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編集中記 【No.138〜No.152】

【No.138】

  自分が満ち足りる事も嬉しいですが、子どもが心の中で満たされる、そのために力
を添えることも楽しいものです.子らの喜びに接した最初の機会は何時だったか

  小四を筆頭に八人を、数キロ離れた冒険公園に連れていったことがあります.普段
は児童公園で群れていた兄弟とその仲間六人の男の子

  直径 120cmほどのコンクリートの管が横に埋め込んである小さな公園は、痴漢が出
るとされた○○神社近くにあったので、子らが行くと宣言しても保護者同伴でなけれ
ば許さなかった、その公園へ連れて行けという数の力に押し切られ、それぞれの保護
者の了解を得、一番幼い子は母親の頼みで私の荷台に乗せ、子ども八人と大人一人が
自転車で出かけた時の話です

  私の家の東隣りの、宅地6区画は手入れの行き届い野菜畑、さらにその先の、狭い
道路を隔てた東隣りは、カロリナポプラやヒマラヤシーダーや、桜や楓の立ち並ぶ児
童公園なので、自宅から東側を眺めると、畑も公園も緑豊かな私の庭、となれば休日
は石のベンチに寝転んでそよ風の子守り歌、の筈が悪童どもの談合に眠りを破られ、
白羽の矢が降ってきた
                                         Aug 20, 1997  plnssnr@reverie-prmnr


【No.139】 今は悪童連も就職している子がほとんどですが、当時はまだ邪気のない小学生、に とって、暗い林と背中合わせの公園は薄気味悪く、朽ちかけた会館は雨戸がはずれ、 歪んだ畳から臭気が漂い、膨らんだ期待は急速に冷めてしまう 全力を尽くす遊びでないと満足出来ないのは大人も小どもも同じなので、考えつい たのはコンクリート管の地下道を駆け抜ける鬼ごっこ.相手は八人、内一人は加減の 要る子、鬼は大人、鬼に背中をさわられた子は虜、自由な子が、繋がれている虜に触 れたら虜は解放、足場は乾いた赤土、小山あり、高さ1〜2メートルの柵ありで、全 員を捕まえるのは滅法きつい 子どもは術数をめぐらし、連携プレイで大人を挑発、となると鬼ごっこもスポーツ の公式戦と変わりなく、遊び終えたときの目の輝きが、連れ添った大人の密かな喜び 満足には内外があるようです.上の例では子が内からの満足、大人が外からの満足. 外からの満足には五百羅漢と巨視全体性あり.前者は歩み、後者は観念壮語 Aug 21, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【No.140】 特に高年では、また一部の中年もそうでしょうが、まったくの初心者にはマウスの 操作も思いのほか厄介、と言って口であれこれ説明するのは煩わしいので、マウスは 初心者の右手の上から援助者が直接操作、その間、初心者は意志のない右指を援助者 のなすがままに委ね、ひたすらモニターに映るホームページを楽しんでもらい「○さ んは今インターネットを始めました.趣味のホームページにアクセスしてその情報を 得ているのですから、もう立派にユーザーとして自慢出来ます」と励ますことから始 めます 中年は是非一度、高年者に、例えば70歳代後半の人に、パソコンを教えてみて下さ い.老いの一面がよく分かると思います.あるいは胸を突かれるか----.同時に高年 者の生活の一端も知ることができるかも知れません.体力の衰えで掃除が滞り、視力 の「薄れ」で埃やカビがはびこっても、嗅覚が麻痺して臭気に気がつかない部屋を、 中年が思慮なく掃除や脱臭の手助けをすれば、自分の「失態」を自覚して恥じ入って しまう人々 子のパソコンは引く時期を早めないと援助が干渉になりかねませんが、高年者のパ ソコンは訪問を始めるきっかけに過ぎないので、子の援助者は身内よりも他人がよく、 高年者の援助者は他人より身内や気心の知れた友人知人が望ましい Aug 22, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【No.141】 高齢になればなるほど、根気よく繰り返すことに尽きてしまいます.しかし意欲だ けが先行して必要が稀薄な場合は、パソコンを購入して立ち上げたその日限りで練習 をやめてしまうことも起こります.そのような場合は直接の援助者のほかに誰か協力 者を探す必要が出てきます.パソコンに関心のある孫が適任 おばあちゃんがパソコンを始めました.○ちゃん、君も一緒に練習しないか? 「右手添え」によるホームページのアクセスに次いで電子メールも「右手添え」で実 際に送受開始.そのためには孫のアドレスも早めに取得.また電子メールを始めると すぐに打鍵がネックになるので、打鍵練習ソフトの操作を説明、その日のうちに孫が 一人で「パソコンの電源投入→打鍵練習ソフトを操作→パソコンの電源切断」できる ように何回も反復練習.つまり高年者の介添えは、最初の援助者のほかに、練習に祖 母宅を訪れる孫も担うことになります(援助者はパソコンの立ち上げ時、1台のパソ コンで何人ものアドレスを扱えるように電子メールソフトを設定して置く)(電子メ ールソフトのシェアウェアを開発されている方は、高年者や年少者への値引きサービ スもご検討下さい) パソコンが「有効」に生かされるならば、つまりパソコンの導入によって家族の絆 が強められるのであれば、高年者本人の進み具合は問題にはならないでしょう.その 後は外部の援助者ではなく、家族の協力が高年者の練習の支えになります Aug 23, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【No.142】 中高年を採用する際、適性検査を実施する企業を見かけますが、適性検査の設問に 適性を発揮する以前に時間を使い果たして適性なし、になるのが中高年ではあります まいか.新卒の適性を試す設問を、即戦力の中高年にも実施する狙いは何か、よく分 かりませんが、中高年のパソコン入門も、若者の練習法と同じという訳には行きます まい 子にパソコンの蘊蓄を垂れるのは時間の浪費、最初からゲームのつもりで突っ走っ てもらえば簡単に要領を会得しますが、高年者が初めてパソコンに向かうと、キー一 個叩くことさえ立ち往生することがよくあります.丁寧に、やさしく、時間をかけて、 これから練習するたった一個のキーの在り処を示しても、指も頭脳も凍りついて動か ない.ピアノの練習であれば、キーの配列と音の関係が分かり易いので、すっきりし た頭で打鍵の練習にかかれますが、パソコンのキーボードには、高年者の理解を阻む 何かがあるようです キーボードのキーを見る、その見え方が若者とは異なり、砂利道の砂利同様、どの キーも同じように見えているのかも知れません.ならばよく使うキーに色シールを貼 る、例えば打鍵練習ソフトを中断したい時は [ESC]キーに赤いシールを貼り、「赤 いキーを押して下さい」と指導する.但し、翌朝になると[赤いキー]が何だったか 忘れていることもあるので、モニターの前に「打鍵練習の中断は赤いキー」と書いた カードを用意する モニターの見え方も、画面の中央や特定の部位だけに目が行って、Windows や電子 メールソフトの操作部位、つまり画面の四隅に配されているメニューやバーやボタン が見えていなかったり、見えていてもデザインの一部と錯覚していることがあります から、たった今練習したメニュー操作のメニューの所在が分からず、一つ分らないと すべてが白紙に戻り、再びゼロから練習をやり直す----、本人も援助者も根気との根 競べ Aug 24, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【No.143】 爪の色がどうの髪の色がこうのとか、ダイカンヤマに行く行かないとか、宿題ヤッ テネーヤ、テストヤベーとか言ってるだけで、連日電子メールを交換し合い、それを 一年でも二年でも続けられるのが子どもですが、中高年は千人集まると千種類の「灰 汁」が千通りの電子メールを要求し、そのすべてがすれ違いになることも起こりうる 教育水準も職歴も似た者同士の通信がもっとも居心地がよいと思います.しかし相 性のよい相手であっても、一対一の通信はそうそう続けられるものではありますまい. となると多数の通信相手が必要になりますが、こだわりを和らげ鈍感を強いてくれた 外圧(たとえば多忙)を停止され、電子メールの一語一語をなぞるようになると、同 じ主張でも、呼吸の違いや言葉遣いの相違、文字の配列までが気になって、徐々に違 和感を蓄積させ、ついには電子メールを遠ざける----.無為に歳をとらざるを得ない 人々の中には、折角電子メールを始めたにもかかわらず、以前にもまして孤独を噛み しめるケースも少なくないと思います 趣味や運動など共通の土俵がないと、あるいは事務連絡のように具体的な必要を欠 くと、高年者の電子メールは短時間で色褪せます.それでも援助者や協力者は電子メ ールによる連絡をやめないことです.肩の凝らない話題を、できれば家族の近況を日 記のように、返事を期待せず根気よく発信し続けることによって、パソコンにアクセ スする習慣を身につけてもらうことが大切です(何のために? その答も援助する側 が用意する?) Aug 25, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【No.144】 ROM又はROPに対する非難は、中高年のMLでは難ずる側に非があると思います.「あ りがとうございます」のわずか十文字を打鍵するにも苦労するのが初心者です.喉に 出かかっている言葉を自由に打ち出せないでいるもどかしさ! しかもやっとのこと で作成した電子メールを発信したところ、意を尽くせなかった発言を批判され、うま く反論できない悔しさに、MLそのものを見限る事例は中高年に限りません 一通の電子メールの背後には、発言者の環境と状況と年輪があります.打鍵の慣れ 不慣れ、気持ちの安定不安定、家計の余裕逼迫、壮健病弱、職業と扶養義務の有無、 失業と引退の別、住まいの広狭、介護する側かされる側かの違いがあります(50歳以 上とは、同世代への働きかけをより必要としている年齢層) Aug 26, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【No.145】 歩く力が衰える、歩道と車道の段差に躓く、頻繁に転び、打ち身やすり傷が絶えな い、我が子への感謝が他人行儀の言葉になる、話しかける言葉が独り言の調子を帯び る、ようになった高年者には、夜の外出の際、つき添ってあげないと不安になります 数十年も続けてきたゴルフの、昔はハーフ40台でまわったものが、今は60台が普通 になり、プレイ仲間も一人逝き二人逝き、この夏はとうとう仲間が揃わなかったので、 週1回のペースも崩れてしまった、それが80歳代のゴルフでしょうか 関西か東海か、どこのゴルフ場か忘れましたが、昔、幾度か垣間見た光景がありま す.高年の、財界の有力者(故人)が休日にプレイする、そのゴルフ場ではカートは 使用しませんでしたが、お身内や会社関係者を従え、お一人だけカートに乗り、クラ ブを振るのもたったお一人、なのでプレイがとても早く、有力者が後に着くと他のお 客は誰もがコースを譲った 仲間と一緒に楽しむ一般の人々とは違い、ゴルフ場でプレイする有力者はお一人だ ったので、もしお身内や会社関係者がつき添わなかったら、とても寂しいゴルフにな ったと思います 高年の有力者が「采配」を振るう、それは関係者のつき添い、つまり協働があって こそ実現できる、そうであるならば、一般の高年者にも協働によって実現できる「ゴ ルフ」がある Aug 27, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【No.146】 狭い五室に五人が住み、縁側はなく廊下は短く、トイレは一個所、階段は歩くだけ で家が揺れ、部屋の話し声が道路や隣家に漏れてしまう、という住宅では、つまり日 本の一般的住宅事情では、ホームステイに応じることは難しい 一方、ゆったりした応接間に長い廊下、寝室1、洋室3、和室1、食堂1、広い風 呂場1、洋式バストイレ3、来客用トイレ1、キッチン2、洗濯場1、の住宅に老夫 婦だけが住んでいる場合は、数人のホームステイを受け入れても、老夫婦の「寝室」 は乱されないと思います 前者では、滞在者ばかりでなく家族全員もストレスを感じ、滞在が長引くと人間関 係にも響きますが、後者では無聊の折、生徒や学生を預かることが、老夫婦の刺激に なり生活の張りになるかも知れません 恵まれない住宅事情であっても、子どもが自活して一人減り二人減り、部屋が空く と、ホームステイに応じてもよい、とする夫婦が現われても不思議はありますまい. 但し、広い家でも狭い家でも、信頼できる援助者がいないと受け入れは極めて難しく なります.「権威」による身元の保証、および関係者による「十分な打ち合わせ、事 前準備の手伝い、受け入れ時の立ち会い、後始末の手伝い」が欠かせません 通常の生活に「家族」が増える、その増えた炊事と洗濯と掃除は主に協力者の援助 に委ね、火星人が来ようと原始人が滞在しようと、家人は普段の生活を頑なに押し通 す.特別に構えると負担が増し、長続きできなくなります Aug 28, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【No.147】 今の日本では、高校生が自力で旅行することは望み薄.しかし、例えばホームステ イ網が整備され、電子メールによる連絡が密になれば、高校生は自転車1台とわずか な費用で、北海道から沖縄まで、一夏中、走り続けることができます 子育て真っ盛りの世代には、金銭も住宅も余裕がありません.では、この種のシス テムづくりに力を合わせるのは若者ですか? Aug 29, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【No.148】 壁が剥げ、屋根の朽ちた邸宅には、久しく人の気配がなく、真夏に咲いた赤い躑躅 が寂寥感を掻き立てます.玄関にまわると、スペイン製タイルを張った明るい通路に、 寄り添う夫婦の生きる歓び! 少し「美」について考えます Aug 30, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【No.149】 以前、アジアの現代作家何人かの企画展に出かけたことがありました.素足になっ て茣蓙の上で胡座を組んだり、香を焚いた木製の立体に触ったり、礼拝堂を模した部 屋で読経の録音を聞くなど珍しい作品を「体験」したあと、西欧の宗教と土着の色彩 が「宥和」した油絵や、惨たらしい民間伝承の連作の、普段見慣れた西洋美術や日本 画と大きく異なり、啓蒙と、説諭と、信仰と、告発の滲み出た作品群に辟易して、そ そくさと出口へ向かった最後の広間に、硬直した裸の巨人が数十体、各自自分の着衣 を、前に突き出した両腕に乗せ、死の沈黙で現代文明を---- Aug 31, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【No.150】 群像個々の足元には、鑑賞者が自由にモノを置いて「参加」できる仕組みから、短 文や短詩を記した紙切れが積まれ、初乗り区間の切符、期限切れの通学定期券、ボタ ン、手帳の切れ端、一円玉、五円玉などが寄せてあった 主に高校の女の子が、広間を出てすぐの机で、感じたままに自己批判を繰り広げた 作文や作詩を置いて行く、その紙切れを丹念に読み進み、最後の巨人一体分まで読み 終えて、作文を添削する教師の気分を味わいながら企画展を抜け出しました(作品の 意図は十分に汲み取った思います.しかしこれでは、美を堪能するのではなく、美に 飢えてしまう) Sep 01, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【No.151】 初めて「美術の美」を意識したのは何時だったのでしょう.絵の好きだった小学校 時代、ではなさそうです.大学時代に偶然に訪れた美術館、でもありません.自然に 魅せられたことは無数にありますが、自然から与えられる美は、早朝に新鮮な大気を 吸い込む生理同様、美術好きの美とは次元が異なります.では美術好きにとっての美 とは何か.美術の好き嫌いはともかく、皆さんは「美術の美」をどのようにお考えで すか? Sep 02, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【No.152】 中年になった頃、欧州のいくつかの都市を一人で旅行したことがありました.新し い試みを調査段階から立ち上げ、出張の計画も自分で手配、しかも具体的成果を持ち 帰る必要から、現地の支援を要請したのですが、分野違いのこともあって、結局いく つかの都市での通訳以上は期待できず、今考えても厳しい旅行であったと思います 幸い、切羽詰まっても開き直ることができる程度の厳しさであったので、つまり土 壇の刀には組織の錠がしっかり下ろされ、失業者や零細企業の奈落とは本質が違って いたので、旅行の終盤には動揺も不安も消え去り、帰国当日の空いた時間に、街路を 歩き続けて辿り着いた美術館が、美術が「分かる」と感じた最初の機会 Sep 03, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
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