壇一雄「火宅の人」に登場し、ジャズピアノ指導者の坂本 輝氏も生まれた東京・新宿区の聖母病院で、丙午(ひのえうま)の年に出生。戦前の人には「結核療養所」で、私と同世代くらいの人には中森明菜の出身地として有名な東京都清瀬市で幼少時代〜学生時代を暮らす。学生時代はサイクリング同好会に所属。北は北海道から南は台湾まで自転車でかけずり回り、キャンプ生活で自炊の楽しさに目覚める。卒業後、家を出て独居生活に入り、様々な社会経験を積む(いわゆる「職を転々とした」というやつ)。1992年末、当時まだ珍しかったカラーディスプレイに魅せられて、Macintosh LC2を、大枚50万円はたいて購入、当時の「性能うなぎ登り、プライス急降下」に涙しつつ、Macを使う職業に就き、わが国のMac-DTPの黎明期〜全盛期に実務を修めた。2004年6月、旧知の丹藤祐爾氏が設立した私塾 慧學舘の国語・社会科講師として福島市に移住。はじめての福島で、いきなり「あの厳しかった夏の暑さと冬の雪」を味わう。旅を愛する38歳独身。
豆腐となかまたち、納豆(20歳までは大嫌いだったから不思議)、ホルモン焼き(痛風もちなので自粛中)、アブラもの全般(そろそろ年齢的に控えた方がいいですな)
そば(食べると腹痛)、ゆで卵、目玉焼き(アレルギーではなく、臭いと触感がどうしてもダメ)
醸造酒(日本酒、ビール、ワイン、紹興酒etc.)を特に好む……のだが、あまりにも緊迫した財政事情から、6月1日から禁酒中。ただし、差し入れは大歓迎です、というより心からお待ち申し上げております(m_o_m)。
男三人兄弟の長男であるわたくしは、いろいろ「家事手伝い」を母に命じられていた。土曜日の学校給食のない日は、インスタントの袋ラーメンが定番メニューだった。ある日「ラーメン作っといてね、袋に作り方が書いてあるから」と言われ、忘れもしないサッポロ一番・塩ラーメンを作りにかかった。思ったよりスムースにできたのだが、母はちょっと用足しに出かけてしまっている。「冷めては美味しくないだろう」と思い、鍋のままとろ火にかけておいたら・・・。麺が、みごとにスープを全て吸って、ブワブワにのびちゃった。ほどなく母帰る。「スープなくなっちゃった」と言いながらそれを出したら、母は「うん、これはこれで美味しいね」と一言お褒めの言葉をくれたあとで、袋ラーメンの性質を説明してくれたのであった・・・。子供になにかやらせようとするなら、失敗はとりあえず置いといて、努力を褒めるのがいいんだなぁ、ということですね。
というわけでもないのですが、実家の祝い事などの時は、ろくに贈り物をする金もないので、いつも手料理をプレゼントすることにしています。両親、兄弟、みんな美味しいと褒めてくれます(さすがに今は失敗することもありませんが)。
最初に買ったMacintosh LC2は、LC475に改造したけれど、まだ大事に持っています。現在の自宅メインマシンはPowerMac7500/100改G3/400、職場でほぼ独占しているマシンはPowerMac7600/120改200(どっちも十年選手、しかも貰い物)。家には「古Mac(しかも半端な機種ばかり)」が山盛り。Macもとうとう「Intel Inside」になってしまうようだけど、そろそろいいかげん「OS X」の載せられるマシンが欲しいなぁ。誰か呉れないかな。
むしろブログからいらした方のが多い気がしますが……こちらです。
2005.06.09現在