折々の文章


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クリスマスの季節 −101−
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今週(七月第四週)は落ち込んでいたのですよ。郵便物を点検
するため定期的に立ち寄る場所に、今も公衆電話ボックスが残
っています。注意を引いたのは垂れ下がったままの受話器。

ナンダ! コワレテラー! オレ! ムカツクンダゾ!

年長園児でしょうか。小一か小二かも知れません。テレカと玩
具を手にしながら叫んだ言葉。

電話ボックスの歩道は、塵一つ落ちていない集合住宅に接して
います。良識的な環境だったと思います。しかし近年は、外部
から入りこんだ若者が屋上で騒ぐ、一階の郵便受けに火のつい
た吸殻を投げ込む・放尿する、敷地に単車を乗り入れる、エレ
ベータ内に痴漢注意の張り紙、錠を破っての盗みなど、建物の
見場や周囲の静けさとは裏腹になっています。

玩具を抱えながら、背伸びしてテレカを抜く動作はとても遅く、
もの怖(お)じする子のいじらしさを感じました。しかし垂れ下
がったままの受話器を無視、全身で扉を開け、憤懣(ふんまん)
やるかたない表情で発したのは、困惑と抑制を素通りした怒り
の言葉。


 ※


新卒時代、職場の先輩に連れられ出かけるまでは、浅草は東武
電車の始発駅程度の馴染みでした。高三担任のお宅は仲見世で
ご商売」を確認したのもその折が最初。

父の死後、祖父母の出身地と知ってビックリ……するほどの想
いはなく、幼い頃、橋場の工場で見た「動力をミシンに送るベ
ルト」のほうが印象的。浅草に親しみが湧いたのは、祖父の自
伝を読んでから。抄録↓

 仁王門の傍、鐘楼堂のあたりに弁天山という小高い丘があり
 ここにはさらに昔、池と、弁財天の祠があったとされ

母の母の母は晩年を山谷の隠居所で暮らしています。山谷に移
る前の、伴侶の存命中は夫の仕事柄、人力車で訪れる有力者か
ら付け届けがあったとかなかったとか。

山谷はその後、簡易宿泊所の街に変容、さらに今のお昼は(山
谷の名前は消えました)寂しいほど人影が少ないです。ただ路
地や広場に集まる姿や、お昼からお酒も皆無ではありません。

お昼でも夏休みの週末は、浅草寺を経由して遊園地に向かうヒ
トの流れに遭遇、流れとは逆に進む私は、はしゃいで歩行を妨
げる兄弟や、人前で甘える親子の表情も読み取れます。中に

引率者はジーンズにリュックの中年女性。随(したが)う子らに
頓着しないで、集団の左側を前に前に。先頭は数人の髪の黒い
子。服装も鞄もバラバラ。次いで数人が横に広がり、さらに数
人が続いていました。年長園児でしょうか。小一か小二かも知
れません。

無言でしたが、瞳が輝いていましたよ。黒い瞳も青い瞳も、前
を見ながらずんずん進み、全身で期待を表わしていました。

内に向かい、口先に短絡する児童と社会の状況。対象を見つめ、
外に希望を見出す児童と社会の状況。

足許の暮らしの違いでしょうか。それは寡占媒体に向かう親の
態度に反映され、情報媒体従事者の意識と選択に連鎖されます。



  
下町の表情 個性





















  
下町の表情 新線沿線


















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