一日に数本しか止まらないローカル線のプラットホーム。
咲子は、小象の大きなコップを背負うように抱え
あと数分で到着予定の蒸気機関車を待っていた。
線路脇には濃淡のピンクや白いコスモスが揺れている。
「秋深し〜って感じだなぁー」とポツリと呟くと
ボゥヲーンーーッ!!と音が聞こえた。
咲子は、てっきり傍らで遊んでいる小象の相槌だと思ったが
音は、プラットホームの白線より前に出ていた咲子への警告音だったのである。
つづいて通過した蒸気機関車の風圧をブワンと受け、よろめいた。
ヨロヨロッとふら付いた咲子は、小象に覆いかぶさってしまった。
ドサッ!ガシッッ!
突如、咲子に覆いかぶさられた小象は
何が何やら、ただビックリして、勢い余って走り出した。
トットットットッ…トトトッ…ダンダンダン!
小象の背中で、「下ろしてぇぇーー」と叫ぶ咲子。
でも、仰天した小象の耳には届かない。
小象はプラットホームの先端まで一気に走り、際で急ブレーキをかけた。
咲子はものの見事に小象の背中から投げ出された。
空中を飛んでいるというか飛ばされている間、
広い空や、風にたなびく雲や、ススキの穂が鮮明に見え
さらには、どんどん遠ざかるホームに佇み
鼻を揺らしている小象までもがハッキリ見えた。
そんな優雅な夢の空中散歩も長くは続かない。
しなやかなススキの波打つ群生地に、ボテン!!とお尻から乱暴に着地し
ゴロゴロッ…と背中から後転を繰り返した現実。
「イタタタッ…痛いなあぁぁー着地失敗!」
打った腰や足を摩っていると、胸ポケットの携帯が鳴った。
「こんな着メロを登録した憶えないけどな?」
戸惑いながら、メッセージを読んでみると
「いま、どこに居るの?」と書かれてあった。
アドレスは、「kozo-@(小象)」。
咲子は瞼をしばたたかせ、右手の拳を顎に当てて考えた。
「はて?小象の指でも打てる『特大携帯』って、いつ販売されたっけ…?」
大きな疑問を残しつつも咲子は返信した。
「小象、ほんとにアンタなの?咲子ね、飛ばされて転がって身体中が痛いよ!
ススキが邪魔して、どこまで飛ばされたかも分からない!
暗くなる前に迎えに来てー!」
なんとも我侭な咲子である。
暫くすると、またメロディが鳴って、小象から返信があった。
「僕のコップは壊れてない?」
咲子は返信した。
「あんたのコップゥーー?あぁーーそう言えば…失くしちゃったみたい!
あのさぁ、新しく可愛いコップを買ってあげるから、とにかく迎えに来てよ!!」
少々、乱暴な言い方だったけれど、咲子は小象に救出を頼んだ。
が、しかし、それっきり待てど暮らせど小象からの返信は無かった。
「見放されたのかなぁ〜」
小さなため息を漏らしながら、空を舞う夕千鳥の群れを目で追った。
幸いなことに夜になっても空には雲ひとつ見当たらず
十三夜は煌々と辺りを照らしていたし
虫たちのオーケストラに気も紛れ、咲子は徐々に平常心を取り戻していった。
そして、夜空の星を眺めながら改めて小象のことを考えた。
「そうだ…あの小象コップって…たしか特別注文で取り寄せて…
秋の月夜の晩に、溢れんばかりに水を注いで願い事を唱えると…
だんだん水が隆起しはじめ、願う姿に形作られる…とか。
遠いサファリに居る仲間の姿に逢えるって、今でも信じてるのかなぁ〜あの子。
やっぱ、探してやらなきゃ可哀相だ!」
咲子は、月明りを頼りに手探りし始めた。
「湯船ほどもある大きなコップだもの、直ぐに見つかるわっ」
高をくくってはみたものの、なかなか思うように見つからない。
ほとほと疲れ果て、ふと仰いだ十三夜は、
「諦めちゃダメ!」と言わんばかりに眩しかった。
「それにしても見つからない…どうしよ。。。」
途方にくれた咲子は、眠るコスモスの脇に腰を下ろした。
暫くすると、遠方から規則正しい音が響いてくる。
それは蒸気機関車が近づいてくる音だった。
目を細めると、警笛とともに機関車が蒸気を上げて近づいてくる。
あっと言う間に機関車は咲子の目前を通過し
大量の蒸気がたなびき、一瞬にして辺り一面、十三夜までもが霞んでしまった。
蒸気を吸ってしまった咲子は
「ケホン、ゴホン」と一つ二つ咳をした後、その場にゴロンと寝転んだ。
なんとなく見た視線の先、電信柱3本程離れた水田に
月光に照らし出された白い物が見えた。
アッ……
「あの子の特注コップ、みーつけた!!」
咲子は水田の冷たい感触を掻き分け、掻き分けて拾い上げ
泥の付いた小象の特注コップを小高い丘まで運び
公園の水で綺麗に洗って、たっぷり、なみなみと水を注いだ。
そして…
「小象に逢いたい」と懸命に願った。