波束の収縮

もう100年近くも前のことである。ある小さな町に二つの壺を持った予言者が 現れた。

『ひとつの壺には何も入っていませんが、もうひとつの壺には金を入れておきま した。どちらでも好きな方を一つだけお取りください。私はあなた方がどちらの 壺を取るかを知っています。そして、あなた方が取る方の壺には金は入っており ません。また、あなた方の中には壺を二つとも取ってしまう方々もおられること を私は知っています。そのような方々のために、私はどちらの壺にも金を入れて おりません。私の言っていることはどちらとも正しい。そのことが後にわかるで しょう。』

見物人の一人が片方の壺を取った。予言者が言ったようにその壺には金は入って いなかった。念の為もうひとつの壺を見せてもらったが、確かにその壺には金が 入っていた。

翌日、またこの予言者が現れ、同じことを言った。今度は、見物人の一人が両方 の壺をとった。そして、予言者が言ったように壺には二つとも金は入っていなか った。その次の日も、またその次の日も、この予言者は同じ場所に同じ時刻に現 れた。そして、誰一人として金を手にしたものはいなかった。この予言者の話は 町中に広がった。

それからしばらくして、この現象を説明しようといろんな理論が出された。しか しほとんどの理論が矛盾を含むことになり、自滅していった。そして、最後まで 生き残った理論というのは、『この理論で説明することは出来ないが、この理論 に矛盾する現象は決して現れない』というものだった。これで、この町の住民の ほとんどが納得した。

が、一人だけ納得しない老人がいた。彼は、『この理論は不完全だ』という言葉 を残して1955年にこの世を去った。

それからわずか二年後、突然『完全な理論が完成した!』と言う青年が現れた。 この理論は確かに完全に予言者のカラクリを説明出来るものだった。しかし、こ の理論を理解出来る者はいなかった。いや、正確にいうと、この理論を理解出来 る者はいたが、それを受け入れることの出来るものがいなかった。この理論は、 理論としては正しいが、そこから帰結される内容は、耐え難い程の世界観の変更 を強いるものだった。町の住民は、この理論を嫌った。青年はこの町を去った。

それから数十年後、この町にまたあの予言者が現れた。しかし、もうあの青年の 姿はなかった。そして、永遠に解かれることのない謎がひとつ残った。


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© 1996-2005 Toshifumi Sakaguchi