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 旅  −4−
  

 11 Apr 2000

 航空機を乗り継いで海外へ出ますと、高年者だけでなく中年?の私まで疲れますの
で、直行便のない外国を旅する折は、海外の中継地を最初の宿泊先に定め(立ち寄り
たい都市の中から中継地を選び)さらに一箇所につき三泊しますと楽になります。ま
た特別な場合を除き、一日の観光も十時など遅い時刻に出発、朝食にも十分な時間を
割きますと楽しさが増します(時間の余裕を楽しめる人と旅に出たいです)。

 余裕と怠惰を混同しないで下さい。旅先で惰眠を貪る趣味は私にはありません。今
のスペインでは、無事に帰りたいのであれば、朝の散歩はおすすめできませんが、治
安の不安さえなければ、私には朝の散歩が(自宅では朝のランニングが)欠かせませ
ん。旅先での朝の散歩は、同行者は一緒でも別でも構いません。散歩の開始は四時五
時ですから、朝の散歩は大概一人。

 朝食も昼食や夕食同様、余裕を楽しみたいです。体調や日程の都合を除き、朝食を
惰眠と引き換え、昼食を観光で割引く旅は好みません。体調や日程の都合を除き、怠
惰持参の観光も遠慮します。予習の有無は問いませんが、旅先では、自ずと意欲が湧
き、自ずと「常々の興味」が掻き立てられる、そのような「日常」を望みます。

 私の場合、ランニングも観光も追い立てられますと、たちまち不適合・不協和を起
こしてしまい、外面(そとづら)で悟られるほど若くはありませんが、内面では意気を
阻喪、食欲不振に陥り、睡魔さえ遠ざけてしまいます。

 朝食を、もし十分に楽しめる状況が生まれた場合は、その日の予定を繰り下げる余
裕が必要です。それには、旅程を自分で変えられるだけの「下調べ」も欠かせません。

 スペイン旅行の途中から、私と同年輩のご夫婦の、奥様が朝食時や休憩時に、ご近
所の言葉で娘に話しかけ、娘もご近所の調子で受け答えしていましたが、母曰く「私
たちと一緒に出たかったのでは?」

 私も気づいていました。マドリードでの観光後、その印象を強めました。もし小型
車(プジョー)の予約がなかったら、案内人には三人も五人も同じでしょうから、パリ
の観光は、私からご夫婦に声をかけたかも知れません。

 我が家の同居人は互いに犬猿の仲、罵り合いは日常ですので、感性が合う合わない
は問題外、旅先でも気兼ねはありません。しかし、子らが巣立ち、一家を構えますと
事情は違ってきます。

 親族でも感性は別、という想いが母にはあります。伴侶を失った晩年であればなお
のこと、ですから私は「団体旅行」の参加中でも(日常、参加を必然化されていまし
ても)「離れる権利」を手放す気持ちはありません。

 12 Apr 2000

 上の子が幼い頃、私も近所の子らと遊びました。遊んであげたのではなく遊んだの
です。それだけの魅力が幼い子(複数)にも、また傍から観察していた高校生(複数)に
もありました。

 先月末、最寄駅の月極駐車場から帰った折、暗闇で娘が誰かと立ち話。夜目で顔立
ちはわかりませんでしたが、影と動きで察しがついていました。

 決まったな! が最初の印象です。車のドアを開けますと、先方から「こんにちは
!」 なぜか娘も「こんにちは!」 しかし、辺りは闇でしたので、私の方は「今晩
は! マリチャンだね」と応じましたところ、マリチャンは「う〜ん、凄い切りかえ
し!」と体をよじって笑っていました。

 明日、引っ越して一人住まいを始めるそうです。新しい生活がはじまります。その
生活に(これからの生活者に)干渉する障害が現われた場合、もし私が当事者であれ
ば、私は「離れる権利」の選択も頭に置きます。

 スペインの旅では分刻みで「絵」を眺めていました。青空には雲がなく、乾燥のせ
いでしょう、影の濃さが際立っています。廃屋に惹きつけられ、に魅せられ、山岳
を抜ける車中では、解放感に身震いさせられ、同時に人間の建造物の、優美と背中合
わせの脆さに、不安も感じていましたが、その気持ちをわかり合える相手がいないの
でしたら、孤独も極まったと言えるでしょう(相手とは特定の個人だけでなく、感受
性の瑞々しい世代のほとんどが含まれます)。

 旅で意欲する喜びや、表現に感応する戦慄は、自らの機会を欠いても得られます。
願わくば歩みをともにしたいのですが、二者択一を余儀なくされた場合、私は自分の
機会を放棄します。共感する喜びを知らず、教えられる感動を忘れ、その世代の機会
に対し、自分の機会を押し通すのであれば、外面は親和でも内面は孤独あるいは慙愧。

 最高の喜びを認識できるのであれば、内容は違っていても実現の過程は同じですか
ら、やがて訪れる「離れるか否かの判断」にも客観的基準が存在します。選択は明ら
かです。

 13 Apr 2000

 海外に出てなぜ日本料理を食べるのか、旅先では地元の料理を味わうのが本来であ
り、ビジネスの旅でも和食は邪道、各地の名物料理を、おいしく食べられるのが海外
旅行の醍醐味である、などと思っていた時期が私にはありました。私は食道楽ではあ
りませんので、また出された食事は黙って食べてしまう世代(?)ですので、食事処の、
場所や注文の仕方は調べましたが、スペイン料理の知識は、帰国後の今もありません。

 今の私は、食べ慣れた味にこだわってしまいます。今の母は、三食ともしっかり食
べませんと、たちまち体重が減ってしまいます。そこで先ず母の疲れ具合に配慮、夕
食をルームサービスに切り換え、朝食バイキングと同じパン、同じ生ハム、同じ果物
を食べたこともありますが、寛ぎと安らぎの夕食は、式典の晩餐より優れものだった
と思います。

 スペインの食事は、三人の感想をまとめてみますと、思ったより薄味だった、に尽
きています。私は塩味にも醤油味にも敏感ですので、母と娘は満足しても、パリのあ
るレストランのフランス料理は、私には濃すぎました。その私の印象ですから、あて
になりませんが、スペインで「これは!」と感じた食べ物は干したイチジク(?)程度、
珈琲もパンも生ハムもチーズも、これは!と感じた食べ物はなかったです。

 娘の印象は別でした。また私もお腹が空けば、特に朝の食卓は、何を食べてもうま
いと感じてしまうので、これは!と感じられなかった理由は、料理以外にあったので
しょう。

 うんざりしたこともあります。どこかのレストランでは、振りかけてあったオリー
ブ・オイルにげんなりして、スープに手が出なかった。別のレストランでも、醤油の
卓上壜さながらに、テーブル毎にオリーブ・オイルの小壜があって、このうえオイル
をかけるのかと、呆れてしまいました。この硝子の小壜、把手があり、コルク栓には
金糸がついて、ラベルのデザインも洒落ていましたので、四個買い求め、レストラン
で包んでもらい----「輸出梱包」は新聞紙にガムテープでぐるぐる巻き----よいお土
産になる筈が

 帰国後、突然、オリーブ・オイルに目覚め、生野菜にも、パンにも、オムレツにも、
焼き魚にも、お浸しにも、豆腐にも、納豆にも、漬物にも、オリーブ・オイルをかけ
ないと物足りず、お土産の小壜はたちまち空に! スペインで邪険にしたので、オリ
ーブの精に憑かれてしまった!

 14 Apr 2000

 この頁の最初に掲げた写真は、土産として持ち帰ったオリーブ・オイルの、小壜か
ら剥がしたラベルです。剥がす際、写真上のラベル(壜の表側、上段に貼ってあった
ラベル)の文字 VIRGEN EXTRA と、写真左のラベル(壜の表側、下段のラベル)の文
字 GRAN SELECCION の金色が抜けましたが、その他の表示は元のままです。

 壜の裏のラベル(写真右)の文字は、バーコードと会社名と賞味期限の日付を除き、
私の裸眼では読み取れず、特に最下行は、想像さえできません。そこで拡大鏡を取り
出しましたところ、なんと、電子メールのアドレスではないですか。内容量は50mlで
すから、丁度、お酒のミニチュア瓶と同じなので、表示面積は限られてしまいます。
電子メールのアドレス部分は約 0.8mm×9.9mm と、過去に目にした電子メールアドレ
スでは最小ですが、もしメールの必要が生じた場合は、このサイズでも立派に役立ち
ます。

 現代の食品工業に、パソコンがない訳はありますまい。忙(せわ)しげな振りなど無
用でしょう。単に、表わせば足りるのです。試しに、我が家の台所と食卓の、調味料
のラベルを調べましたが、拡大鏡を持ち出すまでもなく、「のんびりしているが働い
ているオリーブ・オイル」は、一本もありませんでした。恐らく、我が家だけが忙し
かったのです。

 16 Apr 2000

 若い頃、出張中にパーミンガムに立ち寄ったことがあります。夕食はホテルのレス
トランを利用、牛肉には食傷気味でしたのでロースト・ポークを注文、これが失敗で
した。豚のお腹は、いくら薄く切ったところで輪切り(?)にしますと、お盆大のお皿
からはみ出してしまいます。おまけに肉汁が溶けた脂と一緒になって、大皿の縁から
溢れていた----。四半世紀を経た今でも、湯気の立っている大皿が生々しく蘇ります。

 スペインの、団体で入ったあるレストランでもロースト・ポーク。

 団体での食事は、レストランの名前も、何を食べたかもなかなか記憶に残りません。
料理を配る時も、お皿を下げる時も、時間に制約があるのでしょう、係りに追い立て
られているようで寛げません。食後の手洗いも、一斉なので混み合ってしまい、母の
手洗いの習慣を知っている娘は、食事が終わる時刻になりますと落ち着かない様子。

 母は外食時、蕎麦も、スパゲッティも、ハンバーグのライスも、麺やご飯の盛りを
小さくして欲しいと頼んでいます。お寿司は握りを小さくしてもらい、頼めない場合
は、握りの大きなお店は避けています。一方私は、料理の種類や盛りは何でもよいの
ですが、ただ、食後はせっつかないで欲しい。料理は食べきれないほど出さないで欲
しい。食べ物を粗末にする生活習慣や娯楽番組はやめて欲しい。

 ロースト・ポークと告げられた時はすぐに「大皿」が蘇りました。しかし流石?は
スペインです。普通サイズのお皿には、ラーメン屋さんのあのチャーシューが、多少
大きく、多少やわらかく、オリーブ・オイルを振りかけた?肉汁と一緒に盛られ、味
も紛れもなくチャーシューでした。三切れか四切れが、あっけないほど簡単にお腹の
中に。

 赤みの残っている豚肉には神経質になります。加熱不足か調理の技術か、見ただけ
ではわかりません。では生ハムは? 食べる機会が少ないので、あれば手を出してい
ましたが、本当に自分が欲しかったのか? その生ハムが、どこのホテルでも朝食の
バイキングに無造作に並べてあって、旅のはじめの頃は優先してお皿に盛りましたが、
終わりの頃は素通りに変わっていました。生ハムは地元では、生活に密着した食べ物
なのでしょう。

 17 Apr 2000

 自宅でも旅先でも、朝の食卓は最高の楽しみです。社会に出た子らの帰宅は、しば
しば二十三時、二十四時になっていますし、出張に出た子の出発前数日は、帰宅が午
前二時を過ぎていましたので、今までの顔触れで囲む食卓は、最早、失われたものと
思っています。しかし子らの自立に関係なく、私には、朝の食卓が最高の楽しみです。

 ゴルフやテニスのプレイ後は、心も体も晴れ晴れします。その上、お腹まで空きま
すから、カレーライスであれラーメンであれ、最高の料理に出合える筈です。その晴
れ晴れとした楽しみが毎日約束されていますので、朝の食卓以上に豊かな生活は、簡
単には見つかりますまい。因みに私が走りはじめた当座は、団地内の児童公園を、一
周するのがやっとでした。

 平日は五時半から六時半まで、休日は六時から八時までが、私の朝の食卓です。自
分で紅茶を入れ、自分でパンとマーガリンとジャムを並べます。出勤する顔触れに合
わせ「正規」の料理、例えば卵とベーコンと生野菜、それにヨーグルトが揃いますと、
さらにパンを食べ紅茶を飲みます。

 マドリードのホテルでは、結婚の披露宴に遭遇しました。夕刻にホテルに到着、狭
いロビーで添乗員の宿泊手続きを待つ間、長椅子に腰掛けていた靴先に、触れんばか
りにドレスの裾を引きずり、我々の目の前の、階段を少し上がった踊り場が、花嫁の
記念写真の撮影会場。

 ウェディング・ドレスもブーケも「普通」のデザイン。贅を凝らし、艶を競ってい
る社会と比較しますと、質朴とさえ思われました。しかし清楚な白が、若い女性の中
でも特に美しい花嫁に気品を与え、丸顔の父君は相好を崩しっぱなし。

 四つ星でしたが、泊まったホテルには格式があり、中産階級でしょうか、招かれた
人々の挙措にも自信と落ち着きが見られます。しかし招待客の礼服は、それまでに立
ち寄ったスペイン内洋装店の印象から、通勤電車の我々の服装より、お値段ははっき
り安かったでしょうし、デザインと型紙の善し悪しは別ですが、素材も総じて見劣り
しました。

 日々、企業を宰領し、組織を統轄するため、世界経済の潮流を読破、ITに精通す
る必要は誰も否定できませんが、我々が「よい着物」で乗車する連日の車中に、無作
法以外、どのような楽しみが存在するのか、私には想像もつきません。一方、朝の食
卓では、他者を退けず、他者に煩わされない「新聞」が、楽しみに彩りを添えてくれ
ます。

 仕事でも観光でも、国内でも海外でも、旅先の朝食は出発前から楽しみです。今回
は出端(でばな)を挫かれましたが、母と娘が、バイキングのテーブルからお皿を満た
して戻って来る、そのハムや卵を見るだけで、重い気持ちも、吹き飛んでしまいます。

 18 Apr 2000

 学生時代、前期のゼミの先生の了解を得て、業界の米加視察旅行----遊びではなく、
裁断と縫製を自動化する技術導入のための視察----に参加、当時はカナダの地方都市
の地元紙に、視察団一行が写真入りで紹介されたほどでしたから、日本からの団体客
は珍しかったと思います。

 二人部屋でしたので、私は米国のある都市を除き、鉄道の車中泊まで添乗員と一緒
部屋。ほとんどの都市では、現地で手続きする関係者などいませんでしたから、添乗
員自らがその場で手配。掴みきれないほど分厚い札束を、胴巻きから取り出して現金
決済。確か、ある外国の航空会社と提携、旅行社がカナダ横断の観光コースを開く、
その試みに、我々の団体が組み込まれた形でした。

 オヤジさん連中は何もやりません。ですが添乗員(中年の男性)が手続きしている間、
集めた荷物を誰が見張るか? 手伝いました。今回のスペイン旅行と違い、添乗員が
何から何までやらなければならない団体旅行では、お客も手伝うのが当たり前。国内
で集めた大金(旅行費用)が、無造作に使われていく様子に、一種、感動さえ覚えまし
た。宿舎は王侯の泊まる豪華なホテル。

 新卒で就職後、三年を経過した時、上級役員の名代として、消費財各社から役員一
名が参加する米国研修旅行に参加を命じられ、その折も宿舎は同種のホテル。

 居心地が悪かったのは、木賃宿に泊まるような所持金と服装のため。今回の旅行に
参加するまで、そう思っていました。

 バイキングのテーブルから戻ってきた母と娘に、珈琲の入れ方がわからないと告げ
られ、自分の席で珈琲の給仕台を観察、要領がわかったところで席を離れ、珈琲を注
ぐ機械の前で順番待ち。しかし皆、珈琲をカップから溢れさせ困った表情。私も試し
ましたが、流れる勢いが強すぎて、珈琲は二カップとも、受け皿にこぼれてしまいま
した。

 席に戻り、母と娘に珈琲を渡し、また様子を見ていますと、給仕がスペイン語で叫
んでいます。今までホテルの珈琲は、給仕がミルクの容器と一緒に持参、各自のテー
ブルで注いでくれましたが、このホテルでは自分で注ぐ必要があり、宿泊客には要領
がわからなかったのです。何のことはありません。先ず珈琲ポットを満たし、次いで
ポットからカップに注げはよかったのです。ポットは何個も、離れた場所に空のまま
置いてありました。早速、珈琲を入れに席を立ち、空のポットを並々満たし、自分用
にカップを取り、さあ、注ごうとしますと、初老のご婦人が立ち往生。

 コーヒーをお入れします。こぼれるといけません。カップを置いて下さい。
 どうぞ、あなたが先に入れて下さい。
 ご遠慮なく、と注ぎますと、笑顔と一緒に
 ありがとうございます。
 どういたしまして。

 老婦人はフランス語
 私は「コーヒー」と「カップ」以外は日本語と身振り。
 気持ちは淀みなく通じます。

 観光では、各自、一番美しく表現できる言語をお使い下さい。
 気持ちが率直に表わされ、包容力が行き交うホテルをお選び下さい。



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写真:グラナダ、アランブラ宮殿内の建物  

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