Update 2005/7/1
今から約200年前、江戸相撲で活躍した奥州白河出身の力士・音羽山峰右衛門(4代目)の拘った事件を記した古文書(白河の後援者に宛てた書状)が2、3年前に数点発見されました。
書状の内容は、文化年間に音羽山が @「雷電に土」をつけ大評判となったこと A「め組の喧嘩」で仲裁役であったこと B「文化の大火」で白河藩江戸屋敷(松平定信邸)の避難を手伝ったこと などの実際が記録され、これらの真相に加えて当時の相撲風景や社会情勢などがタイムスリップして見えてきます。

今度の旅は音羽山峰右衛門についてです。
あの無敵大関・雷電為右衛門に土をつけたことから、一躍江戸のヒーローとなりましたが、その背後には出身地の白河藩主・松平定信(白河樂翁)=老中首座=の庇護や地元後援者の存在などがありました。今年は「め組の喧嘩」から、そして来年は「雷電との大一番」からちょうど200年目の節目にあたります。
彼の晩年は名門の雷峰右衛門(後に音羽山に
復帰する。)を襲名し、年寄専務、差添役を務め
弟子の指導にあたりました。
それでは、古文書というタイムカプセルをあけて
200年前の江戸の町へ旅に出かけてみましょう。
あなたは 人目の旅人です。


あの無敵の大関・雷電為右衛門を破った
春亭衙 音羽山峰右衛門