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旅 −3−
あるお店の値札
02 Apr 2000
ホテルに戻ってひと眠りしましょう。シャワーを浴び、服を着替えてから夕食です。
たった一日で、美術館と、外食と、買い物まで楽しんだのですから、誰も満足----し
ない者が一人おりました。免税店を出て、タクシー乗り場に向おうとしますと、娘が
靴を買うと言い出したのです。その靴は東京でも買えました。ましてここはマドリー
ド、「治安が悪いのだよ」「知ってます」「おばあちゃんもいる」「わかってます」
娘は、目覚めている間は四六時中、手洗いも、食事も、休憩も、見学も、買い物も、
乗り物も、母を気遣っていました。その上、お客を辱める行為を見せつけられ、嫌が
らせの言葉も聞かされていましたから、飄々と旅を続けていましたが、娘には、観光
者一般の自由はありません。その娘の願いです。封じることはできません。では、認
める替わりに、恐怖心を煽り、追い立てますか。
工夫を怠り、面識のないお客を初見から侮ったのは、「楽しんでもらう」という気
持ちが、なおざりにされていたからだと思います。この気持ちこそが、観光が事業と
して成り立つ礎でしょう。「楽しんでもらう」姿勢と営利は、共存も独立も可能です。
観光に留まらず、生活と職業のすべてに於いて、我々は怠けているのかも知れません。
確かめるまでもなく、母も「そのお店へ行こうよ」ですから多勢に無勢、勝ち目は
ありません。いつ調べたのでしょう。娘の話すそのお店は、先の免税店と同じ通りに
ありました。空車のタクシーにも困りません。広い歩道を歩いて移動。
若者に人気のあるその靴の、魅力が私にはわかりません。ズックは、子どもの運動
靴と見分けがつかず、革靴も、履き古し、へばったようなデザイン。その靴を、スペ
インで買えることが嬉しくてたまらない様子。店に入った時は、ファッションに夢中
になる普段の娘に戻っていました。
犬を連れたご婦人や、若いスペイン人女性のほかに、学生でしょうか、カラフルな
身なりの日本人男女三人連れなど、狭い店内は活気があり、店員もお客の自由にさせ
ていましたので、我々も遠慮せず、母には店央の椅子に腰掛けてもらい、長丁場に備
えました。
靴店を後にした娘は、顔を輝かせ、喜びを全身で表わしていました。スペインに来
た甲斐があります。母も、我がことのように喜んでいます。家族に楽しんでもらうこ
とは、最高の幸せです。楽しんでもらうために、歳を重ねたのかも知れません。
03 Apr 2000
帰国後、母はさすがに疲れたのでしょう。食べ物はほとんど口にしないで、夜昼の
別なく眠り続け、今朝も時差の調整がうまく行かず、一緒だった孫娘と、話し込んで
いる夢を見ました。
南スペインで泊まったあるホテルは隣りが地元のデパート。しかし、私が必要とし
た着替えの肌着は「食品と日用雑貨」の売り場、ホテルから数百メートル離れた、同
じデパートの「ハイパー ---」と書かれた建物であろうと見当をつけ、母には先に休
んでもらい、夜空を見ながら娘と二人で、正真正銘、スペイン製の肌着を買うことが
できました。街路の冷気が、今も心地よく蘇ります。
04 Apr 2000
マドリードでもバルセロナでも、母は狙われたら逃げれられません。一方、旅行者
のすべてが被害に遭う訳でもありますまい。そうではあっても、市内に向う最初のバ
スで、添乗員が「イタリアの治安よりも悪い」と告げる海外旅行は、防犯に特に配慮
した計画と、募集時および催行前の説明に、手抜きが許されるものでもありません。
予備の日本円を除き、三人分の予算全額を、都内で、フランス・フランを含むスペ
イン通貨に替えて置き、旅券の呈示を求められ、あるいは署名の必要な、旅行者小切
手やクレジットカードは持参しませんでした。パリへ向う折、周囲に人影のなかった
マドリードの空港両替所で、余ったスペイン通貨をフランス・フランに両替後、振り
返った目の前に「手配書」通りの三人が腰掛けていましたが、入国する飛行場では特
に、また市中の銀行やホテルでも、我々家族が両替するのは、自ら獲物になるのを申
し出るもの----。
両替手数料や為替差損は「保険料」でしょう。財布を見せず、お金を裸で出し入れ
すれば、何人もが組んだ犯罪の、標的にされる危険も減るであろうと考え、同時に、
母にも娘にも「抵抗しないで」----。叫ぶ? 襲われたら母は声も出ませんよ。我々
家族は、怪我がなければよかったのです。
驚いたこともあります。母が手持ちのアクセサリーを持ち出していたのです。バル
セロナのホテルで、荷物の整理を手伝った際、ス−ツケースの底から出てきました。
母は準備が遅れ、昼前の飛行機なのに、出発の朝も荷造りでした。母は身のまわり
の「すべて」を荷造りするつもりで、持参したスラックス五本も三本までが、丈を詰
めるため裾をほどいた状態、同梱した裁縫道具も、愛用の箱ごとだったのです。アク
セサリーも三本のスラックスも、使われれることなく帰国しましたが、泊まる先々で
自らの重荷になったこれら「すべて」も、母にとっては、父と居るような気持ちだっ
たのでしょう。
05 Apr 2000
掲載した値札は、バルセロナの自由時間に立ち寄ったお店のものです。初めに見た
ときは綺麗に思い、次いで「各国の通貨が使えます。通貨ごとのお値段は----」と解
釈、しかし、為替相場との違いに気づき、「この商品を皆さんの国でお求めになる場
合は、それぞれ国旗の横のお値段になります。是非、スペインでお求め下さい」とい
う意味であることに気づきました(まだ、間違っているかも知れません)。
大雑把に日本円に換算しますと、スペインでは 7900円(12995ESP) のこの商品が、
フランスでは 10900円(699FRF)、アメリカでは 15300円(145USD)、日本では 18800円
と読み取れます。このお値段の差が、我々が海外に出かける理由の一つでしょう。ス
ペイン語のほかに、英語、仏語、伊語、----、日本語を併記した品質表示も目につき
ました。
値札の婦人服は、上衣の体型が好みに一致、袖を詰めるだけで着られるこの社のデ
ザインが気に入り、母が自分用に買ったものです。私は今回の観光では、肌着と家族
への土産を除き、自分用の買いものはなし。自分用を買うより、買い物に満足してい
る家族を見る方が楽しいです。
日本の表示も、やがて国際化するでしょう。だからと言うのではありませんが、自
分の想念も、自分の打算も、自分の深慮も、自分の遠謀も、自分の狡猾も、自分の原
価も、自分の利権も、何もかも表現してアッケラカンとしていたいです。皆さんは電
車の中で、赤ん坊の笑顔を見て、頬ずりしたいと思ったことはありませんか? あの
気持ちを、口真似や見真似ではなく、「共通語」で表わしたい、そのような国際化で
あって欲しい。
06 Apr 2000
三人で撮ったのに、気に入った旅の写真が見当たりません。人物は僅か二点、風景
写真はほとんどゼロ! カメラは三人とも「押せば写るんです」タイプを持参、娘の
カメラは玩具同然でしたので、巻き取りがおかしくなって二重撮り。
勝手に使ってますが、南スペインという表現に不都合はないのでしょうか? それ
でも使う理由は、アンダルシアとかセビーリャなど地方名や都市名は、書くのが何や
ら恥ずかしい。辛うじてバルセロナとマドリードだけは、使っても気にならないでい
られます。
バルセロナの自由時間に、若者に人気のある婦人服店に出かけ、店の雰囲気、店員
の仕種、飾りつけをつぶさに観察、東洋の中高年が、店員やお客の視線を気にしない
で婦人服を手に取り、柱の脇で長々と待つことが出来たのに驚いています。その鍵は、
音楽の選曲と、リズムに乗った店員の動作、表情、そして明るい色彩にありました。
この鍵が見劣りした別の婦人服店は、有名なのにひっそりなのですぐに退散。
南スペインの、当初、私の知らなかった観光名所は、絵葉書通りの景観に驚かされ
ましたが、名所讃歌は、すでに大量の文書や写真で言い尽くされ、無論、実際に出か
けなければ素晴らしさの真価はわかりませんが、素通りの私が書けば書くほど、折角
の思い出まで、気恥ずかしさで曇ってしまいます。
私が現代の、最先端の美術に好奇する理由は、この辺にあるのかも知れません。条
文を、枠組みを、机上で著わし、組織で書き換え、下達し施行、三百年五百年かけて
築こうとする現場の歩みを、高処から差配、根底から覆す方法は、せわしげを演じな
がら、やるべきことを怠けています。論ではなく生活の場での、意欲と、野心と、創
造の機会を、その楽しみを、疎外しているように思われます。観光名所同様に、自然
美も、古典の傑作も、劇場も報道も祭典も、表わそうとしますと、何やら気恥ずかし
さを感じます。
07 Apr 2000
ミハスは昼食を楽しむ町、ロンダは無聊を楽しむ町。どちらも立ち寄っただけです
が、再び訪れるときは、ロンダに二泊を割り振ります。
父の死後、母を慰めるため、夢の島の、熱帯植物館に出かけたことがあります。お
昼を済ませ、芝庭に出たところ、オリーブの木を発見しました。オリーブの実は、拾
っただけで、油が滲んできます。
南スペインでは、市街地を離れますと、整地にも、荒れ地にも、オリーブの木が整
然と並んでいました。木 木 木 木 木 木 木 木 木 木 木 木 と、いつ
までも、どこまでも、この調子。
街路のオレンジの実は、手を伸ばせば届きますが、加工用品種のため、地元の人は
食べないそうです。葡萄の木は見過ごしました。地植えの苺は、腰を屈めての収穫が
印象的。
庭園での、寛ぐような散策を想像していた私は、アランブラ宮殿を読み誤り、母を
たっぷり歩かせてしまいました。宮殿の敷地に我が道を行く猫。
09 Apr 2000
写真をいくつかご紹介します(各画像のサイズは約30〜50KB)。
セビーリャ、サンタ・クルース街のある中庭。
バスでグラナダへ向う途中、立ち寄った休憩所。
アランブラ宮殿の獅子のパティオ。宮殿を歩き疲れ、出口で休んだ周囲の風景。
食事を楽しみ、雑貨のお店を覗きたかったロンダからの眺望。そしてバスの車窓。
新幹線に乗るためセビーリャへ戻るバスの車窓、マドリード行の新幹線の車窓。
日本の風景と比較しますとスペインは単調です。それだけに色と線が気になります。
バルセロナ(左)とパリ(右)の写真を並べました。町並の比較と、関心の違いです。
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注:他に掲載したスペインの写真は
「アランブラ宮殿から見たアルバイシーン(グラナダ)」
「モンジュイックの丘から見たバルセロナ港」
「靄がたちこめるアトーチャ駅(マドリード)」など。
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