GK;リオネル・レティジ
GK;ジェローム・アロンゾ
GK;モハメド・ベナムー
DF;ジョゼ・ピエール・ファンファン
DF;エリック・キュビリエ
DF;ガブリエル・ハインツェ
DF;タラル・エルカルクリ
DF;ファン・パブロ・ソリン
DF;ベルナール・メンディ
MF;パウロ・セザール
MF;ミゲル・ウーゴ・レアル
MF;セリム・ベナシュール
MF;フレデリク・デウー
MF;ロマン・ロッキ
MF;モデスト・エムバミ
MF;ロリク・カナ
MF;ブランコ・ボスコビッチ
FW;ファブリス・フィオレス
FW;アリウヌ・トゥーレ
FW;バーソロミュー・オグベチェ
FW;シギー・リュコ
FW;レイナルド
FW;ペドロ・ミゲル・パウレタ
FW;ダニエル・リュボヤ

→[02-03シーズン]
[PSG]


新シーズンに向けたフランスリーグ各チームのプレヴュー。補強状況、親善試合結果、開幕前のチーム関係者コメントなど。


[監督]
ハリロジッチ
15/05/1952

ボスニア出身のハリロジッチは現役時代ナントやPSGでゴールゲッターとして活躍。監督としては2000年、昇格したてのリールでチャンピオンズリーグ出場権を獲得し脚光を浴びる。非常に厳格な人物で、その威厳に溢れるドスの利いた受け答えたるやまさに若山富三郎。レンヌのサッカーファンに言わせると「とにかく厳しくて、選手は夜遊びなんてもってのほか。9時に寝ないと移籍させられるんだぜ。プレイステーションもダメなんだ。」というほどらしい。ワントップを好み、ときに守備的な戦術を非難されることもあるが、実際に結果を残してしまうのだから非難する人間の声も次第に小さくなってしまうのだ。


祖国の内戦から逃れフランスに来たというセルビア・モンテネグロ(旧ユーゴ)出身のFWダニエル・リュボヤ。「サッカーがあるから生きてこれた。生きるためのゴールだ」という彼からは悲壮感も感じ取れるが、少し視線を上に向け、彼の頭部に目をやると、モヒカンの真ん中だけを染めた奇怪な髪型が飛び込んできて思わず吹き出してしまう。力強い左足のシュートとヘディングでゴールを陥れる典型的なストライカーだが下がった位置から見せるラストパスやクロスも見応えがある。FKも素晴らしいが、何故かPKはヘタッピである。


ゴールさえ上げていれば3度の飯もいらない
天性の点取り屋ペドロ・ミゲル・パウレタが、ついにパリにやってきた。抜群のポジショニングから両足、頭は勿論、肩、腿、脛、腹、臍と体躯のあらゆる部位を駆使してボールをゴールに叩き込む様は文字通りの全身凶器。ボルドー時代のニックネーム"サイクロン"は伊達ではない。自身に近づく全てのボールをゴールマウスまで吹っ飛ばす、ムッシュ・サーチ&デストロイである。果たしてパリで普通にメシを食う日は来るのだろうか。いや、来ないであろう。


一週間続いた氷雨のあとに顔を覗かせた太陽のように眩しい笑顔で女子のハートを鷲掴みにする恋の黒帯MFブランコ・ボスコビッチ。「ヤキン事件」を受けPSGが新たな10番候補として獲得したセルビア・モンテネグロの未来と呼ばれる選手である。イギリス人曰く、「セルビア・モンテネグロのプレスからサビチェヴィッチ2世とも呼ばれてる」逸材だそうで、ゲームメイクも左サイドも高いレベルでこなせる(らしい)PSG期待の新エースだ。「イニシャルB.Bといえばブランコ・ボスコヴィッチ。その存在自体が象徴である」数年後にはトリュフォーにそう賞賛されるようになっていることを期待したい。


ランスで頭角を表わした屈強なセンターバック、ジョゼ・カルル・ピエール・ファンファン。その後ランスからモナコに移籍してからは怪我や若手の台頭もあり出番が減っていったが、マルケスと組んだセンターラインは最高にソリッドなものだった。何故か自陣のゴールマウスにボールを叩き込んでしまうという悪癖を持つが、パリではその悪癖を悪運に代えて相手ゴールにボールを叩き込むことを期待したい。


03-04シーズン開幕直後、2試合で7点を叩き込まれて長髪のアルゼンチン人が恋しくなってきた所にタイミング良く加入したのが、前任者よりも100倍むさ苦しい長髪のファン・パブロ・ソリンだった。こちらはセンターではなくサイドが本職。豊富な運動量で攻撃に守備に大ハッスルし、ゴール前への果敢なとび出しも観る者に鮮烈な印象を与えるアルゼンチン代表だ。


2000年、フィリップ・ベルジェロー監督時代に1部デビューを果たした核弾頭、ベルナール・メンディがボルトンでの武者修行を経てPSGに帰ってくる。デビュー当初は左サイドバックだったが、仏U21代表やイングランドでは右のハーフ、もしくはウィングとして抜群の突破力と決定力を証明していた。デビューから数週間後のチャンピオンズリーグでバイエルンのショルをはじめ並み居る強豪と対戦した際には「ん?別に威圧感なんて感じなかったね」と言い放った、天上天下唯我独尊、不遜で活きの良い若者である。


99年から01年まで2部のニースでプレイしたあと、デシャン監督就任後のモナコに移籍。この時期のモナコはデシャンとクラブの方針で、ジヴェをはじめ多くの若手が試されたが、その中の一人だ。今では右サイドバックの主戦力としての地位を築いている。安定したディフェンスが持ち味だが、クロスの精度や縦への突破など、攻撃面での脅威はあまり感じない。(03〜PSG移籍)


PSGと契約合意後ブラジルにレンタル移籍し武者修行を積んできたレイナルド。ブラジル時代にはRei(キング)と呼ばれたほど圧倒的な存在感を放っていたそうで、サンパウロ時代には1シーズン30ゴールを叩き込んだ実績を持っているらしい。本人の「俺は得点だけじゃない。アシストだって達者だぜ」というコメントは話半分に聞いておくにしても、なんとなく期待感を抱かせる顔つきであることは確かだ。


コンフェデレーションズカップで一躍その名を世界に知らしめたカメルーン代表MFンバミ(エムバミ)。カメルーンで生まれ18歳にしてフランスのセダンに移籍したあと、クラブの降格に伴いPSGに加入した。小柄だが、豊富な運動量に加え、中盤の底で見せる技術やパス、キックも目を見張るものがある。エッシェン、ペドレッティの話がご破算となりPSG3番目の選択肢としてオファーを受けたが、それを快く受け入れた、文字通りのモデストである。


ラジャ・カサブランカ時代の恩師ハリロジッチの監督就任でレンタルから復帰を果たしたモロッコ代表エルカルクリ。圧倒的なフィジカルを誇るだけでなく、技術やフィードといった近代的なDFセンスも併せ持つ隠れファンの多いセンターバックだ。ハリウッド映画に出てくる安いマフィアのような顔立ちの通り、ピッチ上での血で血を洗う抗争もまるで厭わない選手で、彼に肘打ちでも喰らわそうものなら100倍になって己に返って来るのは間違いない。セットプレイ時の得点力も魅力だが、やはり警告退場はもう少し控えて頂きたいものである。


移籍当初、箱根の走り屋のような風貌だったハインツェも、パリで2年間過ごした今ではパーマもあてるナイスガイだ。とはいえ、外見は変われどその熱いプレイスタイルは加入当初から徹頭徹尾変化なし。ゴール前での体を張ったタックル、自らの身を省みないブロックと、チームのために100%を出し切れる選手だ。最近では攻撃センスにも磨きがかかり、気の利いたフィードやプチ・バレージとでも呼びたくなるオーバーラップを見せるが、時にサヴィオの右足のキックフェイントに引っかかって背中を見せてしまうほど淡白な守備でパリジャンの涙を誘う事も。アニキと慕うポチェッティーノの後に続き、アルゼンチン代表から初招集も受けた。


安定したキャッチングでフランス代表候補にも数えられるのは、PSGの第1ゴールキーパー、リオネル・レティジ。ぼんやりした顔つきそのままに、試合中でも決して檄昂しない冷静な男である。趣味はゴルフ。世界で最もタートルネックの似合う男の一人だ。


PSGの第2GKジェローム・アロンゾは、こう見えてサンテチエンヌ、マルセイユ、PSGとフランスのビッグクラブを渡り歩いたタフガイだ。この他にニースでのプレイ経験もあり、常に血の気の多いサポーターに囲まれてプレイしたおかげで養われた肝っ玉は、ちょっとやそっとのことでは潰れない。第1GKレティジとも仲が良く一緒にゴルフに勤しんでいるようだ。


「僕のアイドルはジダン。DVDも買っちゃった。それを見てジダンのプレイを真似するんだ」と無邪気に語るのはチュニジア代表のベナシュール。「目標の選手?特にいません」とつまらない答えをする選手が多い昨今、彼の無邪気なジダンへの心酔はとても心地よい。思えば、ジダンもフランチェスコリへの憧れを隠そうとはしなかったではないか。彼の素直さは「パリから第2のジダンを」との想いをより一層強くさせるのである。パリ生まれゆえ仏U-21代表からも声がかかったが、「母国に栄光を」とチュニジア代表を選択したあたり意外に骨太だ。


ブラジル時代にはポスト・ロベカルとも言われていたパウロ・セザール。SH、SB、DH、OHと任せられれば何処のポジションもこなしてしまう上に、両足とも器用に扱いフリーキックも蹴っているのだから黙って白旗を揚げるしかない。器用貧乏に終わるのではないかと懸念したこともあるが、彼の得点力を知った今となっては、そんな懸念は便所に流してしまった。


スペインのアトレティコ・マドリッドから移籍してきたポルトガル代表候補のウーゴ・レアル。ロナウジーニョがいることもあり中盤の底でのプレイが多いが、本職は攻撃的なMFだ。ボール扱いの上手さは、割れたアゴと合わせて彼がポルトガル人なんだということを実感させてくれる。このところ運動量も豊富になってきたようで、フランスでは「ダイナモ」と評されることも増えてきたが、怪我の多いのが難点である。


アルゼンチン代表ポチェッティーノが主将マークを巻く前、Rouge et Bleuのバンドは彼の腕に巻かれていた。バルセロナで不遇の時を過ごしたらしいが、その時のことは良く知らない。ただ一つ私が知っているのは、バルセロナ移籍前の彼はフランスで最も将来を嘱望されたDFだったということだ。今では中盤の底での激しいディフェンスを売りにしており、「牛殺し」の異名を持つ強烈なミドルシュートも武器だ。03年ハリロジッチ監督就任と共に主将復帰。


02-03シーズンでの退団を決意したアレックス・ニャルコ(27歳)が、悩み事があるたび真っ先に相談を持ち掛けたのが、まだ18歳のオグベチェ君だった。年齢を超えた美しい友情である。ナイジェリア代表として02年W杯でもプレイしたPSGユース上がりの期待の逸材だ。ウィングとしてのプレイも光り、抜群のスピードでカウンターの際には絶対の武器になる。


ナントで育ちイングランド移籍後PSGに加わったトゥーレは、オグベチェ君とクラブで1.2を争うほどのスピードスターだ。DFラインの裏に走りこみ、右サイドを疾走し、左サイドを独走する。彼がパリに来てはや1年が経とうとしているが、よくよく考えてみると私は彼が走っているところしかみたことがない。というのは少し嘘だ。後半残り僅かで登場する秘密兵器である。ちなみに顔だけ見ると老練なギャングスタ・ラッパーのようだが、これでもまだ20代前半。正直な所、私もこれくらいの貫禄が欲しい。


3部のナシオナルでプレイしていたところを、フェルナンデス監督が直に視察しパリに引っ張ってきた。3部からPSGへ。大人の階段を一気に駆け上ったシンデレラだ。フェルナンデスが見出しただけあり、中盤での泥臭いプレイでチームに貢献しているが、カンヌ育ちだけありボール扱いも達者で、近い将来に期待がかかる存在だ。初先発がOM戦だったにもかかわらず、素晴らしいプレイを見せ心臓の強さも保障付きである。


ギャンガンの点取り屋だったフィオレスだが、PSGでは主にサイドハーフでプレイ。時に最終ラインまで下がってのディフェンスやサスペンション上等のあからさまなダイブも辞さない、自己犠牲の精神の塊のような男だ。一見ただの便利屋に見られかねないが、ただの便利屋で終わらないのは、ここ一番で得点する勝負強さも持ち合わせているからである。


スイスはローザンヌからやってきたコソボ生まれの若きアルバニア代表ロリク・カナ(サナ)。現在PSGのBチームでコンスタントに活躍しておりBチーム監督のコンブアレも「的確な技術に加え、フィジカル、ゲームを読む力もある」と将来に期待を寄せる中盤のプレイヤーだ。PSGの育成センターに入る前にはあのレアル・マドリッドやアーセナルからもお声が掛かったという東欧の宝石である。


02-03シーズンには徐々にAチームでの出場機会も増えてきたCFAのチーム内得点王シギー・リュコは、コンゴ出身の若手ストライカー。「理想のプレイヤーはアンリ」と公言するように、スピードとドリブルに近い将来の可能性を感じさせるプレイヤーである。1対1の強さは、すでにBチーム監督コンブアレのお墨付きだ。


ルクセンブルグ代表GKステファン・ジレに代わってPSGの第3GKの座を射止めたのはCFA上がりのモハメド・ベナムー。身長がGKとしてはかなり小柄な部類に入る175pしかないが、本人はフランス代表の世界王者GKファビアン・バルテズを目標に頑張っているらしい。曰く「バルテズは世界王者になってからというもの、周囲から身長190pの大男みたく見られるようになったんだ。」そうである。