守り神


咲子は、パソコンの電源をONにしてウォーンと唸らせたまま、その側でピーナツに砂糖がたっぷりとかかった豆菓子を袋から一粒ずつ取り出しては食べ、少し疲れた目でぼんやりと部屋の中を見回していました。
ちょうど棚にある赤い紅茶の缶に視線が移った時のコトです。

咲子の目の前を、一匹の黒豹が悠然と歩いているのです。

『エッ・・・ここは咲子の部屋よ!サファリじゃないわよ!!』

そんな咲子の動揺をあおるように、黒豹がチラッと咲子を見ました。
黒豹と視線が合うと、それまで言葉の激流に押し流されそうだった咲子の頭の中からは一瞬にして言葉が消えました。

黒豹は、そのしなやかな体と長い手足を器用に折り曲げ、毛づくろいを始めましたが、耳だけはピンッと立てて、辺りの様子を窺う用心さを忘れずに居ました。
暫く経つと黒豹は、怖いほど真っ直ぐな視線を咲子に投げかけて来たのです。咲子が視線を外そうにも、外せないほど鋭く真っ直ぐに見ていました。

『閉じこもらないで、出ておいで』

不意に頭の中に飛び込んできた言葉。
その言葉を発したのは、どうやら目の前の黒豹のようです。
そして、咲子の頭の中にも自然と言葉が浮かんできました。

『私は自由よ。何処にも閉じこもってなんかいないわ』

『咲子。冷静になって心の中を覗いてごらん。
お前が悶々とコダワッテイル問題の扉が見えるよ。
心が晴れないのだろう?
でも、重そうに見える扉も、案外見掛け倒しなもんさ。
お前には勇気がある。歩ける強さがある。心に鍵を掛けるのは、まだ早いと思うがな。
さぁ、雨は止んでるよ、傘を外して。俯いた顔は似合わないよ。ねっ、鍵を開けよう!』

『でも……咲子の心の鍵は……
どっかに落としてきちゃったみたいで、見つからないんだ。だから、開けられないんだよ』

『ならば、これを使うがいい。
錆落としの白いクリームと、秋色の鍵だよ。
たちまち、どんなに頑固な鍵穴も開けられるはずだよ』

そう言うと、黒豹は軽くウィンクをしました。咲子はビックリして目を軽く瞬かせました。すると、今さっきまで目の前に居た筈の黒豹の姿が消えていたのです。

『たぶん瞬間的に眠ってしまい夢を見たんだわ。』

咲子は、現実に戻ったと安心し、手に持っていた菓子袋を逆さにして残りの砕けた豆をザッーと口に流し入れた時、咲子の顔は天を仰ぎました。

『アッッ!』

咲子は思わず目を見張りました。

その頭上にあったものは、ほんのり秋の気配のする木の葉と、その隙間から見える青空、そして優しく柔らかそうな白いクリーム状の雲が浮かんでいたのです。
静かに目を閉じ、深呼吸を何度もすると、不思議なことに心に映るのは懐かしい優しい笑顔と楽しい思い出ばかりでした。

咲子の心が、すっかり秋晴れとなったのは言うまでもありません。
どうやら咲子の守り神である黒豹がくれた心の錆落としクリームと、秋色の鍵は役立ったようです。


終わり
2002.8.28UP