量子力学における解釈とは何か?

量子力学における確率解釈

ボルンによる定式化で、今日、量子力学と言えばこの解釈に基づく量子力学を指 します。
  1. 物理量はエルミート演算子 X に対応する。

  2. 物理状態は状態ベクトル |psi> で記述される。

  3. |psi> なる状態で X を観測すると、 |<X_i|psi>|^2 なる確率で X_i が得ら れる。ここで、 X_i は X の固有値の一つ、また、 |X_i> は X_i に対する固有 ベクトル:

    X |X_i> = X_i |X_i>
    

  4. ある時刻における状態ベクトル |psi> がわかれば、任意の時刻おける状態ベク トルはシュレーディンガー方程式で一意に決まる:

       d
    i -- |psi> = H |psi>,    H: ハミルトニアン
      dt
    

以上ですが、3. において X_i が得られた直後 X を観測すれば必ず X_i が得ら れますので、観測直後の状態ベクトルは|X_i> になっていることになります。即 ち、状態ベクトルの変化の仕方に、原理的なところで二通りあることになります。 このシュレーディンガー方程式に従わない、非因果律的な状態の変化 |psi> -> |X_i> のことを波束の収縮と呼んでいます。

ところで、観測装置も同じ物理法則に従っていると考えると、シュレーディンガ ー方程式でその時間発展を(原理的には)計算できることになります。しかし、 そうすると波束の収縮はいつまで経っても起こらず、観測装置もまた重ね合わせ 状態になってしまいます。このように、観測装置のようなマクロなものまで重ね 合わせの状態になってしまっているとき、シュレーディンガーの猫状態になって いるといいます。


コペンハーゲン解釈

ボーアを頂点とするコペンハーゲンスクールの人たちによって広められた一種の 哲学で、要約すると次のようになります。

『観測装置と無関係に、対象物の状態に客観的な意味をもたせることはできない。 我々が問題にできるのは、計器に現れた古典的な量としてのデータのみであり、 我々が記述できる物理法則というのは、観測装置を通して得られる古典的な物理 量に関するものだけである。』

アインシュタイン等が所謂 EPRの思考実験を考案し、量子力学の不完全さを指摘 したとき、ボーアは上記のような哲学で量子力学を擁護しました。

一見、もっともらしい答えを与えているようにも見えますが、 確率解釈 に内在する物理学上の本質的な問題を、哲学的な問題にすり替えているにすぎま せん。(当然、アインシュタインを納得させるには至りませんでした。) 観測対象と観測装置の境界はどこにあるのでしょうか?観測行為と所謂相互作用 とはどこが違うのでしょうか? ボーア自身、明快な言葉で、物理学の理論とし て、コペンハーゲン解釈をきちんと定義することはありませんでした。これは、 観測問題と呼ばれ、今日でも(一部の物理学者の間で)論争が続いています。

また、実用的な面でもこの解釈には問題(こちらの方がずっと深刻です)があり ます。物性や原子核を研究しているぶんには問題ありませんが、量子重力が問題 になるような初期の宇宙を研究対象とするときには、この解釈自体が意味を成さ なくなってしまいます(このことが、エヴェレットが 確率解釈に基づかない量子力学 の定式化を試みた直接的な動機でした)。一般相対論では時空の計量を力学変数 として扱います。従って、これを量子論的に扱うと計量が量子化されることにな ります。ところが、計量を観測対象にすると、観測装置は、重ね合わせ状態にな っている(その計量で定まる)時空の外に置くことになってしまいます。これは、 観測過程をもっと詳しく調べていけば解決するといったような問題ではなく、理 論の定式化自体に内在している本質的な問題です。つまり、理論の枠組みが狭す ぎるのです。これを解決するには、この観測装置の存在を前提とする確率解釈に 基づく定式化を(特別な場合として確率解釈を含むようなかたちで)変更する必 要があります。


エヴェレット解釈

エヴェレットが1957年に発表した量子力学の定式化で、観測装置は特別な意 味をもちません。従って、定式化の中に確率は入ってきません。確率解釈に基づ くそれまでの量子力学は、定理として導出されます。要約すると次のようになり ます。

シュレーディンガー方程式は、ミクロな観測対象のみならず、我々観測者自身を も含めて、あらゆる物理的な対象に適応できる。従って、波束の収縮は起こらな い。|<X_i|psi>|^2 は確率ではなく測度として解釈する。 確率は相対頻度の 極限として定義され、この理論から |<X_i|psi>|^2 に等しくなることが定理 として導出される。 ( 決定論的なシュレーディンガー方程式から、原理的にも非決定論的な確率が出 てくる!

もう少し詳しく解説しましょう。

エヴェレットが導入した測度というのは、

S|R> = C_1|Q_1> + C_2|Q_2> ... + C_k|Q_k>
と書いたとき、これに対応して、
m(S) = m(C_1) + m(C_2) + ... + m(C_k)
となるような実数 m(S) (>=0) のことです。ここで、|Q_i> 等は規格化 (<Q_i|Q_i> = 1)されており、また、|Q_i> と |Q_j> の間に重なりはない (i != j のとき <Q_i|Q_j> = 0)とします。

X という物理量を観測し、X_i を得たときの観測者の状態を |[X_i]> と書くこ とにします。以下、簡単のため、状態は |u> と |d>しかない(例えば、スピン 1/2 粒子のスピンの Z 成分 S_z の固有状態)とします。観測対象の状態が

A|u> + B|d>
のとき、まったく同じ観測対象を n 個用意し、n 回実験を繰り返すと、観測対 象と観測装置あるいは観測者まで含めた全体の状態ベクトルは
|> = C1|d>|d>...|d>|[dd...d]>
   + C2|u>|d>...|d>|[ud...d]>
   + C3|d>|u>...|d>|[du...d]>
  ...
となります。まさにシュレーディンガーの猫状態です。

ところが、それぞれの項の [...] の中に現れる u、 d に着目すると、相対頻度 が |A|^2 : |B|^2 になっていない項の集合に対する測度は、 n を無限大に持っ ていった極限でゼロになることを示すことができます。つまり、A|u> + B|d> の 状態で u or d を観測すると、(ほとんど)どの観測者を通して見ても |A|^2 (|B|^2) の確率 で u (d) が得られていることになります。これは、従来 の確率解釈による量子力学そのものです。つまり、波束の収縮を仮定しなくても 決定論的なシュレーディガー方程式だけで、確率解釈に基づく量子力学が定理と して導出された訳です。

余談ですが、もしアインシュタインが生きているうちにエヴェレットの論文が発 表されていたら、この決定論的な量子力学に満足していたのではないでしょうか?


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© 1996-2005 Toshifumi Sakaguchi