ゆれる記憶


        



 海岸に打ち寄せられる流木を拾い集めては、自然調家具の製作に勤しむようになってもうかれこれ数十年にもなろうか。


 五月晴れの蒼天に波がきらめく朝のこと、ふと白砂に流れ着いたボトルに何故か胸騒ぎを覚えた僕。

ボトルの栓を抜いて逆さまに振ると転がり落ちたのは、何も書かれていないが、すっかりセピア色に褪せたノートの一頁に捲かれた一本の鉛筆。
何の変哲もない緑の六角形の鉛筆。  

だが、その先にかぶせられた珍しい鯉幟の吹流し型のキャップと後端に 刻まれたイニシャル・A.M.を見つけて、僕は少なからずたじろいた。


作:Mr.Linde







 「初めてじゃない!」

 まだ黒の詰襟学生服の僕が、朝のラッシュにわく電車内でふと目が合った濃紺制服の女学生。 キリッとした眼差しなのに、どこか寂しげな風情が感じとれたあの日。
次の駅で彼女が降りるのを見送っていたが、 そうだ、自分もここで降りるんだと気づき、あたふたと閉まりかけの列車からプラットフォームに転がり出たのはいいが、 彼女にもろにぶっつかってしまった。
そのはずみで彼女のカバンから赤い筆箱がこぼれ落ちて、中身が地面に散乱。慌てて拾い集めて、ゴメンと手渡し、後も見ずにそそくさとその場を離れたんだった。
その時目に焼きついたのが、なんとも珍しいキャップ、吹流しに、緋鯉と真鯉が揃った鯉幟セットだった。

夕方帰宅して鞄を投げ出し、ふと胸のポケットに手をやり、唖然とした。
なんとあの真鯉キャップつきの鉛筆がいつの間にか・・・その端にはA.M.のイニシャルが読み取れる。
いくらどさくさとはいえ、あの時の状態でどうしてこんなポケットに紛れ込んだのか、一向に合点がいかない。

さぞかし彼女は、今頃、大切な宝物の一部が足りないのに気付き、卑怯な盗人野郎と僕を恨んでいるに違いない。
でもでも、明日には、事情を説明して返ぜば、きっと解かってくれる筈・・・・

ところがおっとどっこい、これが甘かった。
翌朝、遅刻覚悟で、彼女の姿を追い求めたが、遂に見つからず、その後の努力も、ことごとく徒労に終わり、あの一件は、いっときの幻だったんだと自分に言い聞かせるようになっていた。

       


そんな後ろめたいわだかまりを封じ込めるように、これまで机の引き出しの奥深くに仕舞い込んだ記憶が、今ふってわいたよな無言のボトルメールのおかげで、ベールを剥がされてしまったのだ。

大急ぎで帰宅するや、その紙切れの上に吹流しと真鯉キャップの鉛筆を二本並べて見比べていた。
すると、やおら真鯉鉛筆が透明の手に操られるかのように、か細い文字を綴り始めた。
                 
                 












 やっと私の告白が君に通じる時が来たのですね。

私は幼い頃から不治の病に蝕まれ、通院を繰り返しながら、辛うじて通学は続けたものの、クラスメートと一緒にはしゃぎ回ることも出来ず、体育の授業や運動会も、ただうらやましそうに眺めているだけの人生でした。

あの朝こそ、最後の通学日だったんです。 だってそのあくる日からは病状の悪化のため、病室に篭りきりの生活が待ち受けていたのです。 多分、迷惑だったかも知れないけど、私は、瞳の澄んだ君に儚い夢を託したのです。 君は決して悪いんじゃない、突き当たったのも、筆箱をぶちまけたのも、君の胸ポケットに真鯉鉛筆をそっと忍ばせたのも、全て私の仕組んだ行動だったのです、ごめんなさい!

私は、苦しい、空しいにつけ、君宛に緋鯉鉛筆を走らせたものでした。
きっと君の真鯉鉛筆が私のメールをなぞってくれると信じて・・・・・

でも、私の真鯉鉛筆は、いくら待ちわびても、君のメッセージをこれっぽっちも伝えてくれなかった。
君が書ける紙面のないところへしまいこんでしまうとは、私の大きな誤算だったのです。

がっかりした私は、最後の賭けに出たのです。
そう、看護婦さんに頼んで、あのボトルメールを海へ流してもらったのです。
神も私の味方をして、いつかはきっと君のもとへ届けられる日を念じて・・・・・・

お願いです、閉じこまれた私を解き放ち、55日の大空を自由に飛び回りたいのです、もちろんお互いあのときのまま一緒に!

真鯉鉛筆でただ一言、OK と 返してください。


          






 


 


筆が止まる瞬間、僕は OKOK!と筆を躍らせた。
端午の節句当日、大きな緋鯉と真鯉幟が風をはらんで、青空をふわふわとうれしそうに連れ立って泳いでいるのが見えたら、A.M.さんの夢が晴れて叶った目撃証人です、あなたが・・・・・・・・

    2007.5.5(土) 作家:リンデ氏  /  提供サイト ぷちろーど