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随想 青い闇 −5−
04 Jan 2001
父と母の名前の併記された年賀状が届きました。母のごく親しい友人であり、本文
には個展のご感想も記されていましたので、先様が、父の死を忘れてしまったとは思
えません。郵便番号は三桁です。もしやと思い、本文と宛名書きを較べましたところ、
やはり筆跡は別人でした。
両親宛の年賀状はほかにもありました。差出人のお一人は九十歳を過ぎています。
以前の住所録から、どなたかが、宛名書きを代筆したものでしょう。
絵を描くのは大いなる喜び、生活にも張りが見られますが、年賀状の宛名書きは負
担がありありと読み取れましたので、父の名簿と個展の住所録をつき合わせ、改めて
名簿をパソコンで作成、宛名ステッカーに替えましたところ、母は気持ちが楽になっ
たと喜んでいます。
住所録の管理も、個人と組織の境界が消えました。十人でも千人でも同じ方法で即
座に処理できます。維持も手間暇を感じさせません。しかし、表裏パソコンの年賀状
の、意味が今一つわかりません。私自身は随分前に、嬉々として手書きを中止、十二
月初旬には、投函の準備を済ませています。
電子メールのアドレスを記したウェッブ・サイトは表札の役目を果たしてくれます。
個人サイトは私の考えている世界の「前提」です。年賀状で補える程度の触れ合いで
は、IT時代の貧しさは越えられますまい。
昔の、製造卸や街の洋品店に脅威だった流通革命が、今なお頭から消えません。安
売りで成功を収めた組織が品質本位に転じ、収益性の向上を図り、暖簾の信用を築く
そのそばから新たな安売りが台頭、先行者の轍を辿り、新旧で競争を繰り広げ、盛衰
の主役が入れ替わるのを「革命」と理解、その過程で生じた無用は排除されるのが当
然と観念していましたが、今も淘汰の力学は健在で、事業者の哀楽だけでなく、雇用、
さらには景気への影響も懸念(あるいは期待)されたとしましても、その程度の革命
は、改めて記す必要もありますまい。昔との違いは「新規参入者」の存在にあります。
過去、技術や工夫で業界を刷新、事業を興すその主体は「組織」に限られていまし
た。起業家に「個人」はある筈もなかったのです。情報の、媒体掌握から疎外されれ
ば、個人にできる範囲は、組織を興すか組織主導が限度でしょう。個人が個人のまま
起業するなどありえなかった。個人主義も、情報の媒体を手にできなければ組織の下
僕、あるいは仮想の現実に過ぎますまい。
組織の興亡、組織の盛衰、組織の交代にかかわらず事業総体の権益は、利益実現の
機会は、媒体の寡占が個人からの浸潤を阻んでいた、個人事業主も無形組織の端末を
担い、業界の流通・加工を請け負い、財貨を仲介、売買を実現していましたので、い
かに流通革命が進行しましても、組織総体(経済活動全体)への影響を、恐れる必要
はなかったのです。
個人が情報の媒体を手にしますと、事情は根本から変わります。演出の、泡から得
られた権益が通じなくなる、その機会が噴出します、市場経済の収縮を伴って。
やはり随想を書き始めた頃、私は職業各種の集金力の(あるいは各種事業収益の)
妥当な水準がわかりませんでした。競争原理一つではとても納得できません。しかし、
情報の媒体に手を触れた途端、嗚呼、この職種は個人でも代替できる、個人が組織を
介さずに事業化できる、個人が演出を排除して訴求できる、と同時に、内容如何で成
果に真偽が現われる、表現如何で無料が有料を駆逐できる、情報の、媒体の行使の自
由が、個人のものは個人の掌中に戻してくれる。
05 Jan 2001
年増芸者二人の、丁々発止のお笑い番組がありました。あの語り口を、新年のご挨
拶の際、思い出してしまい、笑いをこらえるのに苦労しました。話題は二人の知己の
消息でしたが、繁栄も没落も泡沫(うたかた)の如し、文字や音声で残しておかないと、
やがて、永久に失われてしまいます。
一、二回着ただけのお振袖を、祖母から譲られたお師匠さんのおかみさんが、長襦
袢に仕立て直して着ていた話もありました。女学校時代の思い出は、洋服仕立てのセ
ーラー服や、締まったウェストにベルトが魅力だった制服について。女学校Aの制服
は日本橋の百貨店で十五円、Bの制服は二十円、Cはコート一着が八十円。某さんは
家が疲弊、府立を受験したが落ちてしまい、有力者の家を巡ってBに入学、式の制服
はお姉さんのお下がりで、純白の列にたった一人、カラーの色が褪せていた。
現代も、女学校は制服に憧れるのが志望理由の一つでしょう。自らの経験は、六十
年後もありありと蘇ります。同じサイトでも、当事者が記した文言は輝きが違います。
残念ですが、傍観者の私には、二人の会話の情景を再現する素地も誘因もありません。
市場の、演出の泡に託してみますか?
体験抜きで、楽しみの真髄を得られるでしょうか。機会均等を欠けば、自由競争の
成果を、私する資格も失います。
08 Jan 2001
何回目かの我が家の成人式は、お花とお菓子とロゼのシャンパンです。私の寝泊り
する場所が定まらないので、危うく「三点セット」を買い忘れるところでした。
成人を迎えた本人も前任者同様、お酒が好きです。しかしある日、飲みすぎに気づ
いたときは手遅れで、二日酔いを味わってからは、お酒の種類、銘柄、容器、飲み方、
雰囲気、宣伝用小物に関心の的を方向転換、集めた瓶や雑貨の置き場に困っています。
宣伝用の小物は、製品別にマーケティング計画を立案、消費者に向けた特売も担当
していた頃、販促部署の保管庫を点検、蒐集家には垂涎の品々を、感動のかけらも知
らずに通り過ぎたことがあります。その一つ、漫画の人物を象(かたど)った当時の楊
枝入れを、祖父(妻の父)から譲られた新成人の、喜びと感謝が心地よく、私にも昔
の保管庫が蘇りました。業務店向け販促品の、軽妙な人物が笑っています。
予定が変わり、我が家に戻った一昨日、急遽、あり合わせで祝賀の宴。運よく(本
人には運悪く)課題提出の締め切り間際で、徹夜体制にあった新成人も在宅の僥倖に、
三点セットを手渡す喜びを受け取りました。
前任者の帰宅時刻は、飲むのも仕事だった昔の私と較べましても遅すぎます。未明
に帰り、仮眠してから出勤する前任者もおります。新世紀の若者も保管庫を通り過ぎ
てしまうのだろう、遅く帰るとシャンパンの気が抜ける、と思っていましたところ、
新成人の隣りに三合瓶が鎮座、実家が酒造業の学友からもらった新酒を、一人で飲み
干すほど不人情ではなかったので、我々もご相伴に与り、飲み足りない分は、妻が正
月用にと、近所で買っておいた地酒を開封、味わい深い宴でした。
行事も宴も、芸能も娯楽も、演出を満喫できるのは「人が在る」からと思うように
なっています。前提を払われてしまった人にも、手放しで喜べる演出はあるのでしょ
うか。
現在は、一つ二つの家族が私の存在を頼りにしていますから、私もそのために生き
る必要が生まれています。子育て時代やそれ以前の私には、私を欠いた場合の、一つ
二つの家族に与える心の打撃を認識できてはいませんでした。個人の次元に限ります
が、自分が「在る」それだけに重要性を見出すなど、以前は考えられないことでした。
重荷になっては困りますが、皆さんも個人の次元で、ご自身の存在が、決定的に重要
であることにお気づきでしょう。表裏一体の表現ですが、決定的に頼りにしている存
在を認めていたり、その存在を求めているご自身にお気づきでしょう。
10 Jan 2001
情報技術で、特定の組織に依存、権益が絡む媒体を「寡占媒体」、個人が主体性を
発揮できる媒体を「共有媒体」と名づけておきます。
特定の個人の主体性ではありません。金銭や心身の制約を解除、表現者は自己の誤
字誤謬を残らず押し通すことができたとしましても、掲載に団体の承認を求め、出版
に組織の力を借りるようでは、個人、個人、そして個人の主体性は(表現の機会均等
は)維持できません。但し、「我」一つを頼りに情報の大海に漕ぎ出すのですから、
共有媒体を介した表現に、団体や権威の防護壁も望めません。権威筋も、もし個人の
資格で表わす場合は、寡占媒体に拠るのは論外ですし、共有媒体を介した場合も、名
刺の防護壁を解除しませんと、表現上無防備な個人、個人、そして個人に対し、公正
であるとは(自立した開示とは)言えますまい。なお、寡占媒体に席がなければ一言
も発せず、作文も講演も監修も参画も悉く集金する割り切り様は、舞台壇上や寡占媒
体を賑わすことで、視聴一筋の個人、個人、そして個人に奉仕できるのですから、一
つの見識として評価できます。
11 Jan 2001
今の子の(今の若者の)通信時間は驚くほど長いです。携帯は割高で自己負担、と
なりますと知恵が働いて、出先から自宅へかける電話は、かけ直すように頼まれてい
ますから、ひと鳴きで切れてしまう電話の相手を、着信音の響きだけで見抜かなけれ
ばなりません。
子らの在宅時は就寝中も、晩秋のコオロギの声音(こわね)や銅鑼(どら)もどきの音
曲が、蚊の鳴くような音量で伝わって来ます。長電話は、食事中も、寡占媒体の視聴
時もお構いなしですから、学業の、聞きたくなかった情報まで知らされ迷惑千万。
自我存続の基本は、根本は、礎は、竜骨は、人と人との会話でしょう。技術が愛玩
動物、さらには茶飲み仲間を、開発するのは時間の問題としましても、代用はあくま
で臨床。その程度の未来であれば、ヒトの知恵もお里が知れます。
胸を絞めつけられるほどのつらさの一つに、話し相手の不在があります。食事同様、
会話も溜め置きできませんので、一日中、話せませんと、伴侶なき今、寂しさに耐え
切れず、体までおかしくなります。母が住まいを移る、あるいは交互に住まう当初の
理由が、新しい土地の雰囲気で変わってしまい、ご近所との語らいや書道教室での触
れ合いに意欲、するほど「人と人との会話」が大切でした。
高年者だけではないですよ。単純にして根本の関係の、創造と、機会の均等に、個
人、個人、そして個人は、どの程度、革新に値する技術を開発、どの程度、叡智を発
揮できたのでしょうか。
12 Jan 2001
舞台であれ電波であれ、方法は何でもよいのですが、寡占媒体を経由した「紙面」
に陶酔、耽溺、狂喜しましても、もし人を欠けば、その喜びはみるみる冷えてしまい
ます。勉強の教科書や講義の電波も、もし人を欠けば、達成した喜びも、内に秘めた
まま立ち枯れてしまいます。
ごく平凡なことですが、自立前の私には人がありました。
ごく平凡なことですが、自立後の私にも人があります。
経済が冷え込んでいます。しかし、不況が恐慌に進みましても、陰気に生きる義務
やお義理はない筈です。
個人、個人、そして個人の多くは鉄人ではありませんので、失業や倒産に遭います
と応えます。絶望するかも知れません。我が身は絶望しましても、実直に生きる個人、
個人、そして子らが、生きる歓びを奪われる謂(いわ)れはないでしょう。人間を半世
紀ほど繰り返してきた今になっても、沈黙の語らい以上の(人との会話から得られる
歓び以上の)豊かさは、未だに見つけられないでいますので、パソコンは買えず、観
劇料も払えず、窮乏のどん底に陥りましても、沈黙の語らいを(人との会話から得ら
れる歓びを)政治や、行政や、会社や、ITに譲る気持ちも湧きません。その気持ち
があまりにも強いので、我が曾孫(ひまご)や我が玄孫(やしゃご)に対してはもちろん
のこと、我ぬきの「子」や我ぬきの「孫」に対しましても、ごく自然に、そのように
念じてしまいます、「子」らの歓んでいる姿が浮かんでしまい。
ヒトもまた学習の産物と認識しています。私もその一人ですから、経済面の、社会
面の、芸能面の、政治面の、近年の報道に触れますと遣りきれなさを感じます。世の
中のすべての会社が破産寸前にあり、世の中のすべての若者が害意を抱いており、世
の中のすべての芸能人が自惚れており、世の中のすべての政治家が----。
寡占媒体の受け手は、市場調査の受け手同様、偏向を避けられません。有意差に焦
点が当たってしまい、個人、個人、そして個人の、平凡で最も大切な歓び(とは私の
想念)が締め出されていますので、平凡な歓びの、機会の保守と創造と均等化に向け
た、これまた平凡な営みも影が薄くなります。非凡でないと歓びさえ得られない、寡
占媒体に囲まれていますと、そのように想ってしまいますが、非凡な個人の歓びも、
最高は、あるいは竜骨は、ごくごく平凡な沈黙の語らいではありますまいか。
13 Jan 2001
はじめは恥ずかしかったのですが、運動場一杯に広がって踊り始めますと、伸ばせ
ば伸ばすほど軽くなり、跳べば跳ぶほど強まった解放感を、皆さんもご経験でしょう。
子の運動会を初めて参観した日、演じている姿は様々でしたが、舞っている子らを目
にした瞬間、私にも子らの自由が蘇りました。
昨秋の母の個展の際、高校時代の友人が来展、私は歩ける距離をタクシーで駆けつ
けたことがあります。高校や大学時代、私も友人のお父さまのリサイタルをお手伝い、
と言いましても切符切りや送迎の運転だけでしたが、わざわざ親子で「店」にお礼に
来られた思い出を、友人は個展会場で母と長話、その中に、百メートル走十一秒台の
記録が私の記憶から落ちていました。身長の割には早かったです。五十は俊足、二百
はバタバタ。
小五までの私は劣等感に苛(さいな)まれ、あるいはレッテルを貼られ、教室では恐
怖、音楽は拷問でしたが、図工と体育が救いで、特に運動会着順上位が嬉しく、父兄
席での昼食時には、胸のリボンを誇りにしていました。
我が子らの競争を、妻はハラハラして見ていられなかったのですが、私は「手の振
りがどうの、脚の上げ方がこうの」と腕を組んで観察していただけです。
着順を競った記憶は、歳を重ねれば重ねるほど特別色が薄れ、今や得意も冷え切っ
てしまい、この項を書くのでなければ話題にしませんでした。但し、我が子や私の学
校時代に、もし競り勝っても着順を無視された場合は、私には納得できなかったでし
ょう。着順下位には、上位には望み得ない表現があると今でも信じています。
身長順に散開しますと、L字型校庭の裾部分が常でしたから、朝礼台の雛型は辛う
じて見える程度でしたが、舞えば舞うほど強まる解放感に、要した道具立ては「音楽
と振付と校庭と生徒と朝礼台と雛型と日程」だけです。
16 Jan 2001
保守や障害のためプロバイダを利用できないことがあります。事故への備えはイン
ターネットでも欠かせません。例えば中国の「僻地」が相手の場合、空白時間の痛手
は軽くはありませんので、障害発生時は別ルートで、直接相互のメールソフトを覗く
ように指示してあります。
モノを送る時間と費用、通信料金、そして原簿の受け渡しに負担を感じていました
が、うち二つはインターネット利用で解消、国内で事務を執る必要もなくなりました。
机上の仕事も賃金の安い海外へ移しますと、微視的感想ですが、下方への循環が生ま
れない方が不思議です。
通信回線が健在であれば、書類机を居場所と心得、とぐろを巻く蛇の脇でも執務で
きます。しかしパソコンは壊れます。以前は操作ミスを疑っていましたが、今では埃
と結露とコンピュータ・ウィルスが原因と分かり、パソコンの寿命を二年に想定しま
しても、月々数千円程度/一台で足ります。しかし壊れた時は、新しいパソコンを即
座に立ち上げる必要があります。僻地になればなるほど、個人と事情は変わりません。
明日はソネットのホームページが半日停止。
通信技術は進みます。業界の合従連衡もこれからが本番でしょう。心配ごとは腐る
ほどありますから、そのうえITに振りまわされるなど厭なこった!と想ったのが日
曜のお昼です。ニフティのIDが生きていましたので、確かめますと、やはりホーム
ページ開設は無料。夕食前には、このサイトのニフティ版も検索エンジンに登録完了。
私の場合、地球の果てでも、弁当箱大の「フロッピーケース」一つあれば、サイト
の開設もパソコンの立ち上げも苦になりません。仕事や生活への影響とは異なり、気
持ちの上では、これからもITが、弁当箱以上に拡大することはないでしょう。
18 Jan 2001
職業に従事する楽(らく)な姿勢は、離合であれ集散であれ、自らも率先することで
す。私の場合、保守にも忠実に役割を担い、大船に命運を委ねるのも厭わなかったそ
の一方で、中小や零細を問わず、組織そのものから飛び出したい衝動が執拗に離れず、
何が起きても不思議のない現行の経済下で、働ける若者を羨んでしまいます。裸であ
れば失うものがないのですから、欲するすべてに挑戦できます。但し、挑戦は奪取で
はありません。努力は口舌でもありません。
羨んでも妬ましい気持ちは湧きません。楽(らく)と歓びは、同じ感覚ではなかった
のです。楽しみの感覚も薄れました。今の私の、日常で最高に値する感覚は、日常だ
からこそ最高と言える感覚は「自由」です。次いで「嬉しい」と「歓び」。いずれも
自己顕示を要しません。職業での楽(らく)は、情緒や熱意を排除、嗅いだ機会に即応、
淡々と切り捨て、ひたすら拓けば今でも得られると思いますが、職業では、歓びの感
情は終(つい)ぞ湧いたことがありません。
22 Jan 2001
自由とは何だ?と問われますと、また面倒な言葉が浮かび、我ながらうんざりしま
すので、私の自由とは「感覚の一つ」とだけ断わって、あとは自由に書き続けます。
宇宙創造の起業家の前で、あるいは閻魔様の前で、陳述する文言は仕上がりました
か? 不惑の時は上と言い、還暦の時は下と言いましても、著わさず「感性の赴くま
まに」では、自由に焦がれる必要もなくなります。
旅に出たい! 一人で地表の果てに旅立ちたい! という気持ちに苦しめられた経
験があります。記憶は曖昧ですが、私の場合は高校時代が頂点でした。なぜ出られな
いの?とあれこれ悩み、悶々とした日々を送っていました。不自由で不自由で息が詰
まった、その理由を、社会を、数十年も考え続けてきましたが、未だに納得できる説
明が見あたりません。お金? そんなの大嘘! と書いた段階で、またまた感性は得
手勝手、自由に飢えてしまい、ITやら景気やら、なんと息苦しい世の中だと暗〜い
気分。
子育て時代、近所の子らと遊んだ記憶があります。大人時代の数十年を顧みますと、
社会では、子らの感謝と子らの信頼以上に、満たされる表情は思いあたりません。結
婚や出産や子育ては過ぎました。私事の歓びは骨格ごと次の世代に移っています。だ
から虚しい? さあ?
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