大泉と聞いても、どこの事だかとっさに浮かばない人の方が多数派だろう。東京の練馬区ではない。少なくとも僕は、大泉と聞いて思い浮かぶ地名はこれだけだった。関甲新学生野球連盟一部リーグの日程にも「大泉」としか載ってないから、まずその大泉がどこなのか、調べる事から始めなければならなかった。
関甲新学生野球連盟というのは、名前の通り、大学野球連盟の一つだが、東都大学のように独立した組織ではなく、東部地区大学野球連盟の傘下にある。東部地区大学野球連盟は、東京新、神奈川、千葉とこの関甲新の前身という四つの連盟を束ねていたが、東京新、神奈川は既に独立し、今は千葉と関甲新の二連盟から成っている。春の大学野球の全国大会では千葉と関甲新の双方に単独出場権があるが、秋の大会では千葉代表と関甲新代表が東部地区代表枠を争うことになっている。この辺の代表枠の複雑さが大学野球の不人気に拍車をかけている気もする。高校の全国大会のように各都道府県というわかりやすい代表枠だったらいいのにと思うが、大学の数自体がそれほど多いわけではないので、これは仕方がないだろう。 話がそれたが、つまり、その連盟(リーグ)が仕切る範囲内に大泉という地名があれば、そこがリーグ戦の会場ということだ。しかし、関甲新というのは、名前からもわかるが、千葉や神奈川と違いかなり広域に渡るリーグで、しかも三部リーグ18チームから成る大所帯である。まず北関東4県(埼玉、茨城、栃木、群馬)に加え、山梨、長野、新潟までもカバーしているのだ。関甲新の「関」は関東、「甲」は山梨、「新」は新潟の意味かと思うが、これだと長野が余ってしまい可哀相である。「関甲信越」にすればいいと思うが、とにかくそれ程カバーする範囲が広い。全国でもトップクラス、北海道連盟と九州連盟を除けば一番かと思われる。
その中から「大泉」の名を見つけるのは結構面倒だ。北信か新潟だったらちょっと行くのが億劫になるところだが、「大泉」は意外と近くにあった。群馬県邑楽郡大泉町のことである。「郡」では特に縁がない限りわからない。群馬県の地形には、「埼玉と栃木の境界線に食い込んでいる部分」があって、大泉町はその中にある。熊谷に近いのでほとんど埼玉寄りだった。これまで都市を中心にまわってきた「野球紀行」だが、初めての「町」行きである。 川があって、土手があって..というのどかな田園風景。どの位イナカかと言うと、何か食べ物を買おうと思ってもかなり歩かなければならない程度のイナカである。そんな風景の中に、コンクリの、新しくきれいで立派な野球場がある。いずみ総合公園町民野球場。町営でもこれだけの球場が
あるのかと感心した。市営だって悲惨な球場はある。ましてやこの球場は「都営」の駒沢球場などより余程立派ではないか。そんな事を考えながらブルペンの近くから中を見ると、春の覇者・関東学園大の選手から体育会な挨拶をされて驚いた。たぶんOBか関係者と間違われたのだと思う。ここは場違いなようなので、大人しく客席に移ろう。
第二試合は、春季2位の上武大と同5位の新潟大。関甲新というのは、全国大会で注目されたという話はあまり聞かないので、あくまでローカルなレベルなのだと思う。しかし、この両チームはよくベンチから声がでる。客席が静かなのでよく聞こえるのかもしれないが、そういう試合は何度も見ている。それを踏まえた上で、これだけベンチが元気に声を出す試合というのはあまり記憶にない。この活気と、訛りモロ出しなアナウンスとの調和が何とも言えない。「中央」の目の届かないところで伸び伸びやってるなあという感じである。 どんなレベルでも、元気があれば、それなりに観衆を楽しませることができる。新潟大は国立だけあって弱く、9-1で上武大のコールド勝ちなのだが、「動き」の面で色々と楽しませてくれる試合だ。特に上武大の守備は中々の見もので、二回には捕手の一塁送球と牽制で二つのアウトを。サードの織茂は春季リーグのベストナインかつ本塁打と打点の二冠王。三塁線の一番深い所から矢のような送球でアウトに。サードの見せ場というものをちゃんとおさえているところがいい。上武大は結局この秋季リーグ戦を制するが、東部代表を賭けての国際武道大(千葉連盟代表)との戦いには敗れる。その国際武道大は秋の神宮大会で松阪大に一回戦負け。僕が、上武大はレベルが高いと言っても、その事実から「何だ、全国レベルで見れば何でもないチームじゃないか」という向きもあるかと思う。しかし、それはローカル大学野球を楽しんでいる時に全国レベルを持ち出す方が間違っているのである。
新潟大の右腕・岡村投手のノーコンぶりも、やってる方は大変だが見てる方は面白い。速球は外に、カーブは高目にはずれる。とにかく力の入ったストレートはたいがい右打者の外側に大きくはずれるのである。スピードはない方ではないようだが、これ程球筋のはっきりした投手も珍しいのか、「怖いだろうなあ」と思って見ていた左打者も意外と上手く避ける。この試合だけで岡村の球は、左打者の背中を三度も通過した。これがプロだったら「引っ込めノーコン」といったところだが、彼らは誰かに見せるために野球をしているのでは、おそらくない。 その他にも、ショートのトンネルといったオーソドックスなものから、送球を一塁手が捕れず、打者が二塁へ進む間、球がフェンスに当たって戻ってきたところを二塁へ送球しアウトになるといった込み入ったものまで、ローカルだと許せてしまう珍プレーが随所にあった。
一球一球に「どうしたピッチャー!」「いい球ー!」といった声が右から左からビンビン響いてくる。ベンチの声がはっきり聞き取れると、観てる方も、精神だけはグランドの中に入っていく。だから、彼のエラーは僕のエラーなのだ。 こういうマニアックな試合での楽しみの一つに「マニアックなファン」という存在がある。七回、上武大は石井という投手を出してきた。彼が新潟大打線を見事三者連続三振に。誰かが「ほら、○○高校から来た」と石井を解説する。どうやら石井は期待の一年生らしい。ここまで「徹した」ファンは、日常では会うことはできない。会ったとしても、それは野球狂としての彼ではない。野球場でしか会えない人間というものは存在する。 同時に、ここでしか見れない野球風景というものもある。僕は、この風景が、まさに「フィールド・オブ・ドリームス」ではないか?と、ふと思った。
関甲新リーグの秋季日程を見ていると、8通りもの球場を使用することになっている。それもかなり広範に散らばっているのだ。六大学や東都が神宮でしか行われないのと対照的である。それに気付くとほぼ同時に、映画『フィールド・オブ・ドリームス』で、ジョー・ジャクソンの幽霊がこう語っていたのを思い出した。 「野球は素晴らしい..銭金じゃない..バスでの遠征も楽しかった」 彼らはプロのスカウトが神宮に入り浸っている時、のどかな田園風景をバスで遠征し、思い出を作っているのだろう。願わくば、彼らの行く先々でもっと多くのファンが集まって欲しいと思うが、もし、ジョーの思い出がベースボールの原風景ならば、それの正当な後継者達は、ドームではなく、今、僕の目の前にいるのかもしれない。(1998.9) 【写真、上から】
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