ライラックの花を


或る日のモグラ新聞に、こんなコトが書いてありました。

“ポヨ・カフェ廃墟寸前!もぐら不動産、立ち退き迫る!!”

この記事を、もぐらのベルは葉巻を咥えながら読んでいました。
大のコーヒー好きのベルにとって、カフェは憧れの場所です。

「コーヒーに埋もれた生活かぁ、どんなに幸せだろう……」

その新聞の小さな記事を切り抜いて壁にぺタッと貼り、遠目に近目に見てアレコレ考えた末に、見学だけならと、もぐら不動産に連絡をしました。
すると妙にハイテンションな担当者が出て、勢いよく喋りはじめました。

「お客様の年齢は? ご職業は? お買い上げ期日予定は?…」

と、いきなり質問攻めです。
ベルはうんざりして、たった一言だけ言いました。

「見学!!」

もぐら不動産の担当者は大柄なもぐらでしたが、電話の印象とは少し違い低姿勢にベルを案内してくれました。

「えぇ〜こちらが廃墟寸前の物件です。まだ、先住者が居座っていまして…で、ですが、立ち退きは時間の問題ですから、ご心配には…」

クドクドと説明する不動産屋を尻目にベルがカフェ店を覗くと、中からはそれはそれは素敵なコーヒーの香りと軽いタッチのジャズが聴こえ、何よりもカップを磨くシナヤカな指先のポヨ嬢に、ベルは釘付けになってしまったのです。
ベルは振り向きもせずに、不動産屋に素っ気無く言いました。

「返事は後日するから、ご苦労さま」

大柄なもぐら不動産は、不安な面持ちで渋々ベルを残して帰って行きました。

  

その日からのコトです。
ベルはどんな雨の日も、風の日も、日照り続きの日も、昼となく夜となくポヨ・カフェ店に通いました。
一人で行くのはもちろんの事、友人知人、会社の打ち合わせと言っては、日に何度もカフェ店に足を運んだのです。
すると、どうでしょう。
見る見る内に、カフェ店の売り上げがうなぎ上りに伸びって言ったのです。
ポヨ嬢の顔には笑顔が戻り、カフェには活気が戻りました。

「Mr.ベル、何てお礼を言ったらいいのかしら…」

そんな可愛いポヨ嬢に、ベルはこの日のために探しに探した一本の花を差し出しました。ライラックです。
差し出した一本のライラックは、稀にしかない貴重な「花先が5つに割れたライラック」でした。

  

ライラックの花は、先が4つに割れているのがふつうだけれど、この先が5つに割れた花を見つけたら、何も語らずに黙って飲む込むと、愛する人が永遠に離れていかないと言う、言い伝えがあったのです。
その言い伝えを信じ、ベルは無言でメッセージカードを渡しました。
そこには、こう書かれていました。

「ポヨ嬢、あなたさえ良かったら…この花先が5つに割れたライラックの花を黙って飲み込んでいただけませんか…愛するあなたが永遠に離れていかないよう心から祈っている、この僕の目の前で。」

ポヨ嬢がそのメッセジカードを読み終え視線をベルに向けると、ベルは熱い眼差しでポヨ嬢を見つめていました。
ベルに見つめられたポヨ嬢は、躊躇うことなくライラックの花を口にふくむと、それを待っていたかのように、ライラックの花びらを乗せた祝福の風が青空に舞い上がっていきました。




 おわり
2002.6.9UP