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  随想 青い闇  −7−

 27 Feb 2001

 百年? いいえ、千年は必要です。

 自我の複写が「究極」可能になったとしまして、その実行の是非を判断する根拠が
我々にあるのでしょうか。人間の自我を超えた存在を、もし人間が創り出すのであれ
ば、私の場合、ごく単純に嫉妬から、ねたみから、やっかみから、理性も感性も棚上
げにして抗議します。この惑星では、私は得意の絶頂で暮らしていたいので、創造主
の新たな模倣は、桃源郷を別所の宇宙で開設してから実行して欲しいです。

 自我の複製の是非を(自我は一個の総体で成り立つ機構と思っています)自我の複
製の是非を考える気持ちが湧きません。複製された自我は創製の瞬間、原典とは異な
ってしまうでしょうから(同一の環境、同一の状況から開始できた場合でも、関係の
相互作用が各々を隔ててしまう)お互い(親しく感じるのも鬱陶しく思うのも厳密に
お互いさま)相手を受け容れる以外に選択肢が浮かびません。

 01 Mar 2001

 複製された瞬間、自我は我(われ)ではなくなってしまう。客体は一人で歩きはじめ、
主体は演出もろとも泡と化します。

 歯がゆい今一つはモノの移動です。文書の原典は空間を克服できたのですから、机
上で済む用件を、会社や役所に出かけて済ませるのは労力や燃料のムダ遣いです。営
業活動では面談の効能を説きますが、時間に余裕があるのでしょうか。生活様式とも
無縁ではありますまい。

 勤めていた頃も、職業の用件は大概、文書で済ませることが可能でした。そうしな
かったのは、認められなかったか通らなかっただけです。机上や操作盤に変換できな
い工程は煩わしいです。モノの移動はその筆頭格。次々と車や船や飛行機に積み替え、
実際に空間を動かさせないと達せられないモノの移動、移動ゆえに生じる費用と時間
と事故と減耗と汚染と機会損失が歯がゆいです。最寄りの万能製造コンビニで、送受
された文書情報を基に、自動車も家電も、瞬間自動生産できたらどんなによいか。こ
の種の歯がゆさ感の有無は、生活様式を支配する歓び感とも、密接に関わっていると
想います。

 02 Mar 2001

 枕草子計画・・・

 演出をことごとく排除した自我は千年前に戻れます。千億光年隔たった自我とも交
信できます、交信できています。知的生命体との意思疎通に人工の通信技術は蛇足で
しょう。自我の(機構の)複製は決して自我にはなれませんが、限りある一個の自我
は、すでに千年先の自我とも歩みを共にしている、その認識の有無が生活様式に、特
に晩年の生活に影響します。

 高年になって体調を崩しますと、出来なくなってしまう仕事があります。母の場合、
型紙制作がそれでした。病床に伏しても、絶対に手放すまいと信じていた型紙の制作
が、突然本人に牙を剥き、一週間分の仕事が、半年経っても終わらず執拗に頭脳を攻
撃、心身ともに疲弊、無残とも思える状態に達して、初めて職業から解放されました。
伴侶なき今、もし孫娘の肖像を描いていなかったら、型紙と心中していたかも知れま
せん。立ち往生したときの焦燥と絶望は、周囲の想像を越えていました。

 体調を気遣っていないと不安ですが、日本画を描く作業は、一年かかっても二年に
またがっても、真底(しんそこ)歓べる源泉になっています。

 暗く陰湿な自我と交信する気持ちは湧きません。遍(あまね)く誰もがとなりますと、
栄耀栄華の個体とも自我を通わすのは難しい。

 05 Mar 2001

 半透明の方眼紙と、鉛筆削りと消しゴムを合わせますと清書が浮かびます。字の綺
麗な社員が清書するので悪筆には救いの神。統計の作表もグラフの作図も、手作業が
職業として成り立っていました。

 電卓と計算尺の徹夜仕事を、新婚のアパートに持ち帰ったのは労働争議と重なった
ためです。前年は、使用許可が電話一本で下りましたので、俄か勉強でプログラムを
作り、新幹線で電算室に出かけ結果を取得、帰りの出発時刻まで、電算室の同期と飲
み歩いた記憶もあります。電算機より勘の方が早かったのですが、計算抜きでは通り
ませんでした。

 ワープロを欠いた仕事が恥ずかしいです。表計算なしのお粗末も隠しようがありま
せん。繁華街の洋品店は流通革命に阻まれ、旧市街の酒店もコンビニに替わりました。
大晦日の繁盛も老舗の誇りも、IT時代の絶頂も個人半生の働き甲斐も泡になります。
加えて現役を退く喪失感。職人技に拒まれる衝撃。生き甲斐の再構築は、晩年の孤独
が深まれば深まるほど難しくなります。

 13 Mar 2001

 お薦めにも厳選にも無縁な個人サイトがあります。演出が劣れば評されません。そ
の結果「都合により当サイトを閉鎖します」

 開設者本人が自発的に登録するリンク集から辿ったのに、サイトの閉鎖広告に出合
いますと「足跡を拭ってから撤退を!」と思ってしまいます。しかし時に「嗚呼、退
いてしまったのですね」と私から語りかけているサイトもあります。退いた開設者に
は聞こえない? 退く前から聞こえていたのです、認識する機会がありさえすれば。

                  ※                   

 前回の項で「晩年の孤独」と書きましたが、この言葉、「人は誰でも十字架を」同
様、触れたくない言葉です。書いた瞬間、自分の意図とは裏腹に、拭っても拭いきれ
ない語感が紛れ込んでしまうからです。後者の言葉は以前、高年の学者からいただい
た葉書の末尾に、唐突に記されていました。

 私の場合、歳とともに一層、働く充実が薄れてきました。働くとメシがうまくなる
感覚と、生活の歓び感は必ずしも一致しません。働く達成感と、生活の歓び感も必ず
しも一致しません。生き甲斐がほかにあり、職業はその手段か第二義の場合でも、職
業には充実や達成感があった筈です。しかし私の場合、次第に職業への自足の介入を
避けるようになった、職業(演出抜きの職業はありますまい)および演出された生活
が歓びの基盤から剥がれはじめた、その「演出を透過した基盤」に移って航海を続け
るか(意識して選べるものではなく、職業の有無とも関係ありません)演出の轍を歩
むかによって、平衡がとれていた生活認識が(生活の空気感が)透明側か孤独側に偏
って行きます。もとより優劣でも勝敗でもありません。

 あまりの豊かさに圧倒され、我が子らの幼い写真を、見ることができなくなりまし
た。しかし写真を撮った当時の私には、外そうにも掛けている認識がなかったのです
から、演出を透過した色彩を、感受できる機能も欠いていました。

 15 Mar 2001

 変調がきっかけで眠りの森に迷い込んだ母ですが、成人した孫娘の写真で目覚め、
右側の写真には無言で応じ、中央の写真には首を傾(かし)げ、目を輝かせた左の写真
の、姿勢、表情、手の形を仔細に点検、前回描いた「少女」とは違い、今回は現物に
困らないので、自信の現われでしょう、力強い仕種で、写真帳を仕舞っていました。

 晴れ着姿の写真を演出通り(時代の儀式通り)慈しんでも、歓びを尽くしたとは思
えません。自負と、野心と、旗幟を鮮明にした審美眼が、一個に託された極限まで対
象を露(あらわ)にさせる、その観察力を欠いては(表現活動が培った透視力を除いて
は)、過去と未来の、千年を隔てた自我に対せるとも思えません。

 21 Mar 2001

 先日の日曜、お寺に出かけました。出発は七時半、小雨の中です。晴れると思い傘
なしでしたので、コンビニで買う羽目になり、ピニール製は避け、しっかりした傘を
探し当てるのに駅周辺を三店も梯子、体が冷えてしまいました。

 お彼岸はお寺への一方通行が渋滞しますので、はるか手前で有料駐車、斜(はす)向
かいの喫茶店で手洗いを借り、珈琲を飲み、体が温まってから歩きはじめ、先ずは最
寄りの花屋さんへ。

 昨秋もこのお店でした。ご主人が仕立てた仏さま仕様のお花に、母は「坂下の花屋
さんで頼めばよかった」

 昨秋の出来事を忘れてしまった母と家族の代わりに、私が「この花をお願いします」

 ご主人はすかさず黄と紫と桃色を加えましたので、改めて「これだけでお願いしま
す」------。微かにご主人の表情が変わりました。

 お中日(ちゅうにち)前でもお墓はお花畑、桃色、黄色、橙色のお花が、和(なご)や
かに、穏やかに供えられ気持ちがやさしく。

 供えられた白菊の、揺るぎない気魄(きはく)。

 26 Mar 2001

 浜名湖を見てきました。この時節、温泉が満杯なのは承知の上で、直前に旅行社で
部屋を探し、見つけた部屋を迷わず予約。

 我が家の旅は、盆暮れや土日に限られますので、渋滞を避け、新幹線の駅からタク
シーとなりますと、選択の幅が狭まります。今回は出先にこだわった一泊旅行、なら
ばなおさら、出発間際が、キャンセル部屋を確保しやすい?

 桜が咲くほどの陽気なので、波打ち際をのんびり散策、行き着いた先に遊覧船の案
内標識、日陰を求め、待合室を覗きますと、定期船が八分遅れで接岸中です。妻の意
向を確かめ、切符を買い、待ち時間ゼロで乗船しました。

 乗船してから、船着場が複数あることに気づきましたが、対岸で降ろされても、な
んとか帰れると都合よく考え、甲板で風に吹かれ、ウィンド・サーフィンを眺め、湖
上の選手と手を振りあった。

 結婚後はよく出かけました。二人だけの気安さから、普段の週末も、電車とバスで
国内旅行。

 真冬の西伊豆で、出港の遅れていた定期船に飛び乗ったのが間違いでした。水仙を
眺めながら、行き着いた湾内に、遅れていた連絡船がありましたので、バスを船に切
り替え衝動乗船! 快晴でした。

 激しく揺れ、風に煽られ恐怖が募り、無謀な航海と悟ってからは、ただただ接岸を
祈り、外海(そとうみ)に出る間際になって「しっかりモノに掴まって下さい」の船内
放送。

 波の呼吸を計って、向きを変えた瞬間、転覆する感覚を味わいました。船室も波を
かぶり、乗客からは恐怖の叫び。

 覚悟とはあの瞬間を言うのでしょう。備えつけの救命筏(イカダ)は、波と寒さで意
味をなさない、どうすれば助けられるか、全身が濡れた瞬間、念じたのはそれだけで
した。転覆してから来るものの、氷のような結論が、あの折も、机上の今も頭にあり
ます。

 接岸しても、乗客の顔は真っ青で、乗員の顔もひきつっていました。この乗船さえ
なければ、我が家の顔触れは、違ったものになっていました。以後、妻は船の安全を
信じなくなり、航空機の安全にも、同じ態度で臨んでいます。

 浜名湖は母の快気祝い、湖面は春の穏やかさ。

 03 Apr 2001

 貧しい旅もあります。修学旅行がそれでした。私の場合、巣立つ前の写真や資料は
ありませんので、記憶を呼び覚ます際、発展の余地がなく、修学旅行の貧しさは際立
っています。

 中学も高校も京都と奈良の、中高の別も忘れましたが、深い想いは、新京極のお店
の輝き、八橋の肉桂の香り、夫婦(めおと)茶碗に託した両親への想い、夜行列車を待
っていた京都駅ホームでの沈黙。

 一方、見聞は、清水寺、三十三間堂、二条城、嵐山、御所、銀閣寺、三千院、寂光
院、興福寺、猿澤池、薬師寺、法隆寺、石舞台、東大寺、二月堂、奈良公園、春日大
社、石舞台、唐招提寺など多数でしたが、想念は倦怠に次ぐ貧困に属し、貴重きわま
りない十代の旅を、粗末にしすぎたと思います。

 子らが幼かった頃は自転車で通い、その後は疎遠になった公園が、今では十八万平
方メートルまで拡がり、早朝は走る順路に組み入れ、休日は母の散歩につき添い、再
び親しみを増しています。

 夜明けの樹木は幻想的です。しかし公園をまっすぐ走れば五百メートルほどで、毎
朝一桁足りません。十八万ではなく「百八十万」要るのです。

 05 Apr 2001

 燃焼の貧しさは、歓びの程度に響きます。十八万で足りるのであれば、百八十万を
欲する飢餓感は生まれますまい。過日他県で、母が買い物に出た折、幼い子連れの母
親に公園の所在を尋ねられ、途方に暮れたと話していました。その界隈には、児童公
園さえなかったのです。

 十八万で足りてしまえば、百八十万の自立心は育ちますまい。十代の修学旅行が均
等な機会であれば、京都であれ奈良であれ、一人で計画、一人で予約、一人で訪れ、
一人で学ぶ一週なり二週なりの実行力と、自立心と、表現力と意思と勇気は、団体か
ら得られる比ではないです。十代一人旅の果実なり踏踊なりは一生もの、より豊かな
心象への階梯であり、百八十億を俯瞰する竜骨を成します。

 09 Apr 2001

 会話が成り立つのは同じ土俵を前提にしているからです。土俵が違っていたら、世
界観が異なっていたら、宇宙人に遭遇した程度の臆病と、違和感と孤独を感じる筈で
す。晩年の拠り所の相違は、会話の土俵を異にするほど意思疎通を困難にさせます。

 このMLを立ち上げ、MLのサイトを開いた以降、次第に中高年の区切りが負担に
なってきました。年齢を区切った理由「高校生には高校生だけの、中高年には中高年
だけの会話の機会」は建前で、本音は「MLの差別化が簡単で、サイトの宣伝も楽で
あろう」でしたが、今は年齢の区切りが鬱陶しい。

 高校時代は、中学生や大学生は勿論のこと、上級生や下級生とも一線を画し、教師
は敬遠、大人は偉物(えらぶつ)と思い込んでいましたので、家庭外での会話の土俵は
同世代に限られ、MLを開設できた場合でも、世代の区切りを負担に思うことはなか
ったでしょう。

 世界観を異にする人々を、年齢で大分類するのは不自然です。制度一つでは足りま
すまい。中年までは、既成の枠組みに自分を合わせ、成り行きに便乗、無表情を装い、
演技に没我することも可能でしたが、それを柔軟と呼ぶのは早計でした。単に、自分
の世界観がなかっただけです。

 10 Apr 2001

 青い闇を眺めていますと、千年前の晩年が蘇ります。電気がなかったのですから、
曙の美しさは一入(ひとしお)だったでしょう。その息を呑む一瞬を日常化できないと、
草子を読み取る条件は揃いません。

 古典一冊に接する場合でも、世界観の相違は決定的です。宇宙観の有無や相違が、
草子との関わりを変えてしまう。同じ言葉を用い同じ社会にありながら、考えている
こと想っていることに生じた溝が、晩年に埋まるとは考えにくいのですが、私自身、
晩年は「どの姿」の高齢化社会を選択すべきか皆目わかりません。高齢化社会という
言葉そのものに怪しさを感じています。

 11 Apr 2001

 草花が好きです。子の頃のデージーやダリアには特別な想いがあります。今も折々
車で出かけ、園芸植物店の広い敷地を仔細に観察、住宅街では色とりどりの花壇や洗
練された庭造りを、垣根越しに楽しませてもらっています。しかし今の水仙は、自然
樹形の自由を欠いている点で、「随想 繊維問屋にて」で触れた水仙とは別物です。

 通勤電車の車窓から眺める市街に、皆さんは何を感じます。最初の随想で著わした
想いは今も変わりません。伐(き)りつめられ冬は棒杭、夏は煤けた葉団扇に何を?

 脳裏に一つの風景が焼きついています。車窓から眺める市街随処に、冬はケヤキが
聳(そび)え、夏はシイが甍(いらか)を覆う。改札を出て駅前広場に立ちますと、雑木
に囲まれた遊歩道の外側の、クスの並木を縫っている自転車専用路を、一人旅の十代
が次の家庭を目指して疾駆する、その姿が見えています。

 木を伐(き)るのは好きですが、木を伐るのは嫌いです。

 走る理由の一つを思い出しました。燃焼の捌け口に窮してしまったからです。例え
ば政治、例えば地方自治。閣議も、役人の会議も、なぜ一言一句を生で公開し、なぜ
寡占媒体は二十四時間報道しないのだろう、と思うのは思想信条とは無縁で、単に密
室に閉塞し、蟄居させられた息苦しさ故です。樹木を整枝するには技術と道具が要り
ます。植木の手入れは職人技、優れた技量は褒賞に値します。素人でも木を伐るのは
楽しみであり遣り甲斐でしょう。ですが私の場合、新たな名園を望む気持ちは稀薄で
す。一方、自由に育った樹木への渇望感は衰えを見せません。その克服を願い、一人
旅同様、事故や循環器への影響など一定の危険は承知の上で、走ることに決めました。
練達した技芸や蓄積された管掌手腕の、庭園美の、借景を構成する巨大な燃焼領域、
自然樹形の自由に飢えています。

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