|
|
プロフィール |
|
 |
私の美白肌への関心は 物心ついたときから
始まったような気がします。
それは、良きにつれ悪しきにつれ 母からの影響でした。
母は美容業界ひと筋のひとでした。
10代の頃から 京都の美容院で 修業を積み30代で 独立して開業しましたので、娘の私も 子どもの頃から
何かと折りにふれ店の手伝いを しておりました。
その後 母はエステサロンを 併営するようになり、
女学生の私は 主にそちらを 手伝っておりましたので
お客様の肌のトラブルお手入れの大切さを身を もって
体験してきました。
大学卒業後 一時OLをしておりましたが どうしても 美白・美容の仕事が忘れがたく 母の他界を機にエステサロンを開業し 現在にいたっております。 |
|
|
| ㈱エイ・ディー・シー |
| プロヴァンスADC |
代表取締役:
大庭美智子 |
|
|

provence adc
icc05635@nifty.com

provence adc
icc05635@nifty.com

provence adc
icc05635@nifty.com
|
私の美白への思い入れには、もう一つエポックメーキングな出来事があります。 |
| それは、幼児の頃体験した 二度にわたる火傷なのです。 |
一度目は大根の味噌汁でした。 |
| 幼かった私の頭上を通過中だった鍋が 不用意にも母の手から離れ 煮たぎった味噌汁を頭からあびてしまったのです。 |
そして、顔面に残った大根の千切りがくっきりと火傷の痕として残ってしまったのです。
|
| 二度目は 熱湯でした。 |
ストーブの近くで寝かされていた私の顔に ヤカンが落ちて
またしても 顔に熱湯をあびてしまったのです。 |
| 不幸中の幸いにも 二度目の火傷で一皮むけて 大根の千切りの痕が消えて しまったのです。 |
物心ついた頃の私は 鏡が嫌いでした
なぜなら 火傷のせいか 所々にある紫がかった肌をみるのがつらく悲しかったからです。
年頃になると ますますその思いはつのり なんとか どうにか
(白く透きとうる肌)にならないかとばかり考えていました。
薬や化粧品をいくつも試しました。
知人の紹介でレーザー治療にも通いました。
いずれも目立った効果は得られず、少しよくなっても、
紫外線に極端に弱かったりと、不安定な状態になってしまっていたのです。
|
結局、私は人に頼らず 自らの手でくすみのない透明感のある肌を取り戻すべく努力することを決意しました。
医療・美容・美白できるかぎり多くの分野の本を読み、体験もし先人の話を聞き教えを乞いました。
そして『フラーレン』と 執念ともいえる出会いをすることができたのです。 |