共生〜日〜   共生〜月〜




題名 共生〜日〜 共生〜月〜

作者 新槙英美子(あらまきえみこ)



作者の言葉


私は製作にあたり二枚で一枚の形をとっている。この「二枚で
ひとつ」という表現はそれぞれ一枚でも絵として確立する、だ
が二枚でひとつになる。それぞれが一枚になることで減る(あ
るいは不完全になる)ことはない。同時に二枚になることで増
える(あるいは完成になる)こともない。ふたつは等価値であ
り、別の存在である。そして人(誰か)を描く。多くは自分を
描くがそれは他人である。私の形をした他人でしかない。

今回の「共生〜日〜」「共生〜月〜」についてはこう思うこと
が描きたかった。画面に描かれている人の中にはたくさんの人
がいる。彼女たちが生きてきた中で出会ってきた人たち。血の
繋がった人、友達、仲間、必要な人、求めてくれる人、愛した
人、憎んでいる人、コンプレクスを感じる人、遠い人、近い人。
たくさんの人が彼女らの中に生きていてそして彼女らはひとつ
の形をしている。

私は彼女たちを好きだが嫌な部分もあるのも否まない。まった
く別の人間だけれどお互いの中にそれぞれがいる。近い人間な
のだけれどまったく違うのだ。その関係を「日」と「月」に例
えてみようと思った。

どんなに近く、似ていると感じる人でもまったくべつの人間で
しかない。そうでなければ互いにひかれることはないだろう。
自分と違うからお互いを認め、共に何かをすることを求めたり、
楽しんだり、自分の力にできるのだと思う。

それは依存とは違う。(依存は一定レベルまでの自己満足でし
かないと私は考えている。)他人に触れることで自分に気付く
ことがある。それがひどく大事なものであるように思う。

私は「日」の彼女と出会ったことで自分の中の「月」に気付い
た。「日」の彼女はみんなが月のような印象を持つだろう。し
かし彼女の中には誰もが求める太陽がある。彼女自身はその太
陽に気付くことはない。彼女はその太陽の光を枯らす事なくた
くさんの人にそそぐことができる。誰もが求め、誰もが受け入
れる光が彼女の中に住んでいる。

「月」の彼女は誰もが太陽のようだと思っているだろう。しか
し彼女の中には誰も触れない月の裏側のような世界が浸食して
いて、そのために彼女は人に見えない距離を置いている。彼女
は太陽にあこがれ、太陽のように振る舞いながら「月の裏側」
であることから逃れられない。太陽のふりをして光をバラ撒く
が、自分(月の裏側)にその光は届かない。



まだまだ修行不足ですが、少しでも多くの人が作品をみて、な
にか感じてくれればよいなとおもいます。

                2001.10.10 新槙 英美子