散歩者の夢想メーリングリスト
文章と画像
少年時代の回想「随想 繊維問屋にて」の続編です。書名は「随想 中町にて」(四六判 257頁)。はじめての出版社。
内容は筆者の職業生活の回想です。訥々とした文章ですが、自由な精神が息づいていると思います。熟年に達した折、就職活動の際、「これから」を考える素材の一つとして、蔵書にお加え下さい。
「随想 中町にて」の話題はこちらです。 |
大正末から昭和三十年代までの神田の商家の写真集と文章です。長唄や着物など、日本の伝統文化が生活に溶け込んでいた時代に繊維問屋で育ち、今も働いている女性に焦点を合わせています。
戦前の神田の商家の、生活観および様式美を知る手立てとして、また夫婦のあり方を見直す示唆として、お役に立つと思います。 |
明治十七年(1884)、浅草の貧しい足袋屋に生まれ、仕立物の製造卸を創業、有力な問屋に成長した商人の自伝(抄録)です。
安政の頃の伝聞からはじまり、貧困時代の生活、商人が体験した関東大震災の描写、近江銀行取り付け時の祖父の余裕などが記され、綿布取引の禁止により、昭和十五年(1940)に廃業を強いられた時点で終わっています。
僅か一例に過ぎませんが、等身大の戦前を知る上で恰好の資料です。 |
十数年前、システムや経理を担当していた片手間に、武蔵野市で訳ありの在庫をさばいていた頃、献本の差出人住所をご覧になったのでしょう、政治学、思想史がご専門のM先生が来店されました。
「それは韓国製です」「原産地を伝えることは必要ですね」がその時の会話のすべて。翌冬も、お買い上げになった上衣での外出姿をお見かけしました。
お便りを十通いただきました。二通は私の個人的事情に関することなのでその場で破棄、記憶だけに留めましたが、保管した筈の八通も見当たりません。コピーの残っていた三通から私の一連の随想に関する部分を引用しますと
「---問題意識の所在は明らかであり、また共感されます。『他者』とのディスカッションによって、このユニークな御労作がひとりでも多くの人にこなされるようになればよいがと思われます。---」(1987-10)
「---無内容の---書物が、ただ著者が有名人であるというだけで氾濫している現在に、こういう随想は貴重であり、『知る人ぞ知る』だろうと存じます。---」(1988-3)
「---武蔵野を引き払われるとか、残念ですがどうか時節にめげず引き続き御活躍のほど、お祈りいたします。小生は正月早々風邪をこじらせて入院しましたが、悪性の肺炎を併発し、今月はじめどうやら命拾いして自宅に帰りました。その間、山のようにたまった郵便物の整理や雑用に追われながら歩行練習をしている現状です。---」(1990-3)
重篤な肺ガンに挑んだ老夫婦を、子の立場から、三世代家族の交流を交えて描写しました。父の死後、親子二人で訪れた植物園で、母がショルダーバッグにしまったのがトチノキの枯れ葉です。随想の説明はこちらに、文芸社刊の案内はこちらにあります。 |
スペインの、太陽を浴び空気を吸うだけでよかったのですが
副題は「八十歳と出かけたスペイン旅行、あるいは『我が道』の歩き方」
今のスペインはイタリアより治安が悪いとされますが、そのスペインと、パリの観光旅行に、今年八十歳になる母と、私(ML管理人)と、娘の三人で参加した記録です。出発の機内で思わぬ出来事に遭遇、オロオロの連続に! |
2000年9月25日〜30日に開催した姉妹展の資料です。「戦場ヶ原」は制作中の、「奥入瀬」は筆遣いのわかる画像を載せました。
前後しましたが、個展開催の契機になった随想の、「紙に印刷した書物」も出版、「紙の本」は、サイト版で目についた描写の重複を手直ししてあります。全文は引き続きこのサイトでもご覧になれますが、「紙の本」が格段に読みや易いのは、媒体の違いによるものと思います。
題の当初案は「生きる歓び」でしたが、連載中に「橡の木の葉/父からの贈りもの」に考えを変え、帯の冒頭は「八十歳を生きるにも勇気が要ります」
献本の、お礼のお便りをいただき恐縮しております。私自身、サイト版での二度読みは無理でしたが、「紙の本」では、一気に読み終え、さらに読み返された高年者(七十歳、八十歳)がいらっしゃいます。お便りの中から一つだけ、私の勝手で、ご感想を抜粋させていただきます。
「---- 夫婦揃って喜寿を迎えた私たちにとって、この本の内容は心にしみ入ります。いや、しみ入り過ぎるといってもいいでしょう。たくさんの人生の教訓が含まれています。」 |
副題 : I T 時代の終焉! 演出の泡がしぼむ時 枕草子計画─── ようやく千年前に戻れます。 |
| 中国遼寧省の僻村「七道河村」の紹介です。村では電子メールや携帯電話が食糧や燃料に相当します。簡単な写真集ですが、IT時代の、一風変わった視点を提供しています。 |
暮らしと、寡黙と、昭和二、三十年代。
昔は菅野が故郷でした。父の死後は俄(にわか)江戸っ子。しかし今は、琵琶湖で産湯を使い、富士の裾野を駆け巡る気分。
筆者は少年時代を「編集中記」で虫食い状に回想しています。母方の世界は「舞台写真」「自伝抄録」「随想 橡の木の葉」で表現しました。手つかずは父方の宇宙ですが、肝心の言葉が遺されていないのです。謎解きにしくじれば永遠の闇、果たして光明を見出せますやら。
戦前に飛べばモノクロ写真に遮られ、現代に里帰りすればカラー写真に阻まれるなど、支離滅裂な読み物です。 |
| 省媒体! 釣りたての情報を江戸前で食べる提唱(略称:えどまえ)です。 |
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