記憶喪失事件

突然家族が「記憶喪失」になったら…
そんなことを考えたことは今まで一度も無かった。そんなある日のドタバタを記録しました。
  1. 突然の電話
  2. 診断は脳震盪
  3. 翌日はお休みして観察
  4. 事故当時の様子
  5. 事故48時間後の様子
  6. 事故72時間後の様子
  7. 言葉が出なくなった
  8. 医者が信用できない
  9. 人づてに良い医者を探す
  10. 3ヶ月後の容態
  11. 同じようなことが起きないために
  12. また転んじゃった
  13. 眠れなくなる

突然の電話

2001年11月12日(月曜日) 午後7:40頃

昨晩、午後7時40分ごろ、Lisaから電話があった。

「パパ大変!ママが記憶喪失なの。」
あっけに取られて聞いていると
「あのね、ママがね、自転車でね、自転車のオバサンとぶつかったの」
と言うのだった。 などと一瞬のうちに頭の中でいろいろなことを考え巡らせたのであるが、
「小学三年生がそんな大それた嘘をついてまで親をかつぐなんてことはありえない」
という結論に達し、すぐさま帰宅したのだった。
 
 

診断は脳震盪

2001年11月12日(月曜日) 午後9:10頃

駅から走って帰宅したところ、崩子はちゃぶ台の横で毛布をかぶって横になっていた。

「寒い…、寒い」
と連呼していた。
「どうした、大丈夫か?」
と問うたが、ビックリした顔をしてこっちを見ているだけで、返事がなかった。
(後に確認してわかったことなのだが、どうやら夫である私のことを「知らない人が息を切らせて近づいてくる」と敬遠していたそうだ)
診察券を探し、I市立病院に電話をかけたところ、すぐに連れてくるようにということであったので、
「今すぐ、病院に行くぞ」
と言って、玄関に向かったがどうやら歩けないらしく寝たままだった。
そこで、体を支えて玄関まで向かい、やっとの思いで車に載せて出発できた。
病院までの約10分間、助手席の崩子
「私をどこに連れていくの!」
という旨の質問を何度も繰り返したのだった。

車でI市立病院に到着し、救急担当の先生に診てもらった。
偶然にも、その日の宿直担当医の専門が脳神経外科だったのは幸運だったと感じたのだった。
患者にわかりやすい説明で、温和な先生だった。(好感度100%)

で検査したところ特に異常はなく、診断は脳震盪ということでした。
記憶の混乱はあるものの、自分の名前や生年月日・住所がはっきりといえるので、記憶喪失ではないとのことでした)
今しばらくは「ボンヤリ」した状態や記憶の混乱が続くということであった。 けれど、特に消毒の必要はないということで、(包帯などせずに)そのまま帰宅したのだった。
今ある「後頭部のタンコブの強烈な痛み」がおさまると強い頭痛という症状が出るそうで、その頭痛は3〜5日間続くという予想から、頭痛薬を処方してもらっただけだった。
 

翌日はお休みして観察

2001年11月13日(火曜日)

事故直後のCTで問題が無くても、あとから悪化することも多いということで、24時間は様子を見る必要があると言われたこともあり、事故の翌日は、会社を休んで観察しただのだった。

事故当時の様子

 

事故直後は次のような症状が出ていたらしく、持にその場に居たLisaは大あわてだったようです。

・…などなど

こんな状態の母親を目の前にし、更にそれを見てオロオロする祖母を見たためか、電話をかけてきた時Lisaはとてもしっかりしていた。
 

事故から12時間以上が過ぎ、第一の峠を越えた頃、崩子昨晩の様子を尋ねたところ、本人は小学生くらいの頃の記憶に時々戻っていたらしい。
『自分の母親に似た老婦人が居る』とか
『えっ!私に娘が居るの?』とか
『昭和37年9日8日生まれのはずの私が39才なの?そんなにオバサン?』
という感じだったそうだ。
自分の名や生年月日はしっかり記憶しているし、現住所や電話番号もよ〜く思い出せば出てくるけれど、記憶が混乱していたそうだ。

そもそもは無灯火のオバハンが原因だけれど、どこの誰だかわからない。
しかたがないので、某都立武蔵高校卒業のI市の市長に

「市民の自転車の交通マナーを何とかしろ!」とか
「無灯火でも見えるように街灯を増やせ!」とか
陳情するしかないのかな?
 

事故48時間後の様子

 2001年11月14日(水曜日)

昨日の朝(脳震盪後12時間)に「少々の記憶の混乱」が残っていたものが夜(脳震盪後24時間)には記憶も正しくなりましたが、まだ応答速度が鈍いという状態でした。長いセンテンスになると理解できないので、幼児を諭すように語りかける必要はあるものの、特に間題はありませんでした。順調に完治に向かっていると思いました。

ところが、今朝(脳震盪後36時間)になると、会話は昨日よりも上達したのですが、体が動かせないらしく、元気もなく、起きられない状態です。


こんな状態ですので、もうー日お休みさせてもらうことにしました。
 

事故72時間後の様子

 2001年11月15日(木曜日)
震盪後三日目の今日は、朝も起きられ、やっと目が離せるようになりました。今になってわかったのですが、転倒したときに、背中や腰、左肩を強打していたようで、腫れていたりしていました。今までそれに気づかないのが不思議ですが、逆に考えると、頭を打った人が「痛いところは頭だけ」と言ったとしても、念のため全身を診てもらうべきなんですね。反省。

今になってふり返ってみると、

  1. 初日は記憶の混乱からかわけもなく涙をこぼすことが多かったものが、記憶の回復とともになくなりました。
  2. 二日目は正常に会話できるものの、休の自由がきかないらしく、連続して起きていられるのは2時間程度でした。
  3. 三日目の今日は、背中や腰の痛みを訴えながらも娘を叱りつけるまでに回復しました。
もう大丈夫でしょう。
ご心配をおかけしました。
 

さて、病院からもらった「頭部外傷後の注意」には、生活上留意すること↓が列記してありました。

入浴やアルコールは血流を良くするので脳内出血の原因になりそうなのでわかるのだけれど、牛乳やチョコレートはなんでだめなんだろうか?
 
 

言葉が出なくなった

 2001年11月17日(土曜日)
頭を打った月曜から数えて5日目の土曜日の夜、「言葉が出ない」という症状がありました。

急に眠くなったそうで、30分ほど横になったあとで、起きたら言葉が出なくなっていました。病院からもらった説明書には

「舌がもつれるような時はすぐ診てもらうこと」
書いてあったのですが、言葉が出ないというのは書いてなかったのでどうしたら良いのかわからず、もう夜だったので、前回診てもらったI市立病院に電話して
「こういうことは希なのか?」
と質問したところ、
「来て下さい。診ないとわかりません」
ということだったのでした。
 

医者が信用できない

 2001年11月17日(土曜日)

行ってみたところその日の宿直担当医は月曜日の先生とは違って

でした。症状を伝えても反応(歯切れ)の悪い医師で、それでいて偉そうな態度でした。

・CTスキャンを一枚撮ったところ、特に異常はなかったらしく、「そんなはずはない」と思ったのか、像影剤を打ってからまた撮ったようです。
(2枚の同じ頭部輪切り写真が出来ました。CT撮影費が高いらしく、帰るときには若い会計坦当が臨席の先輩に「こんなに高いんですか?」
と尋ねていた。これに対して先輩は「しっ!外に居る患者に聞こえるダロ。いいんだそのまま請求しろ」と答えていたそうだ。なお、個の日から3ヶ月後に、あと1500円不足していますから振りこんでくださいという手紙が来た。どうも腑に落ちない)

・医師は像影剤を打つ際に、点滴に圧を加えて早く終わらそうとしていた。
(その時の崩子は、言葉は出ないものの頭の回転は通常だったので、圧力点滴の痛みと医師らの言動の一部始終を見ていて、「殺されるかも知れない」と感じたそうだ)

・点滴の針の刺し方が悪いのか、手の甲がプックラと盛り上がっていきて、大変な痛みだったが、言葉が出ないので何も言えなかったそうだ。その様子を見ていたのか見ていないのか、医師らはもなかなか針を抜かず、かなり膨れが目立つようになってからやっと失敗に気づいて、今度は反対の手の甲に針を刺すが同じような失敗をし、言葉のしゃべれない崩子の前で

「この患者、血管が弱いんじゃないの」
と言うNガイという医師。それに対して、
「いえ、先生、私のバンソコの貼り方が悪かったんです」
とビクビクしながら謝る看護婦。
三度目は手首に刺して、やっと像影剤を注入出来たのでした。その間私は廊下で、
「何だか前回に比べてやけに時間がかかるけれど、大丈夫だろうか」
と心配しながらも何もできずひたすらに待ち続けたのでした。

・やっとCT室から出てきて、診察室での説明は

「特に異常はありません。どうしても心配なら、脳神経科に診てもらいなさい」
だと。手の甲の盛り上がりに対する謝罪はなく、CT室という密室での出来事を後日言葉の出るようになった崩子から聞き、ゾッとしたのでした。
手の甲の盛り上りは、次の日には手全体がパンパンに腫れるという状態になり強い痛みもあったそうです。
冷静になった今、医師を裁判に訴えたいと考えると、その時の手を写真に残しておかなかったことが、今、とても残念でならないのでした。

・このNガイという医師、白衣のポケットに単行本を忍ばせていて少しの時間でもそれを読みたそうにしていたそうだ。
それが、圧を加えて点滴を早く終わらせようとした理由のようだった。
(僕の前ではそんなそぶりは見せなかったけど、口のきけないボンヤリした状態の崩子の前ではそういう態度だったそうだ)
 

人づてに良い医者を探す

 2001年11月19日(月曜日)

こんな事があったので、今、信頼できる先生と病院を探しています。

ご協力をお願いします。

追伸;こんな亊件はありましたが、その他は順調に回復していますのでご安心下さい。最近では梅干しを食べて酸っぱい顔になるまでに回復しています。
(解説:亊故後数日間は味覚が鈍く、オブラートで包んだ梅干しみたいだったとのことでした。ごはん粒も味がなくて、小さな味のしない粒を無理やり飲みこむという心境だったそうで、お粥を好んでいたそうです)
 

3ヶ月後の容態

2002年2月ごろ
前年の11月に頭をうったときは、記憶が混乱したり、眠ってしまったりとビックリすることばかりでしたが、3ヶ月も経過するといたって平常になり、ほっとしています。
おかげで、病院にいくこともなく済みましたが、まだ時々(数週間に一度、数時間くらい)次の症状が出ることがあります。 ↑こんなときは、慌てず騒がず安静にさせるように心がけました。
こんな症状がでる頻度は、時がたつほどに低くなり…、こんな症状がでてから正常に戻るまでの時間も、時がたつほどに短くなってきてはいます。
あとは、時間が解決してくれるのかな。…と思っています。
 
 

同じようなことが起きないために

 
今回の一連の騒ぎを振りかえると、「誰にでもありえること」だと感じています。
でも、決してあって欲しくはありません。では、どうすれば起きなくなるのでしょうか。
自分なりに歯止め対策を考えてみました。出きるものから実施していきたいものです。
 
歯止め対策 解説
出かけるときは、帽子をかぶる 転倒したときに、頭に与える影響が少なければ、こんなにひどい目にはあわなかったはず…
何があるかわからない世の中なので、まずは自衛手段として、帽子をかぶることにしました。
R2oは、帽子をかぶってお出かけしていますが、崩子は「格好悪い」とか言ってかぶらないことも多いです。
道路を明るくする提案 今回は、街頭が少なくて相手の自転車に気づくのが遅れたので衝突してしまいました。
そこで、道路の照明を増やすとか、照度を増やすなどの対策で衝突の可能性が低くなると考えています。
道路の照明は自分では設置できないので、自治体に提案しようと考えています。[未実施]
道路を広くする提案 今回は、道幅が狭かったために相手の自転車に気づいたけれど回避できなかったために衝突してしまいました。
そこで、道幅を広くすることによって、同じことが起きなくなるのではないかと考えています。
道路の道幅は自分では広げられないので、自治体に提案しようと考えています。[未実施]
道路を平らにする提案 今回は、道路が上り坂だったために勢いをつけてしまい、相手の自転車に気づいても回避できなくて衝突してしまいました。
道路の途中に、自転車・歩行者の停止線があるのですが、上り坂の途中にあるため誰一人としてその場所で一時停止する人はいません。形式だけの停止線になっています。
道路の勾配を変えるなどは自分ではできないので、自治体に提案しようと考えています。[未実施]
道路にカーブミラーの提案 今回は、相手の自転車に気づくのが遅れたのが主たる原因だと考えています。
もし、見やすいところにカーブミラーがあったなら…これも、自治体に提案しようと考えています。[未実施]
無灯火自転車罰則の提案 今回は、相手の自転車に気づくのが遅れたのが主たる原因だと考えています。
この事件のあと、なにかにつけて自転車の運転マナーが気になるようになりました。特に気になったのは↓の2つです。
  • 左右の確認をしないで、急に飛び出してくる
  • 夜なのに無灯火で、しかも猛スピードで走っている
自転車にも免許制度が必要なのではないか。マナー違反には罰則が必要なのではないかと考えるようになりました。
自分では何もできないので、自治体や警察に提案しようと考えています。[未実施]

 

また転んじゃった

2002年3月22日(土曜日) 16:00頃 局所的な強い雨(夕立)
記憶がぼんやりするという症状になる頻度も、その症状の継続する時間も減り、徐々に普通の状態に戻りかけてきたある日、また転んでしまいました。
今度は、雨の中、アスファルトの上の枯葉に足を取られて転んでしまったのでした。
転んだ当初は、
「尾てい骨を打った!痛い!」
と騒いでいただけだったのですが、その日の夜寝る頃になってから、
「枕に触ると頭が痛い」
と気づいたのでした。どうやら、また頭を打ってしまったようです。
やはり、安全のためにも、日ごろから帽子をかぶるべきですね。
 

眠れなくなる

2002年3月25日〜
土曜日に転んで頭を打ったときは、たいして頭が痛くなかったようなのですが、日曜を過ぎても痛さは和らぐことはなく、逆に痛みを増したといっています。そして、月曜日にはついに、「夜眠れない」状態に陥ってしまいました。
脳神経外科に診てもらっても、頭部に外傷はないことから、「神経科に診てもらってください」ということになったのでした。
神経科の先生に、眠れないという症状を伝え、睡眠導入剤をいただいたのでしたが、その夜それを飲んだところ、 という状況で、あまり効果が現れないのでした。「寝る前の薬」も、「昼寝のための頓服」も同様で、一旦は眠れるのですが、直ぐに起きてしまうのでした。
そこで、また神経科に相談して、「長く眠れる」お薬を貰ったところ、今度は6〜8時間眠りつづけられるようになりました。
一件落着かと思いきや、眠れるようになったかわりに、朝はボーっとした状態になり、どう見ても元気な情況ではなくなってしまったのでした。
しばらくは神経科の先生に相談しながらすごすことになりそうです。
それにしても、頭を打つって大変なことなのですね。皆様もお気を付けて。


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