メディア規制法案の議論の仕方
                    北海道大学  金子 勇


 「個人情報保護法案」、「人権擁護法案」、「青少年有害社会環境対策基本法」といういわゆるメディア規制3法案の成立は先の国会では断念されたが、単なる先送りに過ぎない。10月からの国会で再燃する可能性があるので、公表されている資料を参考にして一括した考察の素材とする。

 2002年になって、日本新聞協会、日本民間放送連盟、日本放送協会をはじめ各種団体や個人が、この法案に反対を表明してきた。このように、「反対である」ことを「表現する」自由は完全に定着していて、言論の自由は守られている。表現とは主観を客観化することであり、そのこと自体は他者を想定していないが、多くの場合は特定の個人ないしは不特定の大衆向けに表現される。

 一方、報道とは知らせることだから、相手の存在が不可欠であり、マスコミならばマスとしての大衆の存在を不可欠の要件とする。念のために「道」は言う、語る、説くという意味であり、柔道や書道などの「道」の意味ではない。周知のように、憲法に保障されているのは「報道の自由」ではなく「表現の自由」であるから、両者は必ずしも同質ではないという観点にたって、メディア規制3法案をめぐる意見を述べてみよう。

 本年は1953年にNHKテレビ本放送がはじまってちょうど50年になるが、なぜこの時期に「規制法案」が国民の一部からも待望され、それを政権与党が取り上げて法案にすることになったかはもっと考えられてよい。あるいは「メディア規制法案」が一定比率の国民に求められるから登場したのだ、という機能論的な分析も試みられていい。その中で今後ともに深めておきたい論点が2つある。

 一つはマスコミが高唱する「国民の知る権利」は、これまでの歴史で十分に満たされてきたかという疑問がある。マスコミ情報は千差万別で玉石混交だから、国民が念頭におく「報道内容」が異なりすぎて、まず意見の一致は得られない。たとえば少し以前に8時半からのワイドショーで、テレビ各社とも「野村・浅香論争」を垂れ流した事実がある。これをもって「知る権利を満たした」といわれたくない国民は非常に多かったはずである。「知りたくない権利」もあるのだという健全な世論にマスコミは答えていない。    

 同時に一連の外務省がらみ事件で「知る権利」が満たされていないのは、この10年間の外務大臣の責任であろう。外務事務次官レベルで責任追求を終わらせるのは、最高責任者である外務大臣に失礼であろうし、国民の「知る権利」は満たされていないことになる。なにしろ「拓銀」倒産の責任は3代前までの頭取にさえ遡及させたのだから。

 北朝鮮の「拉致事件」についても、一部のマスコミは、外務省や特定政党と同じで、被害者の家族に対して冷たい態度を取り続けてきたし、国民の知る権利を満たしてはこなかったという20年の歴史をもっている。
 二つには「過剰な取材」「有害」などの判断に、権力側の「恣意性」が入ってくるからという反対意見の脆弱さである。これまでの過熱取材で人権に配慮が足りなかったマスコミもまた「恣意性」から免れていない。つまり、この「恣意性」は諸刃の剣なのである。権力側の判断基準もマスコミ側の判断基準も「恣意性」に満ち溢れている。正義はどちらかという議論ではなく、元来出来事の評価そのものが「恣意性」から自由ではないという現実を直視しておき、そこから判断基準を再構成することが必要になるであろう。

 さらに、マスコミ論の常識であるニュース選択基準の「恣意性」は、これまでもこれからも微動だにしないはずである。犯罪の被害者に無神経な質問する記者は後を立たず、集団的過熱取材の反省も始まったばかりである。電波は公共財との自覚が足りない番組の氾濫を念頭におく国民からのマスコミ批判にたいして、民法連やNHKはどこまで自主的に答えてきたのか。記者クラブのあり方さえも、田中長野県知事からの批判によってようやく見直されたではないか。同時に、マスコミ自体が大権力になった現在、そのチェックはどうあるべきなのか。自社で外部委員による紙面評価委員会や番組審議会を月に1回行うことが、すべての免罪符になるのか。

 ちなみに私はテレビ朝日系列の北海道における放送局の番組審議会の委員を3年、委員長を5年やっている。この経験からすると、毎月審議した内容が番組へ持ちうる影響力は皆無に等しい。

 全般的にはマスコミは良質の情報と感動をもたらしてくれるから、テレビ時代の50年間も含めて国民の大半は圧倒的に支持してきたし、私も同感である。しかし「隗より始めよ」もまた真実である。メディア規制法案への反対運動とともに、マスコミ各社、政党、学界、そして国民各層で、表現の自由と報道の自由の一致点と相違点、「知る権利」の分野と内容、判断基準の「恣意性」についてのさらなる議論が期待される。


                      金子勇      ISAMU KANEKO