散歩者の夢想
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編集中記:0119

脇に逸れた民間機


65年の旅もいよいよ終わりです。ホノルルから羽田への機内は往路と違い、寛いでお酒もすすみ、飛行機の安定した振動にほろ酔い加減。しかし「連中」のお酒の強さには驚きました。

操縦室に接した座席に、米軍の将校がいたのです。窮屈だったのでしょう。立ったまま話を続け、スコッチや、カナディアンや、テネシーウィスキーを生(き)のまま飲んでいました。

将校仲間の歓談は、彼らが降りるまで続きましたが、その落ち着いた物腰に、我々の社会の酒席の乱れを、改めて恥ずかしく思った次第です。

乗客が退屈しきった頃に「ベルトを締めよ」のサインが点滅、急速に高度を下げるので、そろそろ羽田?と思ったのですが、予定の時刻にはまだ早く、機外は見わたす限り海また海----。陸はもとより、船影一つ見えません。

少しヘンだ。いや、とてもヘンだと心配になり、乗務員に尋ね、降りるらしいとは分かったのですが、理由も中継地も要領を得ない。すでに海面は間近に迫り、機体を傾けながら旋回中、なのに真っ青な海ばかり。

海に突っ込む!

鼓動が聞こえるほど緊張しました。着地の衝撃で、はじめてウェーキ島を知りました。

民間機が、米軍の将校をウェーキ島に運んだのです。面積6.5km2の太平洋上の珊瑚礁。

許可があったので降りてみますと、貝殻まみれの滑走路から猛烈な照り返し、のほかには彼方に、無線の施設と小屋らしきものがあるだけで、任務でもない限り住める島ではありません。

65年は米軍機が「北爆」を開始した年です。しかし当時の私は「ベトナム戦争」をほとんど知りませんでした。