2001年3月11日  輪島〜和倉温泉


朝,晴れ,朝日が降り注ぐ。爽快な空気。でもちょっと寒い。

積もった雪は,少しずつ融け出す。でも,雪の量ははるかに多い。

 

つまり,道路はベチョベチョ。かかとが水たまりに入る。歩くのには最悪のコンディション。

歩くのは好きだけど,今日は勘弁して欲しい。

 

さて、七尾から引き返して,穴水から輪島へ。

穴水で少々待ち時間があって,普通なら駅の周囲の町内を散歩するのですが,

目の前の雪を見て,そんな気分にもならず,駅でおとなしくしていました。

さて,のと鉄道の穴水〜輪島は,

この3月いっぱいをもって廃止が決定しています。

以降は[能登中央バス]が引き継ぐことになっています。周遊きっぷもOK。

で、前の日の北国新聞に,そのバスのデザインが載っていました。

 のと鉄道穴水〜輪島間の今月末廃止に伴い,四月から運行する輪島駅とJR和倉温泉駅を結ぶ特急バスの外装デザインが決まった。白い車体に輪島の四季を沈金や蒔絵の手法で書いたような輪島塗風の豪華なデザインで,輪島市在住の沈金人間国宝の前史雄さんが書いた「輪島」の字も大きくあしらった。輪島市は観光客を呼び込む「走る広告塔」として,全国にアピールしていく。

 特急バスは能登中央バス(門前町)が運行し,市はバス三台分の装飾費を補助した。(中略)

 側面には春の曳山祭り,夏の曽々木の窓岩,秋の千枚田,冬の間垣のほか,桜,御陣乗太鼓の面,キリコ,三夜踊り,能登半島の地図などがそれぞれ扇の上に金や朱色で描かれている。後部周辺には大きく「輪島」と書かれ,市花のミズバショウ,市鳥のカモメ,市木のアテ(能登ヒバ)も彩りを添えた。(後略)

3月10日付 北国新聞37面より抜粋

能登中央バスをはじめ,能登にも金沢にも,多数のバス会社が走っており,今年3月よりさらに増えたようです。

これらの大半は,石川県を主として走っている北陸鉄道の子会社で,

業務の効率化のため,路線を子会社に移管していくものだそうです。

バスも乗客の減少のため,経営はかなり苦しいようです。

「特急バス」は,能登の各地の主要なバス停には良く見られ,鉄道があまりに時間がかかる都市間は

バスが短時間で結ぼうということなのでしょう。

逆にいえば,人の少ない集落をカットして,都市どうしを結び,乗客数を確保しようとするものでしょう。

 

穴水駅は,3方向からの列車が接続を取るので,時間帯によっては大忙しで,僕が見ている約15分間にも,

輪島からの2両が1番線に到着した後,珠洲方面からの3両が2番線に到着。

同じ2番線の七尾より,逆から2両の七尾行きが到着して客を乗せます。この時点で2番線は5両。

その間,先ほどの珠洲からの3両は,珠洲よりにつながれていた団体お座敷車両2両を切り離し。

残った1両は,蛸島行きとして客を乗せる。切り離されたお座敷2両は,いったん珠洲方面に刷けたあと、

4番線に入りなおし,七尾方面にそのまま通過したところで停止。

その間に3番線には輪島行きが2両で到着。客を乗せるが,動き出さない。

駅員と乗務員が忙しく走り回った挙句,輪島行き2両の前方に,別のお座敷1両を連結して,

輪島行きは堂々3両編成。ただし、お座敷には乗れない。

とまあ、どうでもいいことを、たらたら書きましたが,3方向の列車はそれぞれの方向へ出発。

目まぐるしく列車をやりくりしています。

さて,内湾の穴水から,日本海岸の輪島までは,能登半島を横切る山越えなのですが,

ここがまた深い雪の中。次の駅まで延々20分弱も駅がありません。

車窓からの雪景色を眺めているうちに,高度が下がり,いくつかの駅を通って,輪島に到着。

輪島の駅名の板には、次の駅のところは,空欄ではなく「シベリア」と書かれていました。

 

輪島駅はわりと大きめな駅ですが,薄暗く、がらんとした駅でした。かつては賑わっていたのでしょうか。

それでも,みどりの窓口があり,この窓口は,列車の廃止後も存続されるとのこと。

駅前のバス発着場と統合するとのことです。

そのバス発着場から,各社各方面のバスが出ているのですが,バラバラに書いてあるのと,

観光客のことは全く意識していない,地元向けのバスなので,市内観光は難しそうです。

せめて,1時間おきにでも,市内の観光地を結ぶ観光用の路線バスと,一日乗車券があればいいのですが,

他の観光都市ならふつうにありそうなバスも,ここには存在せず,寂しいものです。

経営的なこともあって,定期観光バスと,観光タクシーに客を誘導したいのでしょう。

昨日の珠洲方面も含め,能登観光はレンタカーというのがかなり定着しているようですね。

 

それでも,北陸鉄道の路線バスで,塚田バス停下車,「キリコ会館」に行きました。

輪島の観光地のいくつかを経営している一族というか,企業があるようで

この「キリコ会館」もその手の経営のようです。隣には漆芸の建物も有り,連絡通路で結ばれていました。

館内は,屋根の高い体育館か倉庫という感じでしたが,そこは照明を落とし,

「キリコ」をライトアップさせて,なかなかいい見せ方をしています。

キリコ会館の内部

キリコは「切子灯籠」を縮めたもので,巨大なお神燈,担いで持つ山車です。

能登に伝わる夏祭りの一番の華で,高さ10m,重さ2トンにもなるようなキリコを担ぎ出すところもあるようで,

能登全域で,キリコの数は小さいものも合わせて800ともいわれています。

キリコは,元来,神輿巡行のお供として,氏子が神に捧げる灯明なのですが,

実質は,町内会の結束力を世間に知らしめるものだそうです。

現在では,担ぎ手が少ないことと,電線に当たらないように,5m以下の小さいキリコが多くなったようですが,

このキリコ会館には,巨大なキリコが並べてあって,前後から見ることもでき,

写真撮影も自由にできるという,なかなか興味深い展示をしてあります。

指定文化財の「中島屋の大キリコ」は,高さ12m,総輪島塗,江戸時代の作。

2階に上がると,祭りの説明などがされており,中でも,小学校の先生が描きつづける漫画が目を引きます。

そして,横綱輪島のコーナーもありました。

 

キリコ館を出て,漆芸美術館へ向かおうとするのですが,やはり市内の移動にバスは不便で使えず,

タクシーに乗る羽目になってしまいました。

石川県輪島漆芸美術館は,漆芸研究所の近くにあり,

「館蔵名品展2001」なる催しが行われていましたが,晴れてはいるものの積雪のためか,客は1桁でした。

まあ,美術館というもの,見る側としては客は少ない方がいいわけで,のんびり見てまわりました。

どこが特別な展示なのかよく分からん一般的な展示に見えたのですが,

漆器の歩みと,作成方法や基本的な技法,そして,いかにして「美術品」として認められたかはよく分かります。

沈金(ちんきん)・・・のみで彫ってそこに漆を引き,金箔を貼る

蒔絵(まきえ)・・・筆で書いた上から金粉を蒔き,漆をかけて磨く

それぞれの技法の巨匠の作品も多数展示され,ただの日用品が芸術に高められた,その技が光っています。

東南アジア各国の漆芸も展示されており,なかなか面白いものでした。

 

バスで輪島駅に戻り,もう乗ることが無いだろう列車で和倉温泉まで戻ります。

和倉温泉は,各ホテル,旅館にも温泉が引いてありますが,

「総湯」という外湯が1箇所あり,僕みたいにビジホなんぞに泊まる人間には好都合です。

総湯の近くには,源泉が公園のように整備され,いろいろなモニュメントが飾ってありました。

下の写真はどちらもその源泉の様子です。

和倉温泉の源泉

バスで市内のビジホに向かい,宿泊。