量子力学を正しく理解しよう
波動関数は『場』ではありません
波動関数というのを、絶対値の二乗が粒子の存在確率をあたえる複素数値関数の
『場』というように解釈している人(例えば、波動関数とマクロな検出器との間
の、実質的に予測不可能な複雑な相互作用によって、波束の収縮が起こると思っ
ている人)がおられるようですが、これは概念上の間違いです。
『場』というのは、我々の住んでいる空間に存在する物理量で、量子論的に扱う と演算子になります。一方、波動関数というのは、ヒルベルト空間のベクトル( あるいは、それを粒子の位置の固有状態で表示したもの)であって、古典的な対 応物はありません。演算子としての物理量が働きかける被演算子が波動関数です。 (ド・ブロイ場と混同しないように!)
例えば、K 次元のベクトル v は、基底ベクトルを e_1, e_2, ..., e_K として
v = v_1 e_1 + v_2 e_2 + ... + v_K e_Kと書けますが、これと同じ様に、n 粒子系の状態ベクトル |psi> も粒子の位置 の固有ベクトル {|q_1'>,|q_2'>,...,|q_3n'>} (q_i'のそれぞれが実数値をと るので無限次元空間のベクトルの基底になっています)を基底にとって、
|psi> = integral dq_1'dq_2'...dq_3n' psi(q_1',q_2',...,q_3n') |q_1'>|q_2'>...|q_3n'> (q_i|q_i'> = q_i'|q_i'>, (i = 1,2,...,3n))と書けます。この展開係数 psi(q_1',q_2',...,q_3n') が波動関数です。K 次元 のベクトル v との対応でいうと、v_i の i に対応するのが、 psi(q_1',q_2',...,q_3n') の (q_1',q_2',...,q_3n') です。(i は離散的な値 をとりますが、(q_1',q_2',...,q_3n') は連続的な値をとりますので、和のとこ ろが積分になっています。)
ここで重要なのは、(q_1',q_2',...,q_3n') が古典的な物理量(観測値)であっ て、場の量のインデックスではないということです。
量子力学の確率解釈 では、状態ベクトルをあ る物理量(演算子)の固有ベクトルで展開したときの展開係数の絶対値の二乗が、 その物理量の対応する観測値(固有値)を見出す確率になっていると解釈します。 上記の例では、粒子の位置 (q_1,q_2,...,q_3n) の固有状態で展開していますので、 その展開係数の絶対値の二乗 |psi(q_1',q_2',...,q_3n')|^2 が、粒子を (q_1',q_2', ...,q_3n') に見出す確率(密度)になります。
粒子数が1の時、たまたま psi(x,y,z) と書けて場の量の様に見えますが、こ の場合でも (x,y,z) で張られる空間は配位空間であって、実空間ではありませ ん。
また、場の量子論でも波動関数が場の量になるわけではありません。有限個の
力学変数 q_i が無限個の力学変数 phi(x,y,z) になった(無限にある実数値
の組 (x,y,z) のそれぞれに対して力学変数 phi(x,y,z)がある)だけで、量子力
学の理論的な枠組みは変わりません。(対応する波動関数は、無限個の変数から
成りますので、波動汎関数と呼ばれます。)
トレース操作と波束の収縮との関係
密度行列と物理量(演算子)との積のトレースがその物理量の期待値を与えると
いうのは、シュレーディンガー方程式からは出てきません。これは、波束の収縮
を初めから仮定しているのと同じことです。
X という物理量を考え、その i 番目の固有値を X_i、固有ベクトルを |X_i> と します:
X |X_i> = X_i |X_i>対象が |P> という状態にある時に X という物理量を観測すると、波束の収縮に より、|<X_i|P>|^2 の確率で |P> から |X_i> にジャンプし、 X_i という値 がえられます。したがって、|P> という状態を毎回用意し,同じ実験を何度も繰 り返しおこなったときに得られる X の期待値 <X> は、
<X> = |<X_1|P>|^2 X_1 + |<X_2|P>|^2 X_2 ...
= <X_1|P><P|X_1> X_1 + <X_2|P><P|X_2> X_2 ...
= <X_1|P><P|X|X_1> + <X_2|P><P|X|X_2> ...
= Tr{|P><P|X}
となります。即ち、波束の収縮を仮定すると、密度行列 |P><P| と物理量 X
との積のトレースにより期待値 <X> が得られます。
この様に、密度行列で期待値を計算するというのは,波束の収縮が終わった後の
統計的な集団について記述しているだけで、波束の収縮過程を記述している訳で
はありません。
純粋状態と混合状態
観測前の状態ベクトルはヒルベルト空間の一つのベクトルとして表され、純粋
状態にあるといいます。観測後の状態もヒルベルト空間の一つのベクトルとし
て表されますが、一般に、観測前の状態ベクトルとは異なった方向を向いていま
す。また、観測前の状態ベクトルが、観測によってどの方向を向くようになるか
は確率的にしかわかりません。この観測後の異なった方向を向いた状態ベクトル
の集まりを統計集団として考えるとき、観測対象が混合状態にあるといいます。
(ある時刻における観測対象の状態が、混合状態という一つの状態になってい
るという意味ではありません。)物理量の期待値を計算するのに密度行列を用い
ますが、これによって純粋状態と混合状態を区別することが出来ます。
観測前の観測対象の状態を、
|psi> = sum_i C_i |X_i>とします。ここで、|X_i> は X という物理量の i 番目の固有ベクトルです。こ のとき密度行列 rho_0 は、
rho_0 = |psi><psi|と書けます。この状態で任意の物理量 Y を観測したときの Y の期待値 <Y>_0 は、
<Y>_0 = Tr {Y rho_0}
= sum_n Y_n |<Y_n|psi>|^2
= sum_n sum_i sum_j Y_n C^*_i C_j <X_i|Y_n><Y_n|X_j>
となります。
一方、 X を観測した後 Y を観測して得られる Y の期待値
rho_0^2 は
状態ベクトルの時間発展はユニタリ変換 U(t) = exp(-iHt) で表されますから、
密度行列の時間発展は、
観測装置と観測対象との相互作用は局所的(量子力学でも、相互作用は常に局所
的です)で、遠方にあるもう片方の粒子には影響しません(相互作用は及びませ
ん)が、この観測に起因して、その観測が行なわれた瞬間に、遠方にあるもう片
方の粒子の状態が確定してしまいます。
ここで重要なことは、片方の粒子が観測される前に遠方にあるもう片方の粒子
の状態が決まっていたと考えることはできない、ということです。(でなければ、
ベルの不等式を満たしてしまいます。)
EPR現象の本質も波束の収縮です。初めに用意された2粒子の状態をシュレー
ディンガー方程式に従って時間発展させてもこの現象は出てきません。
トレースを使うと本質が見えなくなってしまいます
(トレース操作の中に波束の収縮の仮定が入り込んでいます)
ので、ここでは状態ベクトルの変化を時間的な経過に沿って追跡してみましす。
初めに、スピン 1/2 の2つの粒子(1及び2)が一重項状態にあったとします:
それぞれの場合について、ひきづづいて粒子2の S_z'(S_z に対して角度 a を
なす方向のスピンの成分)を観測すると、波束の収縮により、それぞれ
量子力学に特有の状態の重ね合わせという概念について、『光子の裁判』という
夢のなかで起こった出来事を通して、面白く、詳しく解説してあります。
確率振幅(状態ベクトルの展開係数)の概念を、数式を用いずに、分かり易く、正
確に記述しています。光は(波動ではなく)粒子であるという考えを徹底させ、径
路積分(ファインマン図形の総和)を通して、我々が経験する様々な物理現象を次
々に見事に説明していきます。
I では、量子力学が現れた必然性について詳しく解説されています。古典的な粒
子を量子化すると波としての性質が現れますが、逆に古典的な波(場)を量子化
すると粒子としての性質が現れてきます。後者について解説したのが II です。
量子力学のバイブルといわれています。この本だけしっかり読めば、量子力学は
完全に理解できます。
<Y> = sum_n sum_i Y_n P(Y_n|X_i) P(X_i)
= sum_n sum_i Y_n |<Y_n|X_i>|^2 |C_i|^2
= sum_n sum_i Y_n |C_i|^2 <Y_n|X_i><X_i|Y_n>
= sum_n <Y_n| Y_n {sum_i |C_i|^2 |X_i><X_i} |Y_n>
= Tr {Y rho}
と書けます。ここで、
rho = sum_i |C_i|^2 |X_i><X_i|
<Y>_0 の式と比べると、<Y> には所謂干渉項
Y_n {C^*_i C_j <X_i|Y_n><Y_n|X_j> + (c.c.)}, i != j
がありません。いずれの場合も密度行列のトレースは常に 1 になりますが、
rho_0 と rho の違いは、自乗をとるとはっきりします。
rho_0 rho_0 = |psi><psi||psi><psi|
= |psi><psi|
= rho_0
従って、
Tr rho_0^2 = Tr rho_0 = 1
となりますが、rho^2 の方は、
rho rho = sum_i |C_i|^2 |X_i><X_i| sum_j |C_j|^2 |X_j><X_j|
= sum_i |C_i|^4 |X_i><X_i|
従って、
Tr rho^2 <= Tr rho = 1
となります。等号が成り立つのは、ある一つの C_i 以外全部ゼロのとき、即ち、
純粋状態のときに限ります。
rho_0(t) = U(t)rho_0(0)U^{-1}(t)
となります。従って、
rho_0(t)rho_0(t) = U(t)rho_0(0)U^{-1}(t) U(t)rho_0(0)U^{-1}(t)
= U(t)rho_0(0)rho_(0)U^{-1}(t)
= U(t)rho_0(0)U^{-1}(t)
= rho_0(t)
つまり、初めに純粋状態にあった系はシュレーディンガー方程式に従うかぎり
純粋状態のままで、混合状態に移ることはありません。純粋状態の密度行列か
ら、波束の収縮を仮定せずに、混合状態の密度行列が出てきたとしたら、どこか
で計算をごまかしている証拠です。
実際、物理的な意味を取り違えて(量子力学に反する計算をして)混合状態の密
度行列を導出し(たと思い込み)、『これが波束の収縮だ!』と主張している物
理学者がいますが、何の説明にもなっておらず、提唱者以外に支持者はほとんど
いません(笑)。
EPR現象
EPR現象は、観測前に用意された2粒子の状態が、片方の粒子の観測だけで、
突然変化してしまうことによって引き起こされます。(2粒子を同時に観測する
必要はありません。)
|> = 1 / sqrt(2) (|u>|d> - |d>|u>)
ここで、
S_z |u> = 1/2 |u>
S_z |d> = -1/2 |d>
この状態で粒子1の S_z を観測すると、波束の収縮により、1/2 の確率で
|u>|d> または |d>|u> に変化します:
|> -> |u>|d> ... P1(u) = 1/2
|> -> |d>|u> ... P1(d) = 1/2
これで粒子2の状態が確定しました。(もし、一回しか実験をしなかったとし
たら、粒子1が |u> で 粒子2が |d> になっているか、粒子1が |d> で粒子2
が |u> になっているか、のどちらかです。)
|u>|d> -> |u>|d'> ... P2(d'|d) = |<d'|d>|^2 = cos^2 (a/2)
|u>|d> -> |u>|u'> ... P2(u'|d) = |<u'|d>|^2 = sin^2 (a/2)
|d>|u> -> |d>|u'> ... P2(u'|u) = |<u'|u>|^2 = cos^2 (a/2)
|d>|u> -> |d>|d'> ... P2(d'|u) = |<d'|u>|^2 = sin^2 (a/2)
と変化します。従って、粒子1、2のペアが (dd'), (du'), (ud'), (uu') にな
る確率は、
P(dd') = P1(d) P2(d'|u) = 1/2 sin^2 (a/2)
P(du') = P1(d) P2(u'|u) = 1/2 cos^2 (a/2)
P(ud') = P1(u) P2(d'|d) = 1/2 cos^2 (a/2)
P(uu') = P1(u) P2(u'|d) = 1/2 sin^2 (a/2)
となります。 ベルの不等式(の一つ)は、最後の式を使って、
P(uu'') <= P(uu') + P(u'u'')
と書けますので、u, u', u'' を同一平面上にとり、uu'', uu', u'u'' の角度を
それぞれ 2a, a, a とすると、
sin^2 (a) <= 2 sin^2 (a/2)
となりますが、これは、
0 < a < pi / 2
で破れています。ただし、粒子2だけに着目すると、
P(.u') = P(du') + P(uu') = 1/2 {cos^2 (a/2) + sin^2 (a/2)} = 1/2
P(.d') = P(dd') + P(ud') = 1/2 {sin^2 (a/2) + cos^2 (a/2)} = 1/2
となり、粒子1を観測しなかったときと同じ生起確率になっています。従って、
この現象を通して、粒子1の所から粒子2の所へ情報を送ることはできません。
推薦図書
多世界解釈について正しく解説してある本は(専門書も含めて)ありません。多
世界解釈を支持している物理学者の書いた本もありますが、(多世界解釈を批判
している物理学者の書いた、世界が分裂するというデタラメな解説に比べればず
っとましですが)残念ながら正しく書かれていません。確率解釈を定理として導
出するところで観測者の状態についての記述がなく、実質的に波束の収縮を仮定
したのと等価な議論になっています。また、多世界解釈を支持している多くの物
理学者が、他の世界を知覚できないのは状態ベクトルが直交しているから(ある
いは、位相相関が実質的に無くなるから)であると勘違いしています。他の世界
を知覚できないのは状態ベクトルの直交性とは関係がなく、単に時間発展が線形
だからです。(従って、他の世界を知覚することは量子力学が正しい限り原理的
に不可能です。)
© 1996-2005 Toshifumi Sakaguchi
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