編集中記 【その36〜その41】
【その36】
電気街の地名は外神田、その一角に万世橋警察署、神田川を渡ると交通博物館、近
くに「肉の万世」、お孫さん連れにはこちらの方が喜ばれます
電気街と山の手線の間に広い駐車場があります.秋葉原駅の上野方面のホームに立
つとよく分かりますが、これが神田市場の跡地です.秋葉原のもう一つの顔は、青果
を山積みにした早朝のトラックでしたが、その残像も次第に薄れていきます
神田全体を見守るように高台に位置するのが神田明神、本郷通りを少し上がった右
手にあります.今日は明神様の例大祭、しかし陰祭りとかで、いわゆる神田祭りは平
成11年だそうです(私は母方の祖父母がともに浅草の出身で足袋屋を営み、その後
神田に移ったので、父と母は神田明神で結婚式をあげ、兄弟も私自信もお宮参りは神
田明神だったとか.しかし、父の郷里で生まれた私については、肝腎な本人に覚えが
なく、真偽のほどは未だに不明です)
(13日20時より15日早朝現在、So-netでメール配送の障害が発生、今も散発的
に一部のメールが届くだけで、有料のメールなど大部分のメールは届きません.以前、
別のプロバイダで、サーバの障害によるメール滅失を体験させられましたが、今回は
大量の未読メールが失われる、その覚悟だけは免れそうです----.このような時はひ
たすら人生のむなしさを悟り、人の心の移ろいやすさに涙し、諸行無常の響きに耳を
傾け、騒がず、高僧の境地で、テメ−、フテーヤローダ、なんてことは決して書かず
に、諦観これあるのみです)
May 15, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【その37】
神田明神で甘酒を飲みながら、今夜の御飯を考えましょう.食べて帰るのなら、須
田町交差点から北西方向の裏通りに、「やぶそば」「ぼたん」「いせ源」などの古風
なお店がありますので、下調べしてからお出かけ下さい
淡路町交差点から外堀通りを、明神様方面に少し歩いた東側には「近江屋洋菓子店」
があります.手荷物を厭わないのであれば、ここの丸いショートケーキをお買い求め
下さい.ご家族に喜ばれると思います.「近江屋」はお菓子屋さんにしては厳めしい
店構えなので、入るのがためらわれます
「ぼたん」は冬の夕暮れ、散策の帰りに下足番と目があったので、何気なく履き物を
預けたところ、襖で仕切られた個室に案内され、訳知り顔の仲居に料理を任せると、
炭火と鍋がしつらえられ、差しつ差されつ、楽しい一時を過ごしました.その後「ぼ
たん」に行ったことはありません.これからも行くことはないでしょう.私の「ぼた
ん」は、四半世紀前に時間が止まったのです
私は「無駄足」を大切にします.自分で歩き、自分で調べる「過程」に意義を見出
します.その意味では、罰あたりですが、明神様にも不満があります.明神様に至る
道路や家並みに、風情が欠けていることを残念に思います
車を玄関に乗りつけ、豪勢な料理に舌鼓を打ち、銘菓を土産に再び車に、という生
活は本当は貧しいのではありますまいか.しかし、歩くこと(過程)が楽しくなるよ
うな町づくりを忘れ、車社会を批判しても、車(結果)しか楽しみのない我々庶民が、
車への執着を減らすことはできないように思われます
May 16, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【その38】
家へ帰ってから食べた方が気が楽、というのであれば「おかず」を買わなければな
りません.では御徒町でJRを降りてアメ横に寄りますか.仲御徒町から上野にかけ
ての、昭和通り東側の裏手には、焼肉店と焼肉の食材店が固まっています.しかし、
歩き歩きでは疲れます.今回はアメ横でまにあわせましょう.といっても私自身、ア
メ横で買い物をした記憶はほとんどありません
ジョギングシューズ一足、子どものTシャツ数点、過去半世紀を思い起こしても、
これ以上の品物は思いつきません.周りには、年末に海産物を必ず買う、というアメ
横ファンもおりますが、あまりの品物の多さに目移りしてしまい、何を買ってよいか
分からなってしまう、これが私のアメ横です.でも「おかず」が必要でした.ならば
御徒町駅のすぐ西側に「吉池」があります.ここは港区にも店舗があるそうなので、
勿論そちらでもよいのです.上野の「吉池」は路地を隔てて建物が二つあり、一つは
雑貨や食材が並べてあり、今一つは海産物がスーパー形式で売られています.貝やエ
ビは見ているだけで楽しくなります
財力や個人の資質によって商店の好みも変わります.築地の場外市場やアメ横の好
きな人、高級スーパーや百貨店の好きな人、超安売店の好きな人、広大なショッピン
グセンターの好きな人、専門店の好きな人、皆さんはどのタイプですか? 私の好き
なのは昔のお店、幼い日々の商店街です
May 17, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
訂正のご連絡
【その38】の「吉池」は御徒町駅の東側ではなく西側です.お詫び申し上げます.な
お、編集中記は超特急で走り書きしていますので、思い違いや誤字脱字のオンパレー
ドになっております.また、後で読み返しておかしな箇所は、勝手に書き直すケース
も多々ありますので、誠に恐れ入りますが、[Reload]したうえで最新の記述をご覧い
ただきたく、お願い申し上げます
【その39】
子どもの情景を観察する時、また昔の記憶を辿るとき、自分の気持ちも子どもに戻
っていることがあります.そのような折、外からみる子どもは「幼い」「稚拙」「あ
どけない」といった印象を受けますが、実際の心の中は幼くもなく稚拙でもなく、我
我大人と同様に高度な、といったら語弊がありますが、子どもは大人と同じ性能で感
応し思索している、と思うことがあります.子どもの考えは幼くもなく稚拙でもない、
子どもの想いは「思索の原形」であり「感受性の基本」である.子どもの頃に想いを
馳せている自分こそ「本来の自分」であった、のではありませんか
我々は青年や中年には見えないことが見え、青年や中年では考えられないことが考
えられる、そのような立場にあると思います.我々には、人々の表情を落ち着いて観
察する余裕があります.その見ることのできる一つに子どもの顔があります.潮が引
くように引いていきます.子どもの顔から子どもの表情が引きはじめている、以前は、
高校卒業の頃まで見ることのできた子どもの表情が中学まで後退し、最近は小学生ま
で潮の引く現象が現れている、子どもが子どもの想いを飛び越して、つまり基本の形
成を抜きにして、応用の次元で感応している?
生活のために職場を探す高年者の人生は、第二ではなく、第一の人生そのものです.
これからは、稼がなくては食えない高年者が増えるでしょう.高年者の失業は失業者
本人だけの問題ではなく、世代を共にする我々の、第一の人生の課題であると思いま
す.しかし今は「第二の人生」について
我々の第一の人生が、子どもの頃の自分の想いに照らして、十分に納得がいくのな
ら問題はないのですが、不徳のいたすところとはいえ、子どもの頃の想念から審判す
ると、私の第一の人生は、特に職業生活は、お世辞にも満足のいく内容ではなかった
ように思われます
充実感はありました.しかし今は、個人が自分の職業に満足した・しないの話では
ありません.自分の子どもの頃の「基本」に照らして、果たして自分の第一の人生に
恥ずるところがなかったか.あるいは心ならずも「状況」や「環境」に屈して、「原
形」とは異なる選択をし決定をしてきた、その経済活動の総合が、未来の子どもの想
念を索漠なものに変えつつある、という懸念を打ち消すことができますか
子どもの私が高年の私に語りかけます
会社は人が生きるためにあるのです.ではなぜ会社は、人を辞めさせてもうけを増
やし、人を辞めさせた人が、辞めさせられた人の何倍ものお金を得られるのですか.
人をより多く雇った会社がほめられ、人を辞めさせてもうけを増やした会社が罰せら
れる、これがほんとうではなかったのですか
なぜある人は、たった1年で、ふつうの人の百年分や千年分もかせぐことができる
のですか.どんな人でも会社や放送局がなかったら、人々の協力と援助がなかったら、
その働きはお金にはならなかったでしょう.一人でもうけた百年分千年分のかせぎと
は、一分一厘に至るまで、人々の分業と協働に負っているのです.ではなぜ、直接で
あろうと間接であろうと、一緒に働いている無数の人々が食うや食わずなのに、わず
か1年分の働きだけで、百年分千年分ものお金を得られる人がいるのですか
幼獣は信頼に値します.成獣は食うために闘います.成獣を牽制し制御する「法」
が「自然」です.自己を律するのに、「外部の法」を清算し「自己の法」を充てるの
は、自家撞着に陥っています.あるいは大人は、神にでもなるつまりでしょうか.我
我は、自己を神格化した愚行の歴史を知り尽くしている筈ですが、その我々自身が、
自らを律する「法」を書き換えているのです
May 18, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【その40】
闇夜を歩くにはコツが要ります.木立や塀に遮られ、一筋も明かりの差さない夜道
を歩くときは、水溜まりに足をとられ、倒れてしまうこともありますから、真っ暗な
道に差しかかったときは緊張します.顎を上げ、前方を見下ろすように目を凝らすと、
やがてかすかに光る地面が見えてきます.この光っている部分が水溜まりなので、こ
こは慎重に避けながら、闇にもたれるように進みます
手探りのはじめは、気が張っていてよいのですが、次第に奥に進むと目が闇に慣れ、
見えなくてもよい影が走るようになり、思わなくてもよい妄想が湧いてくる、つまり
恐くなる訳です.生温かい風が首筋をなで、幽霊のうめき声が心臓を抉り、全身に鳥
肌が立ち、我慢しきれなくなって走り出す、となるともう水溜まりは関係ありません.
靴はぐっしょり、半ズボンはパンツまで水が染み、学生帽にも泥が跳ね上がる、これ
が小学生の私の通学風景ですが、街灯一つない夜道でも、当時は危険を意識したり、
警告看板を目にすることはありませんでした.また「不良」や痴漢や交通事故や誘拐
を恐れて、集団登校することも、親が送迎することもありませんでした.私は小五ま
で、京成電鉄の一駅分をほとんど一人で、歩いて通学しましたが、その行き帰りこそ
が私の情操の源です
もし、理想郷を夢想するなら、母親に抱かれた幼児の笑顔----を象徴とする社会が
それです.成獣は幼獣を守るために闘いますが、人間の大人には闘争を克服できる英
知と技術があった筈です.無防備な幼獣を無防備なままで育てることのできる環境と
状況、これは夢?
昔の大人は「我が子の笑顔」ではなく「観念」に理想を見ましたが、今の大人は理
想さえ描くことができません.今は信頼を捨てることが、傷を負わないで生きる最良
の方法になりました
よく分からないのです.私自身が、我々の世代の関心事を分からないでいるのです.
ただ一つ予感していることがあります.多分バラバラであろう、ということです.ま
ったく同じ考えであっても、バラバラに主張し、バラバラに始末をつけてしまい、少
しでも「余生」が豊かになるように、「個々それぞれ」に適した探し物をし、バラバ
ラに過ごしていくのだと思います.それぞれが自分の王国にあって、仕事や趣味やボ
ランティアに没頭した方が、よいに決まっています
May 19, 1997 plnssnr@reverie-prmnr
【その41】
皆さんはいつから「老い」を意識するようになりましたか?
今日は悪魔に魂を渡した男の話です
むかし昔、ある所に初老の男がおりました.その男は絶望しておりました.男の望
みという望みは、ことごとく枯れ果てていたのです.新聞の神に失望し、テレビの仏
に絶望し、世の中の動きに何も感じなくなっていたのです.しかし、男の脳髄は、幸
い機械仕掛けのバーゲン品だったので、氷より冷徹にことを運び、食うだけは格好を
つけておりました
あまりの無味乾燥に耐えかねて、さすがの機械仕掛けの脳髄も錆が吹き、男は修繕
の必要を感じました.しかし、すでに頭髪は軽くなり、体も傷んでおりましたので、
独力での分解修理はとても無理、と判断したところまではよかったのですが、習え覚
えた電子メールを使い、男はこともあろうに、悪魔に修理を頼んだのです.男は信仰
者の恐れる絶望郷にあったので、全能の神に願い出ることを許されず、悪魔以外に頼
む相手が見つからなかったのです
男 : おい、悪魔、テメ〜、俺の頭脳を修理しろ
悪魔: ふん、かわりにオメ〜の魂を俺に寄越せ
男 : 魂を渡しても生きていけるか
悪魔: 死ぬが定めだ
男 : それは困る、何とかしろ
悪魔: 代わりの魂を用意する
という次第で取り引きは成立、直ちに契約書を作成し、役場で公正証書に仕立てて
もらい、めでたく頭脳は復旧しました
あっ、また忘れました.魂の話でしたね
悪魔は最先端の電子技術と遺伝子組み替えの操作によって、手際よく男の魂を引き
抜いて、己が魂に貼りつけましたが、そのあまりの軽さに、はじめて悪魔は気がつき
ました.使い古され、不燃ゴミ同然の魂を、悪魔は掴まされていたのです.悪魔は男
に騙された、というよりも、契約の際、下調べに手を抜いたは悪魔の手落ち、最後の
審判所に訴え出ても、門前払いは業火を見るより明らかなので、悪魔は烈火のごとく
怒りました
魂の入れ替えは、悪魔にとっては造作もありません.マシュマロ状の魂を瓶に移し、
代わりに石の魂をはめ込んでおけばよいのですが、ここで悪魔は一計を案じ、なんと
鉛硝子でつくった魂を、男にはめ込んでしまったのです
鉛硝子の魂は、自分から光を出すことはしませんが、ほんの一筋でも光を浴びれば、
すぐに感応して輝き出します.しかしこれが曲者、暗闇に慣れていた男の目には一種
の拷問、眩しくて眩しくて、苦痛がいや増す状態になりました.尤も光源は滅多にな
かったので、生活への支障はなかったのですが
眩しいばかりではありません.鉛硝子はちょっとした衝撃でも割れてしまいます.
男が足を踏み外せばガチャン、男が人に突き当たればまたガチャン、とみるみる魂は
屑硝子、男は砕け散った魂に、胸をかきむしられるようになりました.しかし、それ
で済むほど悪魔の復讐は生易しいものではありません.男の屑硝子の魂からは、慙愧
と悔恨が吹き出してきたのです
この社会で子どもを育てるという、誰にとっても当然の行為が、男には、子どもに
対する大人の嘘と、子どもに対する大人の背信と映り、悔恨に波状的に襲われ、慙愧
にのたうち、ならば、錆びた頭脳と絶望の方が、どれほど楽であったかと、嘆き悲し
む毎日に、ますます老いを深めていくのでした
教訓/悪魔と取り引きする際は、前もって自分の魂を悪魔に検分してもらい、石の
魂に換えてもらえるように、互いに念書を交わすこと
May 20, 1997 plnssnr@reverie-prmnr