確率的な振舞の起源

エヴェレット解釈は、ときには多世界解釈とも呼ばれます。この呼び名から、 エヴェレット解釈とは『世界あるいは宇宙が、観測される度に、非物理的な過 程として分裂すると解釈することだ』といったような誤った考えが広まってし まいました。エヴェレット解釈とは、一言でいうと、『波動関数の絶対値の二 乗を(確率ではなく)測度として解釈する』ということであって、多世界とい うのはこの理論を観測問題に適用したときに帰結されるひとつの現象にすぎま せん。世界が分裂するという仮定を置いている(著名な物理学者の中にも、い まだにこのような勘違いをしている人達がいます)わけではありません。

エヴェレット解釈に基づく量子力学では、系全体の時間発展はすべてシュレー ディンガー方程式で記述され、完全に決定論的です。波束の収縮は起こりませ ん。多世界というのは特定の認識主体を通してみたときの世界のことです。観 測過程(通常の相互作用)を通して認識主体(観測者)の状態がシュレーディ ンガー方程式に従って分岐するので、分岐して生じた観測者の数だけ(それぞ れの観測者を通してみた)世界があるということです。分岐した後も、すべて の観測者(分身)は量子力学的な重ね合わせの状態(純粋状態)のまま存続し ています。宇宙全体を記述する巨大な状態ベクトルが一つあるだけで、所 謂混合状態というのは実在しません。

我々自身が分岐したことに気づかないのは、状態ベクトルの時間発展が線形だ からです。すべての観測者(分身)が重ね合わせの状態で共存しているにもか かわらず、互いに相手の存在に気づかないのも、この線形性からきています。 異なる世界間で量子的干渉が無くなるから(このような勘違いをしている人達 も大勢います)ではありません。状態ベクトルの時間発展は、完全なヒルベル ト空間の中のユニタリ変換ですから、位相相関が無くなることはありません。 (位相相関が『実質的』に無くなるというのは本質的 なことではありません。観測問題とは何の関係もありません。)

決定論的な時間発展方程式から本質的に非因果律的な現象が現われるメカニズ ムを、脳移植のたとえ話で説明しましょう。

ある男の脳を取り出してコピーを作り、ひとつは別の男の頭に、もうひとつは 女の頭に移植します。この場合、システム全体としての時間発展は完全に決定 論的です。(生物学的には無理があるかも知れませんが、物理法則に反してい るわけではありません。また、脳の移植という話が気に入らないなら、計算機 上でシミュレートされる脳のプログラムと考えてもかまいません。これなら、 単にプログラムをコピーして他の計算機上で走らせるというだけのことです。) ところが、一つひとつの認識主体(男から男、男から女を経験した二人)にと っては、原理的にも制御不可能な確率的な振る舞いとして映っています。

このような移植を何度も何度も繰り返し行えば、数千才数万才になったこれら の被験者は、それぞれ過去の経験から、つぎの移植で自分が女あるいは男に生 まれ変わる確率は2分の1であると悟るでしょう。これらの被験者の中には、 『一度も女になったことはなかったから、つぎの移植でも必ず男になるに決ま っている。』と言う人が一人います。また、中には『ほとんどの場合男だった から、恐らく次も男だろう』という人もいます。しかし、移植の回数を増やし ていけばそのような人たちの割合はだんだん小さくなっていき、無限回の極限 では、だれに聞いても確率は2分の1と答えるようになります。



 間違った通俗解説本/啓蒙書モドキに注意!

エヴェレットのオリジナルの論文は

H.Everett III: ``Relative State'' Formulation of Quantum Mechanics
Rev.Mod.Phys. 29 (1957) 454-462

です。古い論文ですが入手可能です。例えば、

Quantum Theory and Measurement, Edited by J.A.Wheeler and W.H.Zurek
(Princeton University Press, 1983)
ISBN 0-691-08316-9

に掲載されています。

最近、量子力学に関するいい加減な本が氾濫しています。エヴェレットの論文 を参照して解説してある本もいくつかありますが、(著者が原論文を読んでい ないのか、読んだけど理解出来なかったのか分かりませんが)全部間違ってい ます。中には、ポスト・エヴェレット派(エヴェレットのアイディア(?)を 改良/発展させてより完全な(?)理論に仕上げたと(勘違い)している人達 の集団)の書いた(間違った)論文/記事からエヴェレットの論文を『推測し て』書いたようないい加減な(事実に反する間違ったことを書いた)本まであ ります。基本的に、量子力学の観測問題とかイデオロギー(?)とかに関して 書かれた解説本/啓蒙書は(著名な物理学者の書いたものであっても)読まな い方が無難です。(量子力学に限っていえば)乱読は時間の無駄です。 良書を時間をかけてじっくり読みましょう。


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© 1996-2005 Toshifumi Sakaguchi