ショートショートのご先祖さま

〜ショートショートの前身って?〜


じゃ、ショートショートが生まれる前ってどうだったのでしょう?

ショートショートの生まれる1930年代以前の短編小説の中で

現在のショートショートの形態に非常に近いと思われる作品として

O・ヘンリーやサキの作品があげられます。

この二人は、ほぼ同時期に活動していた作家であり、

両者とも短編の名手として名高い方々です。

二人の作品の持ち味は全く違いますが、おもしろいことに

ショートショートの二次的定義が完全に盛り込まれているのです。

特に意外な結末、つまりオチの切れ味は、現代ショートショートでも

十分通用するものです。その一方、現代ショートショートの主流である

SFやミステリーを使用していないという共通項があります。

それらの点を踏まえて、二人の作品を実際に見ていきましょう。

まず、O・ヘンリーの作品のうち『賢者の贈りもの』

(The Gift of the Magi)を例に挙げて、考えてみます。

形式面でいえば、その短さもオチのあるところもショートショートと

変わるところはありません。ところが、それではこれをショートショートと

呼んでいいかといわれると、はい、とすぐには言えないのです。

ショートショートの定義に外れてはいませんが、現代の

ショートショートと比べたとき明らかに異なる部分があるのです。

読んでみればすぐに分かるのですが、読後に受ける印象が

全く違うのです。『賢者の贈りもの』では、貧しいながらも愛しあっている

若夫婦がお互いに相手のために自分の大切なものを売り払って

贈り物を買いますが、それゆえ、その贈り物が無駄になってしまいます。

しかし、贈り物が無駄になったということよりも、そこに感じられる

相手を思う心に焦点がおかれているのです。

読み終わった後、なんとなく暖かい気分にさせられますよね。

 これが現代ショートショートであれば、こうはなりません。

贈り物が無駄になったことのほうに焦点がおかれて、

逆に、その原因である愛情の方が非難されるでしょう。

こちらのほうの結論は、

「贈り物をするなら相手に確認してからにすべきだ」

もしくは、「愛情なんて何も役にはたたないものだ」

などのドライなものになるに違いありません。

現代のショートショートの読後感として「心暖まる」という言葉は

まず聞かれることはありません。「不安」「やり切れなさ」「恐怖」

などといったマイナスイメージのものがほとんどであり、

ユーモラスなものはあっても、情に訴えるようなものはないのです。

『賢者の贈りもの』と現代ショートショートを比べたときに見られる

この相違点は、意図するものの違いであり、また唯一の相違点といえます。

しかし、この相違は大きいものだと思うのです。

それぞれ感情的なものと物理的なものをその価値基準としている点は、

とても興味深く感じます。

さて、次はサキの作品を考えてみましょう。

作品例として『開いた窓』(The Open Window)を取り上げます。

こちらは、O・ヘンリーの作品よりも、ショートショートには近いものがあります。

彼の作品は、現代ではブラック・ユーモアと呼ばれるジャンルで、

読後に与える効果はショートショートと変わりません。

それでは、その後現れたショートショートとはどこが違うのでしょうか。

それは、起こり得ない事象がない、という点です。

『開いた窓』で考えてみると、ストーリーは一人の少女が嘘をつき、

一人の男がだまされたというだけの話です。

場面設定も日常的なものであり、不自然さはありません。

登場人物に目を向けてみても、作り話の得意な女の子や、

神経衰弱気味の男なら、どこにでもいます。

  現代のショートショートでも、登場人物のほとんどが、ごく普通の人であり、

場面設定が日常であるものも少なくありません。

ただ、ストーリーが違うのです。あり得ない話ではないにせよ、

非日常的な設定をもとに話が進行しています。

現代ショートショートの主流ジャンルがSFやミステリーで

あるのですから当然といえば当然なのですが、

では、なぜサキはそういったジャンルで書かなかったのでしょうか。

『開いた窓』にかかわらずサキの作品のオチの切れは

すばらしくさえています。何をいいたいのかといえば、彼の短編は

一つの完成品であって、きれいにまとまり、そこで終結しているのです。

『開いた窓』でいえば、少女が実は作り話の名人だった、という

最後のオチにのみ向かって全てが一直線に進んでいます。

つまりオチこそが中心でありオチに含まれる風刺や皮肉の中に

作者の言わんとすべきことが集約されているのです。

そのため話が非常にわかりやすくなっています。

この点、現代あるショートショートはオチに余韻を残し、

読者の想像に結末をゆだねる傾向が強いため、

作者の意図がわかりづらいところがあります。

 ここまで、O・ヘンリーとサキの作品を見てきましたが、

両者の共通項についてまとめてみましょう。

それは、あくまでも日常に根差した設定を設けていることと、

オチの役割の大きさです。「いかに読み手を驚かせるか」が

最重要課題であり、オチまでのストーリーの組み立てに

すべてが注がれているのです。ゆえにストーリー設定に特別な空間を

用意する必要はないのです。かえって、平凡な方が、オチの切れが

引き立つというものでしょう。現代のショートショートにとっても

オチは重要なものですが、オチだけを中心とはしていません。

ストーリー設定のほうもかなり重視しています。

また、日常的設定の意味するところは、O・ヘンリーほどではなくとも、

人間味の重視であるといえるでしょう。つまり、ショートショートの

先駆的なこの二作品は、ストーリー中心の現代ショートショートに比べ

人間を話の中心にしているのです。形式面ではオチを重視し、

内容的には、人間に密着しているのが、先駆的二作品の特徴なのです。


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