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編集中記 【No.231〜No.240】

【No.231】

  最近は、介護が生活の中心になっていますので、思うようにパソコンにむかえませ
ん。労力と時間とお金は、いくら投じても十分とは言えず、不安と負担は、決して軽
くはないのですが、不思議なことに、折々の父の表情から、幸福と、安らぎを得られ
ることがあるのです。

  退院の前後はとても緊張しました。「二日間食欲がなかったら、救急車を呼んです
ぐに連れていらっしゃい」と言われています。よくお世話していただけます、先生方
にも看護婦の皆さんにも。親身になれるのは、肉親だけではないのですね。

  熱が出た時は強い不安に襲われました。早速、訪問看護科に電話しますと、入院中
に診ていただいた先生にまわされ、肺炎の再発か、退院の疲労かによって、それぞれ
の対応を指示してくれました。その翌朝、平熱に戻ってようやく安堵、早速飲んだ珈
琲の味は最高でした。

「我が家」には深緑同様、癒しの効果があります。午後になると微熱が出ますが、三
食とも車椅子で食卓につき、食事が美味いと喜んでいます。今朝は食堂まで自分の足
で歩きました。母も、あの、雪原で迷ったような言動が影を潜め、家事も、家族への
気配りも、以前の状態に戻っています。元気な母を見ると、肩の荷が下ります----。

  パソコンから遠退いた分を「iモード」で補おうと考えています。ウチでは、国際
間も携帯電話への依存率が高く通信料金が嵩みます。また音声の電話には応答の煩わ
しさがついてまわります。そこで電子メールを、従来のPC相互に加え「iモード」
のアドレスにも同送するよう義務づければ(「iモード」の電子メールでは添付ファ
イルは不可、文字数も僅か)介護の折でも、報告や決済メールの冒頭に目を通すこと
ができます。

  また、着信メールの返信には簡単な言葉で足りますから(「iモード」の電子メー
ルは本文引用の設定も無理)携帯電話のキーもさほど苦になりません。電子メールの
記録は、最寄りのパソコンで整理しておけばよいのです。

  別に私は、DoCoMoとはどこも繋がりはありませんが、「iモード」の電子メールは
なかなかのものです。ついでにMLも「iモード」を想定----、しましたがそれは躊
躇、「iモード」の電子メールアドレスは、@の左側が携帯電話番号なので、ML内
ではセキュリティへの対応が一層難しくなります。(注:6月16日のDoCoMoの広報によ
りますと、7月12日よりメールアドレスの電話番号部分を、利用者が3字以上30字まで
の半角英数に設定可能とありました。この注は6月17日に加筆。)

  このMLの簡単な案内を「iモード」で作ってみました。URLは
  http://homepage2.nifty.com/reverie/i/i_msc.html  

                                         May 28, 1999  plnssnr@reverie-prmnr


【No.232】 高齢のご両親を介護されているある医療関係者は、形だけですが、お二人を法律的 に切り離すような経験もされているそうです。あれこれ考えますとヘンになってしま いますが、ズボラな私ですから、嗚呼、よい勉強になるなんて思って、のんびり珈琲 を----飲む機会がもっと欲しい。 暑くなりました。庭木が伸び放題。 さて、iモード用のサイトに加筆しました。いずれも「編集中記」を、さらに短く 仕立て直したものです。構成は http://homepage2.nifty.com/reverie/i/i_msc.html =10の読み物の見出し http://homepage2.nifty.com/reverie/i/i_msc_2.html= 6の読み物の見出し http://homepage2.nifty.com/reverie/i/i_msc_3.html=12の読み物の見出し http://homepage2.nifty.com/reverie/i/i_msc_4.html=12の読み物の見出し 【i_msc.html】表紙 神田明神の例大祭 イワシのステーキ MLの名前の由来 久しぶりの温泉宿 美術館の壁の狭間 生きる歓び 今井浜の昼下がり 脇に逸れた民間機 室内プールの僥倖 広大な富士の裾野 【i_msc_2.html】遠い時代のお話 栗ひろい すすり泣き 赤い傘 ガラクタの山 カステラ すももももも 【i_msc_3.htmlとi_msc_4.html】美と生活の評論 耽溺から沈潜へ 群舞踏踊 単身での美術鑑賞 舞い踊る作風 勤労者の美術展 心象の前奏曲 制作風景 鑑賞者の創作領域 現実との関わり 生花と油彩の花 雑誌と油彩の背景 拡張する自由 心象の雛型 踏踊の扉 現実の営為 深い溝と厚い壁 生活様式と美術 協働と依存の関係 孤独な鑑賞者 制作の鉤 わかる絵 抽象美術を定義 創造の欲求 結論:踏踊の美 Jun 06, 1999 plnssnr@reverie-prmnr
【No.233】 体験や記憶だけでものを言いますと、誤りや偏りが生じても気づかないことがあり ます。それでも若い頃の私には、言葉を控え、観察するだけの謙虚さがありましたが、 最近は柔軟性を欠いてしまい、考えもなく発言している自分を見出して、愕然とする ことがあります。 本づくりにも日常会話と似通った面があります。Aさんのような編集者は例外でし た。Aさんは頑固です。ISBNコードは「表現の背番号制」として同意せず、関係団体 から催促されるまで刷り込まなかったですし、前回の随想でも、バーコード表示など 要りませんと一笑に付したそのAさんが、私の原稿には誤字の指摘を除き、何の注文 もつけなかったです。 新しい随想の、出版社を探していた折の、B社の代表Cさんの助言と、D社の編集 Eさんの要求に従いますと、私の書いた部分はなくなってしまう----はともかく、編 集者の注文がどれも同じなら私も考えますが、C、E両氏の指摘は場所も内容も違っ ており、従う訳には行きません。 据わりの悪い部分を、書き改めて置いたのが功を奏したのでしょう。今回の編集者 (若い女性)は、まだ二回しか会ってませんが、「おかしい箇所」も訂正を強いること なくホッとしました(「表現」にこだわる私は、製本に関する出版社の方針以上に、渉 外関係者とは歯車が合いません)。 人さまざま人それぞれの「さまざま」も「それぞれ」も、健常なときは聞き流して おけばよいですが、病気や老化による衰えから「受け身」を強いられますと、善意で あれ親身であれ、途端に「人それぞれの言動」が脅威になります(被介護者だけでな く、その配偶者の心身と生活をも、追い込んでしまいます)。 私は自分の随想を「表現」と位置づけました。介護を要する高年者とその配偶者の 人生も、「表現」ではありますまいか。 Jun 16, 1999 plnssnr@reverie-prmnr
【No.234】 家庭介護での医療行為の話題が、昨晩のNHKテレビで流されていました。医療行 為を、ヘルパーが無資格で行っているというのです。 エッ! と驚いてしまいました。注射も薬剤による処置もホームヘルパーには許さ れないのですね。一人暮らしはもとより、高齢の配偶者をもつ被介護者の家庭医療は、 一体、誰が面倒を見るのでしょう。たとえば私の父のように、週二回だけ訪問してく れる看護婦さんに頼む? 老いて、疲労の色濃い配偶者が担う? あるいは離れて住 む子や孫が、仕事や学校を放り出して、医師に指導を仰ぎ、家庭医療に励む? そう言えば、父の退院の折、見舞いに来る家族に、片端から注射のやり方を指導す る看護婦さんがおりました。その注射、結構面倒で、物覚えの悪い私は何度も間違い ましたし、母は最初から臆してしまってとても無理、を繰り返し「練習なさい」と命 じられ、注射法は身につかず、重荷だけが加わりました。 ですから自助なんですね。人生を、規則や法に従わせようとする枠組は忘れてしま って、堂々と胸を張って「できる人」が家庭での医療も担当する。家庭介護で必要と される医療はごく限られた範囲でしょうから、隣人でも知人でも「介助する人」には 医療行為を指導しておけばよいのです。過誤? おやおや----。 Jun 24, 1999 plnssnr@reverie-prmnr
【No.235】 「随想 中町にて」はすでに価格もISBNコードも決まり、表紙カバーの試し刷りも手元 に届いています。今まで私の本は、自分でデザインし、印刷会社と直にやりとりしま したが、今回は出版社も印刷会社もはじめての相手なので、版がT印刷の手元にある 従来の図柄は使えません。そこで原図のみ別途「調達」、筆者がMS−Wordで配置したも のを持参しましたところ、活字や紙質に制約はありますが、担当の編集者が私の意向 を汲んで、うまく仕上げてくれました。 新たな随想は、帯だけでなくカバーにも袖にも、本についての説明文をゴチャゴチ ャ嵌め込む方針でしたが、その割には簡潔な出来なので、編集者に感謝しています。 帯の表紙側は、抜粋した本文に編集者が作成した文言を加えたもの、帯の裏表紙側 と袖の文言は、編集者が本文から抜粋したもの、表紙カバーの、題字を含む計5行は 私が持ち込んだ文言です。 連載直後の、出版社を探していた折の原稿は、導入部が読みづらかったのですが、 出版社が決まるまでに時間があり、推敲を重ねることができましたので、前半は読み 易くなったと思います。しかし中盤以降はほとんど直しはありません(手直しの余地 がありません----)。 契約後、ひと月の空白を経て、担当編集者が原稿に目を通した後、今月(6月)の 11日昼 はじめて編集者と打ち合わせ 14日朝 原稿の入ったフロッピーディスクとデザイン案を編集者に手渡す 24日晩 校正者が朱を入れた(と言いましても訂正はないも同然の)初校ゲラ受領 25日朝 筆者が校正を終えた初校ゲラを返送(今回は私は再校を必要としません) 26日昼 表紙カバーと帯の試し刷りを受領、折り返し気づいた点をファックス 編集者も認めるように、筆者の渡した原稿と素案は「完全」だったと思います。筆 者の考える文章表現には----画学生のデッサンを想定した本づくりには----そこまで の自助を必要とします(編集者や校正者の加わらない「不完全さ」を必要とします)。 報道や学問や娯楽の書き物は別ですが、「文章表現」の場合、私は傍観者による傑作 よりも、当事者による粗削りを評価します。現場には、文章を磨く余裕も、整合性を はかる余地もありませんもの----。 販促面では時間の制約もあるのでしょうが、本づくりだけであれば、原稿を渡して から1ヶ月もすれば印刷に入れる筈。それを数ヶ月とか半年もかかると言われますと (そのように話す出版社が少なくありません)仕掛かりを抱える煩わしさから、職業と の両立が困難になります。因みに私は、同一の文章であっても、伝統的な本と電子媒 体による出版とは「読者にとっては別物」と考えています。 Jun 27, 1999 plnssnr@reverie-prmnr
【No.236】 空が暗くなりました----。 「随想 中町にて」の、私の製本作業はほぼ終わり、これからは「販促」ですが、今度 の出版社は企画と編集と営業が連携して売るための準備に掛かるとのこと。すでに8 月の日程もある程度決まっていました。 ここのところ中国の関係先の、パソコンへの依存が高まっています。そのパソコン は価格だけでなく(新古品を日本から持ち込めば、関税を払っても現地で調達する半 額程度で済みます)諸々の理由から環境設定の基本を日本語にしましたから、日本か ら持ち込んだ方がウチでは都合がよいのです。 しかし現地は、電力会社から「精密機械は使わないで下さい」と言われるほどの僻 地、つまり変電所近くはマシですが、遠ざかるほど各戸への蛸足の足の数が増えてし まい、午前中などプリンタは動いたり止まったり、監視用に置いた電圧計の針が左右 に振れてしまい、いろいろ手を打っても効き目なし。 ですからパソコンそのものにも頻繁に異常が発生し----なぜか国際的な名の頑強な ブランドもあります----介護中でも中国との国際電話にきりきり舞いさせられます。 しかし相手が電力事情であっては、いろいろ試行錯誤を重ねながらも「どうしようも ない状態」とつき合って行くしかありますまい。パソコンのために工場(現地従業員 の生活の基盤)を移転するのは本末転倒です----。 介護の基本は何でしょう。患者の治療? あるいは患者の配偶者の心? 治療にも いろいろな段階があります。ある段階の患者の家庭介護は、想像以上に配偶者に打撃 を与えるものです。もし医療関係者や介護関係者の一人が、患者の配偶者の気持ちを うまく汲めない場合は、そのたった一つの個性が、他の卓越したすべての個性と技術 を打ち砕いてしまい、患者の配偶者の脅威になります。存在という「どうしようもな い不条理」に対して、患者本人は_ともかく_高齢の配偶者は、遣り場のない気持ちを 抱いているのですから。 Jul 01, 1999 plnssnr@reverie-prmnr
【No.237】 在宅訪問歯科診療というのを知りました。訪問看護婦が直前に容体を確認後、歯科 医のスタッフが患者を観察、合わなくなった入れ歯を持ち帰り、翌日、歯科医が新し い入れ歯を2セット持参、その場で削って、僅か二日で使えるようなりました。 たまたま病院には歯科がないので、病院のビルの、隣の棟で開業している個人の歯 科医に、入院患者の歯と、在宅患者の歯の、診療を委ねているのです。 交通費や訪問料が加わりますが、基本はすべて保険診療で、一定の距離までなら訪 問料も保険が適用されます。病院の訪問看護科も細かい注意を払い、歯科医も患者の 病状を知らされた上での診療です。 7月20日に新刊の予告を開始します。出版社はサイトを開いていませんので、また 社の関係者にもInternetを扱っている人がいないので、予告は私が準備しなければな りません。そのような折---- 私の本はデザインも自前です。今回の表紙カバーも、デザインは私が指示したので すが、デザイン事務所が、表紙カバーの袖の隅に『デザイン・某』と個人名を入れて しまい絶句しました。 ご自分の宣伝の足しになると考えたのでしょうか。しかし、私の本は売れないので すよ。 新しい随想の、人物のデッサンを描いたのは私の家族です。家族には、なんと言っ て詫びたらよいか。 名前の扱いは(自我と韜晦の問題は)私の随想の基本です。私は以前から、編集者 が筆を加えたなら編集者の名前を、デザインを外注するならデザイナーの名前を、著 者の名前と同じ扱いで「併記」すべきと考えていますので、「慣例だった」では納得 しません。出版社にはデザイナーの個人名と団体名を削除するように指示しましたが、 この衝撃はあとあとまで尾を引きそうです。 出版社には立場があり、著者が、印刷会社に直接指示することはできませんでした。 件のデザイナーが、自分で素案を作り、装丁見本に自著(原図も当人)を持ち寄り、 家族が描いた絵を嵌め込んだ表紙カバーの片隅に、『デザイン・某』と他人の名前を 発見したら、どのように思うでしょうか? 見ず知らずの親子が合作した表紙の図柄 に、『デザイン・某』と自分の名前を刷り込むデザイナーは、「美と生活」の理念に 距離がありすぎます。不注意と言うのであれば、そのデザイナーの力量を疑います。 美に飢えています。 父は老人ではありません。老人は老人ではありません。美しいと思います。来る日 も来る日も、なにを考えているのでしょう? Jul 11, 1999 plnssnr@reverie-prmnr
【No.238】 今回は「草原に朝の食卓ML」で、話題が途切れた折の管理人の繋ぎ発言です。 こんばんは、蒸し暑い日々、皆さん、いかがお過ごしですか。 日常は単調に思われますが、文字で表わしてみますと、意外に起伏に富んでいます。 淡々と書き進めば進むほど、山が現われ、谷が遮り、その先に素敵な景色が見え隠れ する----、現われて欲しいと願っています。 入院棟の、各階に配置された休憩室では、入院患者や見舞い客が、休んだり本を読 んだりしているのですが(本棚の書物は、病院関係のボランティアグループが寄贈し たもの)ある階の休憩室で、身なりのよい年配の入院患者と、その部下とおぼしき見 舞い客数人の「営業会議」を目撃しました。 とうとうこの夏は、花壇に草花を植える余裕がありませんでした。枯れ草と化した パンジーが、花壇の痕跡を残しているだけです。やがてご近所の猫殿の、簡易トイレ になるのでしょう。 平凡なお話をお聞かせ下さい。気が向きましたら、あるいは勇気を奮って、発言の テストなり練習なりもぜひどうぞ。 Jul 17, 1999 plnssnr@reverie-prmnr
【No.239】 父の遺品を整理していた母が、二十三日付「婚儀披露宴御席表」を二通見つけ、一 通を私にくれました。場所は浅草のK亭とあります。折り目は裂けてしまい、紙面も 褪色していますが、席次のお名前は今も鮮明です。 浅草は母の母の出身地、だけでなく母の父にも縁があります。母の祖先は埼玉県の 庄屋の家系の、どなたかの代で浅草に移り身上(しんしょう)を食いつぶしてしまい、 その子が裸一貫で足袋屋を起こし、母の父の代には神田の豪商(と言うにはやや小粒) まで成り上がったその行きつけが浅草のK亭であったことは、前々から聞かされてい ましたが、まさか父の命日(七月)と両親の結婚式(五月)が同じ日になるとは----。 媒酌人が新郎側二人と新婦側二人の四人になっています。その両脇にさらに新郎知 己と新婦恩師が並ぶ、つまり新郎新婦の席には八人が並んだ訳です。そのお一人、新 婦恩師のお名が苗字だけの武藤様は少し妙、なので素性を聞きますと武藤様とは「四 世の杵屋佐吉」というお方、そう、母姉妹は、お茶やお花や書道だけでなく、踊りも 三味線も徹底して仕込まれた、そういう「文化」もあったのです。法事はK亭、菩提 寺は谷中。 Aug 03, 1999 plnssnr@reverie-prmnr
【No.240】 7月28日の朝日新聞朝刊に、27日、資本金5百万円、売上高3億8千万円(98年9月期) の海越出版社(名古屋市)が自己破産を申し立てたと報じられています。負債総額は約 2億4千万円。 海越出版社の名前は昨年6月、T印刷のSさんから聞いたことがあります。Sさん が、編集者から転身したある作家に紹介したのが海越出版社だったとか。その作家の 文学賞受賞式にはSさんも出席しました。 小出版社が、文芸作品で経営を維持するのは困難な時代です。三信図書も例外では ありますまい。前の代表者は編集畑の出身で、文芸作品にも意欲的でしたが、今の代 表者は役所の出身で、出版界との繋がりが薄く、一括納品の役所関連の書物へ傾斜を 強めており、私は肩身が狭いです。 前回の連載「随想 繊維問屋にて」の、新しい出版社を探しています。 ご連絡はこちらまで。 Aug 05, 1999 plnssnr@reverie-prmnr
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