1999年5月3日(木)  遠野〜花巻〜一ノ関


朝,久慈,三陸鉄道の北リアス線を南下します。

リアスというのは,陸地の沈降によって,谷間に海水が入ってくる海岸ですが,

宮古以北のこの地域は,沈降ではなく隆起による海岸ですから,

本当は「リアス」というべきではありませんが,まあ,外見は似たような海岸ですし,

目くじらを立てないでおきましょう。

線路は,海岸の急な地形をトンネルで貫いているため,太平洋の景色は所々しか見えませんが,

それでも,太平洋から上った朝日に輝く波がきれいです。

 

宮古で,急行「陸中」に乗り換えます。何か,安っぽい造りの急行ですが,そんなに古くない車です。

釜石までは空いていましたが,釜石で方向転換をするときには,だいぶ客が増えました。

釜石から先のJR釜石線は,宮沢賢治にちなんで,「銀河ドリームライン釜石線」と呼ばれ,

各駅に愛称がつけられており,青で統一された駅名票に,エスペラント語で表記されています。

釜石は「La Oceano,ラ オツエアーノ」。大洋の意味。

いかにも日本的な風景を眺めつつ,急行「陸中」は釜石線を内陸に進みますが,

通過する無人駅のホームにも,エスペラントの愛称がすべてふられています。

ならば,この急行「陸中」の車体や内装も,もうすこしデザイン的に工夫すればよいと思うのですが,

日常に使う分には,こういう何の変哲もない列車の方がいいのでしょうか。

時おり停まる駅を眺めつつ,柳田国雄の「遠野物語」を読んでいました。

信号機を模した「銀河ドリームライン」の各駅の駅名票(写真は遠野駅)

 

Folkloro,フォルクローロ(民話),遠野駅に到着しました。

「遠野物語」で有名な,何やら怪しい民話が数多く残っているところです。

遠野駅に降り立つと,駅前は何やらにぎやかで,見ると,駅前の通りを,

着物を着た行列が通っています。祭りが行われているようです。

遠野さくらまつりというのだそうで,今年の桜は早かったのでもう葉桜ですが,

この時期の祭りには,歴史があるようです。

行列は,南部氏遠野入部行列といって,1600年以降,乱れた遠野に

治安維持のため,八戸南部氏22代直義が,八戸から遠野に移封され,

1627年春,桜が咲く直前の3月,遠野にやってきたとのこと。

八戸南部氏は,遠野南部氏として,遠野領12500石を治め,交通の要衝として栄えたという

その功績をたたえ,この桜の季節に入部行列をしているそうです。

(歴史は弱いので,この説明でいいのか分かりませんが,何ぞ偉い人がやって来たということのようですな)

 

南部氏遠野入部行列

馬に乗ったサムライに,沿道から「市長!」の掛け声がかかっており,遠野市長なのでしょうか。

遠野市長というのは,南部直義なのでしょうか。沿道からではよく分かりません。

遠野市長の顔など知る訳が無いのですが,まあ、市長ということにして信じておきましょう。

市長と思われる人物

 

 

遠野は,「遠野物語」に登場する地点がそれぞれ観光地になっていて,

それは山沿いの場所が多く,車やレンタサイクルで巡れるようです。

遠野駅から,華やかな行列の向かうままについていくと,鍋倉城跡の小高い山のふもとの

「遠野市民センター」の前の広場に着きます。ここが,準備や着替えをする場所のようです。

丘の上の城跡でもなにやら催しが行われていて,スピーカーの声が聞こえてきます。

郷土芸能競演会のようで,しし踊りや神楽が披露されているようです。

行列はここが終点のようで,着物を着た小学生が,座り込んで,ジュースや菓子を食べています。

馬はどこぞに連れて行かれるようでした。

行列の終点でホッと一息。お疲れ様でした。

その近くに「とおの昔話村」というところがあって,

昔の民家を使った展示がしてあります。柳田国雄や折口信夫が泊まった旅館もここに移築され,

民話の世界を見ることができるようになっていました。

また,「遠野市立博物館」は,昔話村と共通の券で入ることができ,

やはり,遠野物語を中心に,民俗,自然が展示されており,ただ並べるのではなく,

なかなか工夫された展示で興味を引きました。

 

いろいろと見たいものは多かったのですが,遠野は気に入ったし,また来る機会があるだろうと思い,

賑わっている街中から駅に戻り,再び釜石線で西に向かいます。

この列車,混雑が激しく,観光シーズンくらいゆったりできるようにして欲しいもので、

座席も埋まって,立つ場所さえ少ない,都会並みの混雑でした。

 

Stelaro,ステラーロ(星座),新花巻駅。新幹線の高架下に,仮設みたいにくっついた駅で,

釜石線のホームは,新幹線の駅とは思えない付け足しみたいな駅です。

駅を出るには,薄暗く狭い地下道を通って道路を横断し,新幹線駅側に出ないといけない構造です。

駅前を眺めると,ロータリーの向こうに「山猫軒」があります。

風がぴゅーと吹いて・・・吹いているのですが,小雨もぱらついています。

山猫軒に入っても,別に鉄砲を置けとか,クリームを塗れとか,注文はありませんでした。

もうちょっと凝った造りの「山猫軒」は,別のところにあって,

そちらには,「肥ったお方や若いお方は大歓迎」とか書いてあるとか。まさに賢治。

ふつうに定食モノを取った後は,300円のビニール傘を買って,

丘の上の宮沢賢治記念館に向かいます。

もう少し経てばアジサイがきれいだろうなと思われるゆるやかな坂道を20分ほどのぼると,

まず道路左手に宮沢賢治童話村というのがあって,その周辺は,公園になっています。

池を渡る橋など,屋外のものそれぞれに,賢治の作品の何かが関連付けられています。

童話村の建物は,宮沢賢治の文学を紹介したものではなく,

建物の中に幻想的な空間を作ってあって,歩いて通過して見物するというものです。

いまいち意図が分からん展示でしたが,きれいだったので,まあ,良かったということにしましょう。

道路と反対側の,さらに高い丘の上には,正真正銘の宮沢賢治記念館があるのですが,

ここから雨の中を上ることに少々うんざりしていたら,この短距離にバスが出ていることを発見し,

わりと混雑しているバスで数分,記念館に入りました。

こちらは,さすがに気合の入った記念館で,直筆の原稿やら,当時の愛用品から,

時代背景,作品の研究まで,展示されており,作家として,あるいは農業の技術者として生きた

賢治のいろいろな面を窺い知ることができます。

近くには,イーハトーブ館という,通の人向けの施設もあるようで(行きませんでしたが)

宮沢賢治という一偉人にかける地元の思いの強さが伝わってきます。

 

遠野・花巻,たぶん,また来ることになるでしょう。

 

新花巻駅に戻り,再び釜石線に乗ると,程なく,

Cielarko,チェールアルコ(虹),花巻駅に到着しました。

花巻駅のホームにある郷土芸能「花巻鹿踊り」重要無形文化財

左の「500」は,東北本線起点の東京駅からちょうど500kmの印。

 

さらに東北線で南下し,一ノ関泊。