〜筒井 康隆〜
1976年に刊行された筒井康隆の『メタモルフォセス群島』から
『走る取的』をみてみましょう。この作品では読後のみに
恐怖を感じるのではなく、ストーリーの進行と共に恐怖が増大していきます。
舞台は日常であるし、起こる出来事も物理的には有り得ることなのですが、
実際の現実世界ではまず起こり得ないストーリー展開になっています。
二人のサラリーマンを取的がどこまでも追ってきて、
ついには二人を殺してしまうというストーリーなのですが、
その無茶苦茶なストーリーが、ただ事実としてつき進められていて、
理由や説明が全く付け加えられていません。
読み手は、訳の分からないまま純粋に恐怖だけを感じ、
頭ではなく本能で読んでいくことになるのです。
何らかの伏線が張ってあり、結末を想像するのではありません。
取的が何ゆえに追ってくるのか理由がどこにも書かれていないため、
追われる恐怖だけが取り出され、取的はただひたすら追いかけてくる
恐怖の対象としてのみ描かれているのです。
この作品のオチは、ほとんど無いのと同じです。
二人が取的に殺される、というのがオチにはなっているのですが、
それは意外な結末というより、当然の進行のような錯覚を読み手に与えます。
何故なら恐怖の対象としての取的が二人を殺すことに、不自然さはなく、
ストーリーの進行に伴ってエスカレートしていく取的の不気味さを考えれば、
本能的に納得するものがあるからなのです。
ただ、常識で考えれば、取的が二人を殺すのは考えられない事象で
あり、それゆえ「二人が殺される」という結末は、読み手を、
不安定な状態のまま非常識な世界に留めることになります。
それが、読み終えた後の、はっきりと形をとらない不安となって残るのです。
彼の作品は、日常からかけ離れた空間を作り上げ、
それに常識的な説明を加えることなく、ストーリーを進行させ、
そのまま終わらせることによって、読み手を宙に浮かせ、
動揺させるというものになっています。
非日常をぶつけることにより本能的な恐怖を導き出して
いる作品といえるでしょう。