ギャスケル
 
「ギャスケル短篇集」(松岡光治編訳/岩波文庫)を読み終えた。見返しに、ギャスケルは「ごく普通の少女として育ち、結婚して子供を育て、──とりたてて波瀾のない穏やかな」生涯をおくった書いてある。ひとつめの短編からしてイギリスの地名と聖書の引用に関する注がたくさん引いてあったので、古い時代のイギリスの女性作家ということは察しがついた。読み進むうちに、ちょっと本を選び損ねたかな、と思った。インターネットを介して手に入れた面白そうなSF本が後にひかえているせいもあるが、退屈な感じがしたのだ。


 小説というものは一つの物差しだけではかられるべきものではないけれど、物事を我慢強く表現する書き手が好きだ。例えばここに心優しい乙女がいたとして、それを「心優しい乙女」と書いてしまったら身も蓋もない。それは記号と同じで、心に何も響かない。例えばある作家は、大魚と根気よく戦う一人の年老いた男を淡々と描いた。作者は漁をしている老人の行動をつづるのみで彼の性質は一切形容しない。それが、読むうちに、「この老人はなんという粘り強い人なのだろう」と思うようになる。だからこそ、戦いの甲斐なくみじめな結末になったとしても、読み終わってぱたんとページを閉じた読者は、いいやどんな結果になろうとも人間は努力をして懸命に生きるべきなのだ、という気持ちになる。意気消沈している老人を、作品の外からでも応援したくなる。もし地の文で、この老人がどれほどの忍耐を発揮しているか、その結果がいかにみじめで可哀想であるか、いちいち書いてあったらお腹が一杯になってしまう。


 ギャスケルの文体はとても平易で、むずかしい言い回しはない。あまり情景描写はせず、会話とエピソードでぐいぐいと話を進めていくいわゆるストーリーテラーだ。作家本人が目の前にいて、その後ろにある物語を説明しているという印象を受ける。そのため、全体にあらすじのような作品が多い。前述の作家とは対照的に、登場人物に対して「優しい」とか「有能」といった形容を多用している。テーマも道徳の教科書に使われるような教訓めいたものばかり。時間をかけて通読したけれど、読書の楽しみという点では多くを得ることができなかった。


 ところがその解説に、昨今ギャスケルが再評価されて人気が高まりつつあると書いてあった。わたしがへそ曲がりだからこう思うのかもしれないけれど、世にいう批評家という人たちは発掘するのが好きということが多分にしてあると思う。すでに文豪として揺るぎない評価を受けている人の作品をいまさら取り上げても詮ない。そこで無名の存在を掘り出して持ち上げる。声高に、私が見つけたのだ、と叫びながら。ビートたけしの面白くもない映画が海外で評価されたりするのはこういうカラクリではなかろうか。ただまあ、一読して決め付けるのは良くないと思ったので、いくつか再読してみた。


 まずいまずいと思って食べたらたいていのものはうまくない。わたしたちが好物を口にするときは、その味をたっぷりと受け入れるつもりで咀嚼するものだ。「婆やの話」は没落しつつある良家の屋敷にあらわれる幼女の幽霊を描いて凄みがある。見渡す限りの雪原のなか、一本だけ生えている木のそばで息絶える狂った女の描写は、映画のシーンのように鮮明な印象を残した。「ペン・モーファの泉」では、幸福の高みから絶望へとおちた女が精根尽き果てて卑屈となる。彼女が、家を訪れた老練な説教師に激しく内心を吐露する場面は、人間を通り一遍に扱わない深さがあった。「リジー・リー」では、道をあやまって姿をくらました娘をゆるし、必死にさがし出そうとする母親の姿が心に残った。抹香臭くないといえば嘘だけれど、それだけではなかった。


 こんなことを言うと作家の人たちに怒られるかもしれないが、わたしは書き手の顔と作品をある程度関連付けている。ほとんど役に立たない場合もあるけれど、とても強力な物差しになるときがあるから。顔といっても容貌ではなく、その表情をいう。例えば「サキ短篇集」(中村能三訳・新潮文庫)には、かすれてはいるけれど、ふくよかな輪郭の、落ち着いた二重の目をもつ、おでこの広い作者の写真がのっている。とても端正な表情をしていて、理性的かつ技巧的な文章を書きそうにみえる。文体は果たしてそうである。同じく「マーク・トウェイン短編集」(古沢安二郎訳・新潮文庫)には、ぼさぼさ頭をした、ひげもじゃの老人の顔がある。その歪んだ表情には反骨がにじみでている。そして適当に本を開いてみると、読者はそこに半ページにもわたって連続して振ってある傍点や、「実話  ──聞いたまま一語あまさず収録した話──」といった題を見る。「アンダスタン短編集」(橋本福夫訳・新潮文庫)の表紙写真を見たら、この作者が絶対に軽率な人間でないことがわかる。実直そうな壮年の男は口を一文字に引き、すわったような目でこちらを見返している。こうした見立てはすべて憶測に過ぎないかもしれないが、それらの表情を見て初めて納得できたと思う作品もある。
ギャスケル(英)1810〜1865
2003年2月12日
「ギャスケル短篇集」解説者のサイト
山本太郎
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