![]() |
長男は幸い、ご近所のお芋で難を逃れることができましたが、疎開先 で母と赤ん坊は栄養失調にかかり、地元のお医者さまから「この児は 育たない・・・」 両親が引き上げてきた時は、母の両親、嫁ぐ前の叔母、学校に通って いた叔父、我々家族の合わせて八人が同居、我々四人は六畳で寝起き、 農家にモノを持ち込み食糧に換えるなど、当時の苦労話は何度聞かさ れても混乱してしまい、文字への変換は端(はな)から断念。 交換の時代、父は結核を患い半年ないし一年ほど寝込んでいます。期 間が曖昧なのは確かめるのをはばかるからです。涙を見たいなんて思 いませんでしょう。戦争で廃業させられた祖父はひと言も不平を漏ら さず「お富や、すまないねえ」 引き上げてきた母を見て、祖母は泣いたそうです。 宙(そら)を見つめる赤ん坊に、叔母は胸を撞(つ)かれたそうです。 The daughter of a merchant family in Kanda, wearing kimono (traditional Japanese clothing) or yukata (summer dishabille), was born three years before the Great Kanto Earthquake of 1923. In 1945 she and her second baby had suffered from malnutrition in the place of refuge. After the war, seeing her daughter who had come back from there, her mother wept. Seeing the baby who was gazing at the air, her younger sister was shocked. |