1998年10月10日   江差〜青森〜大阪


函館。カプセルホテルを出ると、今日北海道を去る後ろ髪を引かれる思いを感じつつ、

昨日より1つ年齢が加わったことを思いました。年喰ったああ。

 

函館駅から、青森行きの特急に乗るのですが、昨日までJR北海道の快適な列車で旅をしてきた僕には、

函館までやってくるJR東日本のくたびれた電車が、どうにも居心地が悪いのですが、仕方ありません。

左手に海を見ながら、列車は進み、やがて、海峡線が分離する木古内駅に到着。

 

木古内からは、ローカル列車の江差線に乗り換えて、

江差には9:25に到着。なのですが、この江差駅、とんでもない町外れなのです。

町に行くには、バスかタクシーに乗らざるを得ません。

また、函館へも、バスの方が距離が短く便利なようで、JR江差線は不便なローカル線です。

市街地まで2kmほど延ばすと便利ですが、今のローカル線には望めませんか。

 

バスはどうやら逃したようで、タクシーで市街地に行きます。

江差は、その昔ニシン漁で栄えた町。「江差の春は江戸にも無い」と賑わった町。

現在はひっそりしています。

当時の回船問屋の中を公開しているのがいくらかあって、

そのひとつ「中村家」に入ります。

中に入ると、古い家の中のつくりを、おばさんが1つ1つ説明してくれます。

おばさんも、たった2人の客に向かって、セリフの棒読みを続けています。

まあ、分かりやすかったからええけど。

家屋の中の構造や、塩害、盗難などからの予防など、各種工夫がされていました。

中村家を国道側から見る

この中村家の右に見える小さな道路は、九艘川(くそうがわ)という川だったそうで、

おばさんも、気に入って「くそがわ、くそがわ」と連発していました。

現在,川は道路下を流れているとのこと。少し上には九艘川公園というのもありました。

付近は,1780年ごろは有数の商店街だったとのこと。

手前の国道のあたりには,当時は海が迫っていたのでしょう。

写真の交差点を境に,つまり九艘川を境に,この大きな国道は

国道228号線と、国道227号線といったように名前を変えています。

 

 

その斜め向いが、江差追分会館。江差追分が流れる入り口を入ると、

中は、江差追分の資料が展示してあり、わりと広さのあるホールでは、

1日に何回か公演もしていました。民謡はなかなか触れる機会が無いので、

興味深く見ていきました。

江差追分会館

 

さて、江差に来たらニシンといきたいところです。近くの店でニシンそばを食べました。

北海道に来て、最後のそばとなるでしょう。

美味いのかなあ? 別にニシンの専門店とかではなく、何でもありの食堂だったせいかな。

もっとちゃんとした店で食べればよかった。「横山家」に行ってみたかった。

 

駅まで戻り、また、ローカル風情いっぱいの江差線で木古内まで戻ります。

平成10年10月10日,江差駅入場券

 

 

ここで、同行してくれた「カメさん」と別れ、本州を目指すことになります。

「カメさん」は、もうしばらく北海道に滞在するとのこと。

 

快速海峡号が到着、機関車に青い客車という姿で登場しました。

中に入ると、そこかしこにドラえもんのステッカー。車内放送はドラえもんの声。

青函トンネルも、年々利用者が減って、観光客誘致のため、今年から「ドラえもん海底列車」として、

宣伝を続けているとのことです。その海底列車は、青函トンネルの中を、小気味良く飛ばしていきます。

僕はもちろんトンネルをくぐるのは初めてですが、単調な走りに思わず、ウトウト。

海底の駅に停まった記憶がうっすらとあるのですが、気付いたら、もう青森駅の近くでした。

 

青森駅からは、バスでわりと遠い山の中にある青森空港へ。

そして、日本エアシステムで、関西空港へフライト。

日本エアシステムの飛行機は、モニターに地図が出るので、どの辺を飛んでいるのか分かって、

飽きない、と思っていたら、しばらくすると地図はなくなってしまいました。残念。

 

関西空港着陸。「暑い!」

関西の10月と北海道の10月の差を肌で感じて、帰路に就くべく、

南海電車のホームに急ぎました。明日は仕事だア。