楽家 BookReview
2000年版
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  • ★4つ以上はお薦めです。★4つと★5つは個人的な好みや、 読んだ時の感情によって違っているだけで、ほとんどの場合は差がありません。 ただし、楽也の特徴として「初読の著者の評価は特に甘い」、「簡単に★5つがでる」 という特徴があります。

  • 右端の「有」は所有、「借」は図書館から借りた本、「古」は古本屋で買った本、 「貰」は人から貰った本であることを表わしています。

  • 2000年12月29日金曜日
    ★★☆☆☆ 「サマー・キャンプ」長野まゆみ文芸春秋 2000年4月10日 p193
     夏休み前の期末試験を迎えた温(ハル)は、遅刻しそうになったので知り合いの獣医辰(トキ)に学校まで送ってもらう。その帰り道に不思議な少年ルビからサマーキャンプに行かないための同居人になって欲しいと頼まれる。

     タイトルを見たとき、表紙の写真を見たとき、最初の1ページをめくったとき、これから冒険が始まると思った。ところが始まったのは「探求」だった、というのが真相。長野まゆみは初めて読んだのだが、こういう小説ばかりなのか?評価は低めにしてあるが、不思議な魅力があったのは事実。主要登場人物たちのために改められた、清潔で科学重視で温もりは人肌のみの世界。そしてその世界で不思議な生き生きとした感覚で生きるキャラクターたち。男でも女でもない、ほとんど存在し得ない人達。この創造性の高い世界観が読む自分を引き付けた。独特の文体もそれに存在感を追加する。「温」と書いて「ハル」とか「辰」と書いて「トキ」とか。音読みの名前はスタイリッシュでこのソリッドな世界観にしっくりくる。「ぢ」を多用するのもセリフの印象度を強める。会話は”」”で終わる、と書いたが、イメージを膨らませる手段として”、」”とするのも、この場合は役に立っている。こういうところが女の人達に受けるのだろうか。
     文体に魅惑されてストーリーを掴みきれなかったのが残念。

    2000年12月24日日曜日
    ★★★★☆ グインサーガ76「魔の聖域」栗本薫早川文庫 2000年12月15日 p296
     ひさびさにグインが出てうれしいな、と思ったら薄暗く絶望的な空間をさまよわせられる話。

     前巻に続き、あとがきでバトル中です。内容よりもこちらに反応した。栗本薫は真に大人なんだ、というのが個人的な結論。好き勝手にやっているせいで、いろいろ叩かれたこともあるので、こういった議論はさすが。作家とインターネットは、特に双方向性については、いい点もあり、悪い点もあるという(ありきたりな)思いを得た。作家がやっていたサイトでも辞めたところも多い。匿名性の問題がやはり大きい。しかも悪意のあるメールや書き込みする人って、実体は、おとなしい普通の人の場合がほとんどだったりする。自分が過去にメール・BBSで出したケースはすべて迎合的な当たり障りの無いものばかりという安全パイだけだ。いろんなホームページ等を見ていて思ったのは、「修羅場を越えたことのある人は、文章も議論もうまい」ということか。経験によって成長しているということだろう。

    2000年12月11日月曜日
    ★★★★★ 「小説と科学 -文理を超えて創造する-」瀬名秀明岩波高校生セミナー 1999年4月23日 p137
     小説家であり、研究者でもある瀬名秀明が、高校生のために1998年の夏休みに行った「夏の高校生セミナー」の内容を収録した読み物。
     第1限目は細胞と「パラサイト・イブ」の話。なるほどと思ったのは、「パラサイト・イブ」の書評の話。発表後約1年間に発表された書評を評価しているのだが、オウム事件やオカルトに結びつけられてしまうという書評の多いこと!確かにマスコミは何かと結び付けて評価する傾向が非常に高い。これは人間が知らないことに遭遇すると、類似データから推論して安心したがる動物であるから仕方ないのかもしれないが、かなりひどいような気もする。とはいっても自分も個人的な何かと結び付けて本ホームページの書評を書いている身としては同じかもしれない。もっと絶対的な評価を客観的に書けないとまずい。

     次は昼休みコラムで原稿の書き方の話なのだが、小説内では会話のとき

    「私は瀬名秀明です。」
    とは書かずに、
    「私は瀬名秀明です」
    と書くということに初めて気づいた。確かに言われてみるとその通り。小説には小説の書き方がある。

     第2限目は文系と理系の話。高校生にとっては進路にかかわるので身近で重要な話のはず。実際に参加した高校生の理系文系イメージアンケートがあるが、これがほんとにステレオタイプ。あまりにステレオタイプで笑えるけど懐かしい。

     第3限目は小説の書き方的な話。こんなにたくさんの小説指南書があったことには驚いた。それと臨死体験とアブダクション(UFO連れ去り記憶)の関係性の話は面白かった。まだ読んでいない「BRAIN VALLEY」の話に関わるようなので、読みたくない記事もあったが、いや良く調べてます瀬名秀明。さすが研究者。「たくさんの文献を集めて読み、その類似点と相違点を認めることにより新しい創造・想像が生まれる」というのは研究者・小説家には必要な資質である。

     本書は非常に分かりやすく書かれており、高校生にはオススメ。特に小説家志望の人だけでなく、物の考え方という点で見ても優れた指南書となっている。

    文献メモ
    アイラ・レヴィン「死の説物」
    「ローズマリーの赤ちゃん」
    「ブラジルから来た少年」
    渡辺淳一「創作の現場から」、集英社
    高橋克彦「小説家」、講談社文庫
    好きな作家の原稿を書き写す、というのはやってみたいアイデア
    久美沙織「久美沙織の新人賞の獲り方おしえます」、徳間文庫
    これは有名。
    丸茂ジュン「耽美小説の書き方」、ごま書房
    紹介してるのもすごいが、恥ずかしいことも書く、とは確かにその通り
    丸山健二「まだ見ぬ書き手へ」、朝日新聞社


    2000年12月10日日曜日
    ★★★★☆ 「麦の海に沈む果実」恩田陸講談社 2000年7月25日 p416
     二月の終わりの日に少女は湿原の中に立つ「青の丘」にある学校に転校してきた。不思議な校長、三月から始まる学校、親に捨てられた生徒達、そして伝説。これらが彩られた全寮制の学校が舞台のおはなし。

     いきなりネタバレ→過去に「三月は深き紅の淵を」を読んだことがあれば分かるけど、これの最終章の改訂版みたいなもの。常に新しいものを提供し続ける恩田陸らしくないなあ、と思いつつ読み出すがさすがに面白い。中学・高校の一貫教育の全寮制の学校。それも外界と隔絶された陸の孤島というシチュエーション。たまらない状態の中で起こる数々の事件。だけどこの話はミステリではない。どちらかというとホラーだろうか。ラストの事件解明のあっけなさが物足りないが、ミステリのようなホラーのような内容はデビュー作「六番目の小夜子」を彷彿とさせる。自分はぼんやりな読者なので、解決編は最後の十ページばかりでするのではなく、もうちょっとゆっくりやって欲しかった。考えようによっては、連作短編集にもこの舞台は使えるのに違いない。そのなんというかもったいない感じがして。舞台・シチュエーションのもったいなさ、解決編のわかりずらさのもったいさな。これらが気になった。←まで。学生という楽園をうらやましく思った。

     本書の奥付けを見ると分かるけど、デザインがあの京極夏彦。いろいろやってるのは知ってたけど恩田陸にまできてるとは知らなかった。

    2000年12月2日土曜日
    ★★★★☆ 「パラサイト・イブ」瀬名秀明角川ホラー文庫 1996年12月10日 p490
     生化学研究者の永島利明がいつも通り薬学部に出勤したそのころ、妻・聖美は交通事故に遭い、脳死状態となった。実は、これは太古の昔からの野望の具現化への始まりだった...

     角川ホラー大賞を受賞した有名な作品。文庫版が出てそれなりにすぐに購入し途中まで読んであったが止めたままになっていた。思い立って再開したが、たまたま、この文庫を読んだ時間のほとんどが病院の待合室であった。それが本書の内容とあいまって余計ホラー度を増し、変な想像をするという希有な楽しみをした。
     理系の勉強をしたものにとって専門用語の連発はかっこいい。自分は生物・化学は駄目な分野なので、理解はできないが、知識があるのはこんなにかっこいいということなのか、と愕然とした。確かに受賞時の選考委員が「文系にはできないホラー」とか言っていたけど、ほぼ科学的事実を述べることにより進むホラー小説は、単純にはマネできない。逆に研究者だからといって小説を、それも面白い小説を書けるわけでもない。科学と文学という絶妙のバランスの位置にいる瀬名秀明の凄さがわかる。(実は読むまではもっと科学科学しているかと思っていた)
     生物が苦手な自分でも、ミトコンドリアという名前の細胞の一部があるということは知っていたが、これが元は別の生物で、それが現在の細胞の核と共生することにより活動的な動物の祖先となった、というのは驚きの内容。いわゆる「科学読み物」と言われるノンフィクション本と、小説を同時に読めるという楽しみがこの本にはあった。参考文献のボリュームも、それも英文論文タイトルが多いというのもなんとなくうれしい。そして篠田節子の解説も秀逸。理路整然としていて、さすがである。一段落したら、篠田節子も読みたい。

    2000年11月23日木曜日
    ★★★★★ 「影絵 ある少年の愛と性の物語」渡辺淳一中央公論社 1990年11月20日 p273
     戦後すぐの北海道で高校生となった「男性」である伸夫の少年期から大人になるまでの愛と性の成長物語。

     「失楽園」で有名な渡辺淳一自身の少年期・青年期をモデルとした小説。以前に雑誌「ダ・ヴィンチ」で渡辺淳一特集があったときに、作家自身をモデルにした小説があると聞いてからずっと探していた本(ダ・ヴィンチは買ってないし、本のタイトルを忘れたため)。渡辺淳一の単行本は初めてだが、昔、「失楽園」以前に日経新聞に連載していた小説は、親に隠れて読んでいた記憶はある。

     この本のオススメ相手は「おとこのこ」ではなく「おとこ」。それもできれば25歳以上。中年の人の方が喜ぶかもしれない。いろんな意味で。「エロ」というより「懐かしむ」という感情のため。
     もちろん逆の意味で女性が読んでも面白いと思う。男性はどう女性を見ているか、ということ。でもかなり時代背景が古いので今の十代の人には合わないと思う。まあ、でもいつの世でもいる、シャイな男の子の気持ちは分かるかも。

     単純な話、小説としては最後が少し急いでいるので多少の不満はあるが、「告白」的な内容が、犯罪ではない覗き見をしている気分で、ワクワクして読むことができて楽しかった。インターネットにあふれる日記の感じに似ている。すらすらと読み終えた。
     初出を見ると「婦人公論」1983年1月から1984年5月までの連載が元だが、なぜ1990年まで出版されなかったのだろう。何かあったのかな?

    2000年11月20日月曜日
    ★★★★☆ 「沈黙」遠藤周作新潮社 1966年3月30日 p257
     江戸初期、鎖国によりポルトガル人を始めとした外国人を追い出した日本。そして、弾圧されたキリスト教とその信者達。その信者達の信仰を助けたいと思い、はるばる海のかなたのポルトガルから、2人の司祭が日本に密入国しようとしていた。彼らの師でもあった背教者フェレイラの消息も求めて。

     かなり前に小説系情報誌(何かは忘れた)にこの話のことがほんのちょっと載っていた。それ以来、ずっと気になっていた。最大のテーマは「神の沈黙」。どんな苦難にあっても「神」は語りかけない。「奇跡」も起こらない。ネタバレ→そして最後的に司祭ロドリゴは、肉体的ではなく宗教的・個人的・職業的苦痛からついに踏み絵を踏んでしまう。
     司祭の心の葛藤・苦しみは、それなりに理解はできた。でもキリスト教徒ではない自分には、本質の認識がずれている気がした。どちらかというと本書の「キリスト教徒の敵:井上筑後守」の言葉「日本人が信奉しているキリスト教は本来のキリスト教ではない」という言葉がしっくりくる。日本の神教が仏教の影響をそうとう受けていることからも分かるように、混交が起きている部分はあると思った。もちろん現代日本のキリスト教はこの限りではないかもしれない。
    ←ここまで

     自分自身は一般的な日本人同様、無宗教だが、高校の友達に牧師の息子がいた。キリスト教では日曜日は安息日なので休む。それなので彼が日曜日に学校などの外で見たことがあったのは、体育祭の午後の時間と大学入試試験だけで、模試や部活などがあっても絶対に日曜日には学校に来なかった(でも彼女はいたのよ)。彼は言う。大学を出たら就職するかもしれないけれど、最終的には牧師になる、と。虚栄に満ちた自分にはわからない部分だった。当時も今も。そういえば、彼は今どうしているだろう。ちなみに高校生のときに、自分が病気で入院したときに、彼から新約聖書を貰いました。今でも手元にあるけど、おはなしとして面白くないので最初でつまづいてそれから読めていません。

    2000年11月14日火曜日
    ★★★☆☆ 「バルーン・タウンの手品師」松尾由美文芸春秋 2000年10月10日 p285
     妊婦しかいない街バルーンタウン。そこで起こる数々の珍事件を解決する妊婦探偵暮林美央が活躍する連作短編集。

     前作に比べるとあまり面白くない。その理由は、妊婦固有の「妖しさ」のレベルがダウンしているせいだと思う。それほど、妊婦である必然がない話が多い気がした。ただし、「埴原博士の異常な愛情」だけは秀逸。胎盤を食べる!という「ウッ」と気分を悪くするグロで妊婦な話はバルーンタウンならでは。これ一遍だけのための価値はある。
     ほとんど余計なお世話だが、こういった知っている人は知っている、という作家の本はあまり売れないのだろうと思う。しかも単行本だし。作家って大変だと思った。

    2000年11月13日月曜日
    ★★★☆☆ グインサーガ75「大導師アグリッパ」栗本薫早川文庫 2000年10月15日 p291
     と、この巻もつなぎのお話。いや、実際には話は動いているけど、重要なところは動いていないので。

     毎度思うけど、グインサーガは各節の動きにパターンがある。一巻は全四話からなり、一話が四節からなっている。第1節が「動」のときは、第4節まで「動」のときが多い。逆に第1節が「静」で始まると徐々に盛り上げていって第4節で突如「動」が起き、これが結構大きい働きをする。今回も第四話がそれにあたる。

     今回の巻はあとがきに妙がある。それはこういった読書系でかつ非常に栗本薫の悪口をいうサイトがあるらしい。まあ、アドレスは本気で調べればすぐにわかるだろう。だれでも批評家になれると、批評される側は大変である。個人的には聞きたくない醜聞は、あとがきには書いて欲しくなかった。実際のところ、自分も惰性でグインを買い続けている部分がないとはいえない。でも、某氏の某長編は途中で止めたけど(当ページ内ではその感想はたまたま入っていない)、グインは買っているだけ、面白いのは事実。

    2000年11月7日火曜日
    ★★★☆☆ 「ビタミンF」重松清新潮社 2000年8月20日 p293
     中年男と家族にまつわる7つのものがたり。

     はっきり言って、俺が読むには早すぎた。子供がいて30代後半から40代の、主人公たちと同年齢になってから読むべき話。一遍一遍は、やはり重松清してて面白いが、ある意味似てる話ばかりで読み進めるほど飽きてしまった。「ナイフ」も同じような連続短編集だったけど、主人公はほぼ子供の側だったせいか、自分が通った道だからこそ理解できて楽しめた。もちろん親として、さらに中年としての気持ちが理解できないわけでもない。でもそれは、ありがちな想像でしか分かっていないのだ。だから本当には楽しめていない。

    2000年11月3日金曜日
    ★★★★☆ 「白夜行」東野圭吾集英社 1999年8月10日 p506
     建設途上のまま廃棄されたビルの中で一人の中年男性が殺された。そこから始まる長い長い物語。

     ネタバレ→前半は苦しくてなかなか読み進められず。個人的に前途ある人(子供や若者や能力者)が理不尽な目に会うのは、小説といえども苦手なため。彼らが大学生あたりになると、読みやすくなる。コンピュータの話とかは時事を得ていて楽しめた。全体的に時代の切り取りもうまくやっているし。雰囲気は違うけど長い物語ということでは「落花流水」を思い出した。不満としては、結局、桐原と雪穂の直接の接点というか、実際の連絡はどうやっていたか明かされなかった点。90年代以降なら携帯電話もあるが、それ以前は通常電話もまともに使ってなさそうだしね。
     これからも生きる雪穂の人生はどうなるのか、彼女にかかわった人達のこれからはどうなるのか、非常に不安なラストであった。だからこそ、桐原とは深く関わったのに、雪穂には直接関わらなかった友彦(パソコンショップ無限)が一番幸せなのかも。
    ←ここまで

     すごい面白いんだけど、長い話でちょっときつい。でも力のある作品で、東野圭吾の力が目一杯出ている。

    2000年10月24日火曜日
    ★★★★★ 「GO」金城一紀講談社 2000年3月31日 p241
     在日朝鮮人を辞め、在日韓国人となった高校生の「僕」は、あるパーティで日本人の女の子と会い、恋人になった。

     いろいろ考えた。考えたことの半分も忘れたほどに。ネタバレ→小説の中で人が死ぬ話は、その劇薬と甘美さを利用し過ぎて、無理矢理なケースも多い。「GO」でも親友正一(ジョンイル)が死んでしまうのだが、多少無理があるが(なぜバタフライナイフを持たせたのか、なぜ犯人は自殺したか)、それ以外の展開は十分にありうる。仕事の都合で3ヶ月ほど大阪にいたときに、焼き肉で有名な鶴橋近辺のJRに乗ると、かなりの確率でチマ・チョゴリを着た高校生ぐらいの女の子を見た。しかも美人も多い。でもそのときの自分の視線は、やっぱり異物を見る目だったと思う。そうして毎日見られている人にとっては、そういう目で話し掛けられたら、恐怖を感じるに違いない。
     読んでるときは気にしなかったけど、多分「僕」の名前はコリアンネーム・日本名のどちらも出ていない。それが気にならないぐらいのノンストップ小説。「GO」というタイトルがよく似合う。そして「あとがき」という、ぐだぐだ言う場所を設けず「話を読め」という姿勢もよい(文庫がでたらどうなるかな)。
    ←ここまで

     作者はなぜ日本名なのだろう。そこに何かの主張があるのだろうか。有名な「コリアンレポート」の辺真一氏とは違う方向で、「僕」と同じように自分だけで戦うための名前なのだろうか。それと在日〜といわずにコリアン・ジャパニーズと言うのもいいのかもしれない(彼ら自身が気に入っているのなら)。またそのコリアン・ジャパニーズ自身がこの小説をどう読むのか、つまり「自分たちの気持ちを代弁している」とか、逆に「裏切りだ」とかを知りたい。

    関連書籍
    「日本論の視座-列島の社会と国家」網野善彦小学館
    「単一民族神話の起源<日本人>の自画像の系譜」小熊英二新曜社
    「人間の測りまちがい-差別の科学史」スティーブン・J・グールド河出書房新社
    「オーストラリア」国籍というもの 
    「月の裏側」多様性とひとつへの流れについて 

    追記:今週の週刊朝日?文春?に林真理子と金城一紀の対談があった。なるほどという感じ。若いコリアン・ジャパニーズには評判良く、世代が上の人には、もう少しがんばって欲しい、とのこと。若いコリアン・ジャパニーズがやっているWEBページでも、ほぼ同様。しかし、俺は考え過ぎだね。単純に青春小説とみるという視点が抜けてたな。

    2000年10月21日土曜日
    ★★☆☆☆ 「きっと君は泣く」山本文緒角川文庫 1997年7月25日 p279
     凛としていて、いつも小奇麗な祖母。その祖母のようになりたいと思っているコンパニオンをやっている孫の椿(つばき)。ある日、祖母が事故で入院することになり、徐々に大好きな祖母が祖母でなくなっていく。

     まー、いわゆる遊び人の椿の感覚には、多少ついていけないところがあるものの、女性同士の争いなどは「ありがち」なのものとして読めた。それ以上に老人看護の大変さが分かったような気もする。うちも十年もしたらそんなことが起きるだろうし。ネタバレ→でも、「えー」だったのがエンディング。中原先生のプロポーズを断ったのは、予想範囲とはいえ、グンゼがどうなったのかわからない終わり方は、尻切れとんぼ。グンゼの問題の解決は、本書では突き詰められないと思うが、それにしても最後に椿と何らかの絡みがなく終わったのは物足りない。このせいで評価は低めにした。←ここまで

     男の親友というのも何だけど、美人同志の友情は難しい。デコボココンビの方がやはりうまく行くのでは。でも、合コンとかでは困るかもしれないけど。(1993年7月光文社カッパノベルズがオリジナル)

    2000年10月18日水曜日
    ★★★★★ 「月の裏側」恩田陸幻冬舎 2000年3月31日 p377
     あるきっかけから、3年前に箭納倉に移り住んだ元教師協一郎。その協一郎から不思議な事件が起きていると言われ、招かれた多聞。そして京都の料亭で女将を勤める協一郎の娘藍子が、久しぶりに父親に会いに来た。たくさんの堀に囲まれた水郷「箭納倉」。梅雨とはいえ、彼らの滞在中も雨が降り続いていた。体にまとわりつくように。そして、じめじめと。

     ネタバレ→読めば読むほど、じわりじわりと来る恐怖感。ホラーは苦手だが、恩田陸は読めてしまう。より楽しむためにできるだけ夜に読むようにするほど。読んでいて「屍鬼」を思い出すことしばしば。共に「人間ならざる人間」が主たる登場人物で、じわりじわりとひやりひやりが来る点も似ていた。でもキャラクターがそんな状況でも、楽しんでしまっているところが陽性「恩田陸」たる所以かも。深く陰性に考え込むのが「小野不由美」かな。
     本書の中盤での「多様性」と「ひとつになりたがる」の話は非常にうなづいてしまった。「他人のまねはしたくない」とか「友達は欲しい」とか、人はわがままだ。進化は多様性が基本だが、発散し過ぎたものには、収束の時期があるのかもしれない。
     人は寝るたびに毎日「盗まれて」いるのではないだろうか。キリスト教では毎日目覚めるのも奇跡の一つであると、書いてあったような記憶がある(うろ覚え)。昨日の自分と今日の自分をつなぐものは記憶だかなのだから。「盗まれる」という、まるで宗教のような、多くのものの中に在るという安らぎ。発狂せずに自分を自分と感じられれば、それが一番なのかも。
    ←ここまで

     水郷「箭納倉」とはすぐに分かるけど「柳川」がモデル。序盤を読んでいる頃は「水郷って郷愁があって風情がありそうなので行ってみたい」とも思ったが、本書を読破した後では別のイメージが植え付けられて、どうかなという気分。それと英題が「The Dark Side of The Moon」とは何ともかっこいい。よりイメージが膨らむ。

    2000年10月14日土曜日
    ★★★★★ 「半パン・デイズ」重松清講談社 1999年11月11日 p360
     4月から小学生になる東京から引っ越してきたヒロシ。その小学校時代の折々を綴った、若葉の日々のはなし。連続短編集。

     最初は、重松清にしてはハズレだと思った。もちろん、彼特有の”心の痛いところをつく”作家ぶりは堅調であったのだけれど、小学校低学年の気持ちなんてもう忘れてしまった自分には、どうでもよく感じられた。でも学年が進むにつれて、そして高学年になると、主人公ヒロシの考えも成長してくるので分かりやすくなる。だから読んでいて「ウンウン」とうなづく気持ちになれる。そして卒業間近の最終章を読んでいて、その成長ぶりをみて気づいた。それは、自分がまるでヒロシの成長を見守る保護者の気分で読んでいたこと。彼の成長がうれしくてたまらないこと。そんな気持ちにさせてくれる一冊。

     間違いなくモデルは、岡山県出身の重松清自身の子供時代。著者自身が体験したはずの昭和40年代の風物も楽しめる。今よりも単純で分かりやすい時代のおとぎばなしのような、でも本当にあったはずのお話。

    2000年10月13日金曜日
    ★★★☆☆ グインサーガ74「試練のルノリア」栗本薫早川文庫 2000年8月15日 p292
     つなぎの巻。意表をついたキャラクターも登場する(でも目次が...)。つなぎの巻とは言え、コトが起きた後なので安心して読むことができる。ただ、なぜグインではなくアグリッパに助けを求めたかの理由付けがちょっと強引な気もした。それと最後の母子対決は、オイオイな話。初めてラーナ大公妃が出てきたような気がする。

    2000年10月8日日曜日
    ★★★★★ 「恋愛中毒」山本文緒角川書店 1998年11月25日 p349
     ある小さい編集プロダクションに勤める中年女性水無月。周りの編集部員も、彼女が何者かよくわかっておらず、社長の愛人ではないかと思っていた。そんな彼女が、若い編集部員の色恋沙汰を見ていて、昔を思い出していた。

     ネタバレ→読んだ直後(ちょっと落ち着いてからこの文を書いています)、なんで彼女が捕まるの?なんで彼女が悪いの?それは罪なの?という思いで、気が荒れた。彼女には元夫の彼女にストーカーする権利もあるし、今の愛人の娘を閉じ込める権利もあると。
     そんな思い入れをしてしまうほど、主人公の一人語りの形式のために飲み込まれた。自分はまともな恋愛経験をしていないので、本当はどうだかわからないが、自分もはまりやすい体質なので中毒を起こす恐れが十分にある。求めれば求めるほど人はひいてしまう、ということは分かっていてもやってしまう。普段はクールな人ほど実体は情熱家なのかもしれない。それも異常なほどに。まるで自分の未来を見るようでちょっと恐くて、気が荒れた気もする。元旦那の態度もゆるせないし、逆に後日談の愛人の態度はかっこいいと思った。
    ←ここまで

     著者の代表作だけあって読み応え十分だった。ただ、どうでもいけど、エヴァの話は余計だと思った。そこだけ雰囲気を壊していて、無意味に印象が頭に残った。

    2000年10月7日土曜日
    ★★★★★ グインサーガ73「地上最大の魔道師」栗本薫早川文庫 2000年7月15日 p300
     最近の巻では、いろいろ楽しませてくれるグラチーだが、今回はあっと驚く展開。ネタバレ→グインですら手を結ばなかったグラチウスと、パロ魔道師ギルドが臨時同盟を結ぶとは。しかもかっこよくグラチーは敵の”竜の門”をやっつけるしで大活躍。しかも、アグリッパとか、外伝に出たあのタコ?の魔道師?とかが実はからんでいるし。それとナリスが弱くなったような感じがする。今までの悪人面がウソのよう。だめだよ、死ぬまで悪人で、クールな賢い人間でないと。彼の魅力はそこにあるのだから。←ここまで
     最初は虐殺シーンから始まるので読みづらかったけど、途中からは楽しく読めた。でもあとがきの天狼叢書(そうしょ:漢和辞典で調べた)のメインキャラのヤオイものの話はちょっと。脇ならともかく。

    2000年9月30日土曜日
    ★★★★★ 「オーストラリア -多文化社会の選択-」杉本良夫岩波新書 2000年7月19日 p214
     「オーストラリア」と言ったらどんなイメージがあるか。有名なオペラハウスの風景、多くの自然、エアーズロック、グレートバリアリーフ、クロコダイル、映画「クロコダイルダンディ」、アボリジニ、カンガルー・コアラ等の有袋類、そして「白豪政策」。中学生の地理かなんかでは「白豪政策」が有名だったが、実はこれはとんでもない差別的な国の見方で、これは遠い昔の話である。前にオーストラリアにワーキングホリデーで行ったことが有る人にそう言われてしまった。その程度の興味しかない。あと新婚旅行で人気がある国とか。

     シドニーオリンピックもあって本書は発行されたのだろうが、著者が在豪28年の社会学の大学教授なので、ミーハーでもなく、よく現実をとらえ、でも難しく書いているわけではないので読みやすかった。例えば、アメリカに対して冷ややかな態度でいること。日本みたいにアメリカべったりではない。これはオリンピックでも反映されいて、前のソウルオリンピックのときは、アメリカ放送機関の利権のせいで決勝が午前中に行われるというばかげたことが多かったが、今回は重要なところはすべて現地時間のゴールデンタイムで行われていた。アメリカでは、このせいでオリンピック関連のテレビの視聴率が悪く、スポンサーが降りるという騒ぎもあったそうだ。
     また懐疑的民主主義という考え方のも面白い。元は流刑地だったことも関係する、「正統への懐疑」という考え方である。特に良いのが「お上は信用出来ない」という考え方である。さらにもっとあげると、戸籍がない、住民票がない、町内会がない、回覧版もない、役所に行くことはほとんどない、自分の名前は好きなように変えられる、二重国籍OK、直接民主制、選挙に投票しないと罰金(自分は全員投票が当たり前で棄権ではなく白紙にすべきという考え方のため)、移民の受け入れに積極的、国歌を無くすことも考えた(でもオリンピックで役立ったな)など、面白い制度や自由と個人を重視する国である。あー、なんて寛容で素晴らしい国、と思う。
     政治状況や教育・福祉の面から見てもいいとこばかりのオーストラリアだが、一番の問題は、先住民族アボリジニの問題である。最終聖火ランナーであり、金メダルも取ったアボリジニのフリーマンという女性はヒロインになっているが、それが必ずしもアボリジニにとってよいことばかりではなく、「アボリジニはよくなっているよ」と見せかけるためのものである、という。確かにオリンピックの開会式はアボリジニに媚び過ぎていた。そういうときは裏がある。現在の政権は正式に過去の謝罪をしてはいないようだが、それでも状況はよくなっているらしい。
     外国=アメリカな日本では、こういったオーストラリアの本当の姿を知る機会はほとんどないし、普通はニュースにもならない。最近では「外国」としてアジアも対象となってきたが、まだまだアメリカアメリカなのだと感じる。オーストラリアという欧米ではない独自の文化を持つ国を知るには、本書は面白い本である。「旅行人」の書評で興味を持ち、読むことになった。

    2000年9月23日土曜日
    ★★★★★ 「エイジ」重松清朝日新聞社 1999年2月1日 p346
     めちゃくちゃな世の中とも言える今、この現代。14歳の普通の少年「エイジ」が、身近な大事件や小さな事件の中を生きていた。

     現役の中学生が読んだらどう思うか知らないが、限りなく実際の中学生の感覚に近いのではないか、と思う。中学生という存在を、親や兄弟や先生や友達がどう考えているのか、そして本人自身がどう生きていこうとしているのか、取材対象としての本物がいる、と思うくらいリアルな感じがする。以下ネタバレ→実際に「少年」犯罪が起きたとき、周辺に与える影響はやはり大きいはず。心の動揺が、成績や人間関係を不安にする。
     「キレる」という意味を、人や立場や物などから「切れる」ことにより自由になることと定義していた。自分もキレてみたい、と思う。すべてのしがらみを断ってみたいと思う。それが自分にとっては旅に出たい、という思いにすりかえているのが現実である。自分も大衆でB級な人間だと思いながら。
    ←ここまで。
     途中まで読んで発売元が朝日新聞だと気づいたとき、「うわ、これは説教でもする気か」と思ったが、さすが重松清はそんなに底が浅くなかった。新聞社に踊らされっぱなしではない。(※日本サッカーが負けたので、気分直しにイッキ読みした。)

    2000年9月22日金曜日
    ★★★★☆ 「あなたには帰る家がある」山本文緒集英社 1994年8月10日 p350
     まだ幼い娘がいる佐藤秀明の妻、真弓は、主婦としての将来に暗澹たる思いを抱いていた。死んだ目をした専業主婦になるくらいなら、働いて自立し、夫と対等な存在になろうと、保険セールスレディとして働くことに決めた。ちょうどそのころ、ハウジングセールスマンとして働く秀明のところに、茄子田という家族が客としてやってきた。

     秀明の浮気、茄子田の横暴などいろいろあるが、本著での最大のテーマは、「一家の柱として働くということ」だと思えた。まず自分の意見としては、夫婦共働きのほうが旦那は楽できるが、家事を手伝うのも大変だ、という男の都合の良い意見。主夫になってもいい、と少し思うくらい働くのは好きではないが(甲斐性無しと言われもいいや、という程度)、実際のところ主婦業も大変である。それなので基本的には共働きがいいと考えているが、会社の人で夫婦共働きの人曰く「奥さんも忙しいので、かなりホカ弁などの世話になっている」とのこと。うーん、これではうまい飯は食えない。まー、そのくらい結論が出ないテーマでもある。以下ネタバレ→本著では、最後は佐藤夫婦はいわゆる逆転夫婦となっているが、二人とも「これでよかったのか」と考えているくらい、明確な結論は出ていない。それでいいと思う。
     「自己実現」とか「夢」というのは誘われやすい、いい言葉だ。それが不安を煽る保険のおばちゃんの言葉だったりもする。この保険屋の内幕も、本書の読み所。個人的にも保険屋に辛く当たってきた人間だが「おばちゃんも人間なのよ」の弁はちょっと反省。でも自分は勧誘されるのは嫌いなのであった。
    ←ここまで。
     相変わらずだが、山本文緒はタイトルのネーミングがうまい。情感がある。

    2000年9月16日土曜日
    ★★★☆☆ 「舞姫通信」重松清新潮社 1995年9月20日 p269
     「舞姫通信」という名のビラが今年も配られた。そんな女子高校に赴任した岸田宏海には、リクオという名の自殺してしまった双子の兄とその恋人佐智子がいた。芸能プロダクションの専務をしている佐智子は、自分の人生を占う意味も含めて、「城真吾」という自殺志願の英雄を作り出そうとしていた。「人は死ねる」ということと、残された人々について書かれた作品。

     最初の書き出しを読んだ限りでは「六番目の小夜子」のような学校伝説をテーマにした作品かと思った。でも読み進めれば分かるが、学校はあくまでも一つのシーンに過ぎず、「舞姫通信」と「城真吾」が軸になって、自殺されてとり残された人達の、もがくさまが映し出される。ネタバレ→実際に「城真吾」のような芸能人は作れないと思う。本書でも出るとおり、後が見つからない。後がない。先がない。リスクが大きすぎる。でも、もしこんなことをおおっぴらに、筋道立った論理を話す人間がいれば、若者の教祖様になれるだろう。最近の凶悪少年犯罪における、「伝染」のように。(これらは教祖には至っていない)でも、確かに「自殺志願者」であると、カミングアウトした人間を世間がどう見るかは、作者重松清の予想は、正しいのではないか。世間は「期待」するから。←まで

     「人はいつでも死ねる」ということで思い出したのはコレ。参考にはなるような、ならないような。

    2000年9月11日月曜日
    ★★★★☆ 「つきのふね」森絵都講談社 1998年7月10日 p226
     さくらと梨利が口をきかなくなって、一ヶ月。この二人の後をくっついてまわる勝田くんも心配していた。さくらは、梨利と遊ばなくなってから、以前助けてもらった青年、智(さとる)の家に毎日行っていた。智は毎日難しい顔をして、アパートの一室で宇宙船の設計図を書いている。そうなると、さくらは忘れ去られて草木の気分になれる。そんなとき、勝田くんが智のアパートを見つけていつのまにか居座っていた。その頃から少しづついろんなことが起こりはじめる。

     最初の読み出しでは、どういうストーリーになるのか予想出来なかった。「キメて」なんていう、いまどきの中高生が使う言葉が出たので、そんな話かとも思った。キャラクター、とくに智の存在がポイント。おかげであらすじ紹介が難しかった。以下ネタバレ→万引き少女にストーカー少年という一面は、あまり全体には関係無い。児童書?らしく「壊れやすい心」がテーマである。自分は男の大人なので、勝田くんはこれだけさくらに関わりながら、さくらに対して友達以上の感情にならないのが、かっこいいというか、情けないというか、けなげというか、児童書らしいというか、といういろんな気持ちを抱いた。最後にある子供の頃の手紙は、最初はひらがなばっかりで読みづらくて、意味が分からなかった。この「ぼくはとうといものですか」なんて、本当に子供が言えるとは思えないけど、「俺達親友だぜ」というのより、重くてかっこいいかも。←まで

     「カラフル」とほぼ同時期に書かれた作品。ある点ではこちらのほうが現実的で面白い。「カラフル」は初めて読んだ作品だったので衝撃的だったけど。

    2000年9月7日木曜日
    ★★★★★ 「みんないってしまう」山本文緒角川書店 1997年1月30日 p238
     久しぶりに会った友達。死んでしまった昔の恋人。田舎に行ってしまった夫。地方に仕事で転勤した息子。時とともにいってしまうもの、また新たに出会うもの。そんな表題作を含めた短編集。

     それほど山本文緒を読んでいないのでまだ分からないが、著者は、「自分の人生は自分で切り開く」タイプの主人公よりも、どちらかというと「後ろ向きの人生」を書かせると情感たっぷりで、共感出来る話が書ける貴重な作家だと思う。例えば「不完全自殺マニュアル」の研究者の独身33歳女とか、「45ライフ」の20代半ばのぐうたら女とか。他の主人公も比較的、そんな感じ。でもこの本の一番は、タイトルそのもの、だと思う。表題作自身もそれなりに面白いが、なんというか「いってしまう」という語感が、寂寥感を訴えて本の内容をよりいっそう期待させた。いいタイトルだ。

    2000年9月4日月曜日
    ★★★★☆ 「幼な子われらに生まれ」重松清角川書店 1996年7月30日 p243
     一度離婚して娘が元妻のほうにいる夫と、同じく一度離婚して連れ子の2人の娘がいる妻。再婚して4年が立ち、4人家族はうまく行っていると信じていたとき、妻が妊娠した...

     小学五年生の義理の娘と父親の対立が軸だが、「しあわせ」とは何かを考えるための作品。仕事第一、やりがい第一、家族第一、自分が一番。なんでもありが人生なので、それぞれに理由がある。父親は仕事第一だったが、離婚経験から家族第一へと向かった。それが家族崩壊の危機を迎えて迷う。結果としてなんでもありの人生の中から、家族第一という、小さいしあわせをつかむことにする。大人といえど人生に迷う。子供の頃、大人はすごい人間だと思っていたが、年を取るにつれ、そう思わなくなった。自分が子供の頃に比べてレベルが上がったか、といわれてもイエスとは言えないからだ。

     一般の多くの人々は、足し算の人生を送る。これはコツコツと働く人生のことだ。コツコツは美徳だが、いったん手に入れたものを失うのは恐怖だから、という事実もある。だから自分は賭け事は、ほとんどやれない。負けるのがイヤだから。主人公の妻の元夫が、勝ったり負けたりするから人生が面白いんだ、という。自分は、人生を賭けるほうが、何かに打ち込む方が、かっこいいと思う人間らしい。まあ、それをするかどうかは別として。

     主人公と同じく小学生ぐらいの子供を持つか、三十代後半になって読んだら、また違う気分だったかもしれない。


    2000年9月1日金曜日
    ★★★★★ 「カラフル」森絵都理論社 1998年7月 p275
     罪を犯して死んだ魂が、本来なら消滅される所なのに、天上界での抽選に当選して再挑戦へ。その魂の「ホームステイ」先の”小林真”は本当に運の無い奴だった...

     絵を描くときだけが心静まる中学生、小林真。ちょっと普通ではない、確固たる自分の世界を持っていて、孤独。でも本当は普通になりたかった。

     期限付きで他人を生きることができるのならば、好きなように生きてみたいと思う。それは「本当の自分」ではないので、慎重に、保守的に、生きなくてもいいから。RPGゲームの主人公のように。だから自分の人生も、他人の体に少し長めの「ホームステイ」していると思って、気楽に何十年も生きればいいなんて、なんてすてきな発想!

     ネット書評が良いので探していたが、まさか児童書扱いだったとは。借りるのはちょっとはずかしかったが、まさに中高生には特にオススメ。それ以外の大人にも。それといい言葉があったので書き写しておく。

     「みんなそうだよ。いろんな絵の具を持っているんだ、きれいな色も、きたない色も」

     人は自分でも気づかないところで、だれかを救ったり苦しめたりしている。
     この世があまりにカラフルだから、ぼくらはみんないつも迷ってる。
     どれがほんとの色だかわからなくて。
     どれが自分の色だかわからなくて。

    2000年8月24日木曜日
    ★★★★★ 「落花流水」山本文緒集英社 1999年10月30日 p252
     ある女の7歳、17歳、27歳、37歳、47歳、57歳、67歳の人生。山本文緒版「女の一生」といった感じの作品。

     このあらすじだけでもネタバレと同義かもしれない。最初は2人の恋愛物かと思ったがそうではなかった。主人公の年齢が上がれば上がるほど、作者の筆が冴えてくる。まるで山本文緒が体験した人生のよう。以下ネタバレ→いやいやながらも安定した人生を捨てることが出来る人は、世の中にどれくらいいるのだろうか。特に母 律子が、蒸発することにしたシーンがすべてかもしれない。興味アリアリだったは、田舎で農作業しながらゲストハウスをするというところ。かっこいいが、やっぱり裏があるのが、所詮ヒッピーなところかも。
     語り部として出てくる男達は、なんかみんな情けない。そんなもんかもしれんけど。また、西暦2000年以降の未来が出てくるが、2007年を除けば、実際にはもっと違った感じになるかもしれないと思った。まあ、このSFなところは、この話にとっては無粋なところなので揚げ足は取るべきではないと思う。

     「恋愛中毒」で有名になった後、読もうかと思っていたが、機会に恵まれず、これが初の山本文緒作品。

    2000年8月18日金曜日
    ★★★★★ 「ナイフ」重松清新潮社 1997年11月20日 p307
     ある日学校に行ったら突然無視されることになった女の子。背が低いためにいじめられる息子を持つ父。いじめられっ子の幼なじみと彼の父を見ている少女。転校してきた奴にいじめられる、病気がちな妹を持つ少年。元教師の妻と小学生の娘と5歳の息子を持つ父。これら「ワニとハブとひょうたん池で」、「ナイフ」、「キャッチボール日和」、「エビスさん」、「ビタースィート・ホーム」という中短編を集めた作品集。

     重松清は、自分たち大人が忘れてしまった子供の記憶をしっかり持っている。そう確かに子供には子供のルールがある。自分も多少いじめられたので分かるが、いじめられていることを親や教師に言うのは、ルール破りなのだ。しかし、「ナイフ」と「キャッチボール日和」は、つらい。いじめのテクニックも話に出るくらいでイヤな話だが、よくいろんなことを知っている(体験してる?調査してる?)と思う。自分なんかは「エビスさん」程度の時代だったので、今の陰険さは恐いものだ。
     かっこいいのは「ワニとハブとひょうたん池で」」の女の子。仲間はずれにされても孤高を保つことにより、より高い意識を持つことができた。うらやましい。タイトル作品「ナイフ」は、一番辛い。その後がどうなるかわからないからだ。それと最も初期に書かれた作品のせいか、多少話の筋やキャラクター造形が甘いとも感じた。「キャッチボール日和」は、親子の性格不一致という面白い考えと、執筆時の1997年は有名でなかった松坂大輔も同じ「ダイスケ」という名前の元である「荒木大輔」の話が楽しい。「エビスさん」の浜ちゃんという親友はいい奴だ。そして「ビタースィート・ホーム」は、たぶん子育てをしたことがないと書けない作品のような気がする。先生は甘くない。

     書評ページで評判が良いので読んでみた。もっと別の作品も読んでみたい。また本書は、最近同じ表紙で文庫化もされている。表紙がとてもいい。内容の雰囲気にはぴったりだ。

    2000年8月12日土曜日
    ★★★★★ 「深夜特急5 -トルコ・ギリシャ・地中海-」(文庫版)沢木耕太郎新潮社 1994年6月1日 p247
     旅人のバイブル「深夜特急」の第3便の前半。タイトル通り、トルコ・ギリシャ・地中海の旅の話。というより旅の思い。

     今更な本なので、細かいことは言わないが、旅を人の一生と同じに考え、幼年期、青年期、壮年期、老年期とする分類はなるほどと思った。本作は、このうち壮年期の話である。

     今回はたまたまだが、すべて電車の中で読み終わした。ボックス席で読んでいたときに、前に座っていた女性がアメをなめようとしたとき、沢木耕太郎が乗合バスで物を食べるときには、同乗者にも勧めてから食べるルールがある、ということを思い出し、変な感じがした。そう、旅という特殊な状態でなければ、そんなことはできないし、すれば日本では変な人に思われる、と知っているから。

    2000年8月9日水曜日
    ★★★★☆ 「ロケットボーイズ」ホーマー・ヒッカム・ジュニア草思社 2000年7月10日 上p294 下p321 (武者圭子訳)
     ソビエトの人工衛星スプートニクが宇宙に飛んだ。そのときアメリカの田舎町の高校生が、自分もロケットを作ろうと思った。衰退のきざしが見える炭坑町で、炭坑のことしか考えていないように見える父親、理解ある母親、そして何よりも大事な親友達と協力してロケットを作っていく彼らを描くノンフィクション。著者はNASAを退職したエンジニア。

     「夏のロケット」を地で行くお話。それどころか、「本当の高校生」が最後には高度9000メートルまで飛ばすロケットを作ったという事実がすごい。すごすぎる。オーク1号からオーク31号まで合わせて35機のロケット(22号が5機あるため)が描かれているが、燃料も「黒色火薬」→「ロケットキャンディ(硝酸カリウム+砂糖)」→「亜鉛ウイスキー燃料(硫黄入り亜鉛末+アルコール)」へとバージョンアップするし、ロケットの噴射口であるノズルの設計にいたっては微分方程式を解き、最適な形状を作成していた。もちろん最初はただの爆弾しか作れなかったし、主役のサニーことジュニアは成績は中くらいだった。恵まれていたのは環境だとは思う。例えば、炭坑町のために道具はいろいろあったこと、父親が現場監督と地位があったこと、炭鉱会社に優秀な機械工がいたこと、理解ある母親がいたこと、使っていない広い土地があったことなどがある。でもそれ以上に親友たちがいたことと、熱心な若い女の先生がいたこと、町の親切な人達がいたこと、そしてサニーのリーダーシップによるところが大きい。あとがきにもあるが、日本では同じ時代だけでなく、今でもこんなことはできないだろう。これはアメリカの田舎の良い点かもしれない。高校最後の全米科学フェアで優勝したあと、展示に使ったオーク26号から31号まで連続で打ち上げていくシーンは圧巻。このロケットボーイズのクラブ「BCMA(ビッグクリーク・ミサイル・エージェンシー)」の歴史と実力が全開で楽しい。
     彼らはアメリカの幸福な時代の人間らしく、こんなことをしながらもきっちりと女の子と遊んでいるのがいい。まあいい友達がたくさんいたせいもあるけど。ダンスパーティもあるし。炭坑町の実状も垣間見えるのも、古き良きアメリカが感じられるのも、本書のポイントだと思う。本書の最初の部分が多少説明調で読みづらいことを除けば、いっきに読める楽しい本だった。最後に日本人宇宙飛行士も一役買っていることも付け加えておく。

    2000年8月3日木曜日
    ★★★★☆ 「ネバーランド」恩田陸集英社 2000年7月10日 p267
     男子有名進学校の寮で、誰もいなくなるはずの冬休みに、寮に居残りを決めた4人の高校生たちが織りなす青春ドラマ。
     あらすじ通りで、単純に楽しめるお話。まあ、あまりに楽しめ過ぎるので星が4つになったけど。キャラクターが4人とも立っていて分かりやすい。そして学校では普通の進学校の生徒に見える彼らの告白。うまいです。後書きにもあるけど恩田陸の学園ものは楽しい。「六番目の小夜子」「球形の季節」と同じ学園物だが、「告白」という観点から見ると、個人的には「木曜組曲」のほうが近い作品だと思う。未来がいっぱいの学生はいいなと、また現実逃避してしまった。ま、努力せねば。

    2000年7月31日月曜日
    ★★★☆☆ 「レキオス」池上永一文芸春秋 2000年5月25日 p502
     沖縄で生まれた混血の少女デニス、変態美人人類学者、謎の多いアメリカ軍中佐、そして過去の人々が沖縄を舞台として駆け回る「沖縄SF」。
     本の帯に「西暦2000年、沖縄いまだ返還されず」とあるから、そういうタイムパラドクスだと思って読んだら、実は最初は今の「沖縄」。つまり日本だけど基地問題を抱える沖縄の話から始まる。この帯にだまされて、なかなか物語りの最初が理解出来なかった。池上永一作品では馴染み深い、ユタ(沖縄の占い師)が出てきてやっと物語りが進み分かりやすくなった。あいかわらずオバア(沖縄のばばあ)を書かせたら天下一品である。このオバア達の行動を読んでるだけでも笑える。さらに今回はオルレンショー博士という変態美人人類学者が出てきてさらに撹乱される。主人公がかすんでしまうのも、池上作品の特徴である。脇役だがマチーオバアとガルーオバアが売ってる「お祝いだからねー」のポーポーは食べてみたいと思った。(ちなみにポーポーはクレープのようなものだそうな、詳細は沖縄に行って食べよう)
     こんなにほめているのに星3つなのかというと、一つはやはり冗長だということ。面白いんだけど、なんとなく長くなり過ぎているような気がするからだ。もう一つは終盤のシーン。これは自分のレベルが低いせいで楽しめなかったからだ。それはキリスト教に関する知識が自分にはほとんどないこと、英語・ヘブライ語(?)の読解力がないこと、明治維新期の沖縄の詳しい歴史を知らないこと。その無知のためである。終盤のシーンは知識があればあるほど絶対に楽しめるが、知識が無いためになんとなくしか楽しめなかった。

     「セヂ」という考え方は面白い。これがあればあるほど、どんな状況でも、誰にでも負けない。セヂがある人間にはさらにセヂが集まる。そういった人がユタやノロ(沖縄の巫女)になる。でもこれについて悲しい一節があった。それは、「沖縄病の日本人からセジを奪ってきたわ」。あー、やっぱり俺らはカモなのねー、と沈んだ。観光客は観光しかできないからね。仕方ないか。
     明治維新期の琉球に来たベッテルハイムという人物はどうやら史実上の人物のようだ。沖縄出身の漫画家荒巻圭子の「王国記」中でもこのベッテルハイムなる人物が沖縄と思しき国を旅する。日本で言う所のシーボルトに近いキャラクターのようだ。「王国記」では善悪の人物ではなくただの傍観者として登場するが、レキオスではほぼ悪者であった。たしかに沖縄史を考える上では重要な人物のようだ。調べてみたくなった。

    ※ ユタ、ノロ、ポーポーなど、より正確な意味を知りたい場合は「沖縄いろいろ事典」ナイチャーズ編(新潮社)などの本を読んでください。

    2000年7月23日日曜日
    ★★★★★ 「ASIAN JAPANESE3」小林紀晴情報センター出版局 2000年6月2日 p365
     写真家小林紀晴のフォトエッセイ。シリーズ三作目だが、今回はアジアの中の沖縄が舞台となっている。
     実を言うと本屋で見つけたときは、全く買う気はなかった。それはもう小林紀晴には飽きていたからだ。彼の作品は、けっして面白くないということはない。デビュー作「ASIAN JAPANESE」には鮮烈さがあった。それに比べると以後の作品は、同じスタイルを抜けていなかった。それだけでなく、自分とは違う世界に進んでしまって、読んでいて実感が湧かなくなったせいかもしれない。だからまだ読み終わらない彼のフォトエッセイが2冊もある。
     それなのにこの本を買った。それは沖縄が舞台だから。自分も沖縄に移住したいと思っている人間だから。そして本書には、さまざまな移住したヤマトンチュ(本土の人間のことを指す沖縄の言葉)の話が出てくる。彼らの言葉を読んでいると、自分には沖縄に住む資格はないのかな、ただの観光客のレベルを抜けていないな、と思ったりもする。とくに「沖縄の冬を過ごす」こと、「海以外の興味」の意味を考えてしまう。さらに深く考えてしまった原因は、ちょうど沖縄でサミットが開催される関係でテレビ等で沖縄関連のたくさんの番組を見たせいかもしれない。基地問題、雇用問題、実際に住むとなったら重要な問題だ。そして現在、読書中の「レキオス」という沖縄出身の作家池上永一によって書かれた小説の影響もある。
     今まで4回沖縄に行って、多くの沖縄リピーターや沖縄病(本土出身の沖縄好きの人をこう呼ぶ)の人を見ているし、実際に沖縄に住んでしまった人とも会って話をしたこともある。でも生の声というのはやはりなかなか聞けない。小林紀晴のいいところは、その人の本音を引き出せる所かもしれない。本書の一番の部分は宮古島での安宿のオジイ(おじいさん)との会話と関係だ。なかなか自分にはこれができない。なじむ、というのはこういうことではないだろうか。
     小林紀晴の本の楽しみの一つに「長野陽一」という人間の人生がある。彼は作者の旅仲間といえる存在であるが、すこしづつ成長して人生を選び取っていく姿が、本書でも綴られていく。長く小林紀晴の本を読んできたものにとって、長野陽一がとりあえずカメラマンとして認められてきたことはうれしいことでもある。今後とも彼の人生を小林紀晴には書き、写していって欲しいと思う。

    2000年7月16日日曜日
    ★★★★★ 「秘密」東野圭吾文芸春秋 1998年9月10日 p415
     スキーバスの事故により死んだはずの妻が、人格だけが娘の体に乗り移り、中年の女としての心を持ちながら娘として生きていくことに。そしてその「秘密」を知っているのはその夫であり、父である1人だけだった。

     非常に話題になり、広末涼子により映画化されたものの原作。話題が長く続いたためになかなか図書館でも借りられなかった一品。東野圭吾は過去に学生ミステリー(タイトル忘れた)を一度読んだことがあるが、これといって記憶が無い作家だった。この作品によりブレイクする。
     ここから→「秘密」。最後までこの言葉に意味がある。愛する妻が、妻でなくなるということ。世間体を考えるとそうするしかないのだろう。そして、妻の決断。最後の夫の予感は本当なのかもしれない。妻としての「直子」を捨てて娘としての「藻奈美」として生きる決心。徐々に消していった「直子」の気配。おれにはまだよくわからない。夫婦愛がわからないからだろうな。
     この作品には「リプレイ」等の時間SFと同じ、「もう一度人生をやり直せたら」という命題も多少含まれている。確かに直子が言うようにもう少し勉強はしておくべきだったとも思うが、自分は中学とか高校からやり直すのはちょっと。大学からならいいけど。大学生に戻れたらもっといろんな体験をすべきだったと思うから。まあでも大学くらいの体験なら今からでも本当にやる気があればなんの問題もないはずなんだけどね。
     事故のバス運転手の話は最初は冗長かとも思ったけど、それをうまく利用してこの話は進んでいく。まあこの伏線は違う方法でもできたような気もする。でも「相馬」くんがかわいそうだな。確かに「藻奈美」ちゃんは魅力的な人物だったに違いないから。経験ある人間でもあり、そして年相応のちゃめっけもあるかわいい女の子だったんだから。

    2000年7月10日月曜日
    ★★★★★ 「バトル・ロワイアル」高見広春太田出版 1999年4月21日 p666
     この「バトル・ロワイアル」は、出版時から非常な話題になっており、興味はあったが図書館ではなかなか借りられなかった。そして評判を聞いているうちに我慢出来なくなり、買いたくなってきたが、「デス・ゲーム小説」である、というのがどうしても気になって買えなかった。なぜかというと、読み終わった後に手元に置いておきたくないくらいの気分になるかもしれないからだ。読み終わった今はどうかというと、(買わなかったのが/手元に置かなかったのが)良かったのかは分からない。そう考えるだけの内容はある。
     ここから→ 小説は、しょせんフィクション(本当ではない)であるが、小説内で造形されるキャラクター達は、物を考え動く人間である。それを、42人ものの人生を作成し、すべて破壊していく。醍醐味でもあり、悲しみと怒りが混じる。とくにキャラクター達が中学生だからなのだ。今の日本の教育システムやこの大東亜共和国の教育システムにおいては、義務教育のため、公立の中学校というものは、最も雑多な人間が集まる空間である。それは小学生ではまだ自我の発達が十分ではないし、高校以上はある程度の選択の自由があるために、学校の方向性があるためだ。だから中学3年というのは最も雑多なレベルが極まる空間である。
     そう中学の頃はクラスのなかに頭のいい奴、運動神経抜群の奴、不良、オタク、キザな奴、もてる奴、いじめっこ、いじめらっれこ、できる奴、役立たず、いい奴、冷酷な奴、特殊技能のある奴、他、いろんな奴等がまだどうなるか分からない未来の中にいる。それから十何年たって会ってみれば、ほとんどの奴はただのサラリーマンやただの主婦になっていたり、夢をあきらめて普通の人間になっている。世界中のほんの一握りを除いて。そのような、まだ「何者でもない未来のある15歳」の世界が壊されていく。
     みんないろんな可能性があり、「こいつは将来、大物になるんじゃないか」と思える奴がいる。それが壊されていく過程が非常に良く書き込まれていて、それが物悲しい。
     中学生の段階では非常に魅力的で将来がある人間が、どんどん形成されていき、そしてカタストロフィへ。それが何度も繰り返される。もちろん、「こんな奴死んじゃえ」といういやな奴もたくさん出てくるが、ほとんどの奴はいい奴なので、死にそうになってくると読むのが辛かった。全体の流れから行くと最後のオチは多少甘い気もするが、この内容で明確なアン・ハッピーエンドだと救いようがないかもしれない。エピローグも長すぎるくらいだ。でもそんなこと気にならないくらい人物造形が良い。それぞれに人生があるからだ。だからこの世界に飲み込まれるし、死んでいくキャラクターに対して悲しい気持ちになる。
     他の既読者はどうか知らないが、自分はあることを考えた。それは自分がこのような優勝者のみが生き残れるデスゲームに参加させられた場合に、どう行動するかだ。それも2つのケース、一つは自分が本書と同じ中学3年のとき、そして今の職場の場合だ。まあ考えた結果自分ならどちらのケースでも、次のどちらかの行動をとりそうだと思った。1つは、恐怖のためにすべてを敵と考え、本書の赤松(男子出席番号1)のようないじめられっこの短絡な逆襲行動(別に本当にそうなるとも思っていないぞ)。または、平和主義者と化して滝口(男子出席番号13番)や内海(女子出席番号2番:委員長)のように仲間を集うこと。どちらかだろう。まあでも、中学当時も今も体力ない人間なので間違いなく残れなかっただろうけど。これを冷静に考えると、特に今の職場に当てはめて考えたとき、とてもヤバイ考えが浮かんでしまったのですぐに考えるのを中止してしまった。アブナイアブナイ。
     今の日本は本書のような全体主義国家ではないが、ある程度は全体主義→組織至上主義なところはある。組織が総体としてよくなるのなら、しっぽは切ってしまえ、という所が学校や会社にはあるからだ。作者の経歴にもそんなところがあるのかもしれない。またいわゆる盗聴法のことなどもあり、そういった国の方向性についても考えてしまった。官僚という名の全体主義者たちが国を牛耳っているというこを。
     本書が日本ホラー大賞の最終選考で落ちた話は有名だが、まあある意味しょうがないかもしれない。この話にはそんな賞より、無冠でありながら売れたことの方が、より作者の力量を示した点では良かったと思う。あとがきではなく、編集者覚え書きが最後にあるが、この編集者が問題提起するほど、自分は賞の選考委員が賞から落としたことが悪いことだとは思えなかった。賞を受けると表に出てしまい、もし何らかの事件が起きたときに「本書の影響で...」と言われてしまい、この優秀な著者が責められて、筆を折ってしまうことのほうがもったいないと思う。まあでもすでに十分に有名になってしまったので、こんなこと言ってもしょうがないけど。でも無冠のほうが実際にはかっこいいと思うけどな。
     映画化されたら非常に面白いと思うけど、それのほうがもっと社会的影響が大きいのでできないだろうな。アニメや漫画でも同じだし。やはり小説が一番影響が少ないだろう。もちろん真似するバカがいるから、とか説教垂れているわけではないつもりだ。また、インターネットで発表されなかったのもよかったかもしれない。よりアングラになってしまい危険視されるからだ。まあ前言の逆のようだが、ある程度表に出てよかったと思う。
     まあ言い尽くせないほど、本書は興味深く、そして面白い。断然の悲しみと面白さがある。おすすめ。

    2000年7月3日月曜日
    ★★★☆☆ グインサーガ72「パロの苦悶」栗本薫早川文庫 2000年5月15日 p298
     ちょっとづつ進展していくつなぎの巻。特に内容的にも、どうということなく進んでいくが、敵の実体がちょっとづつ出てくる。だから「苦悶」。
     ついに最新刊に追いついた。イッキ読みは面白いけど、辛い話のときは違う話を読みたくなった。まあ今月には次の巻も出版されるけど。

    2000年6月30日金曜日
    ★★★☆☆ グインサーガ71「嵐のルノリア」栗本薫早川文庫 2000年3月15日 p302
     反乱前夜という、物事が煮えきる直前の状態のため、読みづらい。いや、これは敵味方がまだはっきりしていない状態なので、読んでいて辛いからなのだ。つまりA派とB派のどちらかに付く必要があれば、迷う人がいる。しかし、すでにどちらかに属している人にとっては、つかないなら敵なので始末したい、という気分の悪い状態になる。それが読者である自分にも伝染してしまい、決まらなくて気分が悪い状態が続いた。これで次の巻からは気分良く読めそう?以下ネタバレ。リーナスというキャラクターがゾンビとはかわいそうだ。このキャラは最後まで死なない生き残りキャラだと思ったのに。栗本薫の物語りのうまさは、この予想を裏切ってくれる所かも。でも、あとがきにもあるけど、そのうち死ぬはずのナリスが死なないとどうなっちゃうの。なんか100巻では完結するのは難しそう。まで。

    2000年6月27日火曜日
    ★★★★☆ グインサーガ70「豹頭王の誕生」栗本薫早川文庫 2000年2月15日 p292
     タイトルに偽り有りって程ではないが、実際にはケイロニアの話は4分の1だけ。後は騒ぎ前のパロと後片付け状態のゴーラの話。その割にはいろいろと楽しめてよかった。やっぱりミロク教徒が出ると、こうなるのかという展開は気にもなるが、それでほっとできるのも事実。そうでないと、どんどんやばくなるゴーラの話は読めなくなる。

    2000年6月25日日曜日
    ★★★☆☆ グインサーガ69「修羅」栗本薫早川文庫 1999年12月15日 p293
     タイトルがタイトルだけにやべぇな、と思いつつ読むと3章までは迫真の裁判シーン。これはなかなか読み応え有り。あー、でも次がー。で読めずに5日も無駄にした。次の巻はタイトルがいいので気分的にも楽そう。ふー。

    2000年6月19日月曜日
    ★★★★☆ グインサーガ68「豹頭将軍の帰還」栗本薫早川文庫 1999年11月15日 p296
     グイン自身より、周りのいろんな問題が心配になった巻。イシュトバーンの過去の問題や、マリウスの去就など。これはもめそうだ。しかも次の巻のタイトルがやばそう。まあケイロニア宮廷の安定さには、ほっとした気分だったけど。

    2000年6月17日土曜日
    ★★★★★ グインサーガ67「風の挽歌」栗本薫早川文庫 1999年8月15日 p300
     本巻は、グイン・サーガをここまで読めた人にしかわからない、本当に楽しめるお話である。ただ、楽しめるだけでなく、やっぱりいろんな伏線を張れてる所はさすが。思わず一気に読んでしまった。トーラス、トーラスって気がした。こういうヒロイックファンタジーというのは、やはり王侯貴族の話だが、庶民というのは、そうなのかもしれない。幸せというのはそういうものなのだろう。また、タヴィアがグインに対して言った、女性の扱いの話はそうなんだろうな、って気がする。そうなんだよ、うんうん。

    2000年6月16日金曜日
    ★★★★☆ グインサーガ66「黒太子の秘密」栗本薫早川文庫 1999年6月15日 p286
     外伝16と、ある意味つながりのある内容、っていうかそれを計算に入れて先に外伝を読んできたのだが、ちょうど「ノスフェラスの謎」というキーワードで読めたので面白かった。確かにクラーケンの解釈まで付け加えるとは栗本薫のつじつま合わせはうまい。また、ナリスとスカールの話し合いの激突はなかなかの迫力。どんどん急転直下だ。さて次にまたいくぞ。

    2000年6月14日水曜日
    ★★★☆☆ グインサーガ外伝16「蜃気楼の少女」栗本薫早川文庫 1999年9月15日 p303
     前半は暗い話で読んでいて辛かった。後半になるとこの話固有のSFワールドが全開してきて、面白くなる。そして最後のお楽しみへ。まあ最後のところは予想通りと言えばその通りだが。外伝の楽しみという奴を連続して読むと、自分が本伝に復帰出来るかちょっと不安。

    2000年6月10日金曜日
    ★★★★☆ グインサーガ外伝15「ホータン最後の戦い」栗本薫早川文庫 1998年9月15日 p299
     予想通りというか予定通りの大団円。少年少女盗賊団もでるわ、ザザやウーラといった妖魔(味方)も活躍するわのお買い得な内容となっています。外伝10巻から14巻はここに至るまでの前振りだったのね、って感じ。暗殺教団の話もなかなか。でも悪の本尊、グラチウスと直接戦わなかったのはちょっと残念。あとがきにもあるように最後は水戸黄門でしめるあたりがいい。読みづらくなってきたとはいえ、これだけ読むとやっぱり栗本薫はうまいと思う。それにイッキ読みは楽しい。もう一冊外伝を読んでから頭を本伝に復帰させて行く予定。あー、でもこのシリーズに興味が無い人にとっては、ここらの感想文はつまらんだろうな。

    2000年6月9日金曜日
    ★★★☆☆ グインサーガ外伝14「夢魔の四つの扉」栗本薫早川文庫 1998年6月15日 p303
     マンネリということはない。毎回、いろんな意表をついた展開を出してくれる。鬼の口が塔の入口だったり、塔のあちこちに人面が出ている想像したくない映像。綺麗な花園、未知の海底遺跡。着想や話はとても面白いが、ただ先の展開が知りたいだけで読んでいる気がしてならない。それが自分自身としてはつまらない気もした。それだけ。

    2000年6月7日水曜日
    ★★★☆☆ グインサーガ外伝13「鬼面の塔」栗本薫早川文庫 1998年3月15日 p287
     少年少女盗賊団のところはやっぱり面白いんだけど、妖魔?とかとの戦いは、ちょっと飽きたなあ。まあ暗殺教団のエピソードだけはよかったんだけど。さらにタイトルは「鬼面の塔」だけど、その目前の段階でこの巻は終わるので、タイトルは「東ホータンの妖魔」とかのほうがよかったのでは。

    2000年6月6日火曜日
    ★★★★☆ グインサーガ外伝12「魔王の国の戦士」栗本薫早川文庫 1997年12月15日 p294
     少年少女盗賊団を味方につけて、明智小五郎と少年探偵団みたいでよい。イシュトバーン似のシャオロンもありがちだけど楽しさが増す。そして青鱶団首領リー・リン・レン達との会話シーンはレジスタンスの政治学を聞いているようで楽しかった。男女が良く分からないがヴァニラという孤児も福神付けとしてキラリと光る。あの僧侶もアレなのでいいしね。この巻はキャラクターがよかった。外伝の良さはこうして捨て新キャラクターをどんどん出せるところかも。解説は(栗本薫の)ダンナの今岡清。「小説を書くってどういうこと?」ということが非常に分かりやすく書いてあって秀逸なでき。これだけでも読む価値アリ。

    2000年6月2日金曜日
    ★★★☆☆ グインサーガ外伝11「フェラーラの魔女」栗本薫早川文庫 1997年10月15日 p292
     フェラーラという人間と妖魔が共存する町の話はいいんだけど、フェラーラで戦った後の人間と妖魔のカップルの行方がどうなったのか気になる。この巻の終わり方では、この話は「読者のご想像にお任せします」モードなのは言うまでもあるまい。こういう終わらせ方っていいのかどうかは難しい所。所詮、捨てキャラなので仕方ないのか。もちろん栗本薫がキャラを大切にしないわけはないので、こうしたほうが流れがいいと感じたからなのだろう。でもザザやウーラというモロにヒロイックファンタジーにありがちな旅の同行者を失った次の巻の話は暗そう。

    2000年5月29日月曜日
    ★★★☆☆ グインサーガ外伝10「幽霊島の戦士」栗本薫早川文庫 1997年6月30日 p319
     約1年ぶりに読むのを再開。ずっと読まなかったのは、もろにヒロイックファンタジーな外伝を読んでいなかったためである。最近いろんな本を読めるようになったので、はっきり言えばファンタジーには興味が失われてきたから、でもある。しかしながら、66巻以降を読むためには先にグインの活躍する外伝を読む必要が生じた。それなので再開した。3年も本棚にあったのだなー。内容的には、もう終わったと思っていた話が蒸し返された、と言える。まあ、そんなもんだろ。とりあえず次巻に行く予定。

    P.S.末弥純の描く「死の娘タニア」の絵は非常にエロチックだと思った。これは天野喜孝では描けまい。

    2000年5月10日水曜日
    ★★★★★ 「きらきらひかる」江國香織新潮社 1991年5月5日 p221
     3人の関係がうらやましくもなる。夫と妻と夫の男の恋人のお話。精神病の妻の行動は、はたして本当に精神を病んでいるからなのだろうか。躁と鬱を繰り返す。純粋と言えば純粋なのかもしれないが、逆にそれ以外の”通常”と言われている人の方がおかしいのかもしれない。また”恋人”がより若いというのが三人の関係をよくしているのかもしれない。年取っていたら変だしね。それと最終ページのセザンヌの絵こと”紫のおじさん”はお楽しみである。ここにあるのがいいのだ。文体の柔らかさは江國香織の特徴なのだろう。これはもっと読みたくなった。

    2000年4月25日火曜日
    ★★★★★ 「木曜組曲」恩田陸徳間書店 1999年11月30日 p243
     登場人物5人だけによる、推理?小説。とにかく面白い。女性5人だけ、同じ建物内だけ、という設定がいい。登場人物が少ないので各人の個性が際立っていて分かりやすい。彼女たちは皆、作家かまたは編集者だけである。そのうんちく話だけでも楽しめる。会話の中で、いろんな小説作成のためのヒントが出てくるが、これらも実際の小説のネタとして十分に使えるのではないだろうか。恩田陸自身が作ってもいい小説のような気がする。後で分かるけど、表紙のイラストにも重要な意味がある。この5人組のように、年代を越えて楽しくおいしい食事をしながら話せるのは、女の人の特権だよな。

    2000年4月24日月曜日
    ★★★☆☆ 「ソラミタコトカ 会社つぶれてしもたがな!」山本ちずフォレスト出版 1997年12月6日 p197
     最近普通の小説読んでないなー、と思いつつ、またノンフィクション。この本は先にインターネットのホームページでほぼ同じ内容を閲覧していた。その名の通り、倒産に至る過程を興味深く、面白く書いた本。図書館で借りるつもりではなかったが検索したら見つかったので借りた。はっきり言えば、ホームページの内容+イラストが増えて多少追加分が増えただけの内容。これだけを読めば十分に面白いが、やはりホームページのほうがよりリアリズムで断然面白い。本の方が多少表現が抑えてある。評価が3なのはすでに内容を知っていたためと、かつ無料のホームページと比べてお買い得感がないため。ホームページの方は5の評価もできる面白さである。そちらがオススメ。

    2000年3月25日土曜日
    ★★★☆☆ 「サイゴンの昼下がり」横木安良夫新潮社 1999年1月25日 p334
     写真集と言った方が正しい本。この本で驚いたのは、ベトナムを本当に自分が知らなかったこと。ベトナム戦争はあまりに有名だが、それより前にフランスからの独立戦争(これは知っていたつもり)があり、ベトナム戦争後に1978年から10年におよぶカンボジア侵攻、そして1979年からの中越戦争があった。たった10年ほど前にドイモイ政策が始まるまでは、戦争の色がこんなに濃かったのか。またこの本の最後では最近映画化もされた一ノ瀬泰造のことも書いてあるが、そこでクメール・ルージュと中国が支援していたポル・ポト派のこと、そしてアンコールワットが要塞となりそれに近づこうとして一ノ瀬泰造が消息を絶ったことも知る。ベトナムとカンボジアは隣同志て複雑に絡み合うことも知る。ベトナム戦争から20年も経っているのに、思ったよりベトナムが発展しなかったのは社会主義国家のためだけでなく、やはり戦争のせいだろう。その反動で現在は急速発展中なのかもしれない。写真を求める著者の旅も面白い。特に現地通訳氏との話はやっぱり社会主義国ベトナムと思わせる。
     この本は単純に楽しめばベトナム美人大集合の写真集としても見ることができる。まあやっぱりアオザイはエロチックな服装なのは言うまでもない。でも最近はアオザイ着ている人が減っているというのは実感できたけど。

    2000年3月13日月曜日
    ★★★★★ 「東京ゲスト・ハウス」角田光代河出書房新社 1999年10月5日 p153
     自分も旅行した(旅ではないだろう)ばかりだから、そう思うのだろうけど、アジアから帰ると日本は違うと思ってしまう。こんな短期の旅行でも思うぐらいだから、長期の人が日本に帰ってきたときの感覚は、日本に融け込めない、という雰囲気になるのだろう。ゲストハウスが始まり、終わる過程が生々しい。旅を垂れ流しながら暮らしていく、うらやましく、そして物悲しい。この「王様」は自分も嫌いだ。望むらくは、自分が周囲に対して、そんな自慢をするうっとうしい人間ではないことだけ。

    2000年2月19日土曜日
    ★★★★★ 「エンディミオンの覚醒」ダン・シモンズ著 酒井昭伸訳早川書房 1999年11月20日 p814
     長すぎるけど面白かったです。ほとんどの謎も解けた、というのも満足度が高い。時間に余裕がある人なら、シリーズ4作(「ハイペリオン」、「ハイペリオンの没落」、「エンディミオン」とこの本)を一気に読むことをおすすめする。ただし、1ヶ月はかかるかもしれないが。ちなみにこの本を読むのに50ページで1時間はかかっていたので、読み終わすのに最低16時間はかかっていた。ふう。
     作者のダン・シモンズは訳者のあとがきにもあるようにかなりの仏教通であり、禅や、一休まで知っているというか、勉強したのはすごい。でも、第2部”天山”でのアイネイアー達の宗教論議は多少西洋というかキリスト教優先があるともいえる。

     進化かあ。アウスターみたく進化するのは人間ではないような気がして自分は引いてしまうだろう。聖十字架寄生体は事実を知らなければ付けてしまうかもしれないが、気持ち悪い気もする。多様性の可能性の考え方は新鮮だった。またネット上にAIが存在し、見かけのハードウエアとAIソフトウエアが乖離してインターネットやさらにより大きなハイパーネットにAIソフトウエア存在体として考え行動するという考えはなかなか見事だ。そしてたくさんの惑星の描写も。また”繋ぐ虚無”の世界がすべての生者と死者の思念の世界でこれを利用すれば自由転移できる、という考えや、すべての人類が”繋ぐ虚無”を利用して自由に行き来する世界を考えたシモンズの世界観は見事というほかはない。

     個人的にはデ・ソヤ神父大佐がお気に入り。エンディミオンはちょっとお馬鹿でなんだし。でも、やっぱり謎がとけて気持ち良かったっていうのが一番うれしい。

    2000年2月12日土曜日
    ★★★☆☆ 「ベトナムでの日々」遠山光一郎ボーダーインク 1998年1月26日 p151
     今度、ベトナムとカンボジアに行くので図書館で何か参考になるものはないかなー、と探していたらこの本を見つけた。背表紙を見るとボーダーインクが出版元! ボーダーインクといえば沖縄好きな人なら知っている沖縄の出版社である。頭を読んでみるとやはり沖縄の人が書いた話だった。これは旅行記でもなく見聞記に近い。ビジネスの話もあるからだ。ただ、本というべきほどの内容も無く、30分で読み終えてしまった。写真も多いからだ。この話の沖縄たるゆえんにベトナム戦争と沖縄とのかかわりがある。ベトナム戦争負傷者病院にたずねるくだりは、自分と同じくらいの年齢の思いがあって、肩肘張ってなくて、ちょっと考えてしまった、という感じが共感できた。でも彼はすごい、と思った。海外でビジネスするのは、気迫とややもすると運が必要なことがわかる。まあこの本の文章はまだまだ甘い、とは思ったが。

    2000年2月4日金曜日
    ★★★☆☆ 「盤上の敵」北村薫講談社 1999年9月10日 p301
    北村薫は「スキップ」以来、それなりに好きな作家ではあるが、なんとなく「ゾッ」とすることが多いなあ、と思っていたら、このギャップが好きになれないんだ。ほんわかムードとむほほーんと読んでいたら、突然心臓わしづかみ。これなのだ。「空飛ぶ馬」の砂糖の話からも分かるように世に潜む悪、というテーマが好きなのかもしれない。この「盤上の敵」もとっぱなが読みづらく、さらに首をひねるばかりの話。終盤になってやっと分かったよ。本当に。黒のクイーンが出てこないわけも。いずれにしても、こういったイジメの現場の話は苦手です。本当に。→ここまで。

    2000年1月22日土曜日
    ★★★★★ 「変身」篠田節子角川書店 1992年9月20日 p291
    この手のヒューマンドラマを書かせたら、篠田節子ほどうまい作家はいないのではないだろうか。そう感じられてならない。ヴァイオリンと音楽の世界の話だが、ある種の皮肉も混じって、主人公が変身していく様が書かれている。29歳から始まり32歳へと、苦しみながらより高みへと変わっていく。女性にとっても(男もそうだ)この年齢は人生の転換期の一つなのだろう。あとがきが実感がこもっていて、「そうなんだよな」とうなずいてしまう。食事もせずに4時間で読み切った。気持ちがいい話。

    2000年1月15日土曜日
    ★★★★★ 「BAD KIDS 海を抱く」村山由佳集英社 1999年7月10日 p370
    「BAD KIDS」と同じ舞台で脇役だった者達が主役となって書かれたストーリー。前作の内容をすっかり忘れていたので、読みながら思い出した。無理に前作の主人公達が出てこない、別のストーリーにしたほうがよかったような気もするが、ガガーンと勢いで1日で読み終えてしまった。この話の中でもっとも普通なのは光秀なのだが、恵理によりダークサイドに導かれてしまう。ありそうでなさそうな話。かっこよくて、みんな悩んでいる。かっこいいオヤジと独立した母。自分の思い通りにかっこよく自然に生きるのはあこがれだ。別の何かを捨てる勇気さえあれば。

    2000年1月14日金曜日
    ★★★★☆ 「象と耳鳴り」恩田陸祥伝社 1999年11月10日 p290
    恩田陸ファン必読の書。ボーナストラック。最初、名字が関根かあ、この著者はこの名字が好きだなあ、と思った。さらに読むと長男が関根春。そういえばその前に子どもは2男1女。これはもしかしてあの「関根秋」の一家?そして戻って長女の名を見ると「夏」。これで決定的。長男「春」が37歳、長女「夏」が35歳ということは「秋」は何歳かな。これだけでも十分楽しませてもらいました。内容はまあ玉石混交というべき。読後にちょっと「ゾクッ」と来るのはお得意なところだが、ちょっとわかりずらい話もあった。面白かったのは「給水塔」「海にゐるのは人魚ではない」「ニューメキシコの月」「待合室の冒険」「机上の論理」「往復書簡」。とくに「机上の論理」と「往復書簡」が秀逸。「机上の論理」はこの本の中でもボーナストラックの中のボーナストラック。ゆっくり楽しんでください。「往復書簡」は特殊な形態をとっているが「手紙」のよさをうまく出していて、読後もその読み方が頭から離れなかった。「あとがき」は最後に読みましょう。それがいいです。表紙もタイトルもクールでかっこいいです。とにかく「六番目の小夜子」が面白いと思った人にはお薦めです。

    2000年1月12日水曜日
    ★★★★☆ 「リスクテイカー」川端裕人文芸春秋 1999年10月30日 p357
     この本を読んでいろんなことがわかった。まず、アジア通貨危機とロシア通貨危機の成り立ちがわかった。新聞もTVも普段見ない人間で、かつ自分の生活に直結していなかったため、興味がなかったので知らなかった。以前にNHKスペシャルでヘッジファンドの巨人が破産したことを見たので、ジョージ・ソロスと、LTCMとその顧問のノーベル賞受賞者マイロン・ショールズ博士については覚えていたが、こういう経過でLTCMが実質破綻に追い込まれた、ということが分かりやすく書いてある。その他にも多くの用語解説もあるので、これは金融というものを学ぶ、適切な教材だとも言える。でもこの本を読むと副作用もあって「投資しないと損!」という気にさせられる。
     この本を読んでいて一番印象に残った言葉は「レヴァレッジ」という言葉だ。「レヴァレッジを効かせて儲ける」などとしていたので、「儲け幅」と考えていたが、正確には「leverage」と書いて「てこの作用、影響力」のことであるようだ。レヴァレッジを効かせれば、当然儲けも大きいが、リスクも大きい。リスクをできるだけヘッジ(回避)しつつ、攻撃的な投資と安全投資をうまく作用させて、儲けていくのがヘッジファンドの投資への動きらしい。また「金融」という日本語が「金が融ける」→「金が流通する」から来た言葉で、マネーを端的に表わしている言葉であることも印象に残った。
     カオスや多次元アトラクタとその写像という考え方は、学生の頃、カオスを研究したことがあるので、思わずその知識を懐かしんだが、こういった最近のトレンドであるカオスや複雑系がいろんな事象に対応できるのは面白い。ただ11次元の世界を頭の中に浮かべることができない自分はやっぱりコモネストカインドであることもわかる。
     肝心の小説としての面白味は、前作「夏のロケット」を踏襲して、専門内容をうまく解説してくれるけど、理解が面倒になって流れだけで読んでも十分に面白い。最後がちょっと安定モードというか説教モードというか予定調和という気がしないでもないので評価は4となっている。そうそう、懐かしの「火星ロケット」と、この話は全く無縁ではないことを付け加えておく。

    2000年1月6日木曜日
    ★★★★☆ 「夏の災厄」篠田節子毎日新聞社 1995年3月25日 p381
     自分はたぶんエセ自然主義者なので、ヒーローではない市役所の職員の考えがわかってしまう。なんとかしたいけど、面倒という気持ち。これは役所だけでなく企業でも同じだ。若い学生なら憤慨するかもしれないが。

     でも、ウイルスにしてもゴミ不法投棄にしても病院のミスにしても、十分にありうることなので、恐い話だ。これを読んでいる最中に、吐き気のある風邪をひいたのだが、もっと気分が悪くなった。この本は体調がいいときに読むべし。

     本書は章立てで、話が区切られる関係にあるせいか、読むときの緊張感が従来の「弥勒」「聖域」と比べて持続しないことが欠点。というよりは、じわじわと外堀から攻めるタイプのパニック小説なので仕方が無いかもしれない。これは篠田節子に対する期待感が強いからそう思うのだろう。また、前半だけを読むと「屍鬼」とも似ている気がしたことも付記しておく。


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