません。
とくに国道3号から外れて、34号に入ると、ぐっとローカル色が濃くなるようです。
川沿いの土手に、田んぼのあぜ道に菜の花が咲いています。モンシロチョウが舞っています。歩道にはツツジの花が
咲いています。九州は春のただ中にありました。
どこにいてもポンポは風景に馴染みます。毎日ポンポの写真を撮っていると、スバル360のデザインの良さに
あらためて気づかされます。しっかりとした個性があるのに、自己主張しすぎず、自然に溶け込むのです。
これって日本人本来の性質そのままではないだろうか、運転手はそう思います。
アニメに例えてみましょう。
<やめといたほうがいいと思いますよ> と、茶色オオカミ。
最近のクルマは、かわいいだけのマスコットキャラか、やたらととんがったロボットのようなもので。
<ふむふむ>
それにひきかえ、スバル360は……。
<何です?>
日本が世界に誇る『鉄腕アトム』のようなものだ!
大村湾のすぐそばを走る。あいにくの空模様。
両側の木立の向こうには住宅地が広がっている。
佐賀と長崎の県境を越えるあたりから、ぽつりぽつりと雨が降ってきました。晴れていれば景色のよい大村湾の海も
灰色にくすんでいます。
大村市付近で雨と風と渋滞に見舞われましたがなんとか脱出。諫早付近住宅地を抜ける国道34号は、道の両側に
濃い緑の木立が続き、素晴らしい環境です。たんなる防音壁ではないので、目にも優しく、おまけにポイ捨てのゴミが
ほとんどありません。これは東京から走って来た国道の中で、一番すぐれた区間かもしれない、と運転手は思いました。
外はどんどん暗くなってきました。灰色だった空が、薄い青から深い群青色にかわっていきました。
長崎の町は半島の西側にあります。国道34号は東側から山を越えていきます。いよいよラストスパート!
ポンポは最後の山越え、日見(ひみ)峠のトンネルを抜けると、一気に長崎の町に出ました。街の明かりが
色とりどりにまぶしく感じられます。
リンドバーグのように言いたくなるのも不思議ではありません。
旅に出るまでは運転手自身が半信半疑でした。長崎まで行く、と宣言したものの、途中でリタイアするんじゃないか、
という意識が消えませんでした。
でも、ポンポはそんな弱気な運転手の気持ちよりも確実に走り続けたのです。
ポンポは路面電車の線路の石畳を軽い音をたてて渡ります。駅までの道は覚えていました。
諏訪神社の脇の坂道を上がって、市役所の横から桜町のほうへ出ると、長崎駅はすぐそこです。
そして午後七時を回った頃、ポンポは長崎駅に到着したのでした。
東京駅から1691キロ。
ポンポは、ほんとうによく走ってくれました。
どこまでも遠くへクルマで走ってみたい、そんな漠然とした夢をポンポがかなえてくれたのです。
感謝するしかありません。
しかし、人間というのは困ったことに、次から次へと夢を思いつく生き物でした。
夢の途中で、また次の夢が運転手の頭の中に生まれたのです。それは途方もない夢ですが、いつか実現すると
信じていましょう。
もう一つ、運転手には夢とは別に気がついたことがありました。
まだまだポンポで走りたいところがいっぱいある! ということです。
国道1、2号だけじゃない、もっと走ってみたい見てみたい風景は、日本全国にいっぱいあることでしょう。
この道の先は、どうなっているんだろう、そう思いながら過ぎ去った場所はたくさんあります。
訪れてみたい町もまだたくさんあります。
行ってみたい。
運転手は思いました。また、ポンポで出かけよう。
+ + + + + + +
<……あのう、ご自分の世界にひたってるとこ申し訳ないんですけどね>
あれ、キミもいたの? 茶色オオカミくん。
<家に帰って、ポンポを車庫に入れるまでは安全運転でお願いしますよ>
わかってるってば。
<テレビ番組なら、これでエンディングテーマが流れますが、これで終わりじゃないのが現実です>
つらいね。
<これからどうされるおつもりで?>
どうするって、もう決まってるじゃないか。
<え……?>
とりあえず、鹿児島まで行こうか! ■
* * * >ポンポ、沖縄へ行く に続く