「よーく、考えよう」 〜ユーリーの徒然コラム〜 ※随時更新
2008年9月
「麻生総理」誕生で、いよいよ解散総選挙突入?
その父の葬儀が終わり、私は再び東京へ戻った。本当はもう少し居たかったところなのだが、給与の支払いや打ち合わせなどで仕事上のパートナーと会う約束をしていたために、早めに帰ったのだ。その日、自民党総裁選の投票で麻生氏が圧倒的勝利を収め、それから祝日をはさんだ二十四日、国会で首相指名選挙が行われ、麻生自民党総裁が、第九十二代の総理大臣に選ばれた。もっとも、どちらも出来レースだったのがバレバレ、ミエミエなのは、あえて私が申し上げなくとも、賢明かつ聡明な有権者なら、すでにお気づきだろう。ここまで来たらお笑いというより、馬鹿馬鹿しいの一言しかないんだけどね。あー、こりゃ、こりゃ・・・(爆)。
それはともかく、「麻生総理」は、早速組閣に着手、麻生政権が発足したわけだが、注目は、解散総選挙がいつ行われるのか、とりわけ、麻生総理の支持率がどれくらいの数字になるのかの二点に絞られよう。特に総裁選の時期については、すでに十月説、または十一月説(関連1 2 3 4 5)が囁かれており、逆風というか、「お前はもう死んでいる」状態(笑)、の自民党が、ここに来て選挙を急ぎ始めた背景には、福田総理に「引導」を渡し、「麻生総理」を希望していたとされる公明党と、支持母体の創価学会の意向が強く働いているとの指摘もある(関連1 2 3 4 5 6 7)。ただ、そもそも麻生さんって、ご本人が思ってるほど、与党&バックの方々が考えているほど、ほんとに人気あるの? 私は以前より懐疑的だけどね・・・。もしこれで支持率が大して高くなかったらどうするのかしら? 福田前総理同様、なんだかんだ理由つけて、選挙が先延ばしされる可能性だって、無いとはいえない。そういえば麻生さん、自民党のCM、ポスターで、「まずは景気だ」なんて言ってるしね・・・(大爆)。それはそれとして、私たちが解散総選挙を望んでいるのは、何より自分自身の声と意思を政治に反映させたいからにほかならず、単に民主だからいいとか、自民だからペケとかいう意味じゃなく、本来、Aという勢力が駄目になった場合、だったら、多少頼りないけど、経験も乏しいけれど、それでもBという勢力があるじゃん、または、期待を込めてBに票入れたけど、たいしたこと無かったから、今度はAにしよう・・・、要するにその繰り返しこそが、いわゆる「政権交代」ってやつであり、「政権交代」とは、どちらか片方に傾きかけた国や政策の流れを、いったんまともな方向に戻す、バランス機能みたいなものといっていい。まもなく実施される大統領選において、先の金融危機と景気後退を招いたと断言して過言ではない共和党(ブッシュ)政権からの「チェンジ」を掲げた民主党オバマ候補が、共和党マケイン候補を一歩リードしている今のアメリカがいいお手本だと思うが、まさにこれこそが、「成熟した」まともな国における、「当たり前な姿」なのだ。少なくとも、与党&支持母体の都合で選挙の時期やら、政局の行方が左右されるような、特定の政党による単独政権が続き、しかし、本当は政治ではなく、霞ヶ関と官僚どもが権力のほとんどを掌握し、「国民のため」とか何とか言いながら、テメェたちの利権温存のことしか考えていないような国は、「先進国」の中では、もはや日本だけである。こんな国のどこが民主主義なんだよ。要するに「利権談合共産主義」以外の、何者でもないじやないの・・・。改めて言うけど、与党やら何やらの思惑、事情がどうであれ、「普通の」有権者、国民には、何の関係も無い。つーか、そんなの、とっくにお見通しだっつーの(笑)。それとは関係なく、我々が政治に参加することの出来る唯一の方法は、選挙に行って投票すること以外にはない。もちろん、まだ予断を許さない状況ではあるが、前にも述べたように、一日も早い解散総選挙こそが、日本の未来と将来にとって、一番望ましい道であり、繰り返しになるが、民主主義の国において一番偉いのは、政治家でも役人でも「先生」でない、我々国民であり、選挙のある、無しにかかわらず、今まさに我々有権者の民度が、大きく問われている。
※ 参考
私が「おくりびと」になった日・・・
九月十七日、午後一時半、実家の父が亡くなった。享年七十五歳。改めて整理しておくと、今年の二月、父は体調を崩した。その後、入退院を繰り返していたらしいのだが、七月頃になって病状は悪化の一途、実家からは再三、お盆に帰省するようにとの電話があったものの、先にも書いたように、父の健康問題と部屋の転居問題が、見事にリンクしてしまったことに加え、サービス業の悲しさで、正月とは違い、お得意様によっては、お盆時期でも休まないところが多く、したがってこちらも休めず、さらに、当初はすんなり決まるものと思われていた転居先の見通しが八月になっても立たず、九月に入って、なんとか事態は動き始めたものの、どうも実家からの話を判断するに、いつ「その日」が来てもおかしくない状況らしく、これは一度、実家に帰って顔出ししないわけにはいかんだろう、と、転居に数十万円掛かるのに加え、交通費が掛かるのは正直痛いけれど、一緒に仕事をしているパートナーに、とりあえず九月の連休を使って帰省するかも知れないこと、もし「万が一」の時は、仕事の代役をお願いしたい旨を伝え、先方も了承してくれた。しかし何でまた、頭の痛い大きな問題が二つも重なるのかなあ。そんな愚痴が私の口から出てしまった・・・。
だが、その二日後、仕事中に携帯をチェックしたら「着信あり」の表示。相手先を確認したら、簡易メッセージが残されていた。それは母からのもので、父がいよいよ「最後の瞬間」を迎える時がきたことを、伝えるものだった。携帯を畳み、ポケットに入れた私は、ふと天を仰いだ。そして、大きくため息をついた。見た目には、平然と仕事をこなしているように見えたかもしれないが、私の心は、大きく揺れ動いていた・・・。
そして、お得意先で仕事中だった私の携帯に、妹から電話があり、私は、父が亡くなったことを知った。結局、生きているうちにと父と会うことはかなわなかった。あと数日、時間があれば・・・。しかし、父はもう死んでしまった。すでに葬儀等の段取りは出来ているという。だが、いくら新幹線が八戸まで延長したとはいえ、東京と青森は、あまりにも遠すぎるし、何せ仕事中であり、足の確保すらしていない。私は、今仕事中であること、これから足の確保をして、出来るだけ早くそちらに向かうこと、改めてこちらから電話を入れることを、妹に話した。もちろん、新幹線なら今日中にも着けようが、先にも書いたように、転居には数十万円の費用が掛かる上に、決まったら決まったで、さらなる出費が予想される「低額所得者」の私。帰宅後自宅のパソコンで深夜バスのサイトをチェックし、その上で実家に電話を入れたら、明日の夜にこっちを出れば、通夜と葬儀には間に合いそうなのを確認。翌日、バス会社に予約を入れた後に、コンビニでチケットをゲット。お得意さんや仕事のパートナーに、父の葬儀に参加することとなった事情を説明。早々に帰宅して準備をし、品川のバスターミナルから、弘前〜五所川原行きの深夜バスに乗り、午後十時に出発。私が帰省するのは、実に数十年ぶりとなる。深夜バスそのものは何度も乗ったことがあり、慣れているつもりだったが、様々な思いが、私の心の中、頭の中を交錯していたせいか、車内のカーテンが閉められ、電気が消されてからも、なかなか眠れなかった。
翌朝七時、バスは弘前市内に入った。カーテンが開けられた車窓には、リンゴ畑が広がり、遠くには岩木山・・・。久しぶりに見る、故郷の光景。弘前のバスターミナルを経由し、バスは終点の五所川原駅前に、八時ちょっと過ぎに到着。妹が迎えに来てくれていて、私は、妹の運転するRAV4に乗って、実家へと向かった。家の玄関には「忌中」が張られ、家の中では、父方・母方の親戚の人が、慌しく動き回っていた。父の遺体は、昨晩のうちに納棺が終わり、すでに火葬場のほうに回っているという。奇しくも、父が生前に誂えた喪服を着ることとなった私(しかも、サイズが父とほとんど変わらなかったという不思議)は、再び妹のRAV4で火葬場へ直行。到着すると、今まさに荼毘に付されようとしている父の棺があった。私は棺の窓から父の顔を見た。実に穏やかな死に顔だった・・・。しばらく待合室で待機していた私は、ふと火葬場前の駐車スペースへ出た。火葬場の真ん中にある煙突から、白い熱気がほんのり上がっていた・・・。やがて、父の遺骨を抱いてマイクロバスの前の席に納まり、いったん自宅へと戻った私は、夕刻、近所の公民館で行われた通夜に、翌日には、葬儀に出席。名義上の喪主は母なのだが、長男である私が、事実上の喪主として、葬儀に参列してくれた方々に頭を下げ、喪主挨拶を勤めた。ただ、今の実家のあるエリアに引っ越してからも、街の中心部の中学に通い続け、高校卒業と同時に上京、就職し、実質、三年ちょっとしか暮らしておらず、諸々の事情が重なり、故郷で暮らしていた月日より、東京でのそれが長くなってしまった私だけに、近所の人の中には、私のことを知らないという方も何人かいらっしゃった。二十四年間という年月は、あまりにも長すぎた。だけど、唯一の救いは、家族や親戚、近所の人たちが、それでも私のことを、暖かく迎え入れてくれたこと、故郷で暮らしていた子供の頃と同じように、接してくれたことだ。ほんの少しだけ、気持ちが楽になったような気がした。もっとも、上京前にはまだ中学生だった父方の従弟が、いつのまにか立派なオヤジになっていて、奥さんと子供を紹介された時には、さすがに複雑な思いがしたけれど。俺って、何やってんだろうね、みたいな・・・(苦笑)。
とはいうものの、奇しくも父の死は、長い間途切れていた家族、親戚、人と地域との繋がり、縁の糸を、再び結びつけるきっかけとなった。父は、プロのタクシードライバーであり、リンゴ農家であり、山菜取りの達人でもあった。その父が亡くなり、母も七十を過ぎた。東京で自営業者を営んでいる私と、「農家の長男」としての私。少なくとも、父が亡くなったことで、いずれ何らかの「決断」を求められる時が来るのかも知れない。それはそれとして、今は何も分からないし、結論、答えが出るのは、もう少し先の話になりそうだ。正直、そう簡単ではなかったりもするのだけれど・・・。とはいえ、今回は三日しかいられなかったので、今年の年末は、久しぶりに故郷で正月を迎えたいと考えている。
余談だが、現在大ヒット中の映画「おくりびと」が、大きな反響を呼んでいる。死者を棺に納める「納棺師」という職業にスポットを当てた作品だが、モントリオール映画祭でのグランプリに続き、来年行われる米国アカデミー賞、外国語作品賞の「日本代表」が決定するなど、日本はもちろん、海外でも高く評価されている。ちなみに私は、まだこの映画は観ていないが、公開前から、作品そのものは注目していた。何より、人はいつか死ぬものであり、いつか愛する人を送り出す日が訪れるものであるという、人間にとって普遍的なテーマを扱ったことが、多くの観客の共感を集めているのだと思う。この映画のメインとなる「納棺」には立ち会えなかったものの、荼毘に付された父の遺体が骨となって出てきたとき、それを拾い、骨壷に収め、胸に抱いたとき、私は、命の大切さ、儚さ、「死」というものの意味・・・を突きつけられた思いがした。先行きの見えない社会情勢、拡大し続ける貧富の格差、無差別殺人、自殺者の増加、いまだ戦争や地域紛争が絶えない世界の現実・・・。こんな時代だからこそ、もう一度私たちは、人間ってやつの正体、人と人、地域との繋がり、生と死について、改めて考え、見つめなおす時期に来ているのではないか。それは、父の「おくりびと」となった私が感じる、率直な感想である。
※追記
「メールマガジン・ユーリーPRESS bV」でも、このテーマについて書いています。こちらも、もしよろしければ・・・。
http://www.emaga.com/bn/bn.cgi?mmatsu
米国金融危機から、「世界経済」の崩壊が始まる・・・
2008年、9月14日。米国大手証券・金融機関を巡る衝撃的なニュースが、世界中を駆け巡った。全米4位のリーマンブラザーズ証券が経営破たんし、3位メリルリンチが、全米2位の商業銀行バンク・オブ・アメリカに身売り、さらに、米国最大の保険会社AIGが国に公的な融資を要請・・・。もちろん、その最大の要因が、例のサブプライムローン問題にあることはいうまでもないが、一方、サブプライムローンって言ったって、「リーマンショック」を受け、ロンドン・ニューヨーク、東京で株価が下がったというニュースがヘッドラインのトップに来たからといって、経済の専門家でも、株を買っているわけでも、外貨預金をしているわけでもない人間からすれば、いまいちピンと来ないというか、他所事、他人事みたいに写ってしまうかも知れない。しかし、これは単に米国の金融機関が破綻、あるいは破綻寸前だって問題ではない。つまり、投資と個人消費によって好景気を維持してきた米国におけるバブルが崩壊し、不況が深刻化し、金融危機が相次いで起こっている一連の流れは、いわゆる『グローバル・スタンダード』、米国を中心とした世界経済の崩壊が始まったことを意味する。いうまでもなく、日本が「いざなぎ景気越え」という「実感のない景気回復」をしてきたのも、株価が上がっていたのも、円安と米国に対する輸出が大きなウエートを占めていた。だけど、その米国が不況になれば、当然財布のヒモは閉まるだろうし、日本の自動車やエレクトロニクス製品の売り上げに大きな影響を与えることは必至だろう。対米輸出によって経済発展を遂げてきた中国しかり(プラス、食品など、相次ぐ中国製品に対する不信感)。原油高の要因となった投機マネー(オイルマネー)によって羽振りのよかったロシア、ドバイだが、ここに来て、原油価格は下がり続けている。そして以前にも書いたように、東証を動かしているのは、約6割とされる外国人投資家であり、当然ながら今後、日本の株価にも大きな影響を与えることが懸念され。防衛面のみならず、経済・金融においても「アメリカ追従」をしてきた日本にとっても、これは深刻な事態であり、少なくとも、独自の金融・経済政策を実行すべきではないかと思うのだが、相変わらず、総裁選という「バカ騒ぎ」、「お祭り騒ぎ」を続けている自民の皆様と、それを電波や活字で垂れ流すマスコミ、その間、「政治不在」「政治空白」が生じている、この国の現状を見るにつけ、何やってんだよって言いたくもなるのだけれども・・・。いずれにせよ、これが「すべての終わりの始まり」にならないことを、願いたいところだが・・・。
※参考
(経済ジャーナリスト 町田徹の“眼”)
さて、難航していた新たな部屋探しだが、現在住んでいる場所から歩いて五分ほどの、ワンルームマンションが見つかり、とりあえず仮契約まで取り付けることが出来た。後は正式契約までの間に、新居に持っていく荷物を整理し、運び出す準備をするのみ。こちらの問題は、何とかめどが立ってきた。よかった。そう思ったのもつかの間・・・。
九月の連休中も、相変わらず引越しの準備に追われていた、九月十七日、水曜日の午前、携帯の留守電に母からのメッセージ。「父がいよいよ亡くなりそうだ。これから病院に行く」・・・。半年ほど前から体調を崩し、病状が悪化していた父。いよいよ「その時」がきたことを、私は直感した。そして、母のメッセージから四時間後の午後一時、妹から携帯に電話があり・・・。この先、話が長くなりそうなので、続きは改めて書きます。
福田総理、突然の辞任は、解散総選挙&政界激変の序曲か?
先月のコラムでも触れたように、建物の老朽化と契約上の問題から、今月いっぱいで現在住んでいる賃貸アパートを退出することとなった。実は先月の時点で、審査なしでも即入居オーケーの物件を不動産屋さんから紹介してもらっていて、私としては、贅沢いっている立場ではないし、それで決まるだろうと思っていたのだが、後になって、その物件には先約があったそうで、結局、その話はご破算に。改めて、別の物件を紹介頂いたものの、審査やら、保証人の件やらあって、正式な契約には、まだ至っていない。こんなこと書くと年がバレてしまうのだが、私が今のアパートを借りたのは、二十歳のとき。初めて就職した会社を退社し、同じ町内にあった社員寮を出て行かなければならなくなった私が、とりあえず住む場所をということで、なんとか見つけたのが、今のアパートだった。いうまでもなく、そのとき私は無職で、仕事のあてもなかったから、大家さんと不動産屋さんを説得するのは一苦労だった。それから二十四年。不動産屋さんは息子夫婦の二代目となり、私は40代前半のオヤジ・・・。ついこの間のことだと思っていたのに、気がつけば、とんでもなく長い時間が過ぎていた。やれやれ・・・(苦笑)。いずれにせよ、まだどうなるかわからないし、そこは二十四年間お付き合いしている強みで(笑)、もしダメなら、また別のところを探しましょうと、不動産屋さんは言ってくれているから、少しは気が楽なのだが、それでも、退出までのリミットは、刻一刻と迫っており・・・。
・・・というわけで、いつでも動けるようにと、部屋の整理と片付けだけは、暇を見ながらこつこつとやっている。・・・9月1日、月曜日。カラーボックスや布団などの粗大ゴミは最後の最後にお願いするとして(なにせ有料ですから)、とりあえず、捨てられるゴミは捨てておこうと、ゴミ袋にゴミを詰め、長年、つもり積もった壁のほこりを払い、タバコのヤニで汚れたデスクの電気スタンドやらを、マイペットを使って雑巾ぶきなどしていたら、時計は午後九時を回っていた。朝も早いし、今日はここまでにしようと、私は、遅めの夕食の支度をするため、流しに向かった。ろくに見る暇などないのに、つけっぱなしにしていたテレビでは、『嫌われ松子の一生』という映画をやっている。おかずも出来たんで、これからメシ食おうと、冷蔵庫に入っている缶チューハイでも出そうと思ったその瞬間、テレビ画面の上に「ニュース速報」のテロップ。それに続き、「福田総理辞任」という文字が・・・。驚いた。「えーっ」と、思わず叫んでしまった。これって昨年の今頃、安倍総理が突然辞任した時と、まったく同じパターンじゃん・・・。映画は中断され、テレビ各局は福田総理辞任会見の特番体制となり、メシ食いながら映画でも、どころではなくなってしまった・・・。
そんな「アンビリーバブル」状態の中(笑)、福田総理の記者会見が始まったのだが、はっきり言ってツッコミどころ満載、「?」マークが何個もついてしまうような内容だった。やれ、政治混乱を避けるためとか、「ねじれ」状態で民主党が協力してくれないとか、ほとんど「恨み節」。これだけでも十分お笑いなんだけど、極めつけは、会見終了直前、総理の会見内容が「他人事のようだ」と指摘した中国新聞記者の質問に対し、総理が発した「あなたとは違うんです」の一言。はあ? 今度は逆ギレ&捨て台詞かよ(大爆)。思わず私は、ぶっ飛びそうになりましたよ。こりゃこりゃ・・・(爆)。当然といえば当然なんだけど、福田さんの「あなたとは違うんです」発言は、たちまちネット上で話題となり、ユーチューブなどに、会見の動画が次々とアップされる次第となったわけだけど、それはそれとして、安倍さんに続き、二人の総理が就任一年目で「ブン投げ辞任」。いずれにせよ、「責任政党」(大笑)を大言壮語する自民党が「もう死んでいる」のは、これひとつ取ったって明白なわけで・・・(笑)。
ではあるんだけど、このまま総選挙やったら、ぼろ負けするのは確実なんだけど(爆)、それでも自民(もちろん公明党も)の方々は、何が何でも下野だけはしたくないらしい。福田総理の突然の辞任を受け、自民は、民主党の小沢さんが無選挙で代表に再選されたのに対し、複数の候補を擁立し、選挙による次期総裁選びに動き出した。だけど、昨年の福田総理誕生の時にも書いたけど、そもそも自民という一政党の「ボス」を選ぶ儀式に過ぎない選挙戦を十二日間もかけて行うことに、何の意味があるのか。我々には、何の投票権もないのに・・・。早い話、政治的空白を生み、政治を混乱させ、ストップさせているのは、野党でもなんでもない、テメェたちのほうでしょうが、と思わずにはいられないのだが。しかし、自民が総裁選で「お祭り騒ぎ」をしている最中、アメリカを震源とする「激震」が起こり、世界の金融・経済を、大きく揺るがすことに・・・。総裁選の結果も含め、この続きは、また後日・・・。
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