パタッと読みかけの本を閉じ、はぁ〜んとため息ひとつ付いて時計を見る。 まだ、朝の6時。
『早起きは三文の得なんて、昔の人はよく言ってくれたわよね…
ずっーと起きてた私は、どのくらい得するのかしら…?』
咲子は眠れないのである。
時折、意識がなくなるらしいけど、寝たと言う満足感のない日が続いてる。
鏡を見るのもイヤになる程、目の周りには隈ができているが、瞳だけは異様に光っていた。
玄関のドアが軋んだ。
鳴るはずのない呼び鈴が、『ピンポン!ピンポン!!』とけたたましく鳴った。
咲子は両足で弾みをつけてグイッと跳ね起きたものの、慎重に物音を立てないようにソッーと玄関まで歩いて行った。
ドアミラーから外の様子を見るが、人影はない。
しゃがんで郵便受けの隙間から外の様子を覗いてみる。
『パォッ フンガァー♪』
そこに居たのは、小さな小さな一頭の子象。
子象は、咲子と目が合うと、もぉ一声鳴いた。
「パォーー♪」
『ちょっと、ちょっと、呼び鈴鳴らしたのは、あんたなの?!あんたのその短い鼻で押したって言うの! 何の用よ!!』
不眠の咲子は、目をゴシゴシ擦りながら、不覚にも子象に向かって叫んだ。すると、子象が人間の言葉を喋った!
『ブカッに、入れて。ミルクを頂戴。咲子の忘れ物、持って来た。だから早く、ブカッに、入れて♪』
咲子には、どうも『中に入れて。』とねだっているように聞こえた。
咲子は、一瞬、うぅーと声にならない声を発し、子象相手にむきになって叫んだ。
『なんで私の名前知ってんのよ!忘れ物って何?もぉーほらっ、郵便受けを全開にしたわよ!入れるもんなら、自力で入んたさい!!』
そういい終るか終わらないか内に、子象の鼻が伸びてきて、あっという間に、驚いて尻餅ついた咲子の膝の上にチョコンと乗った。
妙に馴染む子象の感触。
温かい子象の鼻息と体温が伝わってくる。
不意にペロンと可愛い小さな舌が、咲子の手を舐めた。
咲子は妙な気持ちになりながら、冷蔵庫から賞味期限切れのミルクを取り出し、スーパーの食品トレーにミルクを注ぎ、子象の前に置いた。
子象は器用にミルクをズズッーと吸い込み、美味しそうにゴクゴク音を立てながら飲み始めた。
子象を見詰める咲子の胸に、忘れていた感情が沸き起こる。
『ポタポタ……エッッ、何よこれ!何であたしが涙なんか!』
ミルクを飲んでる子象の頭に、咲子の涙の痕がついた。
小象は咲子を見上げて優しく見詰め、何か喋った。
まるで、あいつが、あたしの手料理を食べた後に、微笑んで言うように。
『咲子、美味しかったよ、大好きだよ♪』
咲子は子象にしがみ付いて、泣いた。
電話が鳴った。
咲子を不眠症にした、憎いあいつからだった。
『あっ、俺の子象、元気してる?… 咲子も元気か?』
それまでの荒れた感情とは裏腹に、憎いはずのあいつの声が、咲子の魂に響いた。
『私の忘れ物…って…』
咲子の心は、にわかに穏やかな愛情を取り戻していった。
おわり
2002.3.26UP
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