> 時間がたつのも忘れてしまい、気づくと4時間以上も話しつづけていたんですね。
いやはや、なんとも居心地の良い店でした。 あれなら高い人気も頷けます。
MINOLTA AF 17-35mm/F3.5 結構使い勝手は良かったでしょう? 私の大好きなレンズのひとつです。 超広角レンズを使う、という緊張感のない、優しい、それでいて開放絞りからシャープなレンズです。 この 「開放から使える」というのが純正のセールスポイントのように思われます。 重いですが、それに見合う性能だと思います。
今後とも宜しくお付き合いの程、お願い申し上げます。
不祥事を起こす側の責任を断固糾弾すべきであることは論を待たないにせよ、例えば冷水器に工業用水を供給していたことが数年間も判らなかった (苦情を寄せる人間がいなかった) ことについて、私個人としてはこちらの方がより深刻な問題ではないかと考えるのですが。 人間の自己防衛本能というか所謂るアブナイという第六感が鈍っていることこそが、我々現代人の 「今そこにある危機」 のように思われてなりません。 それでいて被害者意識だけが先鋭化しています。
これは本当にアブナイことだと思います。 まさかの時に自分の身を守るのは自分自身であるという真理をいま一度肝に銘じておきましょう。
> そうなんです。ミノルタに轢かれてしまった、もとい惹かれてしまったということです。
しめしめ、これで党員予備軍1名確保、と!
> ポストカードのズームはいわゆる廉価版ですよね。まず、それに驚きました。
廉価版のズームは開放 F 値を抑えることで安定した性能を確保しているので、高感度フィルムの性能が飛躍的に向上した今となっては携帯性に優れた賢い選択肢の一つになろうかと思います。
また M 社の場合、廉価版と高級版との間に、N社や C 社のように露骨な落差がなく、廉価版同士のメーカー比較では、常にベスト・チョイスとなると云われております。 件のレンズ AF 35-80/F4-5.6 は α 3700 i の標準レンズとしてセットで売り出され (1988年)、確かカメラ雑誌 CAPA のレンズ大賞を獲得したとか、後に知ったことです。
> そして、α−7のキリットしたファインダー像と、レンズのとろけそうな味わい(想像ですが)。
α 7 はミノルタ製品としては珍しく新品・中古を問わず値崩れが少なく、製品の評価を裏付けています。先日の岸田屋さんでの写真に添えたデータでも判るように、フィルム番号、コマ番号、撮影日時、露出モード、測光モード、シャッター速度、絞り値、露出補正値、ストロボ補正値、使用レンズ (ズームの場合は撮影時の使用焦点距離!) がデジカメ並に記録されるので大いに役に立ちます。
ファインダーが明るいにもかかわらず MF でのピント合わせが正確にできる点も安心です。
本当に使いやすいカメラだと思います。
> う〜ん、困った・困ったです。ズームレンズからはデジカメ以外では極力縁を切ろうと思っていたのですが悩ましいですね。
AF 17-35mm/F3.5 は、ミノルタでは私が唯一高い評価を与えるズームレンズです。 歪曲収差が単一焦点レンズ並に小さく、逆光にも強く、開放絞りから問題なく使えます。 超広角域がさほど必要でなければ AF 24-105mm/F3.5-4.5 D というズームがお薦めです。 α 7 との組合せでは、ボディ背面の情報パネルに、使用焦点距離での設定絞り値における被写界深度 (m) が前後とも数値で表示されます (ズームレンズの被写界深度って分かり難いですからね)!
> ぜひまた、いろいろ教えてください。
それはもう、喜んで (笑)!
他にも AF 35mm/F1.4、85mm/F1.4、STF 135mm/T 4.5 など魅力的なレンズが待っていますよ。
同感! もともと日本文化における対人距離は刀の届かない範囲である、とか何とか本で読んだ記憶があります。 ま、礼儀ですね。 そこからお辞儀という仕草も生まれ、三尺下がって師の影を踏まずの思想がからんでややこしいことになっている訳です。 オルガンの勉強でフランスに行った時にまず感じたのも、文化の違いによる対人距離の違いでした。 ドアノーが撮影したパリのカフェでキスを交わす男女も、そうした文化背景を理解するとごく自然な絵柄に見えてくるから不思議です。 これを若いのが日本でやると、おぢさんとしては一発殴ったろか!という心持ちになる訳ですね (笑)。
> (あ、でもコンタックスTでは沈胴レンズを引っ張り出しる間にアウトだ!)
やっぱりチタン・ボディでなくっちゃ(笑)!
> で、ちょっと気になることが最近のAFズームは無限
> 遠がヘリコイドの端っこにないのが多いようですね。
> 無限遠を超えるとそれはどこなんでしょうね?
異次元世界への入口だったりして。 少し前にインターネットのニュースで話題になっていましたが、アメリカでデジカメを水没させて救出したら、それ以降、不思議な色合い・グラデーションの傑作アートを連発するようになったそうですよ。
無限遠で止まらないヘリコイドのレンズとしては反射望遠レンズがやはりそうですね。これは絞りが無いので被写界深度も利用できず本当に困ります。
> とりあえずM42ということでコシナがいいかもしれません。
M42 アダプター使用ということで考えると、以前にもお話ししましたが、ファインダーの明るいミノルタX-700 という手もあります。
> これでもしこれらレンズを使える一眼デジカメが出たら、卒倒しそうです。
問題はそこなんですよねェ。 あとレンズ交換時に進入する恐れのあるゴミ問題。
> 追伸:近日、私のホームページにLマウントゾナーの使用編(目測使用感、接写作例)をアップする予定です。
楽しみにしています。 でも、私の世代としては、ゾナーと (黄金バットの) ナゾーと (粳寅マンの)ゾフィーが頭の中でごっちゃになっているんですよね、実を言えば。 でもって M42! これをついM78 と言ってしまう。 困ったものです。 実際にあればペンタ67並みの巨大マウントですね。やっぱりウルトラゴンだ!
スナップもよかったですが、マクロの見事さは驚異です! しかも母艦が EOS RT ! もう何をか言わん哉であります。 EOS マウントはフランジバックがとても短いことを忘れておりました (ミラー固定式だからフランジバックの出っ張りも少しは許容されるかも)。
間違って落札入手した昔の minolta SR-2 の取説(英語版) の中に L-39 マウント・アダプター (minolta純正パーツ!) の使い方が載っており、今も昔も L-39 マウント・レンズの汎用性が変わっていないことを実感します。 ここはやはり M マウント RF デジカメを、コシナさんには本気で開発してもらわないと。
CCD → EVF のデータ処理・転送速度がアップすれば外観はファインダー用プリズムを持たないフラットな形状の EVF 式コンパクト一眼レフがデジカメの主流となる可能性も満更ないとは言えません。 ライカがそこまで考えているとはとても思えないので、京セラとコシナに頑張ってもらいたいですね。 バルナック・サイズのフル画面 CCD 搭載、(M/L マウント) レンズ交換式コンパクト一眼レフ・デジカメ (PHS 内蔵)! 妄想は無限に膨らみます。
MINOLTA AF レンズは絞りの制御をボディ側で行うため鏡筒に絞りリングがありません。 したがって AF レンズを MD ボディで使用することは残念ながらできません。 MD レンズを AFボディで使用するアダプター (コンバージョンレンズ入付)は出ています。
> ミラー固定式なので許容される件、ご推察のとおりです。
ピントリングを至近端に合わせてやると、後ろに少し余裕ができるタイプのレンズなら、尚宜しい。
> EVFって電気的覗き窓のことですよね。そうか〜。
Electronic View Finder でしたっけ? ビデオカメラでおなじみのヤツです。
> そういう意味で、最近のニコンのなんとか5700ってイイ線行ってると思い出しました。カタログの断面図
> を見ると後ろのレンズが受光面まで最接近しているんですよ。これはアナログカメラでは一部のレンジフ
> ァインダーでしかできない芸当ですよね。
将来 CCD の単価が下がってくれば、キヤノンがレンズ内駆動 AF モーターを採用したのと同じ発想に立って、CCD 組込レンズというのも出てくることでしょう。 レンズ交換時にゴミ侵入の心配をしなくてもよいし、嵩張る望遠系レンズには同じ画素数で総面積の小さな CCD を (明るく小さな望遠レンズの実現)、広角系レンズには総面積の大きな CCD を (細身の超広角レンズの実現) 組み込むことで、報道系のフットワークを重視する使い手の方々を中心に大きな潜在需要があると思うのですが。
> で、その5700を店頭でさわってみたんです。すると・・・あっちゃ〜。電気的覗き窓はこんなもんでしゃ
> あないかな、という感じだったんですが、広角側の壮大なディストーション!!!。これじゃ世界が歪
> みっぱなしでんがな・・・という次第でカスッちまったな〜。と思いました。
35ミリ判カメラ用レンズに比べて焦点距離が短くなる小サイズ CCD デジカメ用レンズ、特にズームの広角側での歪曲収差の補正はかなり難しいみたいですね。 でも、この収差補正もそのうち電子的にやってくれる時代が来るのでしょうか。
おぢさん世代としては、何かこうひっかかるものがあるんですが。 機械の完成度が高くなるほど、人間の想像力が貧困になっていくような。 クローン人間の研究とちょっと次元は違うかもしれませんが、技術的には可能であっても敢えてやらない、そんなセンスが未来の技術者には求められるのではないかと私は考えます。