〜阿刀田 高〜
1979年に刊行され、第81回の直木賞にも選ばれた『ナポレオン狂』
のなかから、表題作の『ナポレオン狂』を見ていくことにしましょう。
この作品のオチには、おもしろい特徴がみられます。
オチがはっきりとは描かれていないのです。
オチのない作品という意味ではなく、明らかにオチはあるのですが、
言葉の上では書かれていないのです。いくつかの材料から、
読み手の頭の中にオチが浮かび上がるように仕組まれているのです。
具体的に作品をみてみましょう。
「動物の剥製の作り方」という本を「私」が見た、という部分が
この作品のオチにあたるわけでなのですが、それ自体は、
何の意味も持ちません。本当の意味でのオチは、ナポレオンマニアの
人物が、ナポレオンに瓜二つの人物を殺して、剥製にしたというものです。
しかし、このことは、作品中に全く書かれてはいないのです。
オチまでのストーリー中に張りめぐらされた数々の伏線が、
オチのごく些細なヒントをもとに
一気に読み手の頭の中に真実を作り上げるのです。
彼の作品中に見られる伏線は、やや不自然さを感じさせる伏線となっています。
物語を読み進むときに、わずかに引っ掛かりを感じるのです。
このわずかな引っ掛かりが、読み手の心理に得たいの知れぬ
不気味な予兆を感じさせる役割を果たしています。
ごくあっさりとした文章やストーリーの描かれ方が、
かえって嵐の前の静けさを想像させ、はっきりとはどこにも恐ろしい事実が
書かれていないのにもかかわらず、不気味な雰囲気を作品中に漂わせて
いるのです。彼の作品は、ストーリー構成と書かれているオチとの
相乗効果により、読み手の想像の中にオチを作るという手法をとっているわ
けです。そのため、ストーリー構成におかれる比重は非常に重いのです。
読み手の心理をうまく誘導することにより、
実際に書くことなく、効果的に恐怖を描いているのです。