朝、米沢、
米坂線で、新潟に抜けます。快速べにばな1号。
米沢駅の階段の向こうの切り欠きホームからの発車です。
というか、他のホームは、新幹線列車が乗り入れてくるため、線路の幅が広げててしまって、
米坂線のディーゼル車は、米沢から先、どこにも行けず、新潟に戻るしかないんですね。
さて、今泉を過ぎて、山に分け入っていくと、これぞ豪雪地帯。
列車の両側には雪の壁ができています。何mの積雪なのでしょうか。
これでも、陽光を浴びて、きらきらときらめきながら、融けつつありますが、
沢沿いを見ると、元々が急なV字の谷だったのか、その上に何mもの雪が積もって、
谷というより、白い壁に挟まれた空間といったところでしょうか。
ここに降りたら、帰れそうにありません。
当分、白一色の景色に、今年ひと冬ぶんの雪は見たという満足感です。
(スキーの趣味があれば、こんなのどうってことないんでしょうね。
結局、何だかんだでスキーには行ったことがない、悲しい人生を送っています。
どうしても、スキーの時間が持てたら、どっかの町中を彷徨っている方なモノで・・・)
しかし、車内の温度が高い。ひとり汗をかいていました。
元々暑がりなのですが、どうも、感覚が違うことに、このあたりで気付いていました。
日本海側の平地に出ると、もう雪は遠くの景色になって、列車に人が増えてきます。
米坂線の狭いディーゼルに、羽越線内の用務客がどっと乗り込んで、
白新線に入ったときにはかなりの混雑でした。で、ごっつい暑かった。
新潟駅に着いて、みんなは寒そうに駅に降り立ったのですが、
僕は、その寒さが、恐ろしく気持ち良くて、しばらくホームに立って、冷たい飲み物を飲んでいました。
新潟からは越後湯沢まで新幹線で移動します。
越後湯沢は、温泉とスキー場とリゾートマンションの街です(言い切った!)。
西口はわりと大きな駅の様相で、利き酒で有名な「ぽんしゅ館」などがあります。
東口は、外から見ると、田舎の町の駅という感じで、東口の大駅振りとは似ても似つきません。
こちら側は、関越自動車道や国道17号線が走っているので、クルマ中心なのでしょうか。
もう一度東口に戻って、駅前の観光案内所で地図を受け取ったあと、
山沿いの通りに並ぶ町を見物しました。
もう、スキーシーズンも終わりを告げたのか、町は人通りも多くはなく、閑散としていました。
湯沢町歴史民俗資料館という、コンクリート打ちっぱなしの、感じのいい建物がありましたが、
何と、水曜日は休館。
さらに先に進むと、湯沢温泉ロープウエイで、湯沢高原の植物園「アルプの里」に出るのですが、
(というか、冬場には植物園ではなくスキー場に行くためのものですが)
強風のため運休。なるほど、だから人影が少ないのです。
さて、ここまでの道、振り返ってみると、ずっと下り坂だったわけです。
もう上りたくないので、突き進むことにしました。
このまま行くと、JRのガーラ湯沢に着くはずです。
ただ、地図では距離感が分からないのと、道の途中にトンネルがあることが不安材料です。
歩いて行けるのでしょうか。
だいぶ歩くと、新幹線の高架を地形ごとくぐるトンネル。何ということなく、歩道もありました。
その向こうの低地を走る在来線を見渡せる道路を歩くと、丘の上に建物。
ガーラ湯沢でした。越後湯沢〜ガーラ湯沢は、のんびり歩きましたが、1時間弱で着きました。
ただ、ガーラ湯沢を、この入り口から入る人は少ないようで、
えらく小さな入り口から、物寂しいエレベータに乗って、上がりました。そこは、大きなレジャー施設です。
ショッピング、レストラン、リフト、更衣室、大きなトイレ。もはや、ここは駅ではありません。
混んではいないものの、それなりに人はいる。その上の階は温泉ですが、金額が高いのでやめました。
さて、その隅にある新幹線乗り場から1駅、越後湯沢まで新幹線で戻りました。
そこから在来線。上越線で上越国境を南へ向かいます。
土合駅は、長岡方面ホームが地底にあることで有名ですが、
通った高崎方面行きの地上ホームは、半分が雪で覆われていました。
列車の通るところだけ雪を除けてあって、他は雪に覆われたままです。
夜になり、天気も悪い首都圏に入り、水上、高崎と乗り換え、東京に向かうのですが、
今朝から感じていた暑さが、だるさに変わってきて、帰り道がつらくなりました。
何とか千葉の自宅に戻ったものの、あまりに調子が悪いので、体温計ではかると、
案の定、熱がひどく、今度は寒気を催してきました。
まさかこんな結末になろうとは。風邪です。風邪。
結局、次の6日(木)は欠勤。皆さん、ごめんなさい。迷惑をおかけしました。
7日(金)は、気合で出勤したものの、予想通り、ぶり返して、土日はまた布団の中。
せっかく、いい景色を見たわりには(観光施設はことごとく空振りでしたが)、
締まらない幕切れでした。