海外ショートショート作品

〜レイ・ブラッドベリ〜


ブラッドベリはSF作家ではありますが、

彼の作品は、SFの域を越えてファンタジーに近いものがあります。

ここでは、彼の処女短編集『闇のカーニバル』全編に、

五つの新作を加えた短編集『10月はたそがれの国』(The October Country)

の中から、『骨』を取り上げて考えてみましょう。

 彼の作品の特徴は、読後に受けるその不気味さといえるでしょう。

文章中に特にグロテスクな表現があるわけでもなく、むしろ、淡々と描かれています。

ストーリーの進行も極めて静かで、内容の異常事態に対する

同情や恐怖をあおるような表現はとっていません。

ここで注意したいのは、このような文章表現がオチの効果を

増大させるものではないということです。

『骨』では、主人公の体内から骨が抜き出され、

クラゲのような体になってしまうというのがオチになっていますが、

表現方法や展開の速さなど、初めから終わりまで描かれ方に変化はみられません。

この作品では、オチが最もグロテスクな内容なのにもかかわらず、

それすらも読み手の感情をより刺激するようには書かれていないのです。

オチは一種の媒体に過ぎないのです。

この作品を読み終えた後に感じる不気味さは

オチから感じるのではなく、作品全体から感じるのです。

極端な言い方をすれば、『骨』のオチは文章中には書かれておらず、

仮のオチ、種明かしによって、読み手の想像のなかにできるのだと

いうことになります。想像による恐怖は、どんなに巧みに描かれた恐怖より、

はるかに真に迫っているものです。想像力には際限がなく、

そのうえそれぞれの読み手が自分にとっての恐怖水準で

想像するのですから当然の理屈だといえるでしょう。

淡々とした描かれ方は、この想像に余計な枠を設けさせないための

効果的な手法であるといえます。

ブラッドベリの作品のオチは読み手を驚かせるためのオチではなく、

恐怖想像のための媒体としてのオチなのです。

また、ストーリーはその材料となるためかなりの重要性をもっており、

ストーリー構成にかかる重みは非常に大きなものです。

ブラッドベリのこのような特徴は日本のショートショートに

たいへん大きな影響を与えており、日本ではほとんどの作品に

こうした描かれ方を見ることができます。


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