| 島田一郎の随想 随想の日付は出版月 | ||
| 随想 春の夜の、青い闇 | 1987-01 | 4879210412 |
| 随想 赤い穂 | 1987-04 | 4879210455 |
| 随想 ある終末 | 1987-09 | 4879210471 |
| 随想 叙事詩 | 1988-02 | 4879210595 |
| 随想 新世紀 | 1988-07 | 487921065X |
| 随想 錬金術 | 1989-02 | 4879210722 |
| 随想 野生のセロリ | 1989-10 | 4879210765 |
| 随想 二重生活 | 1990-08 | 4879210846 |
| 随想 花伝書 | 1991-09 | 4879210900 |
| 随想 完成された機械 | 1993-07 | 4879211079 |
97年3月ML開始、4月ウェッブ・サイト開設 | ||
| 随想 繊維問屋にて | 1998-08 | 4879211524 |
| 随想 中町にて | 1999-09 | 4887373880 |
| 随想 橡の木の葉 | 2000-11 | 4835509323 |
紙から離れた読み物 日付は連載終了月 | ||
| 自伝抄録・祖父の肖像 | 1999-12 | |
| 旅 | 2000-04 | |
現在、過去十冊の随想を読むことは困難だと思います。「春 の夜の……」から何冊かは一部の図書館でも読めましたが、図 書館向けの取次さんと出版社(三信図書)の関係が疎遠になっ てからは、島田の随想と図書館の縁も切れています。 ML内で連載を始めた最初の随想「繊維問屋にて」出版の際 は、新刊洪水が嵩じて、小さな出版社の書店への道が著しく狭 められ、代表を退かれた荒牧さんが取次さんに談じ込んでくれ たと、同社の事務員が耳打ちしてくれましたが、「繊維問屋に て」「中町にて」「橡の木の葉」の三冊は、高年の関係者に配 慮したための出版であり、サイトを開設してからは、紙の本を 出版する気持ちが日増しに薄れています。 最近の三冊の随想のうち二冊は馴染みのない出版社。その一 冊「橡の木の葉」は、島田のサイトでの公開継続を契約書に書 き込んでもらいました。「橡の木の葉」の紙の本は、サイト版 の坐りの悪い部分を手直し。「繊維問屋にて」の前半は、電子 メールでの連載に慣れずにリズム感を欠いたまま出版。やがて 文章が浮かばなくなった段階で、過去の随想も当サイトで公開 します。 随想の出版を近親縁者に伝えるようになったのは「繊維問屋 にて」出版時からです。それ以前の随想は、一般受けしないで あろうと思っています。内容が難しい? いえ、読者を意識し ないで書きましたので、多分、誰が読んでも眠くなります。 情報を専ら寡占媒体に依存していた時代は、文章表現の自由 も画餅に留まっていましたが、その閉塞感を十分に味わった者 には、インターネットの出現は解放そのものでした。あるいは 「まったく無内容の……書物が、ただ著者が有名人であるとい うだけで氾濫している現在」(八八年に「叙事詩」を献本した 際、今は故人の学者からいただいたお便りの一節)までは、文 章を表現する均等な機会はありませんでしたが、ウェッブ・サ イトの出現に、漸く万人に文章を「表わす機会」が訪れたと実 感、インターネットを島田が共有媒体と表現する所以です。 絵画表現にも機会(発表する媒体)が必要です。インターネ ットに掲載しても、画像と原画は別物ですから、絵画を発表す る媒体もサイトの外部にあって当然でしょう。旅も、自らが経 験する機会が必要。就労も、自らが働く機会が不可欠。均等な 機会の必要性、および機会均等の認識については、就労も旅も 展覧会も、実行する機会を、情報技術で代替するのは不可能で しょうから、ヒトとヒトとで、意図して創り出す工夫が要る、 そう思っています。 2001-11-01 | ||