朝、晴れ、 舞鶴
舞鶴市には、西舞鶴、東舞鶴という2つの大きな駅があり、
どちらも、昨年の電化完成の折に、リニューアルされたきれいな駅です。
ところで、市街地は、この両方の駅のそれぞれにくっついており、その間には山があって、
実は、もともとが別の生い立ちの町どうしが、合併して出来たことを物語っています。
西舞鶴、東舞鶴の間には、わりと大きな国道が通っていて、
遠くから来たバスを含め、バスが各停から特急まで、頻繁に走っており、
まるで、ちょっと隣町にいく感覚です。
朝、町の規模としてはちょっと大き目の、東舞鶴の駅前に立つと、
駅前広場はまだ造成中で、なんとなくガラーンとしていますが、
その駅前から、京都交通バスに乗ること約15分、海沿いの工場などがある通りを抜けて、
引揚記念館を訪れました。
入場料300円。これは安いと思うけど、多くの人に見て欲しいという気持ちの表れか、
もしくは、題材が題材なだけに、金儲けに走っていると思われないような配慮なのでしょう。
引揚記念館前の像。この奥に桟橋がある。
ここは、終戦後、多くの引揚者が上陸したことで有名ですが、その港を見下ろす
丘の上に、資料館が作られておりました。
中にはいると、引揚者の資料、当時の新聞、所持品、書簡、写真、などなど、
はては、当時の引揚列車のダイヤまで、
当時を考えさせられる資料が、分かりやすく展示されていました。
無理に「訴えよう」という展示ではないのですが、かなり生々しい展示品に、
無言の叫びが聞こえるような気がします。
というのも、引揚者はともかく、シベリアに抑留されていた人々の労働状態や
生活、食事の状態がかなりのスペースを割いて展示されており、
祖国を思いながら、アムール川を越えていった人々の、何ともいえない悲しい感情が
心を打つものだと思います。
それは、戦争反対とかいう、政治的な主張とは別の問題です。
戦争について述べると、すぐに右だ左だと政治感を色分けされてしまうのですが、
実際はそういうのはどうでもよくて、極限に置かれた人間の感情というのを考えてみないと
いけないのでしょうけど。
引揚資料館を後にして、バスで引き返し、東舞鶴の市街地をてくてく歩くと、
舞鶴市役所の隣に、赤レンガの倉庫があります。
この一帯は、赤レンガの倉庫がたくさんあり、
内部を資料館として公開している所もいくつかあります。
市役所の隣の資料館は、舞鶴市制記念館といって、
倉庫の内装をそのままに、吹き抜けを利用した展示室やホールから出来ています。
入場無料ですが、これが内容は少ないながらも、なかなか、いい展示がしてあります。
資料館というよりは、立体的な百科事典という感じの内容ではありましたが、
舞鶴市の生い立ちから、特産品、観光案内まで、分かりやすくまとめてありました。
薄暗い館内ですが、なかなかセンスのいい空間です。
これで無料なのが好感が持てますね。(300円くらいは払う価値があると思います)
さて、西舞鶴に向かっての国道沿いには、海上自衛隊の軍艦が並んでおり、
独特の光景をつくっています。
西舞鶴からは、第3セクターの北近畿タンゴ鉄道に乗って、宮津を目指します。
KTRという略称で、地元に親しまれていますが、
せっかく新装された西舞鶴駅は、とかくJRとKTRの入り口が違っていたりと、分かりにくい。
昼過ぎのKTRの各駅停車は、オールクロスシートで、京急や京阪の特急みたいで、
なかなか快適ないい車両です。
ハイライトは、もちろん、丹後神崎駅を抜けたあとの
由良川の河口すぐをわたる橋梁です。
余計な障害物がないので、目の前の河口と栗田湾の風景が目の前に見えており、
いい景色でした。河口の由良浜からつながる陸地には、見物の人も見えて、名所の1つですね。
さて、宮津・天橋立
言わずと知れた日本三景の天橋立は、KTR天橋立駅から歩いてすぐ。
1992年の冬、日本海側に大雪の降った日、
当時京都に住んでいた僕は、始めてこの天橋立にきました。
今日は2回目ですが、今日は、ゆっくり松林を探索するわけでもなく、
とりあえず、脇の智恩寺に行きました。文殊堂ともよばれ、日本三大文殊の1つです。
知恵を授かりたいものです。
その文殊から天橋立の砂州の部分に入るところにあるのが、廻旋橋。
船が通るたびに、電動で橋が回って、船を通します。
その間、人はもちろん通れません。
ちょうど、何かの鉱石だか土砂だかを運ぶ船が通っていくところで、
その一部始終を見ることが出来ました。

船が通るときの廻旋橋。このあとに土砂の運搬船も通った。
さて、駅に戻って、KTR自慢の特急タンゴディスカバリー1号をさらに乗り進めて、
野田川駅に到着しました。
駅前にいるバスで、加悦町の方面に向かうはずが、待てども待てども来ない。
同じバスを待っている地元の女の子も、困っていまして、
その子は家族らしき人がクルマに乗せてきました。
時刻表を良く見ると、僕の乗ってきたタンゴディスカバリー1号が到着して1分後に、
バスが出発するという僅差のダイヤです。
観光シーズンで、今日のタンゴディスカバリー1号は数分の遅れがありました。
つまり、バスは列車に連絡せずに出てしまっているのでした!!
仕方なしに、タクシーで加悦町方面に向かいます。
タクシーの運転手は、旧加悦鉄道のことなどを話してくれました。
加悦鉄道は、かつて野田川から加悦までを結んでいた鉄道です。
当時は、野田川で、ひどくくたびれた客車に乗り換えていたこと、
日本で2番目に古い蒸気機関車があること、
当時からすると、町に活気がなくなって、経済的にも苦しいことなど。
運転手も、実は、丹後ちりめんを織っている家の人だそうですが、
それだけでは生計は立たず、観光客も激減、もはや国内には目を向けないため、
この不景気もあって、タクシーの運転もしているそうです。
野田川まで乗ってきたタンゴディスカバリーのシートにも、丹後ちりめんが使ってありましたが、
実際、内情は苦しいようで、国内の伝統的産業や、昔からの観光地の苦しみを聞きました。
さて、加悦町の観光地は、古墳公園と、加悦SLの広場ですが、
野田川でのバス待ちのおかげで時間をロスしたので、古墳公園はパス、
加悦SLの広場で、タクシーを降りました。
タクシーの運転手さんの話では、以前は旧加悦駅の構内に作られていたそうですが、
現在の場所に移設されたそうです。
たしかに、広い国道176号線の脇で、向いには「道の駅」もあり、観光客も見込めるということで、
現在の場所がベストなのでしょう。旧駅は、古い町中で、観光客には分かりづらい
込み入ったところだったのです。(帰りのバスで通りました)
旧加悦駅を移築した駅舎で、出札で入場券を買いました。券面は、当時のきっぷを模して、
| (加悦鐵道) 加 → 鑛 山 ゆ き 料金 三等 500圓 悦 通用發賣當日1日限り 加悦SL広場發行 |
敷地内には木造客車、郵便車、確かに狭いだろうなと思う客車もあり、
そして、「2」の番号が誇らしげな、明治6年イギリス製の、
日本で2番目の古さの「2号機関車」もありました。
旧加悦駅舎と2号機関車
駅舎では、関西地方のABCで、ニュースステーションの前に放映されている(今はどう?)、
「歴史街道」が放映されていて、なかなか興味深いものです。
出口の近くには、南海電車が1両停まっており、休憩室になっていました。
カフェには、クロワッサンや軽食があり、SLグッズに並んで、
阪神タイガースグッズもいろいろと置いてあり、
さすが、ノムさんのふるさと丹後だと思わせます。(ノムさんは、その北の峰山ですね)
陸橋を通って、反対側の道の駅に行くと、SLの広場が一望できます。
どうやら、道の駅、SLの広場をはじめ、周囲の観光、文化施設、公園などは、
一体にして整備したようです。道の駅の上、坂を登ったところにも、
興味深い施設があったようですが、すでに夕方、またの機会にしました。
帰りはちゃんとバスがあって、野田川に戻り、
KTRの普通列車で、峰山、久美浜を通る頃には、すでに夜。
豊岡到着、駅前の大衆食堂で、定食モノを食いながら、
阪神が横浜の斎藤隆に完封負け(0−2)を喫した瞬間をテレビ観戦、
とぼとぼと、近くで宿泊しました。