2004年3月1日(月)
追分〜楓〜夕張〜札幌〜千歳〜羽田
追分駅,早朝5時30分過ぎ,まだ暗いホームに停まっている
3両編成の夕張駅の列車は,すでに15人ほどの客が乗り込んでいました。
明らかに地元の人ではない旅行者たちばかり。
お目当ては,3月12日限りで廃止になる「楓駅」。
駅1個廃止になるだけで,路線が廃止になるわけでもないのですが,
楓駅=1日1本しか列車の来ない駅
朝7時過ぎには終列車が出てしまうという,幻のような駅,
ワタクシも,その楓駅を目指します。
冬型の気圧配置が強まって,外は吹雪になっています。
というわけで,楓駅レポートはこちらから。

廃止の決まった石勝線楓駅
楓駅からは,夕鉄バスで新夕張に引き返し,
こんどは,夕張方面の列車に乗ります。
この日は,道立高校の卒業式ということもあり,車内は高校生でにぎわいますが,
それも数駅で降り切ってしまい,
吹雪の中を数人の客を乗せて,列車は夕張に進みます。
夕張駅は,駅員も売店もないのですが,外見はおしゃれな建物です。
観光シーズンは,売店が開くのかもしれません。
となりは巨大なホテルで,「レースイリゾート」というのだそうですが,
この季節,それも平日では,人影もまばらです。横なぐりの吹雪が厳しい・・・

夕張駅は無人,左はレースイリゾート。
駅前のバス停から「石炭の歴史村」に行きたいのですが,
雪に阻まれて,バス停に書いてある時刻が読めません。
それでも,何とかバスに乗ることができます。
バスは雪に埋もれた夕張の市街地を走りますが,
視界も悪く,アップダウンもある細い雪道を,バスは上手に走っていきます。
やっぱり,道内のドライバーのレベルは高い。
曇った窓の外にある建物には,名画の手書きのポスターが貼られており,
ちょっと懐かしい感じもするキネマの街となっています。
石炭産業が終焉を迎えた後,多くの炭鉱町が寂れていく中,
夕張はメロンとキネマで,新たな道を歩んでいるのです。
で,石炭の歴史村に着くのですが,バスも待合所を出ると,
向こうに建物の頭がいくつか見えるものの,すべて雪の中。
営業してるんだろうかと心配になって見渡すと看板が。

石炭の歴史村は,冬期は一部のみ公開で,
石炭博物館ほか,いくつかだけが開いており,他は閉鎖のようです。
数台のクルマの跡の他は,足跡すらない新雪の上を踏みしめて坂を上ると,
両側には,冬期は閉鎖されているいろんな建物,
そして,夏場は賑わっているだろう飲食店や土産物屋が,
まるで廃墟のように並んでいます。
その坂の向こうに,石炭博物館がありましたが,ひざ上までの雪に囲まれています。

石炭博物館は雪に埋もれていた。
館員さんが,入り口前の雪かきをしています。
まだ開館前の時刻でしたが,中で待たせてもらいます。
時刻になると,説明を受けます。
館内の人は,雪かきのために外へ出ているので,
要するに,中は勝手に見てください,とのこと。
ワタクシにとっては,それで充分なので,承知して,館内に入ります。
チケットは,夏場は6つの施設をまわって2000円,
冬場は,そのうち4つが閉鎖されて,2館で900円。ちょっと割高?
石炭博物館内部は,夕張の石炭ができた新生代第三紀の森林が再現され,
メタセコイアがそびえています。なかなかのもんです。
その近くには,地質学的な資料も置いてはあるのですが・・・
これ,あんまり整備してないな・・・
地下構造の模型は,せめて方角と目印になる地点くらいは分かりやすくして欲しいし,
地質図のパネルは色あせていて,何色で塗ってあるのか分からないし,
地質の説明は古いまんまだし,
まあ,どうせ観光客はマジメに読まないだろうということで手を抜いているんでしょうが,
全国には,一般向けに分かりやすく展示してあるところもあるわけだし,
ちょっと期待はずれかなあ。
2階に上がると,炭鉱の仕事を説明する数々の展示物。
貴重なものもあり,興味深いのですが,
説明書きは,炭鉱が創業していた当時のままになっていたりしています。
それでも,まあ,ひととおり見終えると,その先には,
地下の坑道へのエレベーター。
エレベーターが動き出すと,スピーカーから効果音が流れ,壁が点滅し,
いかにも,怖いぞーっという演出に,ちょっと苦笑してしまいました。
坑道に着くと,前半は,石炭産業の歴史や人々の生活が,
ジオラマやパネルで紹介されており,まずまずいい展示です。
突然,轟音を立てて,機械やコンベアーが動き出したときには
びっくりしましたが,なかなか面白いもんです。

坑内の前半は,炭鉱の歴史を展示している
ひととおり見ると,
坑道の後半は「坑道まっくら体験」
ライトつきのヘルメットが多数置いてあります。
普通ならここに係員の人がいるのでしょうが,
今日は,みなさん雪かきで出払っているので,勝手に1つ借ります。
ま,坑内探検の雰囲気を出す小道具だろう・・・

ここから先は,撮影禁止・火気厳禁
進むと,そこにはヘルメットのライトのバッテリーを充電する場所があり,
その次は,マッチなどの危険物がないことをチェックする場所があり,
そのあと,薄暗い坑道に入りますが,本当に暗い。
ヘルメットとライトは,演出の小道具ではなく,本当に必要です。
ライトが無いと説明書きが読めません。
坑道の内部は,掘削の重機や,ガス抜きの仕組み,
軌道のレール,坑道の天井には水の袋,などなど,
発掘当時の状況をよく再現しています。
しばらく歩くと,地上への出口があり,出るとまた吹雪。
すぐに,天然記念物にも指定されている石炭の大露頭があるのですが,
もちろん雪の下深くに埋もれています。

天然記念物の石炭の大露頭は雪の下
もうひとつ開いていた施設は,「生活館」
戦後のいろいろな時期の炭鉱町の生活が展示されています。
ま,こっちは,可もなく不可もなく,ふつうの展示館ですな。

生活館
雪がなければ,夕張の町をあちこち歩き回るつもりでいましたが,
吹雪のうえ,どのみち全てのものは雪に覆われてしまっているので,
また来ようと思って,夕張をあとにします。
石勝線を西へ向かうと,天候も晴れてきて,
千歳あたりからは,雪もそれほど気にならなくなりました。
札幌・・・そこは,もう本州と変わらない大都会。
しかし,駅には,ファイターズ歓迎のムード。
壁には,小笠原選手の出演する広告も目立ってきます。
サッポロの発泡酒
書店で北海道限定の書籍を求めたり,ぶらぶらしていたら,
JR札幌駅の東口改札に人だかり。
千歳空港からの快速電車の2両を借り切ったファイターズの選手が,
球団のジャンパーを着て,ぞろぞろ出てきます。
+22.1℃の名護から,−4.6℃の札幌へやってきました。
最初に,ヒルマン監督,ミラバル,エチェバリアなどの,外国人勢,
そのあと,小笠原や岩本,芝草の顔も見えます。
選手たちが,南口の特設会場に動くと,人々も,民族大移動。
南口は,特設ステージのほか,報道用の足場も組まれています。
どうやら,道内の18時半からのニュース番組では,生中継のようです。

北海道日本ハムファイターズ New Homeセレモニー
入場するファイターズの選手
押し寄せる人波のままに,ワタクシも−4.6℃の「おしくらまんじゅう」に参加。
近くに女子高校生が陣取って,賑やかそのもの。
「きーもーとーーー木元!木元こっち向いてーーーあっ新庄,シンジョ,シンジョーーーー,
あっ,あれ誰だっけ,あの変な人」
(注:最後の発言は岩本を指しています)
札幌市長,JR札幌駅駅長が挨拶をし,ファイターズばんざーい!と叫ぶと,
次はヒルマン監督。第一声は「ホッカイドーコンバンワ!」
最後に,選手会長小笠原が挨拶をします。録音してきました。
周囲の人の話し声が入ってしまい,いい録音ではありませんが,
ひととおりセレモニーが終わり,人の群れが動き出した瞬間,
岩本選手の叫び声がしてきます。東京ドームでおなじみの掛け声です。
「1,2,3,」
さあ,みんなで「まいどー」っていうぞと思ったら,
一同「ダー」
まだ,「1,2,3,まいどー」は浸透していないなあ・・・
浸透させるには,岩本がどれだけ札幌ドームでお立ち台に立つかがキーでしょう。
選手が退場すると,選手を追いかけて,駅へ向かう通路に人が殺到し,大混雑です。
警備員も必死に人を整理しています・・・が,
1分ほどして,雰囲気がおかしいのに気付きます。
選手は反対側の道路から出て行ったのです。
警備員,迫真の演技でした。群集を引き付けておいて「こっちには来ないよ!」だって。
怒り狂った女子高校生は,道路に向かって走り出しますが,後の祭り。
すでに選手たちは,歩いて数分のホテルまで,わざわざバスをチャーターして
移動したあとでした。
てなわけで,予定外の札幌で,予定外にファイターズのイベントも見れたし,
千歳空港から,AIR DOの,ANAとのコードシェア便で
羽田に戻りました。
冬の羽田到着便は,木更津上空から,アクアライン沿いに羽田に向かうので,
窓の外は海ばっかり。夜景の楽しみがイマイチだなあ。
夏だと,北側から羽田に入るので,
マリンスタジアム,ディズニーランド,お台場の夜景を楽しめるのに。