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  随想 青い闇  −2−

 09 Jul 2000

 台風一過、よく晴れました。青空に誘われ、再び海外旅行に出たくなりました。

 「歳をとる前に、やってしまわなければならないね」

 病院から帰る途中、母が漏らした言葉です。仕事ができなくなることは、私の想像
を超えた悲しみなのです。母は歳をとるまで働きますから、母との旅行も、母が歳を
とるまで続けます。

 10 Jul 2000

 ある日突然、二人だけになってしまった----。父の死がきっかけで、三十年ぶりに
母の食卓についた折、母が漏らした言葉です。私の新卒時は関西で一ヶ月の新人研修、
入れ替わり、商社で修行していた兄が戻り、研修後は私も結婚するまで店から通って
いましたので、母の当時の想いがよくわかりません。

 戦後、我が家は本郷のお医者さまにたびたび救われました。謝礼とお薬代は普通の
会社員ではとても無理、家業のありがたさと同時に、我が家では、医療費は自腹を切
るものという観念が染みついてしまい、中学?のある日、風邪で近所の開業医を訪れ
た際、健康保険証の提出を求められ、戸惑った記憶があります。

 新卒時の就職は「お酒が飲める」会社にお願いしました。幸い配属された部署には、
試作や調査や発表用のお酒が冷蔵庫に納められており、新入当初は補助業務でしたが、
次第に特売立案、基本計画策定、市場調査、商品開発と進むにつれ昼から試飲、いっ
ぱしの会社人間として、体から「店」を洗い落としてしまいました。

 労働組合の、持ちまわりの役員時代、基金を組合員に理解してもらう立場が、公的
年金に猜疑心を抱いてしまい、導入を推進する会社と組合を、批判的に眺めたことが
あります。その後、年金についての自分の無知が恥ずかしなり、批判の気持ちを記憶
の外に押しやっていましたが、母の最近の言葉を聞すますと、恥ずかしいのはその後
の自分、自助心と野心が抜け落ちてしまった自分、だったのではありますまいか。

 私は公的年金は当然の権利、あたり前の入金という気持ちです。しかし母は、「働
いてもいない」のに支払ってもらえる制度に、感謝の言葉を忘れません。母は今も働
いています。その内容は熟練した現役の報酬に値します。ですが年金は、根拠となる
労働を欠いた報酬として、仕組みは認識していますが、「長生きのご褒美」のように
受け止めています。同時に「対価」の実感を欠くだけに、打ち切られてしまう不安も
抱いています。今日も母は「もっと働かなければ----。自分の老後は自分で稼がなけ
れば----」という言葉を口にしました。

 23 Oct 2000

 新盆のことは何も知りませんでした。仏壇は幼い頃、祖母が住んでいた店の二階に
あった筈ですが曖昧です。遺影は、やはり幼い頃、店の二階の、透かし彫りの欄間に
掛けてありましたが、この歳になるまで、葬儀に使われた祖父の写真だったことに気
づきませんでした。その遺影の記憶は、今も似顔絵を描けるほど鮮明です。

 母の住まい探しから始まり、父の一周忌、通院の介添え、個展の援助と、やること
はどっさりなのに「今まで」を引きずっていますと、周囲まで巻きこんでしまい「こ
れから」の生活の枷になる、それは母の気持ちに添わないと勝手に判断、根まわしは
後にして動き始めた矢先、市川時代の先生の、奥様が八十歳を前にしてお亡くなりに
なり、昨年、父の通夜でお見かけした表情とは別人のやつれ様に、母の当時が重なっ
て見えました。

 新たな医科の、検査は個展の翌月ですから、お見舞いをいただいた方に快気内祝を
贈って母の気持ちも一段落。一方、私は、「日焼けしたね」と「お久しぶり」の挨拶
以外、家族と話す機会もなく----と書きかけて三ヶ月が経ちました。母は十月はじめ
に検査、四つ目の診断が下され、来月の検査で今一つの診断を待っている中、親族の
事情に振りまわされない生活を、基礎から築かなければなりません。この間、日本画
の個展と、女学校の同窓会が済んでいます。

 非本職の場合、個展はもうコリゴリになるのかも知れません。初回の個展は成功し
ても、友人も知人も二回目の個展に訪れる義理はないでしょうから、非本職に三回目
の個展は極めて稀、あるいは手持ち資金の無駄遣い、だけで済めば幸いであって、鑑
賞者の特権を存分に行使され、会釈抜きの心情を吐露されますと、生き甲斐だった描
画も惰性の趣味に転じてしまい、個展を後悔することにもなり兼ねません。同様に高
年者の場合、

 自分史や随筆や詩を印刷物で公開して、期待通りの評価が得られるでしょうか。非
本職の執筆者は、先ず無理と考えた方が無難でしょう。無視の洗礼を浴びて傷つくよ
りも、交友と組み合わせ、起伏なく、息長く続けた方が高年者の利益になります。高
年者の場合、できることの道筋がはっきりしていて、変化の自由が極めて乏しい、轍
を踏み外す選択は徒労に終わる、と思っています。描きやすい轍を発見した上で、迫
力のある主題に取り組めば(一定の技量を身につけた上での話ですが)野心的な表現
が可能になる反面、轍が不確かであったり、一般的な画題の羅列ですと、「個展」の
開催は時期尚早なのかも知れません。

 02 Nov 2000

 このMLのサイトを、言語資料体として利用させて欲しいという申し入れがありま
した。「カナ漢字変換精度の向上」や「日本語電子化の研究開発」のため、電子化さ
れた文章を集めているという趣旨なので、お役に立てるなら私も嬉しいと、即諾して
はみたものの後ろめたい気持ちも少々。世の中の日本語がますます乱れる。

 おりしも、紀伊國屋書店と米マイクロソフト社の「電子書籍事業」提携が報じられ
ていましたが、時代に逆らって出版した紙の本の、新聞広告が全国紙とブロック紙で
掲載されると聞き、アクセス向上を期待する反面、売れっこないのにもったいないと、
この件も多少後ろめたい。

 09 Nov 2000

 文字の表現は蓄財と表裏である必要はありますまい。IT時代の今日、値が崩れて
も僻地に向けても、もし書き手が選ぶなら、文字の表現は障りなく開けます。広告費
や店頭に拠らず主体的に選べる社会! が待たれます。

 10 Nov 2000

 美術書や旅行ガイドや専門書を除いて、また文庫本を除いて、ここ四半世紀、読み
物の単行本は買った記憶がありません。大概の新刊本は立ち読みの梯子で、既刊本は
図書館で間に合ってしまいます。読み物の単行本を「今」買う時は、音楽を聴きなが
ら読みたくなる書物に限られます。それには買う前に、ながら読みの可否を確かめて
おかなければなりません。当然、粗筋や世評を知るだけでは足りず、実際に読んでか
ら決めなければなりません。

 積読趣味や室内装飾を別にすれば、二度読みするアテのない単行本は無駄です。先
に読んで、納得してから買い、先に読んでもらって、納得してから買ってもらうのが
省資源ではありますまいか。

 労働の「複写効果」について随想を一冊書き上げたことがあります。書く営みには
ごく微かですが、卑しさが潜んでいるとも書きました。書いていますと、ふっと卑し
さが顔を出す、私の場合はそうでした。今は鈍感になってしまい残念です。

 書くことで収入を得る仕組みが崩れても不都合はありますまい。表現は人間性----
ではありますまいか。音楽同様、先ず感受して、欲しくなったら買えばよい。絵画同
様、先ず公開して、買いたい人に売ればよい。私が随想を書きはじめた当時は浪費抜
きで、一般個人が文章を「先ず公開」することは不可能でした。今はできます。表現
者の深層が問われているのです。

 20 Nov 2000

 以前、タダ(唯)飲みたいだけのために、わざわざ大学の文化祭を訪れたことがあり
ます。十一時近かったのですが準備中、なので構内を逆行、正門近くの喫茶店で紅茶
を注文、開店を待ちました。

 携帯電話に連絡が入り、手つかずの紅茶に未練を残し、校舎三階の喫茶店に母と二
人、気恥ずかしさを覚えながらお邪魔しましたところ、従業員の一人(ムスメ)が出
迎え一安心。

 お薦めの珈琲、お世辞抜きでおいしかったです。近年の私は、音楽なしでは生きる
自信がありませんが、珈琲も中毒の域、にもかかわらず、我が身の珈琲知らずを知ら
されました。

 壁面の、ペンキ塗りベニヤは工夫の余地あり。雰囲気は良。電灯の傘は秀逸。珈琲
豆と食器とマッチの軸とテーブル以外はほとんど手作り。専門業者に造作させればこ
のデザイン、個性的な喫茶店になります。前部長が我々のテーブルを訪れ、女性の語
り口でのご挨拶には、「従業員」の日頃が述べられ照れくさかった。

 イマの学生ですよ! なのによく観ています、躾とか家庭とかを。

 集財には好都合でも、マス媒体がこぞって騒ぎを演出すれば、世の中、どうしよう
もないように思えてしまいます。勢力争いに負けているなら、愉悦や野心実践の機会
づくりにもっと腐心を。

 前部長が「どうぞ、ごゆっくり」の言葉を残して立ち去ったあと、ムスメに採算を
尋ねましたところ、打ち上げの飲食費は捻出できそうとのこと。そして先週、少し早
いですが、部の忘年会とかで、ムスメは妻に、鍋の材料を確かめていました。

 中日(なかび)に中年の男が来店、後から来る十人の席を要求、店内全員で席づくり
の最中、レジの現金と男が消え、予約の十人も現われなかった。----文化祭が終わっ
たある日、ぽつりと漏らしたムスメの言葉。

 21 Nov 2000

 五月からはじまった母の検査が一段落しました。歳です。そして今の医学です。知
らせて欲しくない症状が皆無である筈はありません。しかし当面、半年毎に検査(造
影剤を用いたMRI)を繰り返すだけで、治療の必要はなくなりました。威厳と融和
を併せ持つお医者さまの説明は、丁寧でわかりやすく、診察に立ち会うたびに、信頼
感が深まります。

 出版で久しくお世話になっていたAさん(女性)から絵葉書が届きました。お歳は、
印刷会社の話では七十歳代半ばでしょう。そのAさんからは、随想の感想を聞かせて
もらった記憶がありません。今回も、先月から出先を「ほっつき歩いて----昨夕、帰
京----これから拝読します」

 随想のご感想同様、ご本人は話しませんが、「随想 繊維問屋にて」出版の際は、
すでに引退していたAさんが、配本を拒んだ取次さんに談じ込んでくれたとは、S社
事務員の内輪話。ISBNコードを批判するなど、気骨(きこつ)ある編集人の、本で
はなく絵のご感想を抜粋します。

「----お母さまの『ナイル河』が胸に焼きついています。青い水と白い人物。ただそ
れだけの画面が語りかけてくるものに圧倒されました。静謐と強靭、豊饒、冷徹、や
さしさときびしさ、それらを溶かして滔々と流れる悠久の大河は、一人の女性の素晴
らしい人生が、凝縮されたものに思えました。この一枚の画面が子への語りかけであ
れば、『橡の木の葉』は子から母への讃歌。このような対話をもてる母と子を、心か
ら羨ましく思います。----」

 23 Nov 2000

 個展の折、草土舎の馴染み客が富の作品を見て、お店の主任に「日本画と洋画の違
いはなんだろう」と尋ねていました。間をおいて返ってきた言葉は「絵の具の違いだ
けでしょう」

 富は現在、個展に出品を予定していた孫娘の絵を、日本画の教室で描き直していま
す。並行して風景三点の資料集めに入っています。内二点は今年三月のスペイン旅行
の、他の一点は十五年前のイギリス旅行の写真です。

 旅行の写真なら描く材料に困らないと思っていました。個展に出展した七点のうち
ニース、ナイル、シドニーと三点までがこの種の作品でしたから、数千枚、あるいは
それ以上もある両親の写真は宝の山と考え、転居準備を手伝いながら点検しましたと
ころ、母に提示できた写真は僅か一枚! 今回のスペイン旅行では、絵を意識して写
しましたので、歩止まりがよかったのでしょう。

 三点とも喜んでくれましたが、母の記憶では、十五年前のイギリスの場所を特定で
きません。写真集や旅行案内を片端からあたった結果、二箇所が該当。しかし虫眼鏡
で照合しましたところ、どちらも微妙に違っています。ネガの束とも符合しません。
名所ではなく、偶然撮った古い建物となりますと、イギリスに出かけて確かめたくな
ります。お金と時間と体調を考えなければ、現場に根を据えて描く方が楽なのです。

 最近は週末ごとに、植物園や公園に出かけ樹木を観察、木や草の葉を集めています。
高価でしたが、イギリスの庭園の写真集も届けました。建物には騙し絵のような構造
があり、紙で模型を造るまで納得しませんでした。靄(もや)のため、山か空かもわか
らない遠景も、描く時は改めて場所を特定する必要があります。季節は夏、裏庭に繁
茂している草花も一種一種、植物図鑑で確かめる----。

 受賞目あてに(本職なら蓄財目あてに)乱作した作品の置き場に困り(本職なら売
れ残りをもてあまし)在庫処分をアテにして開かれた個展を来展者は歓びますまい。
作品の仕上がり云々は鑑賞者が言えることです。表現者自身は自己との対話で、失っ
ているものがある筈です。文字の表現も同じでしょう。

 個展初日(月曜)の朝、関西在住の後輩に会えました。献本のお礼状には「半世紀ぶ
り」とあります。前の勤め先で辞める直前、新規事業で一緒に働いていた若手が部長
に昇格、偶然、秋葉原駅で声をかけられた経験がありますが、それ以前の、本業時代
の後輩も、わざわざ個展に来てくれたのです。

 私の転職当時は、大規模な組織を辞め中小や零細に転じますと、本人の信念や自負
にお構いなく一生負い目を負わされる、少なくとも世間の通念や周囲の眼はそうでし
た。しかし、重責にある後輩の文面には「----仕事の基本を厳しく教えて頂いた大恩
人で、どれ程頑張っても決して追いつくことのできない大きな山のような存在の方で
した。----おめにかかる機会に恵まれましたことに、改めて感謝申し上げます。----
私にも八一才の老母がいます。これまで以上に親孝行せねばと思った次第です。なか
なかお会いできる機会がありませんが、----」

 会社内での業績は分業と協働の賜物、個人のものではありませんが、業務とは別に
勤労者個々も相互に、人間的に影響し合っているのですね。受賞だけが栄光ではない。
蓄名や蓄財だけが成果ではない。会社勤めにも万人に、自己との対話が息づいている
のです。

 現代は「ビジネスの時代」ではありますまいか。今の時代を表わすには、職業とし
ての報道や学問としての検証は別ですが、最もありふれた現場で燃焼し消耗しなけれ
ばなりますまい。それには「二重生活」は可能であっても、二足の草鞋を履けるとは
思えません。まして蓄名や集財のために乱作した絵や文に、今日、表現者の資格があ
るとも思えません。

 25 Nov 2000

 絵の写真を個展紹介のページに載せる際、本職に撮ってもらった写真なのに「シド
ニーにて」だけは写りが劣りました。我が家のイメージ・スキャナは、未調整のまま
取り込みますと、濃すぎてそのままでは転載できません。しかしシドニーの絵の写真
は濃いだけでなく赤味まで差し、雲の穏やかな白が損なわれていましたので、本職の
写真家なのにおかしい、撮り直して欲しい----と感じた私の方がおかしかったのです。

 シドニーの地塗りは胡粉(ごふん)を使わず、天然の粗い粒子の方解末に、やはり天
然の岩桃の白(びゃく=最も細かい粒子の意)を加えていましたので、撮影用に強い照
明をあてた結果、岩桃のピンクが浮き出てしまったのです。

 乳鉢ですった胡粉と細かい粒子の方解末で下塗り後、要所要所に色をのせた麻紙を、
揉んでからパネルに貼って描いたのが「奥入瀬」です。「奥入瀬」や「戦場ヶ原」は、
紅葉や枝振り部分の下地に金泥や白金泥も使っています。

 個展会場で、富から「戦場ヶ原」の照明が強すぎると注意されましたが、展示作品
全点に照明があたり、一点だけ照明を外しますと影に隠れますので、母には我慢して
もらいました。私は照明が直接あたり、粗さが素朴に映る「戦場ヶ原」も好きですが、
広く暗い部屋に一点だけ置きますと、闇に吸いこまれるような効果が現われますので、
母は納得しませんでした。

 展示の方法や状態如何で絵も変わります。原画一点を評するにも幾通りもの文章が
必要でしょう。それは絵だけ?

 27 Nov 2000

 個展の展示作業は草土舎の係と私だけでした。自主的に予定していた娘に受付を頼
んだほかは、皆さんのご援助はお断わりしました。受付は二日ほど、娘の幼馴染みに
も手伝ってもらいましたが、個展を提案した当初から他者の口出しは一切無用、を通
すだけの手当てをしましたので、のんびり、開催できたと思っています。

 出展者は高年の二人ですから、幾重にも縁者や知人が取り巻いています。煩わしい
徴候は会場を予約した際、すでに現われていましたので、手伝いの経験のある妻にも
頼まず、それを言い訳に、皆さんにもご遠慮いただきました。一人で準備すれば、根
回しなど厄介な作業は生まれません。その準備の折、草土舎の係が「今は安い絵が売
れています」

 安い絵とは、西欧の画家の海、山、川の油彩で、額縁付きで数万円どまりの作品で
す。その種の絵は「楽しい」の一語。

 筆を拭う手間も惜しみ、置けるだけ画布を並べ、海なら青を、空なら白を、片端か
ら塗るのでしょうか。飾るほうは楽しいですが、描くほうはどうかなあ? 食うため
なら、仕方ないです。

 主婦が油やグワッシュで描いた絵を、個展や口コミで販売しているのを見聞きしま
す。日本画も同じです。主婦が描いた絵を売るのに、インターネットを利用できると
よいですね。先の量産の油絵は、すぐに見飽きてしまいました。

 表現する楽しみを捨て、本職と競い、量産する意味もありますまい。素人は精魂込
めて描くでしょう。では寡作をもって、巨匠並みの値付けをしますか。インターネッ
トで、無名の新作は売れるでしょうか。

 本職になれなかった理由は才能の欠如? 機会がなかった? 何十億の誰もが学び、
誰もが描いた上で職を振るなら、芸術家の顔触れも変わります。

 文章は誰もがインターネットで公開できます。本職が量産した作品だけでなく、非
本職の寡作もインターネットで楽しめます。文章表現の「ギルド」は消えたのです。
況して傍観者による代弁を、望む者などありますまい。

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